みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長のショートストーリー『創世神話』

社長1 「じゃあ、小旅行でもして気分を変えてみたらどうだい。K市に俺の懇意にしている旅館があるんだ。紹介してやるよ。老舗の旅館だがね。なに心配しなくてもいい。俺の大親友だと言えば、大特価で大サービスしてくれるさ」 

 日常のこまごまとした不愉快事にかかずらっているうちに、本当に落ち込みそうになってしまった。友人のヤマダに相談してみると、そんな答えが返ってきた。 
「そうしてみるかな」
 「そうしろ、そうしろ。いつ行くんだ。俺が予約してやる」 
 まるで自分の旅行のように、彼の方が乗り気になってしまったので、行かないわけに行かなくなった。経営する珈琲店を二日だけ臨時休業することにした。 
 ある駅で新幹線から乗り換えて、二つ目の駅で降りた。改札を出ると、寺の五重塔が目についた。古い家々は黒い屋根瓦を載せて、眠ったように落ち着いている。 小藩ながら学芸を大事にした大名の城下町だということだ。ひなびた味わいと、それでいて歴史を感じさせる雅びた味わいを併せ持つ町だった。 
「これは、案外、当たりかもしれないな」 
 しばらく町を歩いただけで、気分が爽やかに晴れてくるのを感じた。 
 旅館に入ると「ヤマダ先生のお友達」ということで、意外な歓迎を受けた。ヤマダに「先生」がくっついているのが、なんだかくすぐったい。 
 彼とは中学時代からの友だちだが、他家の玄関の呼び鈴を押してはピンポンダッシュで走って逃げたり、女の子のスカートをめくっては走って逃げたりと、やたら走って逃げるばかりの下らない遊びを一緒にやっていた。 
 その彼が、実はある伝統芸能の家元の息子だということを知ったのは、しばらく経ってからだった。へえ、と思ったが、人間関係が別段変わることもなく、少年時代は下らない遊びを共にし、大人になってからは酒を飲んでは下らない話に花を咲かせるばかりの付き合いがずっと続いている。 
 その伝統芸能がどんなものなのかも、よくわからないし、彼の方も見に来いとも言わないし、説明をすることもしない。だから、彼がえらいのだか、えらくないのだかわからない。たぶん、えらくないのだろうと思っていた。
  そういうわけで、「ヤマダ先生」を聞いて危うく吹き出しそうになった。聞けば、この旅館の主人がヤマダについて、その伝統芸能の稽古を受けているのだそうである。 

 二階の二間続きの部屋に通されて、中庭の梅の古木を見ながら、 
「いい庭だな」
 そんなことを思った。私に日本庭園がわかるわけではないが、見ているだけで心が和んでくる。来てよかったと、改めて思った。ヤマダ先生、恩に着ますぜ、と心の中で呟いた。
 「おや?」 
 梅の根元で、何かが動いた。初めは、鳩とかツグミとかの鳥かとも思った。ついで、少し大きいリスのような動物かと思った。ちょこちょこ動き回るのを目を見張って見ているうちに 「ありゃ、人間だ。 
  腰に灰色っぽい布を巻いただけの半裸の男だ。肌がアカまみれで茶色っぽく見えるので動物に見えたのかもしれない。頭はボサボサで、髭まみれの頬はこけている。姿を追っているうちに、目と目が合ってしまった。 怯えた目をしていた。ひどく驚いて飛び上がると、慌てて植え込みの中に這い込んだ。しばらく、植え込みのそこここがごそごそと動いていたが、やがてひっそりとしてしまった。 まるで野良猫が逃げ込んだようだった。いや、野良猫なのかもしれなかった。小さい人間がいた、などというよりも、野良猫を見間違えた、の方が常識に近いだろう。 
 名を呼ばれた。振り向くと女中が風呂場に案内すると言って、やって来ていた。 
 風呂から上がると、夕食の用意ができていた。奥の部屋には、すでに夜具が敷き伸べてある。後は、飲んで食って寝るだけだ、と思うと胸の奥から喜びがわき上がってきた。しみじみと嬉しい。  女将が来て酌をしてくれた。 
「わざわざ女将さんがいらしてくれるなんて、なんだかすみませんねえ」
 「いえいえ、ヤマダ先生のご親友なのでしょう。大事にしてやってくれ、と先生に言われておりますの」 話し上手聞き上手の女将で、初対面の美人相手に話が弾んだ。これもヤマダ先生のおかげかもしれない。 
 もちろん、ヤマダの事が話題に上がった。彼女が彼の公演を見た感想を話すと、こちらは、そんな彼は一向に知らないので、若い頃の悪戯や失敗談などで、旧悪を暴露した。女将がだいぶヤマダを尊敬している風だったので、平衡を保つため彼女の知らないヤマダを教えてやる必要があったのだ。女将は、身体を折り曲げてコロコロと笑った。 
 旅館のことも色々と話してもらった。なんでも、もと武家屋敷だったのが、明治維新以降、何人かの手を転々としたのち、大正時代に旅館として創業したのだそうだ。随所に江戸時代の面影が残っているという。 
 「例えば、この中庭ですとか」
 「そうか。風情があると思っていましたが・・・」 
 俺の鑑賞眼もまんざらではない、と鼻を高くしかけた途端、あの小さい半裸の男の残像が脳裏に現れた。びくっとして、盃をひっくり返しかけた。 
「どうなさいました・・・?」
 「や、失礼・・・なんというか・・・いや、先ほどヘンなものを見たものですから」
 「ヘンなもの?」 
 「いや、もちろん見間違えだと思うのですが・・・」
  私は、あの小さな人間の話しをすると、 
 「ああ、あれですか」 
 意外なほど彼女はあっさりと答えた。
 「時々、出ますのよ。お客様の前には滅多に姿を現さないのですが」
 「あなたも見た事があるのですか」
 「ええ、何度も」
 「なんなんですか、あれは」
 「神ですわ」
  また、酒を吹き出すところだった。
 「神?」
 「ええ、この世を創った神」
 「旧約聖書の創世記とか、イザナギ・イザナミの神話みたいな・・・?」
  そこへ、若い女中が入ってきて、女将さんちょっと、と何事か耳打ちした。女将は頭を下げると、
 「申し訳ありません。ちょっと用事ができてしまいまして」
 「いえ、どうぞどうぞ」 
 女将も忙しいだろう。いつまでも、こんな遊山客ひとりにかかずらっているわけにも行くまい。女将は出しなに、その若い女中に、
 「あ、ハカセちゃん、ちょっと」 
 と何事か耳打ちした。
 「え、私が?」 
 女中は素っ頓狂な声を上げたが、女将が姿を消した後も、そこに残った。
 黒縁の眼鏡をかけて、どことなく女将に似た顔立ちだと思ったが、色香のようなものはどこを探しても無いようである。正座した膝の上で手を固く握りしめている。初々しいと言うより、まだ着物姿もしっくり身についていないようで、むしろ痛々しい。
 「あ、あの」 
 と声をかけると、
 「あ、すみません」 
 と再び素っ頓狂な声を上げて、銚子を取り上げ酌をした。手が震えて銚子の口と盃がカチカチと音を立てて、
 「ご、ごめんなさい。まだ、馴れないものですから」
 「新人さん?」
 「アルバイトです」
 「というと学生さんかな」
 「文化人類学の研究者なんです」
 「なるほど、それで」
  先ほど女将がハカセちゃん、と呼んでいたのに思い至った。博士だか修士だか知らないが、そういうところから来たあだ名なのだろう。
 「女将が、お客様が『神』に興味をお持ちのようなので、話し相手になってやってくれと・・・。すみません、私は本当は下働き担当で、とてもお客様の相手を出来るようなものではないのですが」  なんだか面白いことになってきた。ヘンに色気を振りまく人が登場するより、そういう浮世離れした話でもして過ごす方が、こういう旅にふさわしい。
 「お客様、神は・・・」
 「うむ、見た。というか、まだ自分の目が信じられないし、あれが天地を創った神だというのも信じられないんだが」
 「この地方の伝承では、そういうことになっているのです。おまけに、少数ながら、それを見た人がいるというのも不思議ですよね  」
 「女将とか、ここのご主人は見たのかな」
 「はい、そう言っています。実は、私も見たくて、頼み込んでアルバイトとして入れてもらったんです。私、女将の姪なんです」
 「で、君は見たの?」
 「いえ、まだ・・・あの、お客様、そのご覧になったものの様子を教えていただけますか」
  私は、先ほど見た小人のことを話した。彼女は、帯の間から小さな手帖と鉛筆を取り出して書き込んでいた。
 「あれは、ここの庭に住みついているのかね」
 「何年か前から、現れるようになったそうです」
 「ふうん。守り神みたいなものかな。それなら、もう少しきれいにしてやって、祀ってやればいいんじゃないかね」
 「それが、非常に警戒心が強くて、人間を恐れているようなんです」
 「神が?人間を?」
 「はい、それまで、子供に石を投げられたり、棒で追われたりしてきたそうなので」
 「おい、そんなことして神罰でも下りゃしないか」
 「この神は無力なんです」
 「だって、この世を創ったほどの神なんだろう?」
 「はい。創るには創ったけれども、それ以外のことはできないようなんです」
 「自分の設計どおりというか構想どおりに創ったんじゃないのかね」
 「これは私の想像なんですけれど、宇宙の始めがビッグバンだったとすると、その爆発的な膨張の最初のきっかけを与えたのが、あの神だったんじゃないのか・・・」
 「で、やったことはそれだけかい?後は、勝手に宇宙が進化するのにまかせて、本人はなにもしない?用なしってこと?」
  不思議、というか情けない神もあったもんだ。
 「そうですね、あとの140億年は特に為すこともなく」
 「140億年のヒマ人かよ・・・」 
 呆然とする思いだった。自分の、こせこせとした日常はなんだったんだ、と思った。
 「私、あの神と話がしたいんです」 
 ハカセちゃんは私の盃に酒を満たしながら言った。
 「そりゃあ、140億年分となれば、積もる話も色々あるだろうが」
 「例えば、ビッグバンの前は時間も空間もない『無』だったって言われたりしますよね」
 「よくは知らないが、聞いたことがあるような気がするね」
 「すると、その時、彼はどこにいたのでしょう。『無』の外でしょうか。『無』の外って、どうなっているんでしょう。それとも内側でしょうか。『無』の内側ってなんでしょうか。それとも、内も外もないから『無』なんでしょうか」
 「無って、入ったり出たりできるもんかな」
 「たぶん、彼は『無』と戯れていたんでしょうね。子供がおもちゃをいじくり回すみたいに。そのうち、『無』が破裂したんですよ」
 「なんか、花火を悪戯しているうちに、ボヤを出した、みたいな話だね」
 「花火ならボヤで済みますけど、『無』だから、宇宙が生まれてしまって、まだ現在進行中なんですよ」
 「『無』ってのは、こんなもんかな」  私はハカセちゃんの顔の前にこぶしを握って突き出した。 「こんなもんです!」 
 ハカセちゃんは、間髪入れず、開いた手を突き出した。
 私の腹の底で、なにかがぱちんと弾けた。ビッグバンかもしれない。私のビッグバンは、たまらない愉快さとなって、 「ははははははははははは」
  哄笑を生んだ。
 「いや、楽しい。俺は、こういう話を聞きたかったのかもしれない。ハカセちゃん、ありがとう。この気持ち、皮肉でも何でもないこと、そのままの愉快さであること、わかってくれるよね」
  ハカセちゃんは、明るい微笑みを浮かべて、また一杯注いでくれた。もう、カチカチ音を立てたりはしない。 
 「この酒もこのカラスミも・・・」 
 と呟いて、天井のひと隅を見上げた。その向こうに、何億光年彼方からやって来る星々の光が見えるような気がした。 
 この酒もこのカラスミも、あのヒマ人が140億年前に起こしたビッグバンなしには、この膳の上に乗っかることはなかった。
  翌朝、朝食を運んできてくれたのは、まるまると太った中年の元気のよい女中だった。ビールの小瓶をコップに注いでくれながら(この二日間は徹底的にユルく過ごすつもりだ)、
 「お客様、ヤマダ先生のご親友なんですってね」
  また、ヤマダ先生だ。私はすかさず、彼の旧悪を色々と暴露した。女中は元気よく笑いこけた。この地方では、ヤマダネタに限ると思った。
 「そういえば、ここには神がいるんだってね」
 「ああ、あの話・・・まあ、このあたりでは子供でも知っている話ですけれどね」
 「あなたは、見たことあるの?」
 「いやですよ、あるわけないじゃありませんか」
 「ないの」
 「おとぎ話ですよ。そっか、ハカセちゃんに何か聞いたんですね。あの子、変わっているからねえ」
 人によって、ずいぶん反応が違うものだと思った。
 「お客様、そんな迷信より、お時間があればA神社にお寄りなさいましよ。市のはずれにあるんです。ここからも近くですよ。霊験あらたかなんですから。うちの息子が大学に合格したのも、あそこのお札のおかげなんですから」
  勘定は、申し訳なくなるほど安かった。これもヤマダ先生の霊験なのだろう。中学時代、共にピンポンダッシュに励んでおいてよかった。 
 元気のよい女中さんのお言葉にしたがって、A神社を訪れた。(別に他のどこに行くというあてもなかったし) 背の高い木立に囲まれた、いい感じの神社だった。これなら、霊験あらたかじゃなくてもいい。二礼二拍手一礼。

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金井哲夫の超短編小説「ラッパスイセン」

 太平洋に浮かぶ小さな島の南斜面には、一面に野生のラッパスイセンが植わっていた。
 春子と春男は、お互い春に生まれた同士の幼なじみで、毎年、ラッパスイセンが咲く時期になると、ここへ来ることにしていた。もう何回目になるだろうか。高校を卒業してまだしばらくこの島に暮らしているが、まだお互いの気持ちを確かめてはいなかった。
 今年こそは、将来の話をしたい。二人は互いに胸の中でそう願っていた。
 夜明け前、二人は古びた軽自動車に乗ってラッパスイセンの海岸にやってきた。道路の脇には休憩場と見晴台を兼ねた駐車場がある。その海に面した、丸太を模したコンクリート製の柵から先は、眼下にラッパスイセンの斜面が広がり、さらに30メートルほど下ったあたりから青い海になっている。そこから先には水平線までもう何もない。
 二人は車を降りて柵の前に海に向かって並んで立った。水平線の上が少し明るくなり、太陽の先端が燃える宝石のように少し見え始めたとき、春男は思いきって春子に言った。
「ボクたちさ……」
 そのとき、一輪のラッパスイセンが朝日を浴びてプウと鳴った。ここに自生するラッパスイセンは、太陽の光を浴びて開花するときに、プウとラッパのような音を立てるので有名だった。
「なに?」と春子が聞き返したとき、ププー! と二輪のラッパスイセンが続けて鳴った。
 太陽が少し上に出てきて、ラッパスイセンの斜面に当たるオレンジ色の日光の面積が広くなる。
 すると、プープーとあちこちからラッパスイセンの開花音が響くようになった。
 プー! プープープー! ププー! プププー! プープププー! プップププー! プー! ププププー! 
「あの……」
 プープープープー! ププー! ププププー! ププー! プー! プー! プー! プー! プー!
「なあに?」
 プー! プー! ププー! プププププー! プー! プー! プププー! ププー! 
プー!

                                 うるさいのでおしまい      

社長のショートストーリー『時限爆弾女』

社長1 もう、何年も前の話になりますが・・・。

  島と半島からなる港湾都市。四千年の歴史を持つ大陸の文明とにわかに勃興してきた西方の国々との、一世紀半くらい前の奇妙で暴力的な交渉により、貧寒たる漁村から生まれた近代都市。岩山に超高層ビルが密集している様子は、海岸のフジツボの密生を見るようでもある。 
 
 この街から大陸や島嶼部のあちこちへと繋いでいる高速艇のターミナルがある。ちょっと巨大なズワイガニがうずくまっているように見える。その足のあたりから、ひっきりなしに乗客を乗せた船が出ていく。
  そのターミナルの中のカフェで、私はブラックコーヒーを飲みながら自分の乗る船を待っている。 「からっぽの胃にそんなもの流し込んだら、荒れるわよ」 
「酒とコーヒーで、もう、ひびが入っているよ」 
 私に話しかけた女は、私の前に座って、フレンチトーストをナイフとフォークで食べている。卵とミルクと砂糖がじゃりじゃりしそうなほど入ったヤツだ。彼女はさらに、その上から蜂蜜をたっぷりかけて食っている。
  私たちはこれから大陸のある新興の町へと向かう。その町に、我々の会社がコントロールしている工場がある。私は日本の本社からの出張者であり、彼女は島の中心部におかれた事務所で日本と大陸と島の三角形を動かしている。彼女は日本人だが、この街で現地採用された。 
「そんな甘ったるいもの、よく食えるな」 
「したかないわ。脳が要求するのよ」
 「それでよく太らないな。何か、運動でもしているのか」  
 高層ビルの中のジムでランニングマシンに乗ったり、スカッシュのコートを走り回っている彼女の姿が思い浮かぶ。 
「何もしてないわ」 
「休日は」 
「寝てる。一日中、部屋でごろごろしている」 
 テレビ見たり、レンタルや違法コピーのDVDを見たりね、と彼女は付け加えた。
 「君らしくないね。キャリアアップのための勉強とかしていそうだけど」
 「バカバカしいわ」 
 このあたりの人は、大きな声で話す。一日の始まりに、早くもエネルギッシュな喧噪が生まれているカフェの中で、彼女のまわりの空気だけが、アンニュイで妙に色っぽい。 
 広東語と英語と北京語でのアナウンスが、我々の乗る船の乗船準備ができたことを告げると、あちらこちらでやおら立ち上がる人が出てくる。彼女は、フレンチトーストの最後の一切れを口に入れると面倒くさそうに立ち上がった。 
 けたたましいエンジン音を立てて高速艇はターミナルを離れ、波の中をバウンドするように半島に沿って進んでいく。空は青いのに、波しぶきが窓にじゃんじゃんかかるので、暴風雨の中を進んでいるような気がする。 高層ビルの群れが途切れると、半島は岩と潅木の風景になる。 
 私は前の座席の背に付いているテーブルを引き出して、パソコンで資料の確認を始めたが、彼女は目をつぶると、なんだか野良猫のように丸っこくなって眠ってしまった。  

 一時間あまりで目的の港に着いた。あたりには、何もない。広い道路が一本、海岸線に沿って無愛想に伸びて、岩山の裾でカーブを描き姿を消している。 
 二台の車が迎えに来ていた。一台は私を工場まで連れて行ってくれる。もう一台は、ワンという男が運転する車で、これはどこへ行くか、わからない。というか予想も付かない。大陸側での彼女の足になっている。  彼女は、朝の明るく乾いた光と風の中にすっくと立った。それまで、ぐにゃぐにゃしているように見えた足が、黒いミニスカートからぴんと長く伸びて大地に突き刺さるようだった。 
「じゃあね。また、午後に」 
 笑ってワンの隣に乗り込むと、車は「ぴゅーっ」というマンガ的な擬音でもつけてやりたいような勢いで、たちまち道路の彼方に消えた。 
 これから、どこをどう回って来るのかわからないが、気がつけば、なにかしら新しいビジネスの種やネットワークやらを見つけてくる。営業ばかりでなく、生産や財務や法務やITにも通暁しており、思いがけない回路を通って、びっくりするような成果を上げる。
 どんな活動をしているのか、いちおう上司には報告をあげているのだろうが、全部ではないだろう。 彼女は日本流の「報告、連絡、相談」というのが大嫌いで、うすのろ共と、ああでもないこうでもない、と時間を無駄に使うよりも、さっさと出来上がったものをごろんと目の前に転がしてみせる、というやり方だ。結構、金も使うようだが、その出来上がったものは、すでに反論しがたい説得力を持っており、おおむね彼女の考えどおり、この地での仕事は進んでいく。 
 彼女の上司というのは、三年という任期で日本から出向してくるおっさんで、上の顔色をうかがう以外、能のない男だ。島のセントラルという地区にある事務所の所長ということになっているが、もちろん彼女がいなければ、この地では何も進まない。完全に首根っこを押さえられているわけで、内心は面白くないのかもしれないが、まあ、彼女にまかせておけば、成果は上がるし、その成果は日本の本社に向けては、私がやりました、という報告をしておけば上の覚えもめでたくなるというので、不満はないようだ。それに、結構な出向手当をもらっているらしいし。  

 工場に着いて、私は人びとと打ち合わせをし、資料をチェックし、工場内を視察し、昼は幹部連と食事をした。 
 午後は、周辺の取引先や会計事務所などを回って戻ってくると、駐車場にワンの車がおいてあるのが見えた。
 場内に一歩足を踏み入れると、空気がまるで違っているのがわかった。彼女が大股でラインの間を歩き回り、人をつかまえては中国語で質問をしている。答える側も、顔が引き締まっている。工場内の女王陛下だ。私のような大甘な出張者に対するのとは、ワケが違うらしい。  夕方から会議が始まった。彼女より職位が上の筈の工場幹部がずらりと揃っているが、仕切っているのは完全に彼女だ。おどおどと報告を挙げる幹部連に、ぴしぴしと平手打ちのように質問を下し、彼女の手の中で問題点が明らかにされ、解決策が示されていく。 
「わかりました。その件は明日中に調査してメールで報告してください」
 山のようにあったと思われた議題が、ほこりをはらうように消えていき、 
「それでは、これで終わります」 
 そう宣言すると、もう立ち上がっていた。ワンの車へ向かう途中、くるりと私の方を振り返ると、 
「これから、A社の幹部と情報交換を兼ねた食事なのよ。ごめんね、あなたともゴハン食べたかったんだけど」 
 そう私に日本語で言って、なぜかウィンクをして、ワンの車で夕闇の中に消えていった。 
 このあたりの企業社会で、彼女は大した人気らしい。美人でスタイルが良くて頭がいいのだから、当然だ。ああ言った食事会の申し込みは引きを切らないようだ。思わず機密情報をもらしてしまうおじさんも多々あるだろう。まるで女スパイだが、まあ、我が社のためには祝福すべきことだ。 

 巨大できれいな工場がいくつも並んでいる。世界的に有名な企業のそれだ。その間に、ウチのような中堅企業の工場がある。さらに、それにしがみつくように、零細企業の工場がある。 なんだか、生き物の細胞の中を覗き見るような工場群があって、その真ん中に、この町の中心街がある。そこには、商店があり食堂があり、世界中で見られるチェーンのファミリーレストランやハンバーガーショップの店がある。 
 その真ん中に、私の宿泊するホテルが椰子の木と電飾に取り巻かれて光り輝いている。 
 宿泊客のほとんどは、町を囲む工場群へ、大陸の別の町や半島や他の国から金儲けにやって来る、あるいは大損しにやって来る男達だ。一日中、金のことを考え、労働者を絞ることを考え、ライバルを追い落とすことに全精力を傾けてきた男達だ。皆、顔がてらてら光り、大きな目玉が飛び出しそうになっている。 
 ここは宿泊施設であるばかりでなく、それ自体、一個の歓楽街だ。はっきり言えば売春窟でもある。三階にある巨大な酒場は、内部がいくつもの個室に別れ、男達はチャイナドレスの女を横に侍らせて、カラオケやら他愛のないゲームでどんちゃん騒ぎをして、宴果てて意あらば、女に金を渡して「お持ち帰り」もできるらしい。 
 私はとてもそんな元気もなく、一緒にどんちゃん騒ぎをやるお友達もいないので、階下のレストランで一人食事をして、同じフロアのバーカウンターでウィスキーを飲んだ。いつも、この街に来ると、強烈な熱気を避けて、一人になれる時間が待ち遠しくなってしまう。 
 ふと、彼女は今頃どうしているだろうと考えた。まだA社のおじさんたちと楽しく情報交換をしているだろうか。 
 彼女も宿はこのホテルに取ってあるはずである。もしかすると、今晩、ただ一人の女性客かもしれない。さぞ目立つだろう。男共が放っておかないかもしれない。コールガールと間違えられても不思議はない。あのミニスカートだ。 
 あれで、一人で夜歩き回ったら、事件に巻き込まれる危険性があるだろうに、今のところ、そういうことはない。それどころか、ナイフを持って襲ってきた暴漢を、逆にボコボコにしたという伝説さえある。あり得そうな気がしてくるから恐ろしい。 
 ウイスキーがすすむ。この街にいると、強い酒で頭の芯を麻痺させないことには眠れなさそうな気がするのである。  

 朝はグランドフロアのカフェで、バイキング形式の朝食が提供される。私は、トーストにベーコンエッグというありきたりの食事を盆に載せて、空席を探してうろうろしていた。 
 昨晩は歓楽のひとときを持ったのか、大人しく寝たのか知らないが、男共は一様に不機嫌な面構えで、まずそうに飯を食っている。中に、ちらちら女の姿も見える。おそらくは、男が「お持ち帰り」した女に朝飯を奢ってやっているのだろう。 
「ハーイ」 
 というハスキーな女の声がしたので、見ると彼女であった。今日も、朝っぱらからアンニュイで色っぽい雰囲気を漂わせていた。 
 そして、例の如く、フレンチトーストを食っていた。今日は蜂蜜ではなくて砂糖をかけている。のみならず、横の小皿にケーキをいくつか載せている。私は、それを見ただけで昨晩のウイスキーがぶり返しそうになった。 
「今日は、どうなさるの」
「午前中は工場で仕事。午後はセントラルに戻って、人に会って調べることがある」
「日本へは」 
「明日、土曜の便で帰るよ」 
「ふーん」 
 素っ気ない返事をした。あの事務所の所長なら、太った腹をくねくねさせて「いいな、いいな、日本に帰れるんだ」と必ず付け加えるだろうが、彼女にはそういうことには、恬淡としている。世界中のどこにいようが構わないのかもしれない。 
「君は?」 
「今日は、こちらであちこち動き回るわ。セントラルに戻るのは、夜遅くになるわね」 
「遊ぶ暇もないね」 
「遊ばないわよ。コンビニで、お酒とご飯とお菓子を買い込んで、部屋でホラー映画のDVDを見るの」 
「なんか、君にしては寂しいね」 
「寂しいもんですか。一番の楽しみよ。なにしろ、三週間ぶりの休みだもん」 
「彼氏とかは?」 
「いないわ。面倒くさいし」 
「なんだかなあ。それだけこき使われて、労働の報酬がコンビニ飯とホラー映画だったら、俺なら反乱起こすぞ」 
 ふふふ、と笑うと彼女は妙にいたずらっぽい目で私の顔を覗き込んだ。 
「実は、私、時限爆弾を抱えているの」 
「なんだい、そりゃ」 
「私、これだけ甘いもの食いまくって、運動もせずにいたら、もっと太るはずだと思わない?」 
 私は、思わず、その引き締まったウエストに目をやった。 
「確かに不思議だよなあ」 
「これね、いつか、爆発的に太るのよ」 
「?」 
「一気にね。それもただの太り方じゃない。いきなり200キロとか300キロとかに膨張するの。アパートのドアから出られなくなるわね。それどころか、ベッドから起き上がれないかもしれない」
「会社には?」 
「行けるわけないじゃないの」 
「所長は、いや、会社が困るだろうな」 
 確かに彼女がベッドから起き上がれなくなったら、この会社の海外部門は機能停止だ。国内だって、台風並みの被害を被る。 
 だいたい、今でこそ、職位は私と同じ中間管理職だが、本来なら事務所長をまかせてもいいはずだ。いや、重役にしてもいいはずなのに、出世させたがらない幹部連中がおかしい。暗に「女だから」という差別を感じる。 
「それは一年後かもしれないし、一ヶ月後かもしれないし、週明けかもしれないわ」 
「そうならないことを祈る。いや、ジムでも何でも行ってくれよ」
 「いやよ。私、ホラー映画とコンビニ飯が好きだもの」  

 数ヶ月後、私は、故あって会社を離れることになった。私の在籍中に時限爆弾は爆発しないで済んだ。退職の挨拶のメールを出すと、すぐに電話が掛かってきた。
 「ついに一緒にゴハン食べれなかったわね。ごめんね」 
 電話の向こうで、ばちっとウィンクをしているような気がした。  

 ほどなく、彼女も会社を辞めた。丁寧な挨拶状が来た。ヘッドハンティングされたのだ。当たり前だ。手をこまねいていた幹部連中が悪い。さぞ慌てただろう。彼女のことだから、ちゃんと引き継ぎはしただろうが。 
 今は、欧州のある大都市で働いているはずである。  


社長のショートストーリー『ミスター・バック』

社長1  駅まではバスもあるのだが、運動不足解消のため、毎朝歩いて行く。不思議なもので、日々、だいたい速度が一定しているらしく、同じような時刻に家を出て同じような時刻に駅に着く。  郊外の私鉄駅の朝は、ほぼ都心に向かう通勤通学の客ばかりで、ある意味、顔見知りばかりである。どの人も、御同様に同じような時刻に家を出て、同じ電車に乗ることになるのだろう。違うのは、昨日吊革につかまっていた人が、今日はドアの脇にもたれてうつらうつらと居眠りをしていたり、立ったまま車内広告を睨みつけていた人が今日は大いばりで座っていたりすることぐらいである。  家族や会社の同僚、学校のクラスメートなどを除けば、一番頻繁に顔を合わせる人たちということになるのだが、互いに名前も知らず、挨拶も交わさない。ただ、頭の隅で一瞬、ああ、あの人、と思うだけである。 今朝も、ドアに近いところに立っている人の後ろ姿を見て、 (ああ、この人・・・) と私は思った。この人もしょっちゅう見かける人だ。 (そういえば、駅のだいぶ手前から、ずっと俺の前を歩いていたな。そのまま、後について改札を通り、同じ電車の同じ車両に乗った)  珍しくもないのだろうが、珍しいことのように思ってみた。 (考えてみると、この人、いつも同じようなダークスーツを着ている。一着しか持っていないのかな。だけど、本当のお洒落は気に入ったスーツを何着も持っているものだ、という話を聞いたこともある。手に持っているカバンもヨーロッパのブランドものだし、でもってダークスーツ一本槍となると、本当にお洒落なのかもしれない。襟から見えるワイシャツもいつも真っ白だ。カラーシャツなんか見たことがないような気がする。襟足もきちんと揃っているし。そう言えば・・・)  私の脳裏には、数ヶ月前の暑い盛りの光景が思い出されてきた。 (このクールビズばやりの世の中で、まわりがノーネクタイで上着なし、という人ばかりになった頃も、この人だけは、びっちりとスーツ姿だった。一本筋が通っているんだな。主張があるんだ。ネクタイだって・・・)  そこまで来て、私の回想は進まなくなった。 (ネクタイ・・・は、もちろん締めていたよな。締めていたはずだ。まわりが襟元をはだけていた暑い頃でも、この人だけは・・・)  努力して思い出そうとしたのだが、脳裏に像が結ばない。 (あ・・・)  奇妙なことに気づいた。 (俺、この人の顔、見たことがない)  そんなことがあるだろうか。毎朝、見かける人同士だ。他の人を思い浮かべている見ると、後ろ姿も前から見たところも、それどころか寝込んでヨダレを垂らしているところまで思い浮かぶのもいる。  当然だ。人間、後ろ姿から、少し角度をずらせば横顔が見え、ちょいと首が動けば、目も鼻も口も見える。前から見たところと後ろから見たところはセットだ。後ろ姿だけの人なんて存在するわけがない。  ただ、単に私がど忘れしているだけかもしれない。いや、そうに決まっている。 (ちょっと、こっち向いてくれないかな)  少しでいいのだ。ああ、あの顔だったか、と納得すれば、もう何でもなくなる。なんせ、人の名前とか単語をど忘れすることはあるが、顔とかイメージをど忘れするというのは珍しいような気がする。  すぐそこにいるだけに焦れったい。すぐそこなのに、向こうはドアに向かってぴったり身を寄せているので、混んでいる電車の中、見に行くわけにもいかないのだ。まさか、この人混みをかき分けて、しかもドアと彼の間に身体を差し入れて見たりすれば、かなり無気味な人と思われてしまう。  そのうちにM駅に着いた。別の路線への乗換駅だ。今の路線も別の路線も、大きなターミナル駅が終点になっているので、その混雑ときたら、毎日、乗降客が渦を巻くようで目が回るほどである。  ふと気がつくと、ドアのところに彼の姿はない。辺りを見回しても、どこにもいないようだ。今のM駅で降りたのだ。毎朝のように後ろ姿を見かけていても、どこで降りてどこへ行くのかなんて、互いに無関心だ。のはずだったが、 (そうか、あの人はM駅で乗り換えるのか)  まるで重大発見をしたような気になる。 (M駅までに決着をつけないといかんわけだ・・・)  例によって駅までウオーキングがてら向かっていると、あと百メートルというところで、彼の後ろ姿が見えてきた。 (ちょっと急げば追いつけるな)  別に急ぐ必要もないのだが、その後ろ姿を見た途端に、昨日の気分の落ちつかなさが忘れた宿題のように思い出されてきた。このまま行って、ちょいと追い抜きざま振り向いてみればいいだけの話だ。  私は小走りになった。ウオーキングがジョギングになったかな、と思う。はっはと、自分の息が聞こえる。彼の姿が確実に大きくなってくる。まるで子供時代の遊びのように、わけもなく嬉しい。  その途端、何かがはじけたような気がした。世界がはじけたのだ。いや、次の瞬間、自分が転んだのだということを了解した。 「大丈夫ですか」  と声をかけてきたのは、これもいつも朝の駅で見かけるOLだ。初めて口を聞くのがこの状況とは、惨めったらしい。  私は、立ち上がるとなんとか言った。たぶん、大丈夫ですとか、照れ隠しのようなこととか言ったのだろう。OLが行ってしまったのを見て、歩き始めた。  膝がひどく痛んだ。  次の朝は、膝がじんじん痛んだ。その日はバスを利用することにした。  窓際の席に座れた。  いつも通っている道なのに、バスのやや高い位置から、歩くのより速い速度で眺めていると、まるで違う町に来ているような気がする。あの店は、このビルは、この歩道は、この角度から見ると、こう見えるのか、といちいち面白い。そう、人間の顔だって違う状況で見れば、違った顔に見えることもあり得る・・・。  などと考えていると、前方の歩道に、あのダークスーツが見えてきた。覚えず興奮した。この速度なら、ほどなくあの男を捕らえ、なんなくその顔を見ることができる。見た事のある顔かもしれない。そうでないかもしれない。しかし、この数日、奥歯に挟まったニラレバ炒めのニラのように、小さなイライラを生じさせていたことが解決する。  小さなトゲのようなものが刺さったかと思うと、思いがけなく抜けていく、人生ってそんなことの繰り返しだ、などと感慨にふけって、その後ろ姿を見つめていると、バスが止まって動かなくなった。  駅前のロータリーに向かう道は、いつもこのあたりで渋滞するのだった。  少し動いては、また止まるということを繰り返している。彼に追いつきそうになると、まるで私をせせら笑うかの如くに止まるのだ。だんだん、バスを降りて、走り出したくなった。こんなことをしているうちに、彼が駅に着いてしまったらどうしてくれるのだ、という気になった。  だが、やがてバスは走り出した。渋滞を抜けたようだ。前方の赤信号で立ち止まっている彼の背中が見える。このまま行けば、横断歩道を渡る彼の横を追い越すことになるだろう。私は窓ガラスに顔を押しつけた。私の息でガラスが曇る。この曇りで大事な瞬間を見逃してはならぬ、と手でそれをぬぐう。  そして、彼の横を抜ける瞬間。  彼は、向こう側に顔を向けた。  せめて横顔だけでも、と後ろをすがるように見る私をからかうかのように、彼はくるりと背を向けると、もとの方へ歩き出し、遠ざかり、視界から消えた。 (何があったんだ)  問いただしたいような気持ちになった。 (そうだ)  駅に着いて、思いついた。この駅の入り口の階段の横に立って、彼を待ち伏せればいいではないか。これで、ようやく解決だ。なんだか、踊り出したいような気持ちになる。  バス乗り場から、タクシー乗り場から、横断歩道の向こうから、月極の駐車場から、ぞろぞろと人が歩いてくる。見知った顔もいる。挨拶したこともない朝だけの顔見知り。これまた、こんな角度から見ると、違う印象があるな、と思う。  だが、彼は中々来ない。家へ忘れ物でも取りに行ったのか。そうなると、だいぶ時間がかかるだろうか。待っていると、こちらも会社に遅刻するかもしれない。まあ、適当な理由をつけて、遅刻の連絡を入れてもいいのだが。  いつもの電車は行ってしまった。次の電車も行ってしまった。だんだん、そわそわしてくる。そもそも、会社を遅刻してまで、こんなことをやる価値があるのだろうか。いや、これを解決しておかないと、これからの毎朝、変な気持ちで過ごさなければならない・・・。  何のきっかけだったが、ふと階段を見上げると、なんと昇っていく彼の後ろ姿が見えるではないか。駅に来る人は、油断なく見張っていた筈なのに、いつの間に。  私は、走り出した。いや、走ろうにも、人混みが邪魔になって走れない。いらいらしながら、少しずつ間を詰め、改札を抜け、ホームに降り、そこへ電車が止まっていて、彼はドアに走り込み、私の目前でドアが閉まった。  翌朝、目を覚ますと、ベッドサイドに誰かが座っているのがわかった。金縛りに会っているのか、顔が動かせない。だが、目の端っこにうつる像から、誰かは推測できた。ダークスーツを着ている。彼だ。 (なぜ、私を追いかけるのだ)  と、彼は曖昧な声で聞いた。いや、本当には声を出していなくて、私の脳内に直接話しかけているのかもしれない。  なぜ、と言われても理由が出て来ない。理由などないからだ。 (君には無理だよ。なぜ無理かというと・・・それは、君が私に追いつくことができて、初めてわかるのだがね)  おかしな論理だ。なぜ、おかしいかというと・・・。なぜ、おかしいかというと・・・。なぜ、おかしいかというと・・・。  目が覚めると、びっしょり汗をかいていた。忌々しかった。別に夢に出てきた彼に怒ってみても仕方ないのだが、私の問題として、どうしても、彼の顔を一瞥でもしないと収まらない気がした。  いつものように歩いて駅に向かう。彼の後ろ姿が見えてくる。なんだか、その光景も悪夢のような気がしてきた。  ちょっとだけ、振り向いてくれればいいのだ。それで終わるのだ。だが、この男、首が回らないんじゃないかと思うほど、前を見続けている。そして、だんだん距離は縮まってくるのだが、どうしても追いつけないのだ。これも、また悪夢に似ている。私は、ずうっと夢の中に住み続けているのではないだろうか。  改札を入ったところで、彼がふと方向を変えた。トイレの方だ。 (チャーンス!)  私は叫びそうになった。トイレに入る、小用を済ませる、そして、どうする?  当然、振り返る。さらに洗面台で手を洗う。その前には?  顔を写す鏡がある。 (ふふふ、君の負けだよ。トイレの君は隙だらけだ。ここで尿意を催したのが敗因だね)  私は彼についてトイレに向かった。別に行きたくもないのだが、この際しょうがない。こんなにわくわくしながらトイレに行くのは初めてだ。  ところが、なんということだろう。彼は、「大」の方へ入ってしまった。この駅の男子トイレには「大」の扉が三つ並んでいる。その真ん中のドアが私の前で閉まった。その両側も使用中である。  私は「小」さえやりたくないというのに、「大」の扉が開くのを待つ人になってしまった。しかも、彼の入っている扉が最初に開くとは限らない。  私の後ろに、人が一人並んだ。この人は、やりたくもない私に比べて、遙かに切羽詰まった状況にあるのだろう。申し訳ない。もし、「彼」以外の扉が開いたら、譲ろうか。それも、おかしな光景ではあるだろう。 (くそう、尿意でなくて便意を催したのが、ヤツの勝因になるのか)  その時、水を流す音が聞こえた。ヤツの扉ではない。私は覚悟を決めて、後ろの人に順番を譲ろうと振り返った。 「あの・・・」  と、話し始めようと思ったその瞬間、私の下腹部を強烈な痛みが襲った。きゅるるる、という音がトイレ中に響いたかと思われるくらいだった。「彼」のではない扉が開いた。もう、否も応もない、私は天の助けとばかりに、その空席に駆け込んだ。  出てきた時、彼の姿はもちろんなかった。 「子供が熱を出してしまいまして、病院に連れて行かなければならないので、午前中は休ませて下さい。はい、あ、その件は山下君がわかっていますから。はい、大丈夫です。では・・・」  ともかくも、午前中は自由を得た。ヤツを思いっきり追跡しまくる自由だ。  三メートルきっかり、ヤツとの距離を保っている。もう、今日は慌てて転んだりはしない。突然の便意に邪魔されることもない。(思うに昨日のは、追跡に気をつかいすぎたための神経性の下痢だったのではないか)  距離を保ちつつ、改札を通り、電車に乗る。ヤツがM駅で降りるのはわかっている。すでに先手先手を打って、大きな網で取り囲んで捕獲するのを狙っているような気分だ。  M駅である。大勢のお客がすれ違ったり、ぶつかり合ったり、もみ合ったりという日々繰り返される混乱の中、私は彼への視線をそらさない。距離も開きもしなければ縮まりもしない。  私も彼ももみくちゃにされているのだが、彼の 顔は不思議なほど、こちらを向かない。他の乗客達と同じように彼の身体も曲がったり捻れたりしているのに、顔面だけは偶然とは思えないほど、私の方を向かないのだ。  M駅で乗り換えた電車で終点のS駅に着く。ターミナル駅で、多くの路線が迷路のように入り込んでいる。混雑も激しくなる。 彼を見失わないように付いていくと、ある地下鉄駅の入り口に入っていった。たしか先月開通したばかりの路線で、私は初めてだ。何列にも並んだ、エスカレーターが深い地の底へと人びとを粛々と運搬している。何人か前に、彼の後頭部が見える。やや上のこの角度から見るのは珍しいと思った。意外に耳がとがっている。 再び混み合った電車に乗り込む。乗客達の狭間で私の身体はぐるんぐるんと何回も回転する。彼もそのはずなのだが、相変わらず顔は見えない。 五つめの駅で降りる。私にとっては初めて降りる駅だが、もうこの大都会の中心部のはずである。 改札を通ってから、長い地下道を歩く。気づくと左右の壁も天井も鏡張りである。これなら、ちょっとした角度の変化で、彼の顔、少なくとも横顔くらいは見えるかもしれない。そんな期待が高まるとともに、じれったさも募る。 何度も右に左に曲がり、いくつかの自動ドアを通り抜けた。相変わらず鏡張りの廊下である。いつの間にか、前にも後ろにも、人はいなくなった。彼と私だけが歩いている。彼は私に気づいているだろうか、いや気づいているだろう。どう思っているのだろう。 そんな道行きを繰り返している中に、ある自動ドアを抜けたところで、私は立ち止まった。 その先に廊下はなかった。鏡張りの壁が私の前にあった。後ろを見てみると、今通ったばかりの自動ドアがぴたりと閉じている。それもまた、鏡になっている。 私は合わせ鏡の真ん中にいた。私の前には、私が写っている。その向こうには私の後ろ姿が写っている。その向こうには、また私がいて、その背後に向こう側を向いた私がいる。次第に小さくなり薄暗くなっていくものの、その連続がカードのようにどこまでも連なっている。 右手を挙げると、鏡の中の私は左手を挙げ、私の後ろ姿は右手を挙げ、その向こうの私は左手を挙げる。それが一斉に動く。 頭がぼうっとしてきた時、 「君はなぜ、私の跡をつける」 声がした。私の左側だ。彼だ。彼が立っている。ただし、私に背を向けている。 「いえ・・・」 そんな言葉しか、私の口からは出て来なかった。 「私の何を知りたい」 「や、どんな顔なのかと・・・」 「無駄だよ」 「なぜ」 「よく見たまえ」 「あ・・・」 この小部屋は左右も鏡張りになっていた。つまり、合わせ鏡だ。前後に写っている私の姿と同じように、彼の前側、後ろ側、前側、後ろ側、という姿が連なって写っているはずなのに・・・・・・。 後ろ姿しかなかった。後ろ姿がどこまでも連なっているだけだった。 「私は顔をなくした男だ」 「なぜ」 「私が聞きたいくらいだね。まあ、ひとつ言えるのは持ってしまったんだよ」 「なにを」 「君と同じさ。ちょっとした好奇心だ」 背中しか見えないのに、今、彼は笑っているに違いない、と思えた。 「君の顔はもらった」 そう彼が叫ぶと同時に、背後のドアが開いて、私の横を彼がすり抜けるのを感じた。走り去っていく彼の靴音が、無機的な空間の中に響き、それはだんだん遠ざかっていった。 ドアが閉じた。 無限に続く合わせ鏡の中には、どこまでも私の後ろ姿だけが写っていた。 私はそれ以来、ただひたすら待ちをうろついている。会社にも行っていない。家にも帰っていない。誰とも話をしていない。 それもそのはず、これでは人に合わせる顔が無いではないか。

社長のショートストーリー『佇む人』

社長1 会社をたたんだ。何の迷いもなかった。簡単だった。  社員と言っても、資材の安沢さんと事務の諸井さんの二人だけだったし、二人とも、もう七十歳を越して、そろそろ引退したいと言っていた。  得意先への挨拶も簡単だった。機械部品の卸売りなので、売り先は中小零細の町工場と言うことになるが、皆、同業者を紹介してひきついでもらうことにした。在庫品も同業者に引き取ってもらった。 中には、 「お宅がやめるんだったら、ウチもそろそろお仕舞いにするかな」  と言い出す社長もいた。 「あんた、まだ隠居するには早いんじゃないの。普通なら働き盛りの年だろうに」  とも言われた。しかし、 「気を落とすなよ」  と慰める人はいなかった。  アメリカの有名な国立公園の渓谷で、観光用の小型機が墜落して大破した。乗員乗客は全員死亡。その中に女房と息子がいた。  女房は会社の専務だった。私は代表取締役社長ということになっていたが、会社の株は全部、女房に握られていたので、いつ首を飛ばされるかわからない社長だった。  この会社は女房の父親が作った。女房は一人娘だった。  そして、私が五代目の社長である。勘定が合わないと思われるかもしれないが、初代創業者社長と私の間に、三人挟まっているという事である。いずれも養子として、女房の夫になった人だ。  最初の夫は苦み走ったいい男で、俳優崩れだったらしい。役者としてはうだつが上がらなかったようだが、結婚当初、いい夫、いい婿を演ずるには長けていたようだ。  じきに初代が会長に退くことになり、二代目に収まったあたりは一世一代の当たり役だった。堂々たる社長就任の挨拶が、目に浮かぶ。  ただ、一年たつかたたないかのうちに、遊び人の本性を現して、女房の宝石箱をポケットにねじ込んで、どこぞの商売女と姿をくらましてしまった。  二人目の夫、つまり三代目社長は、社員の中から選ばれた。女房の好みよりも、社長としての器量が優先されたのだろう。やる気満々の男だった。  世間の景気がよくなる時期にも重なったのだろう、会社は大きく発展し、都内に三階建てながら自社ビルを持つまでに至った。  だが、好事魔多し、経営方針を巡って会長と対立、専務である女房も父親の肩を持ったために、ついに決裂。会社を背負っているのは自分だという自負のある男だからたまらない、会社を辞めて独立してしまう。この時、出来る社員と得意先をごっそり引き抜いていってしまった。もちろん、女房とは離婚。  あまり元気のよすぎるのも考えものと思ったか、次の婿、四代目社長は、遠戚の者らしいのだが、陰気極まる男だった。浅黒いツヤのない皮膚をしていて、低い声でもそもそと何か言った。だが、滅多に何を言っているかは聞き取れなかった。社員達は社長命令が出ているのだかいないのだか不明な状態で、とりあえずは会長と専務の指示に従って働いた。  本業がすでに傾いていた中で、実質的支配者だった専務たる女房は、ここで経営の多角化に乗り出した。  フラダンス・スクールとブライダル・サロン、という、それまでにあまり縁のない業種で、ほぼ彼女の思いつきで始めたに等しいが、派手好きで見栄っ張りの彼女は、それらにいくらでも金をつぎ込んだ。  陰気な四代目社長は、ますます影が薄くなり、だんだん会社に姿を現さなくなり、皆がその顔を忘れかけた頃、ようやく久しぶりに存在感を思い出させることをやってのけた。  死んだのだ。    そして、私が五代目に収まった。 学校を出てこの会社に入り、ただひたすらこつこつと働いてきた、ほとんど唯一の生え抜きの社員だったというくらいしか取り柄はない。もう、人生の後半に足を踏み入れている。一度結婚して、死別した。子供はない。  だが、社長及び婿養子に納まると同時に、二十歳の息子が出来た。女房の二番目の亭主との間に出来た子だ。やがて学校を卒業すると同時に、会社の常務に就任した。形の上では私の部下の筈だが、もちろん当人にそんな気はない。自分の方が偉いと思っている。まあ、実質的には、そうに違いないだろう。    社長になって、最初の仕事は陰気な四代目社長の社葬を執り行うことだった。焼香をする時、遺影を見上げて、改めてこの人はこんな顔をしていたのか、と思った。それまで、どうにも思い出せなかったのだ。  次に控えていた仕事は、創業者会長、すなわち女房の父親の葬儀を行うことだった。赤ら顔で元気で意地汚そうな、絶対に死なないと思われていた老人だったが、好物のタコをのどに詰まらせて死んだ。突然だった。いや、こんな死に方に前兆があるわけがない。  三番目の仕事は、ぎゃあぎゃあ喚く女房を強引に説き伏せて、フラダンス・スクールとブライダル・サロンを廃業させたこと。  四番目の仕事は自社ビルを売却して、貸しビルの一室に移ることだった。  五番目の仕事は、「社宅」という扱いになっていた、プールと日本庭園とイングリッシュガーデンと三つの浴室と五つのトイレのある自宅を売却して、もっと小ぶりな家に移ることだった。  右肩上がりの時代は終わり、世間の景気も悪くなっていた。ひたすら退却戦を戦うことを余儀なくされた。  女房は毎日、「あんたが私の『夢』を潰した」と金切り声を上げた。私の顔など見たくないというので、しょっちゅう息子の常務と「出張旅行」に出掛けた。 そして、「出張先」のアメリカで遭難した。 私の最後の仕事が、女房と息子の葬式を出すことと会社を整理することだった。  やることもなくなった私は、あてもなくあちこちをぶらついて日々を過ごした。気がつくと、公園で、また橋の上で、駅のホームでぼんやりと空を見上げていることが多くなった。 「竜野さん」  後ろから声をかけられた。ふと気がつくと寺の門前に立っていた。  振り向いて、しばらく声の主の顔をまじまじと見てしまった。派手なジャージ姿、スキンヘッドにキャップという若い男である。こんな知り合いがいただろうか、と考えていると、 「この寺の住職です」  と笑った。何処かで見たような顔だと思っていたが、社長になってから何度も出した葬式で会ったのだった。袈裟を着た姿しか見たことがなかったので気がつかなかった。  よく葬式を出したがる男だと思われていたかもしれない。 「大変でしたね。落ち着かれましたか」  住職は私を気遣うように言った。 「いや・・・まあ・・・」  曖昧な返事だが、曖昧にしかなりようがない。 「会社も閉じられたとうかがいました。残念でしたね」 「そうでもありません。すっきりしました」 「そうですか。お寂しくなったのではありませんか」 「なんだか慌ただしかったけれど、こうなってみると余計なものがなくなって、落ち着くところに落ち着いた感じです」 「それは、なんだか我々仏門の者が教わらなければならないようなご心境ですね。なにか困ったことはありませんか」 「そう・・・」  家のことを思い出した。小さな家に移ったと言っても、一人になってしまうと、それでもまだ広すぎる。  結局、この住職の世話でアパートに移ることになった。この寺が経営するアパートだ。数年前になくなった先代、つまり現住職の父が建てたのらしい。  先代は、迷える衆生を救うよりも、アパートや駐車場の経営に熱心で、どこぞに妾も囲っていたという生臭、いや大変な発展家だったそうで、「地獄の沙汰も金次第」とばかりに大往生を遂げた後は、めでたく地獄に落ち着いたか、一切空に帰ったか。  アパートは寺に隣接している。気がつくと、私は門前に佇んでいるようになった。どうやら、そこが気に入ってしまったらしい。門のうちの木々をすり抜けてくる風も、目の上に広がる空も、他の場所より爽やかな感じがする。  なんとなく、今の若い住職の徳であるような気がした。彼も年を取ると、先代から引いた血が騒ぎ出して、生臭になってしまうのかもしれないが、私がここにこうしている間は、爽やかな風を吹かせて欲しい。  道行く人は、私を変なおじさんだと思っていることだろう。来る日も来る日も門の前に突っ立っているのだ。だいぶ日にも焼けた。足も丈夫になった。  どういうつもりか、通学途中の小学生が元気に挨拶してくるようになった。交通安全関係の誰かと勘違いしているのだろう。はじめはびっくりしたが、だんだんごく普通に挨拶を交わすようになった。 ついで、女学生が挨拶していくようになった。 いつも私を不審人物であるかのように気味悪げに見て通り過ぎていた(また、そう見られても仕方がないかもしれないが)おばさんが、にこやかに挨拶してきた時も驚いた。人間というのは変化するものであることに、改めて感じ入った。 ひとつには、この寺の若い住職と立ち話をしているところが、たびたび目撃されたからに違いない。お坊さんと親しげに話しているのであれば、有害な人物ではあるまい。たとえそうであったとしても、お坊さんによって善導されるかもしれない。 住職は背の高い、涼やかな、なかなかのイケメンなのである。 雨の降っている時、傘を差して佇んでいる自分に気づいた時は、我ながら呆れた。濡れれば風邪を引くかもしれないだろうに、何をわざわざこうしてまで、と自分で自分を冷やかした。もはや、一種の病気かな。 「一緒に立っていていいですか」  最初は、幽霊に声をかけられたような気がした。よく晴れた日だったのに、木霊の声を聞いたような気がした。  若い女だ、と思ったが、私はどうも他人の年齢がよく見分けられない。まだ幼さの残る年頃にも見えたし、中年と呼ばれるくらいの年だったのかもしれない。髪が枯れ草のように乾いて見えた。暗い目に青い涙がにじんでいるようだった。痩せていて、よれよれにトレーナーにいジーンズという格好で、若い割りには身なりに構わないらしかった。  私は、かくんかくんと頷いた。いや、私にそれを許可する資格があったとも思えない。それどころか、私の方が寺に対して、ここに立っていていいかと尋ねる義務があったのかもしれない。  女は横に並んで立った。それきり、口を聞かなかった。顔はうつむけて、自分の靴の先の地面を見ているようだった。  これがどういう事態なのか、私にはよくわからなかった。ただ、はたから見れば奇妙な光景だろうと思った。  私はこの奇妙さを我慢しなければならないのだろうか。それとも、女を放っておいて帰ってしまうべきなんだろうか。割れた煎餅のような気持ちで、私は立っていた。  一時間たったのか、二時間たったのか、相当疲れを感じてきた頃、不意に女がぺこりと頭を下げて 「私、これで帰ります」 「う、うん」 「バイトがありますので」 「そ、そう」 「明日も来ていいですか」 「ま、まあね」  曖昧な気持ちで答えると、彼女は再びぺこりとお辞儀をして、小走りに立ち去った。長い時間突っ立っていた後なのに、思いがけず軽やかに走るのが不思議な気がした。  翌日も女は来た。来ると、まずぺこりとお辞儀をした。そして、佇んだ。しばらくすると、また、ぺこりとお辞儀をして走り去った。  毎日、同じことが起こった。ぺこりとお辞儀をされては、私は曖昧に会釈を返した。それ以外に会話をするでもなかった。  彼女はいつもうつむいていた。何か思い詰めてでもいるようで、なんだか私が苦しくなった。 「ほら、空がきれいだよ」  そう話しかけると、あり得ベからざることが起こったようにびっくりして私を見た。そして、二、三度うなづくと、また地面に目を落とした。例の青い涙が目尻にたまっているように見えた。 「すみません、明日は来られません」  帰る時に突然、そんなことを言う日があった。別に来ようが来るまいが彼女の自由の筈だったが、なんだか自分が彼女のバイトの上司であるような気がした。かといって、「困るんだよね、休まれちゃ」というのは、明らかにおかしい。  だんだん、こうして立っているのが自分の仕事であるような気がしていた。一度、風邪をひいて出て来られなかった時など、彼女に済まない気がした。  こうして、季節が巡った。余程の悪天候でない限り、木枯らしの日も「仕事」は続けられた。まさに無償の行為である。  年末と年始だけは、寺の邪魔になっても悪いので、休もうと申し合わせた。がらんと何も音のしないような正月をアパートの部屋で一人で迎えて、そう言えば、あの申し合わせも彼女との数少ない会話だったなと思い出した。  冬が過ぎ、空気が和らぎ始めたのを感じたときは、本当に嬉しかった。この嬉しさを彼女も感じているだろうかと思った。できれば、感じていてもらいたかった。  梅やこぶしや緋寒桜や水仙が花を開いた。 風の中に春を感じ始め、やがて桜の季節が走り抜け、若葉の緑がいやに目にしみるようになり、寺の門を燕がすいとくぐり抜けるころ、彼女は来なくなった。 初めは「バイトが忙しいのかな」などと思ってみたが、そういう日が重なって行くにつれて、明らかに動揺している自分を見いだした。 なにか、悪いことが起こったのではないか。だが、ここに佇んでいることが、そんなに「いいこと」かと考えると、逆に、彼女にとっていいことが起きたのかもしれない。だが、それにしても、ひと言くらい挨拶があって然るべきだろう。 いや、そういうことではない。 私は寂しかったのだ。 「ただ単に元に戻っただけではないか」と思おうとした。思ったところで慰めにもならないことはわかっていたくせに。 目に見える風物がどんどん活気を帯びてくる季節に、私は一人取り残された。裏切られたような気がした。 梅雨の季節には、私は意地になって傘を差して立ち続けた。こうしているうちに彼女が現れるかもしれないという気もあった。私を「見捨てた 彼女に対して意固地になっているようでもあった。 風雨が強くて傘が飛ばされそうになった日、住職に「今日は帰りなさい」と慰められたこともあった。考えてみれば、いいオヤジが若い人に気遣われ、迷惑をかけているのだった。 暑い季節が来た。 「どうせ、何もせず立っているのならアイスキャンデー売りでもやろうかな」 ぼんやりした頭でそんなことを考えていた時、 「どうです。中へ入ってお休みになりませんか」 短パンにキャップ、ビーチサンダルにサングラスという住職から声をかけられた。 日盛りから、薄暗い屋内に入って、闇が紫色に見えた。 泉水の見渡せる座敷に通されて、麦茶と水ようかんを振る舞われた。私は立て続けに麦茶を三杯飲み干した。 「彼女がいないと寂しいですか」 そうだろうな、こっちの気持ちは見抜かれているんだろうな、と思った。強がっても無駄なような気がした。でも、うなずきはしなかった。 「五月頃でしたっけね、来なくなったのは」 よく観察してやがる、と、ちょっと拗ねたような気になった。 「あの子、暖かくなっても長袖の服を着ていたでしょう」 それがどうした、と思いながら、池の向こうにぎらぎらと咲いている百日紅を眺めていた。 「腕に自傷のあとがありました」 ・・・・・・ 「どうしているんだろうなあ」 「わかりません」 「なんで、一緒に立っていたんだろう」 「わかりません。何かを求めていたのだろうとは思いますが」 「人間って、ちょっとしたボタンの掛け違えで、急に生きづらくなっちゃったりするからなあ」 「その逆もある、と思いたいですけどね」 「生きているんだろうか」 「わかりません」 「死んじまったんだろうか」 「わかりません」 その年の九月はやけに台風が多かった。ひとつ過ぎると、お代わりが待っているという感じだった。 そろそろ打ち止めかな、というのが過ぎると、そいつが南から引きずってきた熱い空気が空を覆った。 そういや、アイスキャンデー売りをやろうとか考えたこともあったな、と思い出しながら、相変わらず門前に佇んでいると、ふと目の前に影が差したような気がした。 影はぺこりとお辞儀をした。 「ああ・・・」 言葉も見つからずに、間抜けな声を出した。 再びぺこりとお辞儀をした。影ではなく、はっきりとした人間の顔をしていた。微笑んでいるようにも、はにかんでいるようにも見えた。 そうして、くるりとくびすを返すと、すっすっと向こうへ歩いて行った。あんなに手足が長かったっけ、と思った。 もう、青い涙はにじんでいないようだった。

ロミオとジュリエット バルコニーのシーンより

おら
ロミオ 彼は傷を感じたことはない傷跡でjests。
  
--ジュリエットは、ウィンドウに上記の表示されます 
 
しかし、柔らかいです!あそこの窓休憩を通じて何光? それは東で、ジュリエットは太陽です。 
、公正な日を生じ、嫉妬月を殺します、 悲しみと病気と淡いすでに誰が、 
彼女より彼女メイドアートはるかに公正あなたがそれ: 
彼女は嫉妬であることから、彼女のメイドではないこと。 
彼女のヴェスタルカラーリングはなく、病人や緑であります 
そして愚か者が、どれもそれを着用行いません。それを脱ぎ捨てます。 
これは、O、それは私の愛で、私の女性です! 
O、彼女は知っていたことを! 
どのようなことで:彼女は何も言うまだ話しますか? 
彼女の目の言説。私はそれにお答えします。 私は彼女が話す私にはないTIS '、あまりにも大胆です:
すべての天の最も公平の星の二、 
いくつかのビジネスを持って、彼女の目を切望ん 彼らが戻るまで自分の球にきらめきます。 
彼女の目には、彼らが彼女の頭の中で、そこには何でしたか? 
彼女の頬の明る恥それらの星だろう、 
昼光のようにランプをおら;天に彼女の目 
とても明るく風通しの良い領域ストリームを介しだろう 
鳥が歌うと、それは夜ではなかったと思うだろうということ。 
彼女は彼女の手時に彼女の頬に傾いているか、ご覧ください! 
O、私はその手の上に手袋であったこと、 
私はその頬に触れる可能性があることを! 

 JULIET 私あぁ! 

 ロミオ 彼女は話す:
 O、再び話す、明るい天使!あなたの芸術のため 
この夜の栄光のように、私の頭のo'erあります 天の翼のある使者であるように 
ホワイト上向き不思議そうにうんと 
彼に戻って視線にフォール死すべき者の 
彼は怠惰なペーシング雲をbestridesとき 
そして、空気の懐の際に帆。 

JULIET Oロミオ、ロミオ!ロミオあなたなぜアート? 
あなたの父を拒否し、あなたの名を拒否する。 
または、あなたは、私の愛を誓っされていないくださる場合は、 
そして、私はもはやキャピュレットならないでしょう。  

ロミオ [脇]私はより多くを聴かなければならない、または私はこので講演しなければなりませんか?  
JULIET 'Tisの私の敵であるthy名前。 
ないモンタギューけれどもあなたは、自分自身の芸術。 
モンタギューは何ですか?それは、手、また足でも、 
アーム、また顔、また他の部分も、 
男に属します。 O、他のいくつかの名前であります! 
名前には何ですか?私たちはバラを呼ぶもの 
他の名前で甘い匂いだろう。 
だからロミオは、彼ではないロミオのcall'dただろう、 
彼が負うこと親愛なる完璧を保持 
そのタイトルなし。ロミオは、あなたの名を脱ぎます、 
そして、あなたのいかなる部分ではありません、その名前のために すべてを自分で取ります。

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 金井哲夫の後書き  
大変に有名なシーンですが、日本語に訳すとこういう具合です。非常に難解ではありますが、これはラップ調に読むとなかなかいい具合になります。つまり、意外に現代的な文章であるということです。


名作機械翻訳文庫

翻訳家でもある文豪堂書店編集長の金井哲夫は、翻訳家なので楽をしようと、機械翻訳で1本の小説を翻訳させた。それがこの作品だ。なんと芸術的な大爆笑小説となって、自分自身、危機感を憶えている。みなさんもよく読んで欲しい。で、この作品が誰の何と言う短編小説かを当ててほしい。さあて、おわかりかな? (金井哲夫)

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1ドル八十から七セント。それがすべてでした。そして、それの60セントは小銭でした。ペニーは自分の頬には、このようなクローズを暗示扱うことは節約のサイレント転嫁で焼かれるまで、食料品店や野菜の男と肉屋をブルドーザーことにより、一度に1と2を救いました。デラは三回を数えました。 1ドルeighty- 7セント。明日はクリスマスだというのに。
んが、みすぼらしい小さなソファと遠吠えにごろりと横になるためには何も明らかにありませんでした。ですからデラはそれをやりました。これは寿命がsnifflesが優勢で、すすり泣き、sniffles、と笑顔で構成されていることが道徳的な反射を扇動。

家の愛人は徐々に第一段階から第二に沈下している間、家を見てみましょう。週$ 8で家具付きフラット。まさに乞食説明しませんでしたが、それは確かに乞食生活の分隊に目を光らせて、その単語を持っていました。
階下にない文字は行かないだろうそこにレターボックス、および何死すべき指環を同軸ことができなかった、そこから電気ボタンがありました。また、名を冠したカードがたにありました所属の "ミスタージェームズディリンガムヤングは。」

「ディロン」は、その所有者は週$ 30支払われた繁栄の時代にはそよ風にはためいていました。さて、利益はしかし、彼らは控えめと控えめDに契約を真剣に考えていた。しかし氏ジェームズディリンガムヤングが家に来て、彼は「ジム」と呼ばれ、大幅に夫人によって抱きしめた上に、彼のフラットに達したときに、$ 20に縮小されたときすでにデラとしてあなたに紹介しました。ジェームズ・ディリンガム・ヤング、。これはすべての非常に良いです。

デラは彼女の叫びを終え、粉末ウエスで彼女の頬に出席しました。彼女は窓に立ち、灰色の裏庭にある灰色の塀を灰色の猫が歩い鈍く外を見ました。明日はクリスマスの日になると、彼女はジムに贈り物を買うお金がたったの$ 1.87でした。彼女はこの結果と、数ヶ月のために彼女ができたあらゆるペニーを保存していました。 20ドルの週は遠くに行っていません。費用は彼女が計算した以上にありました。彼らは常にあります。たったの$ 1.87ジムのために本を購入します。彼女のジム。彼女は彼のために素晴らしい何かを計画して過ごした多くの幸せな時間。上質で希少な、英ポンド何か - ジムによって所有されているの名誉の価値があることに近い何か少しだけ。

部屋の窓と窓の間に桟橋ガラスがありました。おそらく、あなたは$ 8フラットで桟橋ガラスを見てきました。非常に薄く、非常に機敏な人は、長手方向のストリップの急速な順序で彼の反射を観察することによって、彼のルックスのかなり正確な概念を得ることができます。デラは、細身であること、芸術をマスターしていました。

突然、彼女は窓から旋回し、ガラスの前に立ちました。彼女の目はきらきらと輝いていましたが、彼女の顔は20秒以内にその色を失っていました。急速に彼女は彼女の髪を下ろし、その長さいっぱいに落下しましょう。

今、彼らは両方の強大な誇りを取っているジェームズディリンガムヤングの2所有物がありました。一つは、彼の父の、彼の祖父のだったジムの金時計でした。他には、デラの髪でした。シバの女王がairshaft全体にフラットに住んでいた、デラは彼女の髪は、ちょうど女王陛下の宝石や贈り物を減価償却するために乾燥させるためにいくつかの日に窓の外にぶら下がった状態にしなければなりません。ソロモン王は、管理人は、地下室に積んですべての彼の宝物で、ジムはちょうど彼が嫉妬から髭で摘み取る見るために、彼は合格するたびに彼の時計を取り出しただろうされていました。

だから今デラの美しい髪は、彼女のリップルについて落ちたと茶色の海のカスケードのように輝きます。それは彼女の膝の下に達し、彼女のためにそれ自体がほとんど衣服を作りました。そして彼女は神経質にかつ迅速に再びそれをやりました。彼女は分間行き詰まっと涙または2が摩耗赤いカーペットの上に跳ね上げながらまだ立ったら。

上は彼女の古い茶色のジャケットを行ってきました。彼女の古い茶色の帽子を行った上で。スカートの旋回と、まだ彼女の目に鮮やかな輝きで、彼女はドアの外にひらひらと通りに階段。

彼女は看板を停止どこ読み:「MNE Sofronieすべての種類の髪製品。。。」 One飛行アップデラは走り、喘ぐ、自分自身を集めました。マダムは、大規模な、肌寒い、あまりにも白、ほとんど「Sofronie」を見ていません

「あなたは私の髪を購入するのだろうか?」デラを尋ねました。

「私は髪を買い、「マダムは言いました。 「ヤー帽子を脱いでのそれのルックスで視力を持ってみましょう。」

ダウン茶色のカスケードをさざ波。

「20ドル、「マダムは練習の手で質量を持ち上げ、と述べました。

「迅速な私にそれを与える、 "デラは言いました。

ああ、次の2時間はばら色の翼に乗っによってつまずい。ハッシュ化されたメタファーを忘れます。彼女はジムの贈り物を探してお店を巡りました。

彼女は最後にそれを発見しました。それは確かにジムと誰ものために作られていました。そこのような他の店舗のいずれかではなかった、と彼女は裏返しにそれらのすべてをなっていました。これは、適切にけばけばしい装飾によって、単独ではなく、物質によってその値を宣言し、デザインのシンプルで上品なプラチナフォブチェーンだった - すべての良いものが何をすべきとして。これは、ウォッチのさえ値するでした。すぐに彼女はそれを見たように彼女はそれがジムのでなければならないことを知っていました。それは彼のようでした。静粛性と価値 - の両方に適用される説明。 21個のドルは、彼らはそれを彼女から取った、と彼女は87セントと一緒に家に急ぎました。この鎖を時計につけれはどのような企業での時間は約適切に気になるかもしれません。グランドは、時計のように、彼は時々悪賢い彼は鎖の代わりに古い皮ストラップのアカウント上でそれを見ました。

デラが家に達したときに彼女の中毒は少し慎重かつ理由に道を譲りました。彼女は彼女のヘアアイロンを出て、ガスを点灯し、寛大さ、愛に追加することによって作られた被害を修復する仕事に行きました。これは常に驚異的なタスク、親愛なる友人である - マンモスタスク。

40分以内に、彼女の頭は彼女が素晴らしく不登校生徒のように見える作られた小さな、クローズ横たわっカールで覆われていました。彼女は慎重に、長い鏡の中の彼女の反射を見て、と批判。

「ジムは私を殺すしない場合は、「彼は私をもう一度確認を取る前に、彼女は "、自分自身に言った、彼は私がコニーアイランドのコーラスガールのように見えると言うでしょうしかし、私は何を行う可能性 - 。ああ何私ができます!ドルで行い、7セントをeighty-?」

7時位置にコーヒーがなされたとフライパンが熱く、チョップを調理する準備ができてストーブの後ろにありました。


ジムは遅くはなかったです。デラは彼女の手にフォブチェーンを倍増し、彼は常に入力されたドアの近くのテーブルの隅に座りました。それから彼女は離れてダウンして初飛行上の階段の彼のステップを聞いて、彼女はちょっと白くなっ。彼女は最も簡単な日常的なものについて少し黙祷を言うために習慣を持っていた、そして今、彼女はささやいた: "。神は、彼が私はまだかなりだと思うしてください」

ドアが開き、ジムが介入して、それを閉じました。彼は薄く、非常に深刻でした。悪い仲間、彼は唯一二十から二だった - と家族を負担します!彼は新たなオーバーコートを必要とし、彼は手袋なしでした。

ジムはウズラの香りでセッターとして不動のように、ドアの内側に停止しました。彼の目はデラ時に固定された、と彼女は読み取れなかったことをそれらの式がありました、そして、それは彼女を恐怖しました。それは彼女がのために準備されたことを怒り、また驚き、また不承認、またホラー、また感情のいずれかではありませんでした。彼は単に彼の顔にその奇妙な表情で固定的に彼女を見つめていました。

デラはテーブルをオフにうごめいし、彼のために行ってきました。

「ジムは、最愛の人、 "彼女は叫んだ、「私にそのように見ていない。私はあなたにプレゼントを与えることなく、クリスマスを生き抜いてきたことができなかったので、私は私の髪を切って販売していた。それはagain--を成長させるだろうあなたは意志、気にしないのだろうか?私はちょうどそれをしなければならなかった。私の髪は非常に速く成長します。 `メリークリスマスを言います!」ジムは、とのが幸せにしましょう。あなたは美しい、素晴らしい贈り物は、私はあなたのために持っているもの何nice--知りません。」

「あなたは、あなたの髪を切ってきました?」彼も最も困難な精神労働の後にまだその特許実際に到着していなかったかのように、苦労し、ジムに尋ねました。

「それをカットし、それを販売し、 "デラは言いました。 「あなただけのようにも私を好きではない、とにかく?私は、私は、私の髪なしで私をされていませんよ?」

ジムは不思議な部屋の中に見えました。

「あなたは、あなたの髪がなくなっていると言います?」彼はほとんど白痴の空気と、言いました。

"あなたはそれを探す必要はありません、"デラは言いました。 「それは販売だ、私はあなたを教えて - 。。。それはあなたのために行ったために販売され、なくなって、あまりにもそれはクリスマスイブだ、少年私には良いことが、たぶん私の頭の毛が数えられた、 "彼女は、突然の深刻な甘さに行ってきました「誰も今まであなたのための私の愛を数えることができなかった。私はジム、上のチョップを入れましょうか?」

彼の恍惚のうちジムは目覚めるために迅速に見えました。彼はデラを包み込みます。 10秒のために私たちが他の方向に慎重な精査して、いくつかの重要ではないオブジェクトを考えてみましょう。八ドル週間または百万円 - の違いは何ですか?数学者やウィットはあなたに間違った答えを与えるだろう。マギは貴重な贈り物を持ってきたが、それは彼らの中ではありませんでした。この暗いアサーションは後に点灯します。

ジムは彼のオーバーコートのポケットからパッケージを描き、テーブル上にそれを投げました。

「任意のミスをしないで、デルは、「彼は私のこと "と言った。私は何がヘアカットの仕方や任意の少ない私の女の子のように私を作ることができるシェーブまたはシャンプーであると思う。しかし、あなたの場合はありません「あなたは私が最初にしばらく行く持っていた理由を見ることができるパッケージをアンラップでしょう。」

ホワイト指と軽快な文字列と紙で引き裂きました。そして喜びの恍惚と悲鳴。そしてその後、ああ!フラットの藩主のすべての慰めの力の即時の雇用を必要とヒステリックな涙とwailsへの迅速なフェミニン変更、。

デラがブロードウェイ・ウィンドウに長い崇拝していたことを櫛のセット、サイドとバック、 - 櫛が横たわっていたために。宝石リムと美しい櫛、純粋な亀甲、 - ちょうど色合いが美しい姿を消し髪に着用します。彼らは高価な櫛だった、彼女は知っていた、と彼女の心は、単に所持の少なくとも希望もなく切望し、それらの上にあこがれていました。そして今、彼らは彼女だったが、誰もが欲しがる装飾品を飾っているはず房がなくなっていました。

しかし、彼女は彼女の胸にそれらを抱きしめ、そして長さで、彼女は薄暗い目と笑顔で見上げることができたと言う: "私の髪は、ジムを非常に速く成長します!」

そして、彼らはデラ少し調印猫のように跳ね上がっと、叫んだ「ああ、ああ!」

ジムはまだ彼の美しい贈り物を見ていません。彼女は熱心に彼女の手のひら時に彼にそれを差し出しました。鈍い貴金属は、彼女の明るく熱心な精神を反映して点滅するように見えました。

「それは私がそれを見つけるために町中に狩り?ダンディ、ジムではありません。あなたが今一度に百回一日を見てする必要があります。私はそれがそれにどのように見えるかを確認したい。私にあなたの時計を与えます。 「

代わりに従うことで、ジムはソファの上に転げ落ち、彼の頭の後ろの下に手を入れて、微笑みました。

「デルは、「彼は私たちのクリスマスは離れて提示入れて '日をしばらく維持しましょう。彼らはただ、現時点で使用するにはあまりにも素敵だ」と述べた。私はあなたの櫛を買うためにお金を得るために時計を販売しました。そして今、あなたが入れたと仮定します上のチョップ。」

すばらしく賢い人 -   - 飼い葉桶でベイブに贈り物を持ってきたマギは、あなたが知っているように、賢い人でした。彼らは、クリスマスプレゼントを与えるの芸術を発明しました。賢明なので、彼らの贈り物は、おそらく重複の場合は交換の権限を保有する、間違いなく賢明なものではなかったです。そして、ここで私は弱々しくあなたに最も愚かお互いのために彼らの家の最大の宝物を犠牲にフラットで2愚かな子供たちの平穏記載に関連しています。しかし、これらの日の賢いへの最後の言葉で、贈り物をするすべての人のこれら二つは賢明だったと言うことができます。 O彼らは賢明であるような贈り物を、与え、受け取るすべての人。どこでも彼らは賢明です。彼らはマギです。

おわり



●金井哲夫の後書き

「翻訳をするときは元の英語が透けて読めるようではダメだ」と言われる。最初から日本語で書かれたかのように訳すのが良い。その点、この訳文からは、ほとんど元の英語が推測できないため、なかなかの名訳ではないかと思う。
 とくに、二段落目の冒頭の「んが」は、日本に生まれ育った人間にしか出てこない訳だろう。
 全体を通して、元の英語がまったくわからない。なぜわからないのかと言えば、日本語もまったくわからないからだ。おそらく、ジェイムズ・ジョイスの作品に匹敵する難解な原文であろうことがわかる。
 これだけの翻訳がすでに自動的に行われるとなると、翻訳家の自分としては、いささか危機感を憶える。 
 しかし、そこは経験の深さが違う。老婆心ながらひとつ助言をさせてもらえるなら、「あなたは、あなたの髪がなくなっていると言います?」というジムの台詞は、少しいただけない。原文は ”You say your hair is gone?” となっている。ここは、「あなたの髪が『ゴーン!』と鳴ったのですか?」と訳すほうがバランスがよいと思う。




          

 



弟子を葬る

社長1 夏目漱石:作家。1867(慶応3)―1916(大正5) 
 芥川龍之介:作家。1892(明治25)―1927(昭和2)自殺 
 内田百閒:作家。1889(明治22)―1971(昭和46) 

 芥川龍之介の死体がいやにびろびろと伸びて、護謨で出来ているようで、持ち扱うのに苦労した。油断すると、腕の間からすり抜けて落ちてしまいそうな気がする。 
「しっかりと持ってやれ」
  前を歩いていた夏目先生が振り返って言われた。私は恐縮して、力を入れて芥川を抱えようとする。だが、そうするほど、鱗のない大きな魚を抱えているようで、とりとめがなくなるようだった。
 どこかで犬がびょうびょうと鳴いていた。
 黄昏時かかわたれ時か、本当はあたりがほんのりと明るい筈なのに、汚い紙をちぎって切り取ったような雲が空に貼り付けられてしまって、その隙間から漏れてくる光のせいで、薄暗かった。 
 漱石先生は普通の着物に羽織を引っかけて、書斎から其の儘出て来られたような格好をしている。腕組みをして、時々、こちらを振り返られるのだが、暗いのでどんな表情なのか、よく見えない。薄暗がりの中で、先生の小柄な立ち姿がうごうごしている。 
 道はどこまで続くのだか、わからない。まわりに家があるようにも思われない。私は遅れないように付いていこうとするのだが、芥川を抱えているので、中々、埒が明かない。 
 彼は、ただでさえ長身なのに、死んで妙に海蛇のようにのめのめと伸びたようで、たしか田端の彼の自宅で会う時に来ているような紺の無地の着流しなのに、変にぬめって、すぐに足下にわだかまってしまいそうになる。 
 こんな芥川は生前は見たことがない、と思っていると、時々目を開けそうになる。 
 目を開けては困る。こんなになってからの芥川の目を見たくないと思った。 生前の冗談や諧謔を飛ばす時のような生き生きとした目だったらいいが、今、目を開けたら、なんだか嫌らしいような気がした。 
「おい、内田。重いかい」 
 先生が声をかけてくだすった。私の不器用なのに呆れたのかもしれない。私は、ますます恐縮するばかりで、ますます、うまく力が入らなくなった。  
 私は、漱石山房で、机に向かって座っておられる先生の前で、ただ一人、かしこまっていた。昼までよく晴れていたのに、急に暗くなってしまった。 木曜会なら、周囲に小宮豊隆氏や鈴木三重吉氏ら、諸先輩がいて、私は隅の方で縮こまっているのだが、その日は一人だった。
  一人で来たことは、何度もある。先生の御本の校正を引き受けていたし、生活がどうしようもなくなって、借金の相談に来たことも一度や二度ではない。 先生の前に出るたびに、気ぶっせいな思いをして、言葉がうまく出てきたためしがない。今日は、また、いったい何の用でかしこまっているのだろうと、なんだか不思議な気がした。 
「内田」 
 と先生が口を開いた。 
「死んだ芥川のことだが」 
 そこまで言って、あと言い淀んでおられるようだった。いつもはっきりと物をおっしゃり、へんな思わせぶりを嫌う先生にしては珍しいと思っていると、 
「君は確か、彼が亡くなる直前に会っていたんだったな」
 昭和二年七月二四日、芥川龍之介が死ぬ二日程前、確かに私は芥川の家を訪ねて、二階の書斎で対面していた。後から考えると、彼は睡眠薬が相当効いていたのだと思うが、口元が定まらないようで、その癖、しゃべり始めるとべらべらととりとめもないことを、よく喋った。 
 どうしようもない貧乏の底にいる私は、帰りの電車賃もなく、その小銭さえ彼に借りる始末だった。芥川はいったん引っ込むと、両の掌の上に硬貨を山のように盛り上げて持ってきて、掌ごと私の前に突き出した。 
「欲しいだけ持っていきたまえ」 
 一枚二枚の硬貨だと、指が震えてうまく摘まめないので、そうやって持ってきたのだと言った。 硬貨をつまんで拝借した、その時さえ、私は目の前の彼が二日後に死んでしまうのだとは思っていなかった。 
「芥川のことは、ちゃんとやっているのかね」 
 と夏目先生が尋ねられた。ちゃんとしているというのが、どういうことかは咄嗟には、わからなかった。 毎年、芥川の命日には「河童忌」として、縁のあった人びとが集い、真夏の暑い盛りに、ぱたぱたと扇子で懐に風を送りながら、酒を飲むことになっている。 
 ふと、そういえば、河童忌の席上で一度も、漱石先生の姿をお見かけしたことがないと思った。 
 なぜ、ご出席にならないのだろう。弟子の、そういう席に出るのは、師匠として苦しいものがあるのか、と想像した。 
 そのわけを尋ねようとしたら、急に目がぱちぱちと痛んで、まともに先生を見ることができなくなった。頭の中に釣り針のようなものが降りてきて、何処かに引っかかっているような痛みを感じ、漱石山房の室内が灯籠流しの水面のようにきらきら光りながら流れていくような気がした。
 漱石先生は、大正五年に亡くなっている。青山葬儀場で行われた葬儀には、芥川も私も勿論参列した。芥川は、まだその春に帝大を卒業したばかりだったと思う。 
 亡くなっている先生が、芥川の河童忌にご出席になれないのは当然である。  
 先生は暗い中を歩き続けていた。 
 うねうねと動き回るようだった、腕の中の芥川は静かになっていた。 
 急に、私の前を、腕組みをしながらいつまでも歩き続けているこの人は、いったい誰なんだろう、ということが不思議に思われてきた 
「俺は夏目金之助だよ」 
 先生の顔のあたりだけ光が差して、鼻の脇に皺を寄せて、にやりと笑うのが見えた。自分の考えていることを見透かされて、私はひやりとした。 
「俺が、お前の腹の中くらい俺にわからないと思うかい」 
 先生の御作の『夢十夜』の第三夜の中では、「自分」の背負っている目盲の無気味な青坊主が、これから起こることや「自分」の思っていることを皆言い当ててしまう。あの子供は実は先生自身であったのか、と思った。 
 なんだか、先生がとても遠くにいるような気がした。  
 道は上り坂になっていた。先生は、身軽に前を登っていく。 
 気がつくと、芥川の身体は、だいぶ軽くなっていて、運ぶのが楽になった。 私は芥川自身も、楽になったのではないかという気がした。楽になった分、身体も軽くなったのだと考えた。 
 先生が立ち止まったのは、小高い丘の上のようだった。空一面にかかった雲の裾の方が切れていて、そこから明るい光が細く覗いていた。地上と空の間に、その光がぐるりと一周して続いていた。先生の横顔がよく見えた。 
「ここだ」 
 と、先生はおっしゃった。 
「内田、ここを掘ってくれ」 
 見ると、土の上に、まるで墓標のようにスコップが突っ立っていた。私は、芥川の死体を傍らに置くと、そのスコップを抜いて黒い土を掘り始めた。 
 土はさくさくと掘れていった。どんどん掘れて、どんどん穴が深く大きくなっていくのが面白くて、私は夢中になって掘った。 
 先生は、そばの石に腰掛けて、袂から「朝日」とマッチを取り出し、一本加えると、火をつけて吹かし始めた。薄暗い中に、先生のくわえた煙草が吸うたびに、明るくなり、また、光を落とした。私は、穴を掘る傍ら、そのちらちらする光を眺めていた。 
「内田」 
 と先生は話しかけた。
「はい」
「君も知っての通り、芥川は、僕が『鼻』を強く推したのがきっかけで文壇に押し出した」
「はい」 
 生活がうまくいかなくなる一方で、精神も変になりかけていた私の目からは、その当時の芥川はぴかぴかと光り輝いて見えた。その芥川の世話で海軍機関学校の独逸語を教えることにもなったのだが、私の貧乏は一向によくならなかった。 
 私は、穴を掘りながら、先生が次の言葉をおっしゃるのを待っていた。しかし、先生はなかなか話し出さなかった。穴は、いつの間にか私の身体が丸々入ってしまいそうなほど、大きくなっていた。 
「内田」 
「はい」 
「その穴に芥川を埋めてやれ」 
「はい」 
 私は穴の底に芥川を横たえた後、足下の方から土をかけていった。だんだん、腹から胸へと埋めていき、最後に、目をつむった芥川の端正な顔に土をかける段になると、急に悲しくなって、汗と一緒にぽたぽたと涙が落ちてたまらなくなった。 
「いいだろう」  
 芥川が完全に土の中に埋まってしまうと、先生はその傍らに立って、じっと土の表面を見つめておられた。 
「内田」 
「はい」 
「自分が文学界に推し出してやった男が、ああやって死んでいくのは師匠として耐えられないのだよ」 
「・・・・・・」 
「だから、せめて葬ってやりたかった」 
 生前、先生とこんな話をしたことがあっただろうか、と不思議な気がした。先生の前に出ると、身体が突っ張ってしまって、妙なことばかり口走っていたような気がする。もしかしたら、先生は私に言い忘れたことがいっぱいあったのではないか、と申し訳ないような気持ちがしてきた。
「内田」 
「はい」 
「お前は案外、死なない男だよ」 
「はあ」 
「確か、僕が死んだ前の晩、お前が家に詰めていたのだったな」 
 先生の亡くなったのは大正五年一二月九日である。先生の病が重くなってからは、弟子達が交代で徹夜で夏目家に詰めていた。亡くなる前の晩が私の当番で、先生の最後の晩を、そうやって過ごしたのである。 
「芥川の時と言い、僕の時と言い、君は妙な運を持っているようだ」 
 そういったきり、先生は黙ってしまった。 
 私はどうしていいかわからず、また、何かを話しかけていいのかもわからず、スコップを足下に立てたまま、ぼさっと佇立していた。 
 頭の上を大きな流れ星が流れ、向こうの森の中に落ちた。森の中が、少し揺れたようだが、すぐ静かになって、それっきり何も起こらなかった。 
「君は先に帰りたまえ。私は、もう少し、ここにいる」 
 私は、先生にお辞儀をすると、シャベルを担いで、もと来た方へ坂道を折り始めた。涙が後から後から流れて止まらなかった。 
 どこかで鷺の鳴くような声が聞こえた。 
 振り返ってみると、先生は芥川を埋めたあたりにしゃがんでおられるようにも思えたが、もう暗がりがひどくなって、よくわからなかった。  

社長のショートストーリー『松濤の美術館で展覧会を見て』

社長1 松濤の美術館で展覧会を見て、渋谷駅の方へ戻る途中だった。東急百貨店の前まで来ると、 
「ちょ、ちょっと、ちょっと」 と呼び止められた。
 振り返ると、私と同い年くらいの中年男がにこにこしながら近づいてくる。中肉中背、ちょっと猪首で、ノーネクタイに紺色のズボン。手に何も持っていないところを見ると、この近くで仕事をしている人かもしれない。
 「よーお」 と声をかけてきた。親しげ、というより馴れ馴れしい。
 妙に口吻がとがっていて、鼠かモグラモチのような顔である。こちらを下から覗き込むような目つきで、三白眼が目立つ。 
 何か、私とのあいだに悪い秘密でもあるかのように、変な笑いを浮かべて、 
「よ、あれからどうしたのよ」 
 と、肘でこちらを突いてくる。言っていることが不明であり、なにが「あれから」で、なにが「どうした」のか、わからない。 
 私は男の顔をまじまじと見た。知り合いにこんな顔、いただろうか。私は、人の名前と顔を覚えるのが決して得意ではない。 
 人脈の広い人の中には、一度会っただけで、驚くほど沢山の顔と名前を覚えてしまう才能の持ち主がいるものだが、そういう人の記憶力が信じられない。 私など、大して広くもない付き合いの中で、その狭い世間をちゃんと把握しているかどうか自信がないくらいなのだ。 
「あれから」と彼が言うのだから、私は最近、この人に会ったらしい。私は、この一ヶ月ほどの間にあった人を思い浮かべてみた。ついで、検索範囲を三ヶ月半年、一年と広げてみた。が、この人に会った記憶はない。 
 それより以前に会ったのだとすると、この人は、今、私に対してある種の懐かしさを感じているのかもしれない。そうとなると、なおさら頑張って彼のことを思い出してやらなければならないような気がしてくる。 
 だが、そういった私の驚きや苦悩は、彼にとっては関心の外であるらしく、
「いや、こっちも大変でさー」 
 と、勝手に話を続けた。 
 何が、どう、大変だったのだろう。その大変さは、私になんらかの関係とか責任があることなのだろうか。だとすれば、事態を明らかにして、善処する、謝る、言い訳する、逃げる、などの処置が必要になるかもしれない。 
「ど、どう大変だったの?」 
 私が、このひと言の反問に、全神経、全注意力を賭けた。 
 この短い問いに対する答えから、彼の問題とするところを探り、彼と私の関係を推測し、彼が私に対して、親しみを感じているのか、敵意を隠しているのか、これから食事でも奢ってくれようというのか、訴訟に訴えるつもりなのか、ただ愚痴をこぼそうとしているだけなのか、そもそも、この男はいったい誰なのか、等々を探り出さなければならない。 
 さらに、質問の言葉をどう選ぶべきか。 日本語は難しい。敬語もあれば、くだけた言葉もある。話し方によって、彼との関係性が自ずから表れてしまう。例を挙げれば、 
「どのように大変だったのですか」 
「大変って、何だよ」 
「またまた、大げさなんだから。なによ」 
「殿の一大事とあらば、拙者、身命を賭ける覚悟。ささ、お話しくだされ」 
 答え方によっては、相手にヘンな感じを抱かせたり、からかったり、喧嘩を売っているように聞こえるかもしれない。 
 その中で、この場合、もっともあたりさわりのなさそうな言い方を選んだのが、 
「どう大変だったの」 
 で、あった。この選択に賭けた私の神経は、張り詰めたロープのようになっていた。 
「それがさあ、はりはりふれてか、こりけって、くれがぼろぼろ」 
 と、彼は答えた。途中から、妙に早口になり、おまけになんだかふわふわした口調であった。 
 相手の日本語がヒアリングできないという事態に私は慌てた。 
「え?」 
 と、思わず聞き返した。 
「はりはりふれてか、こりけって、くれがぼろぼろ」 
 相手は、多少、ゆっくりと声を高めて繰り返した。その目に、こんなこと、繰り返させるなよ、という色が浮かんでいる。 さて、もう聞き直すわけにはいかない。 
「あ、ああ・・・」
  私は、肯定とも否定とも驚愕とも喜びとも感嘆とも同情とも失望とも安堵とも、いずれにも聞こえ、いずれにも聞こえないような、ため息のような音を漏らした。 
「ノザワなんて、あれだよ、やばかったんだよ」 
 ノザワ。突然、人名が出てきた。 ノザワさんなら知っている。 
 私の先輩に当たる人だ。とても温厚で博識な人で、ずいぶんと世話になったものだ。今は、故郷の山梨に住んでいるが、半年ほど前、用事で松本に行った帰りに会ってきた。家族で歓迎してくれた。去年、孫が生まれて、俺、おじいちゃんになったよ、などと人のよさそうな笑みを浮かべていたのを覚えている。 
 共通の知人がいたと言うことは、やはり、私はこの男と何処かで面識があったのだ。 
「へえ、ノザワさんが?」 
 私は、一縷の望みを見いだしたつもりで、そのノザワさんについて、彼が知っていることを聞き出そうとした。 
「それがよう、ノザワ、やべえんだってば・・・」 
 妙に話をぼかしてみたり、例の早口になったりして、細かい事情はよくわからないのだが、どうもおぼろげに見えてきたのは、あのノザワさんが、犯罪まがいのことをやって私腹を肥やしており、それがとある筋にばれそうになって、慌てて揉み消した、ということのように思えるのである。 
(あの、ノザワさんが・・・) 
 あの、誠実で優しいノザワさん、その包容力に後輩としてずいぶん甘えたものだが、あのノザワさんが、なにやらいかがわしいことに手を汚していたなんて。 
 私の中で、ノザワさん像がガラガラと音を立てて崩壊していった。 
「そんなんで驚いてんじゃねーよ。ワカバヤシなんかよお・・・」 
 ワカバヤシ?また知人の名が出てきた。 まだ若い知り合いだが、元気がよくて行動力があり、一方で困った人を見ると捨てておけないという正義漢でもある。年下ながら、ずいぶんと学ぶことの多い好青年だ。
 「ワカバヤシよう、あいつ、スケベだろ」 
 スケベ?ま、まあ、若いのだから、そういう方面に関心があるのは自然なことだ。それに彼なら、女性から人気があっても当然だと思う。 
 それが、そういう穏やかなスケベとスケベが違うのだという。 
 例によって、この男の話は、ぼかしたりはぐらかしたり、小声になったり早口になったり、意味不明になったりするのだが、断片的なことをつなぎ合わせてみると、なんでも、仲間と共に、薬物を使って女性の意識を失わせ、一室に連れ込んで・・・。 
「ウソだろ?」 
「ウソじゃねえよ。まあ、どう思おうとアンタの勝手だけどよ」 
 脳裏のワカバヤシくんの明るい笑顔に、鋭い亀裂が入った。その奥に人間の底知れぬ悪の暗闇がちらちらと・・・。 
「ま、俺なんか、その辺はうまくやってっからな。へへへ」 
 なにやら自慢しているらしい。その妙に下卑た調子が気にくわない。とはいえ、彼はノザワさんやワカバヤシくんの知り合いで、しかも私には知り得ない彼らの一面を知っているらしいのだ。 
 誰だろう。誰だったっけ。 
 ふと、この顔に思い当たるものが出てきた。そうだ、確かにこんな顔を見たことがある。 
 あれは、たしかタカハシ君の家で会ったのだ。タカハシ君の家の二階でごろごろしていた、親戚の何とかという人がいた。それが、この男に似ているような気がする。 
 でも、タカハシ君って、昔の友だちだったが、あれはいつ頃のことか。 
 六歳の頃だ。何十年も昔のことである。あの人だとしたら、もう相当の老齢になっていなければならない。 
 どうも、違うようだ。 
「で、今日は何よ?」 
「へ?」 
「今日は、こんなところで何してるんだよ」 
「いや、松濤の美術館で○○展を見てきたんだけど」 
 けーっと、彼は怪鳥のような声を上げてせせら笑った。 
「美術館ってタマかよ、笑わせるよ。どうせ、フーゾクでも行ったんだろう。昼間っから、このスケベ」 
 なんだか、もう、この男と話をしているのがイヤになってきた。 
 その時、突然、天啓のごとくに、 
「この男は、私を誰かと人違いをしているのではないか」 
 と、頭の中にひらめいた。 今まで、相手のあまりに自信満々な態度に押され、また自分の自信のなさから、ひたすら、この人が誰だか思い出さなければならない、という考えに捕まえられていたが、なんだ、知らないであれば思い出せないのは当たり前だ。 
 ノザワさんだって、私の知っている人と彼の知っている人物は別人だろう。別に珍しい苗字でもない。第一、ノザワさんが、男の言うような薄汚い小悪党であるわけがない。 
 ワカバヤシくんまで、同姓の知人がいたとは、偶然にも御念のいったことだが、まあ、そういうことだろう。そう考えれば、得心がいく。ワカバヤシくんが、そんな卑劣な性犯罪者であるはずがないのだ。 
 私は、ようやく自信を取り戻した。 
「人違いじゃないですか」 
「へ?」 
「あなた、人違いしているんでしょう。私はあなたなんか知らない」 
 男は、その金壺眼をとんがらして、ついでに鼠のような口もとんがらして、まじまじと私を見つめた。 気がついたか。わかったら、あっちへ行け、無礼者。 
「けーっけっけっけ」 
 再び、怪鳥のような笑い声を立てると、 
「人違いでしょうって、よく言うよ。え?何よ、俺に会うとまずいことでもあるの?なあ、なんだよ、言ってみ。ねえ、白状しちゃいなよ。けーっけっけっけ」 
 始末に負えない。私はもう振り捨てて行ってしまおうかと交差点の方へ顔を向けると、人混みの中に見知った顔が交じっているのに気がついた。 人一倍大きな体躯。灰色のもじゃもじゃの髭、トレードマークの丸い眼鏡。 
 ノザワさんだ。ノザワさん、東京に出てきてたんだ。 
「おーい、ノザワさん」 
 私は思わず、交差点の向かい側に向かって声を上げた。聞こえたのか、ノザワさんは不思議そうにこっちの方を見ている。 
「ノザワさん、こっちこっち」 
 こんどは気がついたらしい。ぱあっと光り輝くような、人なつっこい笑顔。 信号が青に変わったので、こっちへ向かって大股で歩いてくる。こんなごみごみした都会の中で、彼の回りだけ、山巓の清浄な空気が漂っているような気がする。 
「いやー、奇遇だね」 
「東京に来てたんですね」 
「うん、今朝着いたばかりだ」  
 横断歩道の真ん中を過ぎたあたりから、すでに大声で会話が始まっている。
 私は、話しながら、例の男をちらちらと横目で見ていた。このノザワさんこそ、お前が勘違いしている証拠だ。 
「いやー、どうもどうも」 
 渡り終えたノザワさんは、大きな手を前につきだして握手を求めながら、近づいてきた。 
 私も手を差しだし、その包容力の塊のような手が、私の手を包むのを待った。だが、それはなかなかやって来なかった。 
 ノザワさんは、ぎくりとしたように足を止めた。視線の先には例の男がいた。 
「よう、ノザワ」 
 男は皮肉そうな笑いを浮かべて言った。 
「久しぶりだな。なにしてんだ、こんなところで」

社長のショートストーリー 『うたかたの人びと』

社長1  三木というのは無礼な男である。 「Nさん、顔が大きくなりましたね」  人の顔をしけじけと眺めて、そんなことを言う。  三木は高校時代の後輩である。どういうわけか、中年に至るまで、時々会っては酒を飲む仲である。何もこんなやつを相手にしなくても、高校時代の後輩なぞ他にいくらでもいるはずなのであるが、腐れ縁というのか、こいつとの付き合いが続いているのである。  どうも、先輩を先輩と思っていない節がある。 「お前に顔のことを言われたくない」  と私は言い返す。  三木の学生時代のあだ名は「カボチャ」だった。ハロウィンの化け物なんぞになりそうな巨大なカボチャである。彼の頭部、及び顔面がそれを連想させるのである。つまり、でかいのである。  若い時は背が高くて痩せていて、顔ばかり大きいので、遠くから見ると道端に突っ立っている道路標識のように見えた。「止まれ」の標識と勘違いしたトラックが彼の前で止まったという噂があった。  中年になると恰幅がよくなり、腹の突出が人目を惹くようになって、顔面と胴体の比率がいくらか人間並みに近づいたのだが、ジョギングなどと言うことを初めてダイエットに成功してしまい、再び交通標識に戻った。 「だから、ダイエットなんて余計なことをしなければよかったんだ」 「でも、体調がよくなりましたよ。動きも軽くなったし」 「でも、顔が大きくなった」 「顔は変わっていない。身体との比率が・・・あ、そうか」  と三木は何かに気づいて、嬉しそうに笑った。昔から、こいつが嬉しがると碌なことがない。私は身構えた。 「N先輩も同じですよ。顔が大きくなったんじゃない。身体が小さくなったんですよ」 「別に痩せたとも思えないが」 「そうですな。痩せたんじゃないですな。全体に縮んでいるんだ。タテもヨコも短くなっているんですよ 「これ以上小さくなってたまるか」  私は小柄である。子供の頃から、クラスで背の順に並ぶと三番目より後ろに行ったことがない。  最近は背の高い女性が増えているので、全日本人を背の順に並ばせるとすると、私は年々前の方へ移動しつつあると言うことになるだろう。  若い頃は小柄だということをコンプレックスに感じないでもなかったが、結婚してからは、どうということもなくなっている。だいたい、女房は私よりも背が高い。  しかし、こうして三木に顔をまじまじと見て言われると、交通標識に見下されているようで、なんとなく面白くない。  そう思って、三木を見ていると交通標識どころか、風船に見えてきた。以前よりも痩せて、身体が糸のように見える。それに結ばれてへらへら軽薄に笑っているやつの顔は風船そのものだ。 「昨日は、三木くんどうだった?」  朝、洗面台の前で髭を剃っていると、女房が話しかけてきた。 「相変わらずさ」  実は、女房も高校の後輩で、三木とは同学年という事になる。私が三年生の時、彼らは一年だった。だから、彼女にとっては、今でも「三木くん」なのである。  彼女とは高校の頃から付き合っていたというわけではなく、卒業後何年もたってから、ひょんなことから再会し、交際を始めた。その頃は、まだ「N先輩」と呼ばれていたような気がするが、いつの間にか曖昧になってしまった。 「私も行きたかったなあ」  彼女も仕事を持っている。近ごろ、忙しいらしい。 「失礼なやつだよ、人の顔を見て顔がでかくなったって言いやがる」 「ハハハ、大きな顔なら三木くんのトレードマークじゃない」 「そして、じろじろ見てたかと思うと『顔が大きくなったんじゃない、身体が小さくなったんだ』とぬかすんだ」  タオルで顔を拭いているので見えないが、彼女が横に来たのを感じた。にやにや笑っているのが、気配でわかる。だが、その笑いの気配が、すっと消えた。そして、向こうへ行ってしまった。 「あの、怒っちゃ困るんだけど」  朝食のみそ汁を飲みながら、女房が言った。 「あなた、本当に身体が小さくなったんじゃない?」 「年かな。年取ると、背が低くなるって言うよな」 「私たち、もう老夫婦だわ  娘もこの春独立して、このマンションに二人だけで棲んでいる。女房にそんなことを言われると、妙にしみじみしてくる。 「これ以上小さくなるのは、困るな」 「大丈夫よ、小さくなったらバッグに入れて運んであげるわ」 「いくらなんでも、そんなに小さくなってたまるか」  娘が幼稚園の頃、お雛様の絵を描くと、必ずお内裏様よりお雛様を大きく描いた。王子様とお姫様を描いても、お姫様が大きかった。  女房は小学生の頃、遠足に行って、引率の先生と間違えられたことがあるそうだ。 会議室で誰かさんが、長々とした報告書を続けているのを聞き流しながら、並んだ顔を眺めていた。 「みんな、顔が大きくなっている・・・」 どことなく出席者達が、三木の体型に似てきたように思えた。なんだか、顔を描いた風船をそれぞれの椅子に結わいてあるように見える。風もないのに、一斉に右になびいたり左になびいたりする。そのたび、上下にもちらちらと動く。 ひとりずつ、針でつついてみるところを想像する。社長が破裂する、常務が破裂する、工場長が破裂する、管理部長が破裂する。コンサルタントが一際、派手な音を立てて破裂する。 みな破裂したのに、会議は終わらなかった。昼になり、昼食が運ばれてきたら、皆の顔が元のように膨らんだ。 「S亭のうな重だろうね」 「S亭のうな重です」 グルメを自認する社長風船と、秘書(こっちは人間のままだった)が重大事項であるかのように確認しあう。無理もない、社長にとって最も重要な仕事は、この月例会議でS亭のうな重を食うことなのだから。 以前、S亭が臨時休業していて、F軒の松花堂弁当が運ばれてきた時は「S亭じゃないのか・・・」声が震えていた。 「いや、S亭のうな重は、余所のとは違いますな」 と常務が社長に話しかける。 「うん、うな重はS亭に限るよ」  議事録にこそ載らないが、会議における最も重要なやりとりが例月の如くに交わされる。 「このうな重は、大きくなりましたか」 私は、となりの山田次長に聞いてみた。 「いや、同じですよ・・・それより」 と、次長は風船にかけていた眼鏡を外して拭きながら言った。 「うな重が大きくなったのではなくて、あなたが小さくなったのではありませんか」 「顔だけ元のまんまだっていうんでしょ」 「いや、そうでもない。全体に小さくなっている。顔も身体も。Nさん、服を作り直したりしましたか 「いや、別にそんなこともありませんが 会議では、例月の如く、何も決まらなかった。新しいアイデアや改革案が提出されると、ああでもないこうでもないと、念入りに難癖をつけて丁寧に潰していくのが、会議出席者の役目だ。 壁に貼られた『変化の時代に即応せよ』という社内標語が寂しげに見えた。 退社する頃には、みな、あらかた風船になっているか、あぶくになっているか、ピンポン球やドッジボールやバスケットボールになっていた。 ビルの出入り口から、大量の泡が洪水のように道路にはみ出し、一斉に駅の方へ向かった。 交差点で信号が変わると、一斉に泡が空に向かって舞い立った。ホームに着いた満員電車からは、風船やボールがこぼれ落ち、シャボン玉の泡が無数に吐き出され、また電車の中に吸い込まれていった。 街を歩いていても、まわりの人がサイダーかコーラの泡のように見えた。しゅわしゅわと音を立てているようでもあり、なにか話し声が聞こえてくるようでもある。 私はどんどん縮んでいるようだった。ただでさえ巨大なビル群がさらに上に伸び広がり、私にのしかかってくるように思えた。 私は、泡にも風船にもならないようである。ただ、そういった泡だか、風船だか、ピンポン球だかの姿をした人間から、会うたびに、 「また小さくなりましたね」 と言われる。 女房は幸か不幸か、人間の形のままである。ドッジボールと暮らすよりは、遙かにマシだろうと思う。もっとも、彼女にしてみると、会う人ごとに、 「あなたは、いいわね。元の形のままで」 などと、やっかみじみたことを言われると、結構、気疲れするそうだ。 「考えてみると」 と、私は言った。テーブルの上のティーカップに女房のハンカチを畳んで敷いたのが、私の指定席になっている。とても座り心地がよくって、どこかへ運んでもらうにも取っ手が付いていて便利だ。 「三木とあんな話をしたあたりから、異変が始まっているな」 「そうかしら」 「うん、三木が悪い。そうに決まった」 「決めてどうするの」 「責任取らせる 「どう責任取らせるの」 「おごらせる」 「私も行っていいかしら」 「もちろんさ。こないだ、君が仕事仲間と行った中華屋がうまかったって言ってただろう。あそこを予約しておいてよ」 店はわかりにくいところにあるというので、K駅の前で待ち合わせることにした。 相変わらず街は、シャボン玉やフーセンガムや水ヨーヨーの形をした人間が大波のように行き来している。私は、さらわれないように女房の頭の上に乗っていた。 見張り台に立つ人のように辺りを見回していたが、 「あ、三木が来た」 沢山の球形をした人波の中で、彼の頭は熱気球のように大きく輝いていた。ごうごうと音を立てているような気がした。 「さすが三木だな。頭の大きさじゃ、他の追随を許さないって感じだな 「僕の大脳皮質は、今だに成長を続けていますからね。先輩こそ、どんどん小さくなりますね」 「世界が広くなっているんだよ」 「三木くん、久しぶり」 「ユリちゃん、元気だった?」 「今日は、思いっきり奢ってもらうわね」 「といっても、先輩はあまり食べられないんじゃないですか」 「それが、食欲は変わらないんだよ。いったい、どこへ消えていくのか」 「無駄な食欲ですね」 「お前こそ、顔を大きくするために食っているようなもんだろう」 「ユリちゃんは変わらなくて、うらやましいなあ。うちの女房なんか、サッカーボールになっちゃったものなあ」 店の中は、やはり客が風船のようにゆらゆら揺れていたり、シャンペンのように発泡していたりした。ピンポン球があちらの壁から、こちらのテーブル、また天井へとめまぐるしく動き回っているのもいた。ウエイターはボーリングのようにゴロゴロ転がって注文を取りに来た。 生ビールで乾杯した。 「不思議だなあ。三木は、手もないのに、どうやってジョッキを口まで持っていくんだろう」 「どうってことないですよ、ほら」 というと、ジョッキがテーブルを離れ、ふわふわ浮いて、熱気球の口元まで移動し、口に合わせて傾いた。 「先輩こそ、ジョッキより小さいのに、よく持てますね」 「どうってことないさ」 と、私はジョッキを持ち上げると飲んで見せた。 「それ、絶対、先輩の体積よりビールの量の方が多いですよ。どこへ入っていっちゃうんだろうなあ。ブラックホールみたいだなあ」 「昔、そんなSFを読んだような気がするな」 「ユリちゃん、どんどん註文してよ。わけわからないけど、今日は僕のおごりという事になっているから」 「悪いわね。こんど、お返しするわ」 「三木にお返しなんか、しなくていいぞ。高いものからどんどん頼んでやれ」 「時価ってのがあるわよ」 「じゃ、それ百人前だ」 「まったく、人の生き血をすするような事しますね。いいですよ、もう、今日はウチを売り払ってでも奢りますから」 ピータン、蒸し鶏、クラゲの前菜、海老の炒め物、北京ダック、青梗菜のクリーム煮、他にも他にも他にも。 店内の球形達は、アルコールも回ったのか、賑やかに、動きが烈しく、色も赤や青やオレンジや黄色や、ぴかぴか光ったり、様々なことになってきた。 「本当に人間ってのは、どんなになっても、飲み食いして騒ぐことだけは忘れないもんですね」 「変われども変わらず、変わらねども変わる。そんなもんだろう」 「変わらないものってどんなもんでしょう 「ウチの会社の月例会議なんか、そうだな。一貫して、無意味で非生産的だ。見事なもんだ」 「ユリちゃんは昔っから変わらないなあ。高校の頃からきれいで格好良かったもんなあ」 「また、お世辞ばっかり」 「おい、気をつけろよ。三木のやつ、ここの勘定を君に押しつける気でいるぞ」 「変わらないわけないじゃないの。第一、名前だって旧姓の押本からNに変わったんだもの」 「ユリちゃんも昔のユリちゃんじゃないのか」 「あたりまえでしょ。行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず・・・」 「なんだっけ、それ」 「鴨長明の方丈記・・・高校の授業で習ったじゃない」 「そんな気もするな」 「よどみに浮かぶうたかたも、かつ消えかつ結びて・・・」 「うたかたって、なんだっけ」 「泡、あぶくのこと」 泡の一団が店を出て行く。それと入れ替わって、別の泡の一団が入ってきてテーブルを占領する。窓の外は、さまざまな色の泡の大河が、滔々と尽きることなく流れている。夜空には、コーラの泡のようなやつらが、しゅわしゅわと立ち上り充満し、かつ消え、かつ結びて。 「鴨長明の言う通りだね。昔の人はいいこと言うよ 紹興酒、もう一本行きましょう、と気前のよくなった三木がウエイターに向かってアイコンタクトを送った。
プロフィール

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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