みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

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社長のショートストーリー『短編集』

社長1その日は私用で会社を休んだ。
 ラッシュの時間帯を過ぎて空席が出てきた車内で、とある作家の短編集を開いていた。ソラキアと言う小国出身の作家で、ノーベル賞の候補にもなったことがあるという話を聞いたこともある。私はそれほど文学に詳しくないので、それがその後どういうことになったのか、知らない。
 ただ、ご縁があったのか、日本で翻訳が出版されるごとに買って読む習慣が出来てしまったというだけだ。
 ごくありふれた日常の描写の言葉が、いつの間にかトランプの札が裏返っていくように姿を変えていき、いつの間にか遠い世界に連れて行かれる、という魔法の時間の体験を味わったら離れることができなくなった。もう、かなりの高齢になるはずなので、いったいいつまでこの楽しみを続けさせてもらえるのかと思っている。
 短編をひとつ読み終えて、ほっと息を吐いて顔を上げると老嬢が二人、私の隣の空いている席を譲り合っていた。ふと気がつくと私の反対側の席も空いている。そこで、ひとつずらして二人並んで腰を下ろせるようにしてやると、なんだかそれだけのことなのに、ずいぶん大げさに礼を言われて少々照れた。
 本の続きを読もうと思って目を落とすと、二人の会話が断片的に耳に入ってきた。「ソラキア刺繍」と言っていた。ちょうど私が読んでいる作家の出身国だ。
 クロスステッチで10センチに何目、チェーンステッチはどうのこうの、という話をしている。なるほど、そういえばこの作家の作品は言葉の刺繍と言えないこともない。
 ちょっと嬉しい偶然だった。

 新幹線の三つ並んだ座席の窓際に席を占めた。この奥まったところで短編集を開くととソラキアの田舎町の屋根裏部屋か、草原の穴ぼこかに潜り込んだような気がして自分が昔話に出てくる人物のような気になる。
 私は隠れた。日本の都会から、遠く離れた国の爽やかな空の下に。
 すると数ページも読み進まないうちに、
「こちら、空いておりますでしょうか」
 女性の声に話しかけられて、窓の外を見れば相変わらず日本の工業地帯を電車は疾走しているのであった。
「どうぞ」
 と応えてその顔を見てびっくりした。先ほど山手線の中で、私の隣に座っていた二人連れだ。
 いや、よく見れば違う。通りすがりの人の服装などはっきりとおぼえているわけはないが、顔立ち、髪の色はさっきの人たちよりは若い。なにより、彼女らは私が東京駅で乗り捨てた電車に乗って行ってしまったのだし、その人達がここにいるなんて手品でも出来るわけがない。
 だが、なにか同じだという感じがしてならなかった。
(あなた方は先ほど山手線に乗っておられましたね)
 そんな質問をしてみたくなる。
 やがて座席に落ち着くと、彼女たちのおしゃべりが聞こえてきた。
「・・・・・・そうでしょ。ソラキア刺繍なんて習っている人、そうそう、いないでしょ・・・・・・」
「だからねえ、糸の色を何番にするか、なんてのもなかなかよくわからないのよね」
 私は冷たい手で頬を撫でられたような気がした。なんだかソラキア刺繍に跡をつけられているような気になった。もちろん、その刺繍を習っている人に偶然、出会うと言うことは起こりえないことではない。だから、むしろ、その偶然を楽しめばいいのだ、自分にそう言い聞かせて再び本に目を戻した。
 その短編の主人公の少年の両親はある複雑な事情から祖国を離れて長い旅に出ることになった。残された少年は、湖のほとりの町に住む叔父叔母に引き取られて、その年を過ごすことになった。少年は十一歳だった。
 湖を見渡すことが出来る部屋に少年がいると、おばさんが入ってきた。手には布と針箱が持たれていた。
 叔母さんはこのあいだから始めていた刺繍の続きに取りかかった。モチーフは、このあたりの風景のようだった。湖の景色を刺すときは、彼女はいつもこの部屋に来るのだった。
「ご存じ?ソラキア刺繍の占いのことは」
 これは新幹線で隣に座り合わせた女性の口から出た。
「占い?刺繍で占いが出来るの?」
「私もよくはわからないのだけど、ソラキアで刺繍をする女性はみんな巫女なんだって。刺繍をしてるうちに何かが降りてきて未来や過去のことを告げるのよ」
「なんだか、こわいわね。刺繍をするたびに知らなくてもいいことを知らされるなんて」
 ああ、そうか、と私は一人うなずく。少年の前で、この叔母さんは占いをしようとしているんだ。何を占うつもりなんだろう、彼の両親の運命、彼の未来・・・い、いや、待て。そこでそんなことがわかってしまうなんて、占いって残酷じゃないか?
 少年は叔母さんの手元をじっとみつめている。私もみつめている。少年には、それが占いだってわかっているんだろうか。
 やがて、叔母さんはにっこり微笑む。
「今日、きっと隣のワグネルさんが鶏を一羽持ってきてくれるわ。シチューにしましょうね」
 それも占いの結果なのか。私は叔母さんの顔をみつめている。少年もみつめている。
「僕、占いなんて、あまり好きじゃないな」
 私も好きではない。
「占いなんて、なんだか怖くて嫌いよ」
 これは隣の席から聞こえてくる会話。
 本から顔を上げると、窓の外には日本の田園が広がっていた。小雨が降っているようだ。線路と並行している農道を軽トラックが走っていく。
 ほどなく、車内アナウンスが、私が降りる駅に近づいたことを告げた。その駅からさらにローカル線に乗りかえなくてはならないのだ。

 新幹線の改札を出て跨線橋を渡ると薄暗い改札口があって、そこを抜けて階段を降りていくと、こじんまりとした地方私鉄の電車が恥ずかしげに停まっていた。
 まだ発車時刻まで時間があるせいか、車内に人は少なかった。ロングシートに腰を下ろして、ぼんやりと地元の信金の広告とショッピングモールの広告を眺めた。
 今度は本は開かなかった。なんだか、短編集に追いかけられているような気がしたので。そうこうするうちに、ダークスーツのサラリーマン、主婦、ちっちっと歯を鳴らして新聞を読んでいるオヤジ、いや、いちいちあげていたらきりがないが、様々な人が乗り込んできて、ロングシートはほぼ埋まった。
 気がつくと、私の隣にも人がいて、その膝の上には刺繍が載っていた。
(ソラキア刺繍)
 がったん、と図体のわりに派手な音を立てて電車は走り出した。私は転げそうになって、隣に座っていた女性の肩に顔を埋めてしまった。
「ご、ごめんなさい」
 くだものの匂いがした。顔が赤くなるのを感じた。
 恥ずかしかった。その声は、私の声ではなかったから。いや、でもかつてはわたしのものだった声だ。まだ、声変わりする前の私の。目を落とすと、半ズボンから出ている膝小僧が見えた。
「大丈夫よ。揺れるわね、この電車」
 照れくさくてたまらなかった。先ほど、新幹線の中で隣にいた女性のうちの背の高い方の女性だなと思った。もう不思議とも何とも思わなかった。一日のうちに同じ人と何度もあって、お互いにどんどん年齢が違っていく。一生のうちには、そんなことがあるのだと思った。 
「あの、この刺繍」
「ああ、これ、ソラキア刺繍っていうのよ。ステッチが少し変わっているでしょう。知っている?」
 知っている、あなたから教えてもらった。だが、それは口に出さなかった。
「何を刺繍しているんですか」
「そうねえ、まだぼんやりしてわからないわねえ。これ、この辺が湖の浜辺で、後ろに森があって、低い山があって、その上に空が広がっている景色になる予定なんだけど」
「どこの景色ですか」
「ソラキア」
「行ったことがあるの?」
「ないわ」
「写真で見たの?」
「そうねえ」
 と、少し困った顔になった。
「目を閉じると浮かんでくるの」
 彼女の目蓋の裏には空と湖が浮かんでくると言う。私の目蓋の裏には、それに加えて風景を見ながら刺繍をしている女性が浮かんでくるし、それを見ている十一歳の少年が浮かんでくる。
 ソラキアは大国にはさまれた小国なので、大戦中にはかなりの辛酸を舐めた国らしい。いま、刺されている刺繍に、やがて、その静かな痛みが立ち上がってくるのだろうか。それとも、静謐なままに終わるのだろうか。

 バスは行き悩んでいるようなエンジン音を立てて峡谷沿いの道を登っていく。道路脇の木々の枝が窓をこするたびに水しぶきが上がる。対岸には道はないようで、ただ、憂鬱そうな森が続いている。
 一つ前の停留所で客が降りてしまったので、バスに乗っているのは運転手と私だけになった。子供一人で、こんなところに旅してきたのが心細かった。
 終点には私が行くはずの建物が一軒あるだけなので、迷うことは出来なかった。そこへ行くか、とって返して東京に戻ってしまうか、だけだった。
(お前、大丈夫か)
 誰かに話しかけられたような気がした。
(だ、大丈夫だよ)
(寂しくないのか)
(寂しくないよ)
(本当か)
(・・・・・・)
 誰が話しかけてくるのか、推測はついていた。きっと、あの短編集をもう少し先まで読めばわかるのだろう。だが十一歳の少年に戻ってしまった私にとって、あの作家に出会うのはまだまだ年月を経てからのことになるのだろう。
(本当に大丈夫か)
(大丈夫だってば)
(俺、ついていてやるよ)
(・・・・・・)
(だから、もう泣くなよ)
 私はびっくりした。泣いているなんて思わなかったのだ。目を触ると、たくさんの涙で目縁が濡れていた。
 ほどなくして、バスは終点に着いた。エンジン音が止んでみると、周囲から小鳥の鳴き声が押し寄せてきた。バス停のすぐ前に、大きな白い建物があった。

 鋼鉄の箱のような古めかしいエレベーターを降りて、漆喰のぼんやりした白の廊下の一番奥まった部屋が、その部屋だった。鉄製のベッド、清潔なリネン、窓際の一輪挿し、そして二人の女性。
 背の高い方の一人は、先ほどよりまた若くなって、ベッドの脇の椅子に腰掛けていた。低い方の一人はベッドに仰向けに寝て目をつぶっている。息をしているのだかしていないのだかわからない。
 私はまた小さくなったらしい。すがるような目で椅子に腰掛けた女性を見上げた。
「この方は、あなたの本当のお母様。わかりますか」
「おかあたん・・・」
「この方は、もう口を聞くことはありません。もうすぐ亡くなります。その後は、私があなたのお母さんになって、あなたを育てます。それが、この方と私の約束だからです。あなたは、私のことを本物のお母さんだと思って育ちます。あなたが、その眞実を知る機会が成長するうちに、あるいは訪れるかもしれません。結局、その機会は訪れず、あなたは知らないままに生涯を終えるかもしれません。その答が、私が刺している刺繍に現れるかもしれませんし、そうでないかもしれません。また、いつかあなたが出会うことになるソラキア出身の作家の作品の中に暗示されているかもしれません。いずれにせよ、急ぐべきことではありません」
 女性は立ち上がると窓に近づいて
「空気を入れ換えましょうね」
 窓が開くと、おびただしい小鳥の声が流れ込んできて、風の音がそれに混じった。
 やがて、人の気配があって、白衣を着て眼鏡をかけた背の高い男性が入ってきた。彼が、女性に目配せすると、窓が閉められた。小鳥の声が消えた。
 彼はベッドに近づくと、横たわっている女性の手首を取り、さらに首筋やら、あちこちを触ると、
「ご臨終です」
 と言った。「臨終」という難しい言葉が、子供の私にわかったのかどうか、ともかく理解とか現実とかと無関係に、私の喉の奥から
うわあああああああ・・・
けたたましい声が、後から後から止めるすべもなく流れ出てきた。頭のてっぺんから、足の先から、内臓から尻の穴まで震えていた。悲しいとか、何かの感情があったのか、わからない。ただ、洪水のように出てくる声に自分でも驚き、呆れ、他人事のように眺めていた。おそらく、私が初めてこの世に姿を現したとき、すなわち、私にとっての天地開闢の時、聞いた声に似ていると思った。

そして、それっきりすべてを忘れてしまった。気がつくと、大人に戻った私が一人、遅い時刻の新幹線のシートに座っているきりだった。さんざん、引きずり回された末、ほっぽり出されたような気分だった。

「さあさ、飲みたまえ、飲みたまえ。うちの親戚も人数は多いんだけど、みんな車で来たとか、医者に止められたとかで、飲める相手が少なくなっちまったんだから」
ある叔父さんの何回忌かの会食の席である。私は一人っ子なのだが、他の家は兄弟が多く、叔父さん叔母さんといっても何人もあるのだが、このおじさんは、私を飲める相手と見込んでしまっているようで、いつでも捕まってはながながと付き合わされる。
もっとも、話題の豊富な人なので、話があっちに飛んだりこっちにずれたりして、結局は何のことについても話してはいない、ということになるのだが、寺の座敷の障子に差す日の光の色合いがだんだん変化するのにつれて、自分の酔い具合も変わっていくのを眺めているのは悪い気分ではない。どうかすると、こうして駄弁を振るっているのが本当の時間で、あとの仕事とかなんとかは、あいだのつなぎに過ぎないという気にさえなってくる。
離れたところにいた母がそっと寄ってきて、
「じゃあ、私はそろそろ帰らなきゃいけないから」
母はとある地方都市で手芸の先生をやっているので、これから私鉄とJRを乗り継いで東京駅まで行かなくてはならない。
私はそのまま残っていても母を送っていってもよかったのだが、送っていく方を選んだ。
電車の中で、話題があるんだかないんだかわからないような会話をぽつぽつと続けているうちに、東京駅に着いた。
それじゃ、とか、また、とか、断片的な挨拶をして改札口に向かおうとする母に、にゅうと腕が伸びてきて、誰かが握手を求めた。おじさんだった。どうやってついてきたのか、さっぱり記憶にない。ともかく例の陽気さで、別れを意味もなく盛り上げて、母の眉をひそめさせた。
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社長のショートストーリー『銀河鉄道阿房列車』

社長1 ジョバンニは幾箱かの活字を組み終えると活版所の会計係で銀貨を受け取り、家のある路地に戻ってきました。三つ並んだドアの一番左の入り口の脇に置かれた箱に植わっているケールやアスパラガスに挨拶をしてから家の中に入りました。 
「母さん、ただいま。今日は加減はどう?」
 と寝台に座っているお母さんに話しかけました。 「お帰り、ジョパンニ。今日は、大分いいわ。さっき姉さんが戻ってきて、パンと卵と野菜やらを台所に置いていったから、きっと晩ご飯をこしらえてくれるでしょう」
「お母さん、今夜は銀河の星祭りだから、晩ご飯までの間、見に行ってもいいかな」 
「ああ、行っておいで。さぞ、きれいだろうからね」 
 二人が話をしているところに入り口から、 
「ごめん下さい。酒屋ですが、ご注文の麦酒を持って参りました」 
 若い人が麦酒のケースを持って入ってきました。 
「はて、うちでは麦酒なんか注文した覚えは・・・」 
 お母さんが戸惑った声を出しましたが、酒屋は心得たもので、入り口の脇にある小部屋のドアを二回ほどノックしました。 
「ウチダさん、酒屋です」 
 返事はありませんでしたが、酒屋は構わずに開けてしまいました。 
 狭い部屋の中には寝台がひとつ、小さなテーブルが一つ置かれていて、寝台の上には白い口ひげを生やした大入道があぐらをかいて、フクロウのように膨らんでいました。 
「留守だよ」 
「ウチダさん、ご注文の麦酒を持って参りました。お留守でしたら出直します」 
「なんだ、ツケの催促じゃないのか。麦酒ならおいていけ」 
「じゃ、受け取りの書名をお願いします。さもないと麦酒は置いていきません」 
 大入道は忌々しそうに伝票に署名しました。 
「それから、これはこないだの分までで締めた請求書です」 
 大入道はちらっと目を通すと、 
「なんだ、意外に飲んでいないな。これっぽっちか」  
「今いただいても結構です」 
「今はない」 
 酒屋はちぇっと言って帰ってしまいました。 
「ジョバンニか。お帰り」 
 大入道はジョバンニを見ると、それまでの仏頂面が嘘のように優しい笑顔になりました。 
 彼は、本当はヒャッケン・ウチダといって、イーハトーヴォ大学校で独逸語の先生をしているとても偉い人なのだそうです。それがどういう加減か、こんな路地裏に逃げ込んでひっそり暮らしているのです。 
 それというのも、手元にあるお金以上に、こんな風に麦酒をがぶがぶ飲んだり、さして離れてもいない大学校に行くのに遅刻しそうになってわざわざ自動車を雇ったり、欲しいものがあると、後先考えずに手に入れないと我慢できなかったり、貧しい手風琴弾きの親子を見ると財布ごとくれてやったり、なんだかわけのわからないうちに借金取りに追われていたり、その他にも自分から落とし穴に突進していくようなマネばかりしているからなのです。 
「まあ、金というものは、仮定された有機交流電灯の一つの青い照明みたいなもんだからな。 わかるかい、ジョバンニ」 
「わかりません」 
「僕にもわからん」 
 ジョバンニは呆れてしまいました。 
「言葉というものの不思議なところは、わけのわからないことを言うことが出来るって事だ。僕はわけのわからないことを口に出すし、君は耳に入れることが出来る」 
「耳に入ってもちっともわかりませんよ」 
「だが、それをオウム返しに、誰か別の人に言ってご覧。そのうちにわかる人が出てくるかもしれん。その時、始めて言葉が甦るのだ。・・・アアブラ・ディシュ・カマ・ククダニタ」 
「なんですか、それは」 
「シューメル語とかいう、古い言葉だそうだ。何千年も前にいなくなった人たちの言葉だそうだ。意味はわからん」 
 ウチダ先生は寝台の脇ににジョバンニを座らせて、麦酒を飲みながら駄弁ををふるっていました。 
「ところで今晩は、銀河の星祭りですよ。先生はいらっしゃらないのですか」 
「ふむ、そうさね」 
 先生は面倒そうに答えました。きっと飲んだ麦酒がお腹の中で膨れて重たくなっているのでしょう。 
「僕、これから見に行ってこようと思います」 
「行くのかい」 
 なんだか、先生は寂しそうでした。まるでジョバンニが遠くへ行ってしまうかのようでした。 
「友だちも行っていますし」 
「そんなに友だちがあるのかね」 
 本当は会いたい友だちはカムパネルラだけでした。ザネリなんかは、会うたびに皮肉っぽく、 
「ジョバンニ、お父さんのラッコの皮の上着はまだかい」
 というので、会いたくなんかなかったのです。 
 お父さんは船に乗り込んで、北の海の漁に出掛けたまま、帰ってこないのでした。お父さんからの送金も途絶えたので、病弱なお母さんはウチダ先生に部屋を貸したり、お姉さんもジョバンニも働いているのでした。 
 お父さんが出掛ける前に、今度はラッコの上着を買ってきてあげよう、と言ったという話をザネリはジョバンニをからかうのに使っているのでした。 
「いいよ、行っておいで」 
 先生は、何か諦めたように言いました。そんな言われ方をすると、自分でも本当に行きたいのかどうか、わからなくなってしまうのですが、ジョバンニは思い切って曲がった鉄砲玉のように表へ飛び出しました。
      
 勾配を下る機関車のように坂道を川の方へ降りていきました。すでに、遠くからでも橋の上や川の上にちらちらと灯りが見えます。からず瓜の灯りを流しているのでしょう。 
 橋のたもとまで来ると、あちらこちらで人びとが固まって顔を寄せ合って何か話していました。ひそひそと話し合っているのに、妙にざわついて聞こえました。ジョバンニは、喉がぐっと持ち上がってくるような気がしました。 
「子供が川へ落ちたんだ」 
「ちがう。川へ落ちた子供を救おうとして飛び込んだ子供が戻ってこないんだ」 
「ぼ、僕が悪いんじゃない。カムパネルラが自分で勝手に飛び込んだんだ。僕は平気だったんだ」
 最後の震える声はザネリのものでした。 
 ジョバンニは頭から水を浴びたような気がしました。くびすを返すと、まっすぐに丘の上へ向かって走って行きました。カムパネルラは、もうこの世にいない、という恐ろしい思いが、本線を走るC62型蒸気機関車の音のように、頭の中に轟々と響いていました。 

 目の前に白いクロスがかかったテエブルがありました。横手の窓を見ると、星々や星雲や暗黒星雲が広がっていました。それらは、みな後ろの方へ飛んで行くようでした。 
「これは、この列車が速く走っているからこう見えるのか、それとも宇宙が膨張しているせいなのか」 
 聞き覚えのある声に前を向いてみると、ウチダ先生でした。フロックコオトに山高帽子で威儀を正し、その前には相変わらず麦酒の瓶とコップが置かれていました。ジョバンニ達は、どうやら列車の食堂車にいるようでした。 
「君たちもソオダ水でも註文しなさい」 
 君たちと言われたので、隣を見るとカムパネルラが座っていました。なんだ、こんなところにいたんだ、とジョバンニは飛びつきたいほど嬉しく、また心配させられたことにちょっと怒ってみたりしました。 
「あと、食べたいものがあれば、どんどん註文しなさい。ビーフステークにするか、海老のフライにするか、スチューもうまいぞ。ポタアジュのソップ。トマトのサラドはどうだ。ええい、面倒だ。みんな持ってこい」 
 と食堂車の奥へ向かって怒鳴りました。 
(また、貧乏なのに贅沢をして) 
 というお母さんの呟きが聞こえるようでした。まったく先生は、胸の中に火がつくと、たちまち燃えさかってしまうのです。 
「さ、食べなさい。食べないか」 
 見たこともないような御馳走がずらずらと並んでしまうと、かえって胸が一杯になるようで、ジョバンニは海老のフライをちょっと囓っただけでした。先生は目の前のものをどんどん平らげていきました  
「お行儀が悪いことは自分でも承知しているのだ。だが、止めようとして止まらんのだ。生きながら餓鬼道畜生道に落ちているのかもしれん」 
「それはちがいます」 
 カムパネルラが言いました。いつもの溌剌とした、それでいてどこか遠くから聞こえてくるような声でした。 
「僕は、先生がそんな人じゃないってこと、知っています」 
 ジョバンニはふと、カムパネルラは先生と会ったことがあったのかな、と思いました。 
「ありがとう、君は優しいね」 
 先生はしみじみと言いました。 
「食べるのは、もうこれでお仕舞いにしよう」 
 そういうと、目の前の皿が消えて、クロスも真新しいものに変わりました。 
「おしゃべりに付き合ってくれてありがとう。僕は、これで失敬する」 
 先生は窓を開けると、そこからひょいと飛び降りました。 
「あ」 
 ジョバンニはびっくりして窓の外を見下ろしました。上も下も左も右も、大宇宙が広がっていて、その何もない中を線路が二本延びて、ずっと向こうのどこかへ消えています。 
 ジョバンニが思わず手を伸ばそうとした次の瞬間、先生は小さな飛行船のようなものに跨がってふわりと浮き上がりました。そして、すごい速さで星々の間に消えてしまいました。 
「お客さん!お勘定!」 
 食堂の奥から叫び声が聞こえました。  

 気がつくとテエブルは消えて、ニスの塗られた肘掛けに薄いシートの三等客車になっていました。 
「この方が落ち着くな」 
 と言ってから、ジョバンニはちょっと後悔しました。カムパネルラの家は裕福ですし、三等車なんかには乗らないだろうと思ったからです。 
「うん。僕は君と一緒に乗っているのが一番落ち着くよ」 
 カムパネルラはいいました。 
(やっぱり、カムパネルラは心の大きな子だ。僕はちょっといじけているな) 
 そう思うと、なんだか泣きそうになりました。
「乗車券を拝見します」 
 声に振り向くと、青い制帽制服の車掌が立っていました。目深にかぶった帽子は顔のほとんどを隠していて、前照灯のように光る目が見えるだけです。 
 カムパネルラはなんでもないように薄緑色の切符を出して見せました。 
「はい、白鳥停車場までですね」 
 車掌は切符に検印を押して言いました。そして、ジョバンニの方を向きました。 
「ぼ、僕は切符を買っただろうか・・・」
「お持ちでなければ、今お求めください」 
 車掌はちょっとイライラして、ぴょんぴょん跳びはねながら言いました。 
「僕、お金、持っていないよ」 
「まさか、無賃乗車というのでは」 
 車掌は、今度は足をぱたぱたさせながら言いました。ジョバンニは頬が真っ赤になって心臓がどくどく打つのを感じました。 
「ジョバンニ、胸ポケットに入っているのはなんだい」 
 言われて胸を探ってみると、紙切れに当たりました。 
「あ、これは特別な乗車券ですね。宇宙一周が可能です」 
 ジョバンニはほっとすると同時に、カムパネルラと行き先が違うのが気になりました。 
 車掌もほっとした顔で、 
「いや、失礼。安心いたしました。実は一等車両でも同じような問題が起こっておりまして」 
「一等車があるんですか」 
「はあ、お一人しか乗っていないのですが、その方が乗車券をお持ちでないのです。お身なりも、立派なフロックコオトに山高帽子の紳士ですし、ご職業はイーハトーヴォ大学校の教授ですし、まさかとは思うのですが」 
 いかにもウチダ先生のようですが、先生ならさっき宇宙空間に飛び去ったはずです。それとも、あれは夢か何かだったのでしょうか。 
「その方がおっしゃるには、無賃乗車ではない、単なる切符の購入遅延であるとおっしゃるのです。私が、では今ここでお買い求めください、というと、 
『それは構わん。では、切符を頂戴しよう』 
『では、代金をいただきましょう』 
『気にするな、月末に払う。しかも月末は一年に12回ある。二年なら24回、10年なら120回、いずれ任意の月末でよかろう』 
『そういう販売方法は行っておりませんが』 
『こちらではそういう購入方法を行っておる。私は麦酒なぞ買うのだって月末払いだ。これはいいぞ。第一、君がいちいち代金を受け取る手間が省ける。この忙しいのに金を数えたり、しまったり、落とさないように気をつけたり、山賊や海賊に出会わないよう用心したりしなくてすむ。遅ければ遅いほど、君にとって便利だ』などと言うのです」 
「で、その人は今、どうしているのです」 
 ジョバンニは、もうこれはどうしてもウチダ先生に違いないという気がして聞き返しました。 
「一等車に放ってあります。ただし、出入り口に鍵をかけて。つまり、体のいい軟禁状態ですな」 
 車掌が話している間に、窓の外を飛行船に乗ってふわふわ浮かんでいるウチダ先生が見えたのでジョバンニはひっくり返りそうになりました。 
 車掌が行ってしまうと、先生は窓から入ってきました。飛行船はたたむと、カバンのような形になりました。 
「車掌さん、怒っていましたよ」 
「なに、僕は乗車券なぞ必要ないのだ。僕は飛行船に乗っているのであって、列車には乗っていないのだから」 
 見ると飛行背のカバンは先生の尻の下に敷かれていました。 
「単に飛行船に乗って車内を通過したり、時々休憩しているだけだ。いわば自前で移動しているのであって、列車の運賃を払う必要はないのだ。この飛行船、よくできているだろう?イーハトーヴォ大学校のクーボー大博士が拵えたものだ」 
 ジョバンニは頭の中がしわくちゃになったような気がしました。  

 列車が白鳥停車場に近づきました。 
「ジョバンニ、僕、ここで降りなくちゃならない」 
「いやだよ。もっと一緒に乗っていようよ」 
「だめだよ。僕はここまでの切符しか持っていないんだ」 
「じゃあ、僕も降りる」 
「だめだよ。白鳥の空気は君たちには吸えないんだ。息が出来ないんだよ」 
「構うもんか。死んだって構うもんか」 
「さよなら、ジョバンニ」 
 ジョバンニは風に吹かれるようにして出入り口の方へ行きました。ジョバンニは急いで後を追いました。ホームを歩いて行くカムパネルラの背中が見えました。ジョバンニはその背中向けて飛び降りました。 
 
「苦しい。息が出来ない」 
 ジョバンニはもがきました。なにかに顔を覆われて鼻や口が塞がれています。獣のうめくような恐ろしい音が鳴り響いていました。 
 ジョバンニは必死で顔を離そうと、うんと腕を突っ張りました。 
 途端に息が出来るようになりました。目の前に、ウチダ先生の大きな身体があって、鼾をかきながら居眠りをしていました。 
 どうやら、ジョバンニも先生の背中にもたれて顔を埋めたまま眠っていたようです。ウチダ先生も、ほわあと大きな欠伸をして目を覚ましました。 
「なんだ、ジョバンニ。まだ星祭りに出掛けないのか」 
 そうでした。ジョバンニは星祭りに出掛けるつもりで先生と話をしているうちに眠ってしまったものと見えます。 
「ああ!それじゃ・・・」 
 そうです。夢の中でカムパネルラは川に落ちて死んでしまったのでした。それが夢だとすれば、カムパネルラが死んでしまったのも夢の筈でした。急に嬉しさがこみ上げてきました。それなのに、後から変な胸騒ぎも湧き起こってくるのでした。 
 カムパネルラは死んじゃいない。そのはずだ。でも、なんだか死んでしまったような気もするのです。 
 ジョバンニは曲がった鉄砲玉のように、ドアから飛び出そうとしました。星祭りの灯りがきらきら見えるようでした。なんだか、妙に歪んでいるようでした。思いっきり走ろうとするのですが、地面がパンのようにふかふかして、どうもうまく進めないのでした。 
「これに乗っていきたまえ」 
 ヒャッケン・ウチダ先生はカバンの中から小さな飛行船を取り出すと、ジョバンニの方へ押しやりました。

社長のショートストーリー『ギヤマンの海の底』

社長1村長の息子で、尋常小学校の三年生になる三男坊が神隠しにあった。
大人しい子供で、普段から外へなどあまり遊びに行かないのである。大抵は、一人で家で遊んでいる。それも小石だの木の葉を拾ってきては、縁側に並べて眺め入っていたりする。時ににやにやしてみたり、妙に寂しげな表情を浮かべてみたりするが、ほとんど喋らない。
まわりの大人からは、少し足りないのではないかと思われていた。
その日も家にいたのである。部屋に座ってぼんやりしているのを、何人もが見ている。出掛けたのを見たものはいない。頭は弱いが顔立ちの可愛らしい子だったので、天狗の稚児にでもさらわれたのではないか、と陰口を叩くものもいた。

三太は、奇妙な部屋に座っていた。いや、部屋と呼んでいいのかどうかわからない。まわりが、ギヤマンでできたように青いのである。いやに透明な感じがするのに、遠くまで見渡せるわけでもなく、海の底に行けるとしたら、こんな感じだろうか、と思われた。
彼はぱちぱちと二、三度、まばたきをした。或いは水をかぶった犬のように、ブルブルと首を震わせた。 いつもなら、こうやれば「覚める」のである。
いつも、木の葉や小石を並べて見入っていると、いつの間にか、それらが動き出しものを言い出し、表情や仕草を持ち始める。その周囲には、いろいろな情景さえ見えてくる。
彼らは、ある時は義経や弁慶を演じ、ある時は小栗判官と照手姫を演ずる。三太が聞いたこともない話なのに、木の葉や小石が勝手に始めるのである。飽きないし、気に入った場面があれば繰り返し演じてもくれる。
夢中になっているのだが、それでいて誰か家族からでも呼ばれれば、目をぱちくりとさせれば、義経も弁慶もたちどころにもとの石や木の葉に戻って、何事もなかったように家庭の日常が続くのである。
今日は中庭の木立が役者になってくれた。風にそよぐ木々が何かを語り始める。
姉弟の物語だった。遠方にいる父を訪ねて、母と姉弟は旅に出る。ところが途中で人買いに騙され、母とは別れ別れになり、二人は「さんせう太夫」という分限者に売り飛ばされ、奴隷として使われることになる。
弟を逃がそうとして、姉が犠牲になる決心をするところで、三太はこらえられなくなった。膝の上にぽろぽろ涙が落ちるのである。
その涙が青かったのかもしれない。あたりが青く染まってしまった。
「ここは海の底か?」
三太は呟いた。「さんせう太夫」の屋敷は海沿いにあるのである。潮汲みをさせられていた姉は、そのまま波にさらわれて、海の底に沈んでしまったのかもしれない。あるいは自ら身を投げたのか。三太は、可憐な姉の姿を探そうと、目の涙を拭った。
「何をぼんやりしている」
びっくりして、その声の方を見ると、鬼のような大男が腕組みをして、いかにも恐ろしげに見下ろしていた。
「今から、お前の仕事を教えてやるのだ。よく聞け。怠けると飯抜きだ」
 なんだかわからないが、飯抜きという言葉が忍びなく響いた。
「まわりをよく見回せ。光りながら落ちてくるものがあるだろう」
 なるほど上の方から、子供の爪くらいな小さなものが、ピカピカ光りながら降ってくる。そして、三太の目の前を通り過ぎて、床も地面もないかのように、下へ下へと落ちていき、やがて見えなくなる。
「そら、もったいない。それをお前の掌で掬って、前にある板の上に載せるのだ。それは『ふらぬら』といって、壊れやすいものゆえ、子供の掌でないと掬い取れぬ。だから、お前のような子供の仕事なのだ」
言われたように、掌の上に落ちてくる『ふらぬら』を受けてみた。何の重みも感じなかった。ただ、青白く光っているのがきれいだと思った。
自分の前に畳一畳ほどの板が敷いてあった。そこに、慎重に載せた。すると、『ふらぬら』ぱちっとはじけたようになり、朝顔のつぼみを小さくしたようなものに形を変えた。
「それは『ほりふ』だ。それを指先で揉め。潰さぬように大事に揉むのだぞ」
言われたように揉んでいると、『ほりふ』から蔓のような、触手のようなものが生え始めた。思わず三太は手を離した。
「揉み続けろ。かまってやらないと、寂しくて死んでしまうぞ」
死、という言葉を聞いて、また三太は手を伸ばした。コンニャクのような感触のそれを揉んでいると、『ほりふ』が触手をひらひら動かして喜んでいるような気がした。そして、触手は伸びていき、伸びた先にまた蕾のように『ほりふ』が生まれた。
「そら、そっちのやつも揉んでやれ。そっちもだ。まんべんなくやるのだ」
『ほりふ』はあちらにもこちらにも生えてきて、三太は忙しくなった。そのうち、『ほりふ』がもぞもぞ動き出し、中から光の花弁を持った、赤ん坊の掌のような大きさの花の形をしたものが現れ始め、それは板の上を離れ、空間に浮かび上がった。
「捕まえんでもいい」
思わず手を出しかかった三太は、そう叱られた。
宙に浮かび上がった花の花弁は、そのうち笠のような形になり、その下から足が生えてきて、
「クラゲだ」
増えた『ほりふ』からは、次々に花が咲き、宙に浮かび、クラゲになった。
「さぼるな」
また、三太は叱られた。なるほど、空中からは雪のように『ふらぬら』が降ってくるのだった。慌てると、手からこぼれてしまう。
「無駄にするな。ひとつでも多くクラゲに揉み上げるのだ」
「家に帰りたい」
「なに?」
「父さん、母さんのいるところに戻りたい」
 男は、ひどく残忍な薄ら笑いを浮かべた。
「お前の親父はこの俺だ。母はおらん」
「ちがう」
 殴られた。
「お前はずっとここにいたと思え。これからもずっとここにいるのだ。殺されたくなかったら、『ふらぬら』を捕まえ、『ほりふ』を揉んでクラゲにするのだ」
目玉の表面にじわっと涙が浮かんだ。涙の表面に落ちてくる『ふらぬら』がきらきらと光りながら舞った。
男は、縄を持ってくると、三太の左足首に結わえ付けた。もう一方の端は、どこかに結びつけられたようだ。 「逃がさんからな。小便に行く時も、繋がれたままだ」
男は、ものすごい目で三太を睨みつけていたが、めそめそと泣き続けているのを見て急に優しい声で言った。
「まあ、泣くな。一生懸命クラゲを作れば、そのうちいいこともある。万、いや一〇万作った帰してやろう」
万が一瞬で一〇万に訂正されたところが、いかにも嘘くさかったが、でも、それこそ万に一つの望みができたような気がした。男の言う通り「そのうちいいこともある」。
三太は掌に載った『ふらぬら』を台の上に、大事に載せ、揉み始めた。『ふらぬら』は素直に反応し、『ほりふ』に姿を変え、触手を伸ばし始めた。
男は浮かび上がったクラゲを透明な袋に入れた。入れれば入れるほど袋は膨らみ、やがて男自身の背と同じぐらいになった。それくらいになると、クラゲの浮力で男の身体まで浮き上がりそうになった。すると、男は縄で袋の口を縛り、どこかに結びつけて、どこにも漂っていかないようにした。
目が馴れてくると、『ふらぬら』は雪のように降ってくるのがわかった。大部分は下へ落ちてしまうのだ。こうしてみると、男が言った万とか十万とかいうのも、できないことではないかもしれない。
三太は忙しくなった。慌てると取り落としてしまう、潰してしまう。やわやわと、そして素早く手を動かす。三太が失敗するたびに、
「馬鹿め」「うつけめ」
男の罵声が飛んだ。
だが、力の入れ方のコツのようなものがわかってくると、一時に七つも八つも処理することができるようになってきた。そうなると、面白くなってくる。
『ふらぬら』から『ほりふ』に変態した後、揉み方によっては、いきなりぱっと四方八方に触手を開くことがあるのだった。ある時は、夜空に広がる花火のよう、ある時は雨に濡れた蜘蛛の巣みたいで綺麗だった。開いた先では、そこから新たに『ほりふ』が生じ、さらに触手を伸ばすこともあれば、花が開いてクラゲへの変態を始めることもあった。
そうなってくると、クラゲを集める男も中々忙しかった。
「ほいっ、ほいっ」
まるで自分を元気づけるように、そんな奇声を発しながら、空中から果物でももぎ取るようにクラゲを収穫し、袋に収めた。
「うひひひ」
嬉しそうに笑いを漏らしたが、急に引き締めるように、
「こんなんじゃ、まだまだだ」
と苦そうな顔をするのだった。
三太は、なぜ男がそんなにクラゲを欲しがるのか、わからなかった。聞きたくもあったが、また殴られたり、罵られたりするのが怖かった。
男は袋がその背丈ほどにも膨れ上がると、袋の口を紐で縛って、「一丁上がり」と呟いた。そして、にまにまと笑ったが、急に
「まだ、たったのひとつだ」
と引き締めるところは前と変わらなかった。
「まだ、初日だから仕方がないが、前の小僧はもっともっと稼いだのだからな」
前の小僧。三太が来る前にも、こんな仕事をやらされていた子供があったのだろうか。どんな子供だったのだろうか。今は、なぜいないのだろう。どこへ行ったんだろう。しかし、これも訊くに訊けなかった。
男は、あぐらをかいてしばらくキセルで煙草を吸っていたが、立ち上がると、ふいとどこかへ消えてしまった。村芝居の役者が舞台の袖へ消えるように、ギヤマン色のあるところから消えたのだ。
三太がどきどきして見守っていると、やはり同じ辺りから現れた。袖から舞台へ役者が出てくるようだった。こんどは、手に桶を持っていた。あの辺りに目には見えないが出入り口があるのだろうと三太は考えた。
桶の中には、どろどろした粥が入っていた。茶色っぽくて、ところどころ赤や黄色の粒が混じっていた。嫌な臭いがした。男は椀に粥をよそうと、
「食え」
と三太の目の前に突き出した
むっと湯気が三太の鼻孔を襲った。それだけでクシャミが出た。とても食い物の匂いとは思えなかった。
「食わぬと死んでしまうぞ」
そうまで言われて、やっといやいや箸を取った。男は自分の椀によそうとがつがつとものすごい勢いで食い始めた。まずそうでもなかったが、うまそうでもなかった。それこそ、食わぬと死んでしまう、と信じているようだった。
三太はやっとの思いで一杯食べた。男は、桶の中の粥をあらかた平らげていた。食ってしまうと、自分と三太の箸と茶碗を桶に放り込んで手に提げ、またどこかへ消えた。
確かにあのあたりに出入り口がある、と三太は思った。かすかに、逃げだそう、というつぶやきが心の底に聞こえた。だが、そう簡単ではない、とも思った。十万、クラゲを作れば家へ帰してくれるのだ、そう思おうとした。その途端、あの男にどこか狡猾そうな表情が浮かぶのを思い出した。
飯を食った後は、再びクラゲ作りが続いた。だんだん器用になってきたが、今度はその単調さが耐えがたくなってきた。時には『ほりふ』が閃光のように触手を広げて、男までもを驚かすことがあった。それは美しくはあったが、男はいい顔をしなかった。あまり広がりすぎても却って揉みの作業がやりにくくなって能率が落ちるというのである。
いったい、いつまで続ければいいのか、見当がつかなかった。
疲れたと訴えても、まだまだ、という返事が返ってくるだけだった。そのくせ、男の声にも疲れが現れ始めているのだった。明らかに、男もやめたがっていた。だが、三太に休ませないために、男も休まないでいるという感じがした。
もとの世界ではお百姓はお日様と共に働き始めて、日が暮れると家へ帰っていた。帰った後も夜なべ仕事が待っているにせよ、お日様の位置というものが自分が長い一日のどこら辺を歩いているのか教えてくれるのだった。 ここには、お日様がない。海の底には、お日様は指さないのだろうか。ギヤマン色の周囲は色を変えなかった。明るくも暗くもならなかった。
だんだん、腕がくたびれてきて、『ふらぬら』を取り落とすことの方が多くなった。うっかりして、折角育った『ほりふ』を潰したりした。
男は、もう叱るのも面倒になったか、ときどき、ちゃんとやれよ、とこちらを振り向きもしないで呟くように言うだけだった。
そして、三太に小言を言っているのかと思うと、こんなことをブツブツ言っていた。
「こんな仕事は、いやだいやだいやだ。俺は町へ行きたいんだ。町に行けばいい仕事があるかどうかわからねえ。でも、ここにいるよりはマシだ。こんなところは、いやだいやだいやだ」
ついに男は、ごろりと転がった。ふてくされているようだった。何に対してふてくされているのか、わからなかった。
その時、先ほど男が飯を取りに消えていったあたりから、不意と人間が立ち現れた。三太は、初め大きなカニが現れたのかと思った。だがそれは人間の顔であった。その下には、胴体があって陣羽織のようなものを着て、ぴかぴか緑色に光る袴をはいていた。
ふてくされていた男は、バネのようにはねかえって、ぴんと立ち上がった。
「こ、これは旦那、ご苦労様でございます」
男は、腰をかがめ揉み手をしながら、飴のようにとろけた顔で迎えた。
「来たくもないが来ないわけにも行かないからな」
カニ男は無愛想に答えた。へへへ、と男は愛想笑いをした。
「できてるか」
「へえ、これだけ」
男はクラゲの入った袋を指し示した。ふん、というとカニ男は袋の口から中を覗いた。
「小さくはないか」
「でも、質はようござんすよ」
「また、新しい子供か」
 カニ男は三太の方を見て言った。
「そう、新しいのばかり連れてきては、なかなか仕事が身につかんではないか」
「いえ、今度のヤツは出来がいいようで。大事に使ってやろうと思います」
「だいたい、お前にこらえ性がないのがいけない。隣のヤツなんか、五人も六人も子供を使って、どんどん作っているぞ」
「え、お言葉ですが、そう大勢いると、なかなか目が届きませんで、どうしても質が悪くなります。結局旦那にご迷惑をお掛けすることになりやす。やはり、あっしのように一人に絞った方が」
「悪い癖を出すなよ」
「へへへ、旦那、お人が悪い」
それから、彼らは交渉に入った。クラゲの売り渡し価格に関する哄笑である。
「まあ、一袋一〇銭だな」
「ご冗談でしょう。二〇銭はいただかないと」
などと、うにょうにょと話し合っていたが、結局折れ合って、カニ男が銭を渡して、「おい」と声をかけると出入り口からオコゼのような男が出てきて、クラゲの袋を集めて、また出ていった。カニ男は、その後から威風堂々と威張りくさって出ていった。
「今日はもうやめだ」
カニ男を見送った男はそう言うと、また先ほどと同じような粥の入った桶を持ってきて、
「食え」
と言った。
「明日からは、こういう用事もお前にやらせるからな」
働いたせいか、慣れたせいか、三太はお代わりまでした。そうして味はよくわからなかったものの、満腹を感じた。
今度は、三太の頭の上から、大きな布をかぶせると
「寝ろ」
と言った。三太が布の端から頭を出してみていると、男は大きな徳利を持ってきて、酒を飲み始めた。三太が見ているのに気づくと、
「寝ろ。頭を引っ込めろ」
と、恐ろしい顔で言った。

布は、びろびろとしていて、何で出来ているのかわからないが、頭からかぶると、あたりは真っ暗闇になった。
時々、「ごおおおう」という男の声が聞こえた。何かを叫んでいるのか、欠伸なのか、鼾なのか、げっぷなのかわからなかったが、三太の背骨を揺すぶるように恐ろしかった。
いつ帰れるのだろう、と思った。不安なことを考えながら、暗闇の中で目が冴えているのはかなわなかった。
男が眠ってしまったら逃げだそう、と考えた。そのうち、彼も本当に鼾をかき始めるだろう。まず、足首に結ばれた縄をほどかなければ。
先ほどは、ずいぶん固く結ばれたと思っていたが、あの後、色々動き回ったせいか、案外簡単にはずれた。あとは、時を見計らうことだ。しかし。
・・・家までの道がわかるだろうか。どうやって、ここまできたのだろう。また、男が途中で目を覚まして追いかけてきたらどうしよう。
その時、「逃げ出せ、逃げ出せ、ヤツは眠ったぞ」という小さな声が聞こえた。子供の声のようだった。耳の中で鳴っているように思えた。次に右脇で聞こえた。それから、足首のあたりで聞こえた。
三太が声の方を振り返ってみると、暗闇の中でほわっと青白く光っている丸いものが見えた。
クラゲだった。男に捕まらずにいたのだろうか。
「あの男は悪い癖がある。よそのクラゲ屋が子供を何人も使って稼いでいるのに、あいつが稼げないのも、この悪い癖のためだ」
とクラゲは言った。
「前の子供もそうだった。子供の肉が好きなのだ。こうして、目くらましの布をお前にかぶせているのも、お前の寝姿が目に毒だからだ。こうしておかないと、涎が垂れてたまらぬのだ。何日か、しばらくは働かせているが、だんだん我慢できなくなる。そうすると、目を血走らせて布を剥ぎ、尻にかじりつく。尻の肉から食っていって、最後は骨までカリカリと囓って跡形もなくなってしまう。そこで、ようやく我に返る。子供を食ってしまったことを悔いながら、また子供を攫いに出掛ける。お前のように、真っ昼間にぼんやりしている子供が攫いやすい。夢の隙間に連れ込んで、引っ張ってきてしまうのだ。
逃げろ。あの出入り口はだいたいわかるだろう。あそこへ飛び込め。あとは一散に走れ。振り向くな。振り向くとつかまる。今まで逃げた子供は大抵、振り向いてしまった。すると、夢の淵に落っこちてしまう。そして、食べられてしまう」
三太は跳ね起きた。布が頭や足に絡みついて、どこが出口やらわからなかった。何度も足を滑らせて転んだようだった。これでは、男が目を覚ましてしまう。焦ってもがいていると、前にクラゲが光っていた。
「大丈夫だ。私を目指して進んでおいで」
クラゲの方へ手を伸ばすと、抵抗もなく前へ進むことが出来た。三太はまだ尋常に入る前、池に落ちたことを不意に思い出した。水底の藻が手足に絡みついて動けなくなったのに、なんの拍子にかふわっと身体が浮いて、それで大人達に助けられたのだ。
もう、男は目を覚ましただろうか。三太がいないことに気づいただろうか。今自分はどの辺にいて、あとどれくらいで家に戻れるのだろうか。
急にクラゲの光が強くなった。光がトゲのように目に刺さった。あたりがぼんやりして、暗いのか明るいのかわからなくなった。
「これが、夢の境だよ」
誰の声かわからなかった。クラゲの声かもしれないし、自分の声かもしれなかった。

気づいてみると、目の前に庭の木立が見えた。もとの部屋だった。一本の木は、さんせう太夫から逃れることに成功し、都で出世して、母を迎えに来た弟の厨子王役だった。もう一本の木は母役で、盲いていた。あそこへ行く前に見ていた芝居だった。
ぎゃっ、という声が廊下で聞こえた。ついで、ばたばたと母屋の方に走っていく足音が響き、
「坊ちゃまが、三太坊ちゃまが戻っておられます」
という女中の慌てた金切り声が聞こえた。

社長のショートストーリー『創世神話』

社長1 「じゃあ、小旅行でもして気分を変えてみたらどうだい。K市に俺の懇意にしている旅館があるんだ。紹介してやるよ。老舗の旅館だがね。なに心配しなくてもいい。俺の大親友だと言えば、大特価で大サービスしてくれるさ」 

 日常のこまごまとした不愉快事にかかずらっているうちに、本当に落ち込みそうになってしまった。友人のヤマダに相談してみると、そんな答えが返ってきた。 
「そうしてみるかな」
 「そうしろ、そうしろ。いつ行くんだ。俺が予約してやる」 
 まるで自分の旅行のように、彼の方が乗り気になってしまったので、行かないわけに行かなくなった。経営する珈琲店を二日だけ臨時休業することにした。 
 ある駅で新幹線から乗り換えて、二つ目の駅で降りた。改札を出ると、寺の五重塔が目についた。古い家々は黒い屋根瓦を載せて、眠ったように落ち着いている。 小藩ながら学芸を大事にした大名の城下町だということだ。ひなびた味わいと、それでいて歴史を感じさせる雅びた味わいを併せ持つ町だった。 
「これは、案外、当たりかもしれないな」 
 しばらく町を歩いただけで、気分が爽やかに晴れてくるのを感じた。 
 旅館に入ると「ヤマダ先生のお友達」ということで、意外な歓迎を受けた。ヤマダに「先生」がくっついているのが、なんだかくすぐったい。 
 彼とは中学時代からの友だちだが、他家の玄関の呼び鈴を押してはピンポンダッシュで走って逃げたり、女の子のスカートをめくっては走って逃げたりと、やたら走って逃げるばかりの下らない遊びを一緒にやっていた。 
 その彼が、実はある伝統芸能の家元の息子だということを知ったのは、しばらく経ってからだった。へえ、と思ったが、人間関係が別段変わることもなく、少年時代は下らない遊びを共にし、大人になってからは酒を飲んでは下らない話に花を咲かせるばかりの付き合いがずっと続いている。 
 その伝統芸能がどんなものなのかも、よくわからないし、彼の方も見に来いとも言わないし、説明をすることもしない。だから、彼がえらいのだか、えらくないのだかわからない。たぶん、えらくないのだろうと思っていた。
  そういうわけで、「ヤマダ先生」を聞いて危うく吹き出しそうになった。聞けば、この旅館の主人がヤマダについて、その伝統芸能の稽古を受けているのだそうである。 

 二階の二間続きの部屋に通されて、中庭の梅の古木を見ながら、 
「いい庭だな」
 そんなことを思った。私に日本庭園がわかるわけではないが、見ているだけで心が和んでくる。来てよかったと、改めて思った。ヤマダ先生、恩に着ますぜ、と心の中で呟いた。
 「おや?」 
 梅の根元で、何かが動いた。初めは、鳩とかツグミとかの鳥かとも思った。ついで、少し大きいリスのような動物かと思った。ちょこちょこ動き回るのを目を見張って見ているうちに 「ありゃ、人間だ。 
  腰に灰色っぽい布を巻いただけの半裸の男だ。肌がアカまみれで茶色っぽく見えるので動物に見えたのかもしれない。頭はボサボサで、髭まみれの頬はこけている。姿を追っているうちに、目と目が合ってしまった。 怯えた目をしていた。ひどく驚いて飛び上がると、慌てて植え込みの中に這い込んだ。しばらく、植え込みのそこここがごそごそと動いていたが、やがてひっそりとしてしまった。 まるで野良猫が逃げ込んだようだった。いや、野良猫なのかもしれなかった。小さい人間がいた、などというよりも、野良猫を見間違えた、の方が常識に近いだろう。 
 名を呼ばれた。振り向くと女中が風呂場に案内すると言って、やって来ていた。 
 風呂から上がると、夕食の用意ができていた。奥の部屋には、すでに夜具が敷き伸べてある。後は、飲んで食って寝るだけだ、と思うと胸の奥から喜びがわき上がってきた。しみじみと嬉しい。  女将が来て酌をしてくれた。 
「わざわざ女将さんがいらしてくれるなんて、なんだかすみませんねえ」
 「いえいえ、ヤマダ先生のご親友なのでしょう。大事にしてやってくれ、と先生に言われておりますの」 話し上手聞き上手の女将で、初対面の美人相手に話が弾んだ。これもヤマダ先生のおかげかもしれない。 
 もちろん、ヤマダの事が話題に上がった。彼女が彼の公演を見た感想を話すと、こちらは、そんな彼は一向に知らないので、若い頃の悪戯や失敗談などで、旧悪を暴露した。女将がだいぶヤマダを尊敬している風だったので、平衡を保つため彼女の知らないヤマダを教えてやる必要があったのだ。女将は、身体を折り曲げてコロコロと笑った。 
 旅館のことも色々と話してもらった。なんでも、もと武家屋敷だったのが、明治維新以降、何人かの手を転々としたのち、大正時代に旅館として創業したのだそうだ。随所に江戸時代の面影が残っているという。 
 「例えば、この中庭ですとか」
 「そうか。風情があると思っていましたが・・・」 
 俺の鑑賞眼もまんざらではない、と鼻を高くしかけた途端、あの小さい半裸の男の残像が脳裏に現れた。びくっとして、盃をひっくり返しかけた。 
「どうなさいました・・・?」
 「や、失礼・・・なんというか・・・いや、先ほどヘンなものを見たものですから」
 「ヘンなもの?」 
 「いや、もちろん見間違えだと思うのですが・・・」
  私は、あの小さな人間の話しをすると、 
 「ああ、あれですか」 
 意外なほど彼女はあっさりと答えた。
 「時々、出ますのよ。お客様の前には滅多に姿を現さないのですが」
 「あなたも見た事があるのですか」
 「ええ、何度も」
 「なんなんですか、あれは」
 「神ですわ」
  また、酒を吹き出すところだった。
 「神?」
 「ええ、この世を創った神」
 「旧約聖書の創世記とか、イザナギ・イザナミの神話みたいな・・・?」
  そこへ、若い女中が入ってきて、女将さんちょっと、と何事か耳打ちした。女将は頭を下げると、
 「申し訳ありません。ちょっと用事ができてしまいまして」
 「いえ、どうぞどうぞ」 
 女将も忙しいだろう。いつまでも、こんな遊山客ひとりにかかずらっているわけにも行くまい。女将は出しなに、その若い女中に、
 「あ、ハカセちゃん、ちょっと」 
 と何事か耳打ちした。
 「え、私が?」 
 女中は素っ頓狂な声を上げたが、女将が姿を消した後も、そこに残った。
 黒縁の眼鏡をかけて、どことなく女将に似た顔立ちだと思ったが、色香のようなものはどこを探しても無いようである。正座した膝の上で手を固く握りしめている。初々しいと言うより、まだ着物姿もしっくり身についていないようで、むしろ痛々しい。
 「あ、あの」 
 と声をかけると、
 「あ、すみません」 
 と再び素っ頓狂な声を上げて、銚子を取り上げ酌をした。手が震えて銚子の口と盃がカチカチと音を立てて、
 「ご、ごめんなさい。まだ、馴れないものですから」
 「新人さん?」
 「アルバイトです」
 「というと学生さんかな」
 「文化人類学の研究者なんです」
 「なるほど、それで」
  先ほど女将がハカセちゃん、と呼んでいたのに思い至った。博士だか修士だか知らないが、そういうところから来たあだ名なのだろう。
 「女将が、お客様が『神』に興味をお持ちのようなので、話し相手になってやってくれと・・・。すみません、私は本当は下働き担当で、とてもお客様の相手を出来るようなものではないのですが」  なんだか面白いことになってきた。ヘンに色気を振りまく人が登場するより、そういう浮世離れした話でもして過ごす方が、こういう旅にふさわしい。
 「お客様、神は・・・」
 「うむ、見た。というか、まだ自分の目が信じられないし、あれが天地を創った神だというのも信じられないんだが」
 「この地方の伝承では、そういうことになっているのです。おまけに、少数ながら、それを見た人がいるというのも不思議ですよね  」
 「女将とか、ここのご主人は見たのかな」
 「はい、そう言っています。実は、私も見たくて、頼み込んでアルバイトとして入れてもらったんです。私、女将の姪なんです」
 「で、君は見たの?」
 「いえ、まだ・・・あの、お客様、そのご覧になったものの様子を教えていただけますか」
  私は、先ほど見た小人のことを話した。彼女は、帯の間から小さな手帖と鉛筆を取り出して書き込んでいた。
 「あれは、ここの庭に住みついているのかね」
 「何年か前から、現れるようになったそうです」
 「ふうん。守り神みたいなものかな。それなら、もう少しきれいにしてやって、祀ってやればいいんじゃないかね」
 「それが、非常に警戒心が強くて、人間を恐れているようなんです」
 「神が?人間を?」
 「はい、それまで、子供に石を投げられたり、棒で追われたりしてきたそうなので」
 「おい、そんなことして神罰でも下りゃしないか」
 「この神は無力なんです」
 「だって、この世を創ったほどの神なんだろう?」
 「はい。創るには創ったけれども、それ以外のことはできないようなんです」
 「自分の設計どおりというか構想どおりに創ったんじゃないのかね」
 「これは私の想像なんですけれど、宇宙の始めがビッグバンだったとすると、その爆発的な膨張の最初のきっかけを与えたのが、あの神だったんじゃないのか・・・」
 「で、やったことはそれだけかい?後は、勝手に宇宙が進化するのにまかせて、本人はなにもしない?用なしってこと?」
  不思議、というか情けない神もあったもんだ。
 「そうですね、あとの140億年は特に為すこともなく」
 「140億年のヒマ人かよ・・・」 
 呆然とする思いだった。自分の、こせこせとした日常はなんだったんだ、と思った。
 「私、あの神と話がしたいんです」 
 ハカセちゃんは私の盃に酒を満たしながら言った。
 「そりゃあ、140億年分となれば、積もる話も色々あるだろうが」
 「例えば、ビッグバンの前は時間も空間もない『無』だったって言われたりしますよね」
 「よくは知らないが、聞いたことがあるような気がするね」
 「すると、その時、彼はどこにいたのでしょう。『無』の外でしょうか。『無』の外って、どうなっているんでしょう。それとも内側でしょうか。『無』の内側ってなんでしょうか。それとも、内も外もないから『無』なんでしょうか」
 「無って、入ったり出たりできるもんかな」
 「たぶん、彼は『無』と戯れていたんでしょうね。子供がおもちゃをいじくり回すみたいに。そのうち、『無』が破裂したんですよ」
 「なんか、花火を悪戯しているうちに、ボヤを出した、みたいな話だね」
 「花火ならボヤで済みますけど、『無』だから、宇宙が生まれてしまって、まだ現在進行中なんですよ」
 「『無』ってのは、こんなもんかな」  私はハカセちゃんの顔の前にこぶしを握って突き出した。 「こんなもんです!」 
 ハカセちゃんは、間髪入れず、開いた手を突き出した。
 私の腹の底で、なにかがぱちんと弾けた。ビッグバンかもしれない。私のビッグバンは、たまらない愉快さとなって、 「ははははははははははは」
  哄笑を生んだ。
 「いや、楽しい。俺は、こういう話を聞きたかったのかもしれない。ハカセちゃん、ありがとう。この気持ち、皮肉でも何でもないこと、そのままの愉快さであること、わかってくれるよね」
  ハカセちゃんは、明るい微笑みを浮かべて、また一杯注いでくれた。もう、カチカチ音を立てたりはしない。 
 「この酒もこのカラスミも・・・」 
 と呟いて、天井のひと隅を見上げた。その向こうに、何億光年彼方からやって来る星々の光が見えるような気がした。 
 この酒もこのカラスミも、あのヒマ人が140億年前に起こしたビッグバンなしには、この膳の上に乗っかることはなかった。
  翌朝、朝食を運んできてくれたのは、まるまると太った中年の元気のよい女中だった。ビールの小瓶をコップに注いでくれながら(この二日間は徹底的にユルく過ごすつもりだ)、
 「お客様、ヤマダ先生のご親友なんですってね」
  また、ヤマダ先生だ。私はすかさず、彼の旧悪を色々と暴露した。女中は元気よく笑いこけた。この地方では、ヤマダネタに限ると思った。
 「そういえば、ここには神がいるんだってね」
 「ああ、あの話・・・まあ、このあたりでは子供でも知っている話ですけれどね」
 「あなたは、見たことあるの?」
 「いやですよ、あるわけないじゃありませんか」
 「ないの」
 「おとぎ話ですよ。そっか、ハカセちゃんに何か聞いたんですね。あの子、変わっているからねえ」
 人によって、ずいぶん反応が違うものだと思った。
 「お客様、そんな迷信より、お時間があればA神社にお寄りなさいましよ。市のはずれにあるんです。ここからも近くですよ。霊験あらたかなんですから。うちの息子が大学に合格したのも、あそこのお札のおかげなんですから」
  勘定は、申し訳なくなるほど安かった。これもヤマダ先生の霊験なのだろう。中学時代、共にピンポンダッシュに励んでおいてよかった。 
 元気のよい女中さんのお言葉にしたがって、A神社を訪れた。(別に他のどこに行くというあてもなかったし) 背の高い木立に囲まれた、いい感じの神社だった。これなら、霊験あらたかじゃなくてもいい。二礼二拍手一礼。

金井哲夫の超短編小説「ラッパスイセン」

 太平洋に浮かぶ小さな島の南斜面には、一面に野生のラッパスイセンが植わっていた。
 春子と春男は、お互い春に生まれた同士の幼なじみで、毎年、ラッパスイセンが咲く時期になると、ここへ来ることにしていた。もう何回目になるだろうか。高校を卒業してまだしばらくこの島に暮らしているが、まだお互いの気持ちを確かめてはいなかった。
 今年こそは、将来の話をしたい。二人は互いに胸の中でそう願っていた。
 夜明け前、二人は古びた軽自動車に乗ってラッパスイセンの海岸にやってきた。道路の脇には休憩場と見晴台を兼ねた駐車場がある。その海に面した、丸太を模したコンクリート製の柵から先は、眼下にラッパスイセンの斜面が広がり、さらに30メートルほど下ったあたりから青い海になっている。そこから先には水平線までもう何もない。
 二人は車を降りて柵の前に海に向かって並んで立った。水平線の上が少し明るくなり、太陽の先端が燃える宝石のように少し見え始めたとき、春男は思いきって春子に言った。
「ボクたちさ……」
 そのとき、一輪のラッパスイセンが朝日を浴びてプウと鳴った。ここに自生するラッパスイセンは、太陽の光を浴びて開花するときに、プウとラッパのような音を立てるので有名だった。
「なに?」と春子が聞き返したとき、ププー! と二輪のラッパスイセンが続けて鳴った。
 太陽が少し上に出てきて、ラッパスイセンの斜面に当たるオレンジ色の日光の面積が広くなる。
 すると、プープーとあちこちからラッパスイセンの開花音が響くようになった。
 プー! プープープー! ププー! プププー! プープププー! プップププー! プー! ププププー! 
「あの……」
 プープープープー! ププー! ププププー! ププー! プー! プー! プー! プー! プー!
「なあに?」
 プー! プー! ププー! プププププー! プー! プー! プププー! ププー! 
プー!

                                 うるさいのでおしまい      

社長のショートストーリー『時限爆弾女』

社長1 もう、何年も前の話になりますが・・・。

  島と半島からなる港湾都市。四千年の歴史を持つ大陸の文明とにわかに勃興してきた西方の国々との、一世紀半くらい前の奇妙で暴力的な交渉により、貧寒たる漁村から生まれた近代都市。岩山に超高層ビルが密集している様子は、海岸のフジツボの密生を見るようでもある。 
 
 この街から大陸や島嶼部のあちこちへと繋いでいる高速艇のターミナルがある。ちょっと巨大なズワイガニがうずくまっているように見える。その足のあたりから、ひっきりなしに乗客を乗せた船が出ていく。
  そのターミナルの中のカフェで、私はブラックコーヒーを飲みながら自分の乗る船を待っている。 「からっぽの胃にそんなもの流し込んだら、荒れるわよ」 
「酒とコーヒーで、もう、ひびが入っているよ」 
 私に話しかけた女は、私の前に座って、フレンチトーストをナイフとフォークで食べている。卵とミルクと砂糖がじゃりじゃりしそうなほど入ったヤツだ。彼女はさらに、その上から蜂蜜をたっぷりかけて食っている。
  私たちはこれから大陸のある新興の町へと向かう。その町に、我々の会社がコントロールしている工場がある。私は日本の本社からの出張者であり、彼女は島の中心部におかれた事務所で日本と大陸と島の三角形を動かしている。彼女は日本人だが、この街で現地採用された。 
「そんな甘ったるいもの、よく食えるな」 
「したかないわ。脳が要求するのよ」
 「それでよく太らないな。何か、運動でもしているのか」  
 高層ビルの中のジムでランニングマシンに乗ったり、スカッシュのコートを走り回っている彼女の姿が思い浮かぶ。 
「何もしてないわ」 
「休日は」 
「寝てる。一日中、部屋でごろごろしている」 
 テレビ見たり、レンタルや違法コピーのDVDを見たりね、と彼女は付け加えた。
 「君らしくないね。キャリアアップのための勉強とかしていそうだけど」
 「バカバカしいわ」 
 このあたりの人は、大きな声で話す。一日の始まりに、早くもエネルギッシュな喧噪が生まれているカフェの中で、彼女のまわりの空気だけが、アンニュイで妙に色っぽい。 
 広東語と英語と北京語でのアナウンスが、我々の乗る船の乗船準備ができたことを告げると、あちらこちらでやおら立ち上がる人が出てくる。彼女は、フレンチトーストの最後の一切れを口に入れると面倒くさそうに立ち上がった。 
 けたたましいエンジン音を立てて高速艇はターミナルを離れ、波の中をバウンドするように半島に沿って進んでいく。空は青いのに、波しぶきが窓にじゃんじゃんかかるので、暴風雨の中を進んでいるような気がする。 高層ビルの群れが途切れると、半島は岩と潅木の風景になる。 
 私は前の座席の背に付いているテーブルを引き出して、パソコンで資料の確認を始めたが、彼女は目をつぶると、なんだか野良猫のように丸っこくなって眠ってしまった。  

 一時間あまりで目的の港に着いた。あたりには、何もない。広い道路が一本、海岸線に沿って無愛想に伸びて、岩山の裾でカーブを描き姿を消している。 
 二台の車が迎えに来ていた。一台は私を工場まで連れて行ってくれる。もう一台は、ワンという男が運転する車で、これはどこへ行くか、わからない。というか予想も付かない。大陸側での彼女の足になっている。  彼女は、朝の明るく乾いた光と風の中にすっくと立った。それまで、ぐにゃぐにゃしているように見えた足が、黒いミニスカートからぴんと長く伸びて大地に突き刺さるようだった。 
「じゃあね。また、午後に」 
 笑ってワンの隣に乗り込むと、車は「ぴゅーっ」というマンガ的な擬音でもつけてやりたいような勢いで、たちまち道路の彼方に消えた。 
 これから、どこをどう回って来るのかわからないが、気がつけば、なにかしら新しいビジネスの種やネットワークやらを見つけてくる。営業ばかりでなく、生産や財務や法務やITにも通暁しており、思いがけない回路を通って、びっくりするような成果を上げる。
 どんな活動をしているのか、いちおう上司には報告をあげているのだろうが、全部ではないだろう。 彼女は日本流の「報告、連絡、相談」というのが大嫌いで、うすのろ共と、ああでもないこうでもない、と時間を無駄に使うよりも、さっさと出来上がったものをごろんと目の前に転がしてみせる、というやり方だ。結構、金も使うようだが、その出来上がったものは、すでに反論しがたい説得力を持っており、おおむね彼女の考えどおり、この地での仕事は進んでいく。 
 彼女の上司というのは、三年という任期で日本から出向してくるおっさんで、上の顔色をうかがう以外、能のない男だ。島のセントラルという地区にある事務所の所長ということになっているが、もちろん彼女がいなければ、この地では何も進まない。完全に首根っこを押さえられているわけで、内心は面白くないのかもしれないが、まあ、彼女にまかせておけば、成果は上がるし、その成果は日本の本社に向けては、私がやりました、という報告をしておけば上の覚えもめでたくなるというので、不満はないようだ。それに、結構な出向手当をもらっているらしいし。  

 工場に着いて、私は人びとと打ち合わせをし、資料をチェックし、工場内を視察し、昼は幹部連と食事をした。 
 午後は、周辺の取引先や会計事務所などを回って戻ってくると、駐車場にワンの車がおいてあるのが見えた。
 場内に一歩足を踏み入れると、空気がまるで違っているのがわかった。彼女が大股でラインの間を歩き回り、人をつかまえては中国語で質問をしている。答える側も、顔が引き締まっている。工場内の女王陛下だ。私のような大甘な出張者に対するのとは、ワケが違うらしい。  夕方から会議が始まった。彼女より職位が上の筈の工場幹部がずらりと揃っているが、仕切っているのは完全に彼女だ。おどおどと報告を挙げる幹部連に、ぴしぴしと平手打ちのように質問を下し、彼女の手の中で問題点が明らかにされ、解決策が示されていく。 
「わかりました。その件は明日中に調査してメールで報告してください」
 山のようにあったと思われた議題が、ほこりをはらうように消えていき、 
「それでは、これで終わります」 
 そう宣言すると、もう立ち上がっていた。ワンの車へ向かう途中、くるりと私の方を振り返ると、 
「これから、A社の幹部と情報交換を兼ねた食事なのよ。ごめんね、あなたともゴハン食べたかったんだけど」 
 そう私に日本語で言って、なぜかウィンクをして、ワンの車で夕闇の中に消えていった。 
 このあたりの企業社会で、彼女は大した人気らしい。美人でスタイルが良くて頭がいいのだから、当然だ。ああ言った食事会の申し込みは引きを切らないようだ。思わず機密情報をもらしてしまうおじさんも多々あるだろう。まるで女スパイだが、まあ、我が社のためには祝福すべきことだ。 

 巨大できれいな工場がいくつも並んでいる。世界的に有名な企業のそれだ。その間に、ウチのような中堅企業の工場がある。さらに、それにしがみつくように、零細企業の工場がある。 なんだか、生き物の細胞の中を覗き見るような工場群があって、その真ん中に、この町の中心街がある。そこには、商店があり食堂があり、世界中で見られるチェーンのファミリーレストランやハンバーガーショップの店がある。 
 その真ん中に、私の宿泊するホテルが椰子の木と電飾に取り巻かれて光り輝いている。 
 宿泊客のほとんどは、町を囲む工場群へ、大陸の別の町や半島や他の国から金儲けにやって来る、あるいは大損しにやって来る男達だ。一日中、金のことを考え、労働者を絞ることを考え、ライバルを追い落とすことに全精力を傾けてきた男達だ。皆、顔がてらてら光り、大きな目玉が飛び出しそうになっている。 
 ここは宿泊施設であるばかりでなく、それ自体、一個の歓楽街だ。はっきり言えば売春窟でもある。三階にある巨大な酒場は、内部がいくつもの個室に別れ、男達はチャイナドレスの女を横に侍らせて、カラオケやら他愛のないゲームでどんちゃん騒ぎをして、宴果てて意あらば、女に金を渡して「お持ち帰り」もできるらしい。 
 私はとてもそんな元気もなく、一緒にどんちゃん騒ぎをやるお友達もいないので、階下のレストランで一人食事をして、同じフロアのバーカウンターでウィスキーを飲んだ。いつも、この街に来ると、強烈な熱気を避けて、一人になれる時間が待ち遠しくなってしまう。 
 ふと、彼女は今頃どうしているだろうと考えた。まだA社のおじさんたちと楽しく情報交換をしているだろうか。 
 彼女も宿はこのホテルに取ってあるはずである。もしかすると、今晩、ただ一人の女性客かもしれない。さぞ目立つだろう。男共が放っておかないかもしれない。コールガールと間違えられても不思議はない。あのミニスカートだ。 
 あれで、一人で夜歩き回ったら、事件に巻き込まれる危険性があるだろうに、今のところ、そういうことはない。それどころか、ナイフを持って襲ってきた暴漢を、逆にボコボコにしたという伝説さえある。あり得そうな気がしてくるから恐ろしい。 
 ウイスキーがすすむ。この街にいると、強い酒で頭の芯を麻痺させないことには眠れなさそうな気がするのである。  

 朝はグランドフロアのカフェで、バイキング形式の朝食が提供される。私は、トーストにベーコンエッグというありきたりの食事を盆に載せて、空席を探してうろうろしていた。 
 昨晩は歓楽のひとときを持ったのか、大人しく寝たのか知らないが、男共は一様に不機嫌な面構えで、まずそうに飯を食っている。中に、ちらちら女の姿も見える。おそらくは、男が「お持ち帰り」した女に朝飯を奢ってやっているのだろう。 
「ハーイ」 
 というハスキーな女の声がしたので、見ると彼女であった。今日も、朝っぱらからアンニュイで色っぽい雰囲気を漂わせていた。 
 そして、例の如く、フレンチトーストを食っていた。今日は蜂蜜ではなくて砂糖をかけている。のみならず、横の小皿にケーキをいくつか載せている。私は、それを見ただけで昨晩のウイスキーがぶり返しそうになった。 
「今日は、どうなさるの」
「午前中は工場で仕事。午後はセントラルに戻って、人に会って調べることがある」
「日本へは」 
「明日、土曜の便で帰るよ」 
「ふーん」 
 素っ気ない返事をした。あの事務所の所長なら、太った腹をくねくねさせて「いいな、いいな、日本に帰れるんだ」と必ず付け加えるだろうが、彼女にはそういうことには、恬淡としている。世界中のどこにいようが構わないのかもしれない。 
「君は?」 
「今日は、こちらであちこち動き回るわ。セントラルに戻るのは、夜遅くになるわね」 
「遊ぶ暇もないね」 
「遊ばないわよ。コンビニで、お酒とご飯とお菓子を買い込んで、部屋でホラー映画のDVDを見るの」 
「なんか、君にしては寂しいね」 
「寂しいもんですか。一番の楽しみよ。なにしろ、三週間ぶりの休みだもん」 
「彼氏とかは?」 
「いないわ。面倒くさいし」 
「なんだかなあ。それだけこき使われて、労働の報酬がコンビニ飯とホラー映画だったら、俺なら反乱起こすぞ」 
 ふふふ、と笑うと彼女は妙にいたずらっぽい目で私の顔を覗き込んだ。 
「実は、私、時限爆弾を抱えているの」 
「なんだい、そりゃ」 
「私、これだけ甘いもの食いまくって、運動もせずにいたら、もっと太るはずだと思わない?」 
 私は、思わず、その引き締まったウエストに目をやった。 
「確かに不思議だよなあ」 
「これね、いつか、爆発的に太るのよ」 
「?」 
「一気にね。それもただの太り方じゃない。いきなり200キロとか300キロとかに膨張するの。アパートのドアから出られなくなるわね。それどころか、ベッドから起き上がれないかもしれない」
「会社には?」 
「行けるわけないじゃないの」 
「所長は、いや、会社が困るだろうな」 
 確かに彼女がベッドから起き上がれなくなったら、この会社の海外部門は機能停止だ。国内だって、台風並みの被害を被る。 
 だいたい、今でこそ、職位は私と同じ中間管理職だが、本来なら事務所長をまかせてもいいはずだ。いや、重役にしてもいいはずなのに、出世させたがらない幹部連中がおかしい。暗に「女だから」という差別を感じる。 
「それは一年後かもしれないし、一ヶ月後かもしれないし、週明けかもしれないわ」 
「そうならないことを祈る。いや、ジムでも何でも行ってくれよ」
 「いやよ。私、ホラー映画とコンビニ飯が好きだもの」  

 数ヶ月後、私は、故あって会社を離れることになった。私の在籍中に時限爆弾は爆発しないで済んだ。退職の挨拶のメールを出すと、すぐに電話が掛かってきた。
 「ついに一緒にゴハン食べれなかったわね。ごめんね」 
 電話の向こうで、ばちっとウィンクをしているような気がした。  

 ほどなく、彼女も会社を辞めた。丁寧な挨拶状が来た。ヘッドハンティングされたのだ。当たり前だ。手をこまねいていた幹部連中が悪い。さぞ慌てただろう。彼女のことだから、ちゃんと引き継ぎはしただろうが。 
 今は、欧州のある大都市で働いているはずである。  


社長のショートストーリー『ミスター・バック』

社長1  駅まではバスもあるのだが、運動不足解消のため、毎朝歩いて行く。不思議なもので、日々、だいたい速度が一定しているらしく、同じような時刻に家を出て同じような時刻に駅に着く。  郊外の私鉄駅の朝は、ほぼ都心に向かう通勤通学の客ばかりで、ある意味、顔見知りばかりである。どの人も、御同様に同じような時刻に家を出て、同じ電車に乗ることになるのだろう。違うのは、昨日吊革につかまっていた人が、今日はドアの脇にもたれてうつらうつらと居眠りをしていたり、立ったまま車内広告を睨みつけていた人が今日は大いばりで座っていたりすることぐらいである。  家族や会社の同僚、学校のクラスメートなどを除けば、一番頻繁に顔を合わせる人たちということになるのだが、互いに名前も知らず、挨拶も交わさない。ただ、頭の隅で一瞬、ああ、あの人、と思うだけである。 今朝も、ドアに近いところに立っている人の後ろ姿を見て、 (ああ、この人・・・) と私は思った。この人もしょっちゅう見かける人だ。 (そういえば、駅のだいぶ手前から、ずっと俺の前を歩いていたな。そのまま、後について改札を通り、同じ電車の同じ車両に乗った)  珍しくもないのだろうが、珍しいことのように思ってみた。 (考えてみると、この人、いつも同じようなダークスーツを着ている。一着しか持っていないのかな。だけど、本当のお洒落は気に入ったスーツを何着も持っているものだ、という話を聞いたこともある。手に持っているカバンもヨーロッパのブランドものだし、でもってダークスーツ一本槍となると、本当にお洒落なのかもしれない。襟から見えるワイシャツもいつも真っ白だ。カラーシャツなんか見たことがないような気がする。襟足もきちんと揃っているし。そう言えば・・・)  私の脳裏には、数ヶ月前の暑い盛りの光景が思い出されてきた。 (このクールビズばやりの世の中で、まわりがノーネクタイで上着なし、という人ばかりになった頃も、この人だけは、びっちりとスーツ姿だった。一本筋が通っているんだな。主張があるんだ。ネクタイだって・・・)  そこまで来て、私の回想は進まなくなった。 (ネクタイ・・・は、もちろん締めていたよな。締めていたはずだ。まわりが襟元をはだけていた暑い頃でも、この人だけは・・・)  努力して思い出そうとしたのだが、脳裏に像が結ばない。 (あ・・・)  奇妙なことに気づいた。 (俺、この人の顔、見たことがない)  そんなことがあるだろうか。毎朝、見かける人同士だ。他の人を思い浮かべている見ると、後ろ姿も前から見たところも、それどころか寝込んでヨダレを垂らしているところまで思い浮かぶのもいる。  当然だ。人間、後ろ姿から、少し角度をずらせば横顔が見え、ちょいと首が動けば、目も鼻も口も見える。前から見たところと後ろから見たところはセットだ。後ろ姿だけの人なんて存在するわけがない。  ただ、単に私がど忘れしているだけかもしれない。いや、そうに決まっている。 (ちょっと、こっち向いてくれないかな)  少しでいいのだ。ああ、あの顔だったか、と納得すれば、もう何でもなくなる。なんせ、人の名前とか単語をど忘れすることはあるが、顔とかイメージをど忘れするというのは珍しいような気がする。  すぐそこにいるだけに焦れったい。すぐそこなのに、向こうはドアに向かってぴったり身を寄せているので、混んでいる電車の中、見に行くわけにもいかないのだ。まさか、この人混みをかき分けて、しかもドアと彼の間に身体を差し入れて見たりすれば、かなり無気味な人と思われてしまう。  そのうちにM駅に着いた。別の路線への乗換駅だ。今の路線も別の路線も、大きなターミナル駅が終点になっているので、その混雑ときたら、毎日、乗降客が渦を巻くようで目が回るほどである。  ふと気がつくと、ドアのところに彼の姿はない。辺りを見回しても、どこにもいないようだ。今のM駅で降りたのだ。毎朝のように後ろ姿を見かけていても、どこで降りてどこへ行くのかなんて、互いに無関心だ。のはずだったが、 (そうか、あの人はM駅で乗り換えるのか)  まるで重大発見をしたような気になる。 (M駅までに決着をつけないといかんわけだ・・・)  例によって駅までウオーキングがてら向かっていると、あと百メートルというところで、彼の後ろ姿が見えてきた。 (ちょっと急げば追いつけるな)  別に急ぐ必要もないのだが、その後ろ姿を見た途端に、昨日の気分の落ちつかなさが忘れた宿題のように思い出されてきた。このまま行って、ちょいと追い抜きざま振り向いてみればいいだけの話だ。  私は小走りになった。ウオーキングがジョギングになったかな、と思う。はっはと、自分の息が聞こえる。彼の姿が確実に大きくなってくる。まるで子供時代の遊びのように、わけもなく嬉しい。  その途端、何かがはじけたような気がした。世界がはじけたのだ。いや、次の瞬間、自分が転んだのだということを了解した。 「大丈夫ですか」  と声をかけてきたのは、これもいつも朝の駅で見かけるOLだ。初めて口を聞くのがこの状況とは、惨めったらしい。  私は、立ち上がるとなんとか言った。たぶん、大丈夫ですとか、照れ隠しのようなこととか言ったのだろう。OLが行ってしまったのを見て、歩き始めた。  膝がひどく痛んだ。  次の朝は、膝がじんじん痛んだ。その日はバスを利用することにした。  窓際の席に座れた。  いつも通っている道なのに、バスのやや高い位置から、歩くのより速い速度で眺めていると、まるで違う町に来ているような気がする。あの店は、このビルは、この歩道は、この角度から見ると、こう見えるのか、といちいち面白い。そう、人間の顔だって違う状況で見れば、違った顔に見えることもあり得る・・・。  などと考えていると、前方の歩道に、あのダークスーツが見えてきた。覚えず興奮した。この速度なら、ほどなくあの男を捕らえ、なんなくその顔を見ることができる。見た事のある顔かもしれない。そうでないかもしれない。しかし、この数日、奥歯に挟まったニラレバ炒めのニラのように、小さなイライラを生じさせていたことが解決する。  小さなトゲのようなものが刺さったかと思うと、思いがけなく抜けていく、人生ってそんなことの繰り返しだ、などと感慨にふけって、その後ろ姿を見つめていると、バスが止まって動かなくなった。  駅前のロータリーに向かう道は、いつもこのあたりで渋滞するのだった。  少し動いては、また止まるということを繰り返している。彼に追いつきそうになると、まるで私をせせら笑うかの如くに止まるのだ。だんだん、バスを降りて、走り出したくなった。こんなことをしているうちに、彼が駅に着いてしまったらどうしてくれるのだ、という気になった。  だが、やがてバスは走り出した。渋滞を抜けたようだ。前方の赤信号で立ち止まっている彼の背中が見える。このまま行けば、横断歩道を渡る彼の横を追い越すことになるだろう。私は窓ガラスに顔を押しつけた。私の息でガラスが曇る。この曇りで大事な瞬間を見逃してはならぬ、と手でそれをぬぐう。  そして、彼の横を抜ける瞬間。  彼は、向こう側に顔を向けた。  せめて横顔だけでも、と後ろをすがるように見る私をからかうかのように、彼はくるりと背を向けると、もとの方へ歩き出し、遠ざかり、視界から消えた。 (何があったんだ)  問いただしたいような気持ちになった。 (そうだ)  駅に着いて、思いついた。この駅の入り口の階段の横に立って、彼を待ち伏せればいいではないか。これで、ようやく解決だ。なんだか、踊り出したいような気持ちになる。  バス乗り場から、タクシー乗り場から、横断歩道の向こうから、月極の駐車場から、ぞろぞろと人が歩いてくる。見知った顔もいる。挨拶したこともない朝だけの顔見知り。これまた、こんな角度から見ると、違う印象があるな、と思う。  だが、彼は中々来ない。家へ忘れ物でも取りに行ったのか。そうなると、だいぶ時間がかかるだろうか。待っていると、こちらも会社に遅刻するかもしれない。まあ、適当な理由をつけて、遅刻の連絡を入れてもいいのだが。  いつもの電車は行ってしまった。次の電車も行ってしまった。だんだん、そわそわしてくる。そもそも、会社を遅刻してまで、こんなことをやる価値があるのだろうか。いや、これを解決しておかないと、これからの毎朝、変な気持ちで過ごさなければならない・・・。  何のきっかけだったが、ふと階段を見上げると、なんと昇っていく彼の後ろ姿が見えるではないか。駅に来る人は、油断なく見張っていた筈なのに、いつの間に。  私は、走り出した。いや、走ろうにも、人混みが邪魔になって走れない。いらいらしながら、少しずつ間を詰め、改札を抜け、ホームに降り、そこへ電車が止まっていて、彼はドアに走り込み、私の目前でドアが閉まった。  翌朝、目を覚ますと、ベッドサイドに誰かが座っているのがわかった。金縛りに会っているのか、顔が動かせない。だが、目の端っこにうつる像から、誰かは推測できた。ダークスーツを着ている。彼だ。 (なぜ、私を追いかけるのだ)  と、彼は曖昧な声で聞いた。いや、本当には声を出していなくて、私の脳内に直接話しかけているのかもしれない。  なぜ、と言われても理由が出て来ない。理由などないからだ。 (君には無理だよ。なぜ無理かというと・・・それは、君が私に追いつくことができて、初めてわかるのだがね)  おかしな論理だ。なぜ、おかしいかというと・・・。なぜ、おかしいかというと・・・。なぜ、おかしいかというと・・・。  目が覚めると、びっしょり汗をかいていた。忌々しかった。別に夢に出てきた彼に怒ってみても仕方ないのだが、私の問題として、どうしても、彼の顔を一瞥でもしないと収まらない気がした。  いつものように歩いて駅に向かう。彼の後ろ姿が見えてくる。なんだか、その光景も悪夢のような気がしてきた。  ちょっとだけ、振り向いてくれればいいのだ。それで終わるのだ。だが、この男、首が回らないんじゃないかと思うほど、前を見続けている。そして、だんだん距離は縮まってくるのだが、どうしても追いつけないのだ。これも、また悪夢に似ている。私は、ずうっと夢の中に住み続けているのではないだろうか。  改札を入ったところで、彼がふと方向を変えた。トイレの方だ。 (チャーンス!)  私は叫びそうになった。トイレに入る、小用を済ませる、そして、どうする?  当然、振り返る。さらに洗面台で手を洗う。その前には?  顔を写す鏡がある。 (ふふふ、君の負けだよ。トイレの君は隙だらけだ。ここで尿意を催したのが敗因だね)  私は彼についてトイレに向かった。別に行きたくもないのだが、この際しょうがない。こんなにわくわくしながらトイレに行くのは初めてだ。  ところが、なんということだろう。彼は、「大」の方へ入ってしまった。この駅の男子トイレには「大」の扉が三つ並んでいる。その真ん中のドアが私の前で閉まった。その両側も使用中である。  私は「小」さえやりたくないというのに、「大」の扉が開くのを待つ人になってしまった。しかも、彼の入っている扉が最初に開くとは限らない。  私の後ろに、人が一人並んだ。この人は、やりたくもない私に比べて、遙かに切羽詰まった状況にあるのだろう。申し訳ない。もし、「彼」以外の扉が開いたら、譲ろうか。それも、おかしな光景ではあるだろう。 (くそう、尿意でなくて便意を催したのが、ヤツの勝因になるのか)  その時、水を流す音が聞こえた。ヤツの扉ではない。私は覚悟を決めて、後ろの人に順番を譲ろうと振り返った。 「あの・・・」  と、話し始めようと思ったその瞬間、私の下腹部を強烈な痛みが襲った。きゅるるる、という音がトイレ中に響いたかと思われるくらいだった。「彼」のではない扉が開いた。もう、否も応もない、私は天の助けとばかりに、その空席に駆け込んだ。  出てきた時、彼の姿はもちろんなかった。 「子供が熱を出してしまいまして、病院に連れて行かなければならないので、午前中は休ませて下さい。はい、あ、その件は山下君がわかっていますから。はい、大丈夫です。では・・・」  ともかくも、午前中は自由を得た。ヤツを思いっきり追跡しまくる自由だ。  三メートルきっかり、ヤツとの距離を保っている。もう、今日は慌てて転んだりはしない。突然の便意に邪魔されることもない。(思うに昨日のは、追跡に気をつかいすぎたための神経性の下痢だったのではないか)  距離を保ちつつ、改札を通り、電車に乗る。ヤツがM駅で降りるのはわかっている。すでに先手先手を打って、大きな網で取り囲んで捕獲するのを狙っているような気分だ。  M駅である。大勢のお客がすれ違ったり、ぶつかり合ったり、もみ合ったりという日々繰り返される混乱の中、私は彼への視線をそらさない。距離も開きもしなければ縮まりもしない。  私も彼ももみくちゃにされているのだが、彼の 顔は不思議なほど、こちらを向かない。他の乗客達と同じように彼の身体も曲がったり捻れたりしているのに、顔面だけは偶然とは思えないほど、私の方を向かないのだ。  M駅で乗り換えた電車で終点のS駅に着く。ターミナル駅で、多くの路線が迷路のように入り込んでいる。混雑も激しくなる。 彼を見失わないように付いていくと、ある地下鉄駅の入り口に入っていった。たしか先月開通したばかりの路線で、私は初めてだ。何列にも並んだ、エスカレーターが深い地の底へと人びとを粛々と運搬している。何人か前に、彼の後頭部が見える。やや上のこの角度から見るのは珍しいと思った。意外に耳がとがっている。 再び混み合った電車に乗り込む。乗客達の狭間で私の身体はぐるんぐるんと何回も回転する。彼もそのはずなのだが、相変わらず顔は見えない。 五つめの駅で降りる。私にとっては初めて降りる駅だが、もうこの大都会の中心部のはずである。 改札を通ってから、長い地下道を歩く。気づくと左右の壁も天井も鏡張りである。これなら、ちょっとした角度の変化で、彼の顔、少なくとも横顔くらいは見えるかもしれない。そんな期待が高まるとともに、じれったさも募る。 何度も右に左に曲がり、いくつかの自動ドアを通り抜けた。相変わらず鏡張りの廊下である。いつの間にか、前にも後ろにも、人はいなくなった。彼と私だけが歩いている。彼は私に気づいているだろうか、いや気づいているだろう。どう思っているのだろう。 そんな道行きを繰り返している中に、ある自動ドアを抜けたところで、私は立ち止まった。 その先に廊下はなかった。鏡張りの壁が私の前にあった。後ろを見てみると、今通ったばかりの自動ドアがぴたりと閉じている。それもまた、鏡になっている。 私は合わせ鏡の真ん中にいた。私の前には、私が写っている。その向こうには私の後ろ姿が写っている。その向こうには、また私がいて、その背後に向こう側を向いた私がいる。次第に小さくなり薄暗くなっていくものの、その連続がカードのようにどこまでも連なっている。 右手を挙げると、鏡の中の私は左手を挙げ、私の後ろ姿は右手を挙げ、その向こうの私は左手を挙げる。それが一斉に動く。 頭がぼうっとしてきた時、 「君はなぜ、私の跡をつける」 声がした。私の左側だ。彼だ。彼が立っている。ただし、私に背を向けている。 「いえ・・・」 そんな言葉しか、私の口からは出て来なかった。 「私の何を知りたい」 「や、どんな顔なのかと・・・」 「無駄だよ」 「なぜ」 「よく見たまえ」 「あ・・・」 この小部屋は左右も鏡張りになっていた。つまり、合わせ鏡だ。前後に写っている私の姿と同じように、彼の前側、後ろ側、前側、後ろ側、という姿が連なって写っているはずなのに・・・・・・。 後ろ姿しかなかった。後ろ姿がどこまでも連なっているだけだった。 「私は顔をなくした男だ」 「なぜ」 「私が聞きたいくらいだね。まあ、ひとつ言えるのは持ってしまったんだよ」 「なにを」 「君と同じさ。ちょっとした好奇心だ」 背中しか見えないのに、今、彼は笑っているに違いない、と思えた。 「君の顔はもらった」 そう彼が叫ぶと同時に、背後のドアが開いて、私の横を彼がすり抜けるのを感じた。走り去っていく彼の靴音が、無機的な空間の中に響き、それはだんだん遠ざかっていった。 ドアが閉じた。 無限に続く合わせ鏡の中には、どこまでも私の後ろ姿だけが写っていた。 私はそれ以来、ただひたすら待ちをうろついている。会社にも行っていない。家にも帰っていない。誰とも話をしていない。 それもそのはず、これでは人に合わせる顔が無いではないか。

社長のショートストーリー『佇む人』

社長1 会社をたたんだ。何の迷いもなかった。簡単だった。  社員と言っても、資材の安沢さんと事務の諸井さんの二人だけだったし、二人とも、もう七十歳を越して、そろそろ引退したいと言っていた。  得意先への挨拶も簡単だった。機械部品の卸売りなので、売り先は中小零細の町工場と言うことになるが、皆、同業者を紹介してひきついでもらうことにした。在庫品も同業者に引き取ってもらった。 中には、 「お宅がやめるんだったら、ウチもそろそろお仕舞いにするかな」  と言い出す社長もいた。 「あんた、まだ隠居するには早いんじゃないの。普通なら働き盛りの年だろうに」  とも言われた。しかし、 「気を落とすなよ」  と慰める人はいなかった。  アメリカの有名な国立公園の渓谷で、観光用の小型機が墜落して大破した。乗員乗客は全員死亡。その中に女房と息子がいた。  女房は会社の専務だった。私は代表取締役社長ということになっていたが、会社の株は全部、女房に握られていたので、いつ首を飛ばされるかわからない社長だった。  この会社は女房の父親が作った。女房は一人娘だった。  そして、私が五代目の社長である。勘定が合わないと思われるかもしれないが、初代創業者社長と私の間に、三人挟まっているという事である。いずれも養子として、女房の夫になった人だ。  最初の夫は苦み走ったいい男で、俳優崩れだったらしい。役者としてはうだつが上がらなかったようだが、結婚当初、いい夫、いい婿を演ずるには長けていたようだ。  じきに初代が会長に退くことになり、二代目に収まったあたりは一世一代の当たり役だった。堂々たる社長就任の挨拶が、目に浮かぶ。  ただ、一年たつかたたないかのうちに、遊び人の本性を現して、女房の宝石箱をポケットにねじ込んで、どこぞの商売女と姿をくらましてしまった。  二人目の夫、つまり三代目社長は、社員の中から選ばれた。女房の好みよりも、社長としての器量が優先されたのだろう。やる気満々の男だった。  世間の景気がよくなる時期にも重なったのだろう、会社は大きく発展し、都内に三階建てながら自社ビルを持つまでに至った。  だが、好事魔多し、経営方針を巡って会長と対立、専務である女房も父親の肩を持ったために、ついに決裂。会社を背負っているのは自分だという自負のある男だからたまらない、会社を辞めて独立してしまう。この時、出来る社員と得意先をごっそり引き抜いていってしまった。もちろん、女房とは離婚。  あまり元気のよすぎるのも考えものと思ったか、次の婿、四代目社長は、遠戚の者らしいのだが、陰気極まる男だった。浅黒いツヤのない皮膚をしていて、低い声でもそもそと何か言った。だが、滅多に何を言っているかは聞き取れなかった。社員達は社長命令が出ているのだかいないのだか不明な状態で、とりあえずは会長と専務の指示に従って働いた。  本業がすでに傾いていた中で、実質的支配者だった専務たる女房は、ここで経営の多角化に乗り出した。  フラダンス・スクールとブライダル・サロン、という、それまでにあまり縁のない業種で、ほぼ彼女の思いつきで始めたに等しいが、派手好きで見栄っ張りの彼女は、それらにいくらでも金をつぎ込んだ。  陰気な四代目社長は、ますます影が薄くなり、だんだん会社に姿を現さなくなり、皆がその顔を忘れかけた頃、ようやく久しぶりに存在感を思い出させることをやってのけた。  死んだのだ。    そして、私が五代目に収まった。 学校を出てこの会社に入り、ただひたすらこつこつと働いてきた、ほとんど唯一の生え抜きの社員だったというくらいしか取り柄はない。もう、人生の後半に足を踏み入れている。一度結婚して、死別した。子供はない。  だが、社長及び婿養子に納まると同時に、二十歳の息子が出来た。女房の二番目の亭主との間に出来た子だ。やがて学校を卒業すると同時に、会社の常務に就任した。形の上では私の部下の筈だが、もちろん当人にそんな気はない。自分の方が偉いと思っている。まあ、実質的には、そうに違いないだろう。    社長になって、最初の仕事は陰気な四代目社長の社葬を執り行うことだった。焼香をする時、遺影を見上げて、改めてこの人はこんな顔をしていたのか、と思った。それまで、どうにも思い出せなかったのだ。  次に控えていた仕事は、創業者会長、すなわち女房の父親の葬儀を行うことだった。赤ら顔で元気で意地汚そうな、絶対に死なないと思われていた老人だったが、好物のタコをのどに詰まらせて死んだ。突然だった。いや、こんな死に方に前兆があるわけがない。  三番目の仕事は、ぎゃあぎゃあ喚く女房を強引に説き伏せて、フラダンス・スクールとブライダル・サロンを廃業させたこと。  四番目の仕事は自社ビルを売却して、貸しビルの一室に移ることだった。  五番目の仕事は、「社宅」という扱いになっていた、プールと日本庭園とイングリッシュガーデンと三つの浴室と五つのトイレのある自宅を売却して、もっと小ぶりな家に移ることだった。  右肩上がりの時代は終わり、世間の景気も悪くなっていた。ひたすら退却戦を戦うことを余儀なくされた。  女房は毎日、「あんたが私の『夢』を潰した」と金切り声を上げた。私の顔など見たくないというので、しょっちゅう息子の常務と「出張旅行」に出掛けた。 そして、「出張先」のアメリカで遭難した。 私の最後の仕事が、女房と息子の葬式を出すことと会社を整理することだった。  やることもなくなった私は、あてもなくあちこちをぶらついて日々を過ごした。気がつくと、公園で、また橋の上で、駅のホームでぼんやりと空を見上げていることが多くなった。 「竜野さん」  後ろから声をかけられた。ふと気がつくと寺の門前に立っていた。  振り向いて、しばらく声の主の顔をまじまじと見てしまった。派手なジャージ姿、スキンヘッドにキャップという若い男である。こんな知り合いがいただろうか、と考えていると、 「この寺の住職です」  と笑った。何処かで見たような顔だと思っていたが、社長になってから何度も出した葬式で会ったのだった。袈裟を着た姿しか見たことがなかったので気がつかなかった。  よく葬式を出したがる男だと思われていたかもしれない。 「大変でしたね。落ち着かれましたか」  住職は私を気遣うように言った。 「いや・・・まあ・・・」  曖昧な返事だが、曖昧にしかなりようがない。 「会社も閉じられたとうかがいました。残念でしたね」 「そうでもありません。すっきりしました」 「そうですか。お寂しくなったのではありませんか」 「なんだか慌ただしかったけれど、こうなってみると余計なものがなくなって、落ち着くところに落ち着いた感じです」 「それは、なんだか我々仏門の者が教わらなければならないようなご心境ですね。なにか困ったことはありませんか」 「そう・・・」  家のことを思い出した。小さな家に移ったと言っても、一人になってしまうと、それでもまだ広すぎる。  結局、この住職の世話でアパートに移ることになった。この寺が経営するアパートだ。数年前になくなった先代、つまり現住職の父が建てたのらしい。  先代は、迷える衆生を救うよりも、アパートや駐車場の経営に熱心で、どこぞに妾も囲っていたという生臭、いや大変な発展家だったそうで、「地獄の沙汰も金次第」とばかりに大往生を遂げた後は、めでたく地獄に落ち着いたか、一切空に帰ったか。  アパートは寺に隣接している。気がつくと、私は門前に佇んでいるようになった。どうやら、そこが気に入ってしまったらしい。門のうちの木々をすり抜けてくる風も、目の上に広がる空も、他の場所より爽やかな感じがする。  なんとなく、今の若い住職の徳であるような気がした。彼も年を取ると、先代から引いた血が騒ぎ出して、生臭になってしまうのかもしれないが、私がここにこうしている間は、爽やかな風を吹かせて欲しい。  道行く人は、私を変なおじさんだと思っていることだろう。来る日も来る日も門の前に突っ立っているのだ。だいぶ日にも焼けた。足も丈夫になった。  どういうつもりか、通学途中の小学生が元気に挨拶してくるようになった。交通安全関係の誰かと勘違いしているのだろう。はじめはびっくりしたが、だんだんごく普通に挨拶を交わすようになった。 ついで、女学生が挨拶していくようになった。 いつも私を不審人物であるかのように気味悪げに見て通り過ぎていた(また、そう見られても仕方がないかもしれないが)おばさんが、にこやかに挨拶してきた時も驚いた。人間というのは変化するものであることに、改めて感じ入った。 ひとつには、この寺の若い住職と立ち話をしているところが、たびたび目撃されたからに違いない。お坊さんと親しげに話しているのであれば、有害な人物ではあるまい。たとえそうであったとしても、お坊さんによって善導されるかもしれない。 住職は背の高い、涼やかな、なかなかのイケメンなのである。 雨の降っている時、傘を差して佇んでいる自分に気づいた時は、我ながら呆れた。濡れれば風邪を引くかもしれないだろうに、何をわざわざこうしてまで、と自分で自分を冷やかした。もはや、一種の病気かな。 「一緒に立っていていいですか」  最初は、幽霊に声をかけられたような気がした。よく晴れた日だったのに、木霊の声を聞いたような気がした。  若い女だ、と思ったが、私はどうも他人の年齢がよく見分けられない。まだ幼さの残る年頃にも見えたし、中年と呼ばれるくらいの年だったのかもしれない。髪が枯れ草のように乾いて見えた。暗い目に青い涙がにじんでいるようだった。痩せていて、よれよれにトレーナーにいジーンズという格好で、若い割りには身なりに構わないらしかった。  私は、かくんかくんと頷いた。いや、私にそれを許可する資格があったとも思えない。それどころか、私の方が寺に対して、ここに立っていていいかと尋ねる義務があったのかもしれない。  女は横に並んで立った。それきり、口を聞かなかった。顔はうつむけて、自分の靴の先の地面を見ているようだった。  これがどういう事態なのか、私にはよくわからなかった。ただ、はたから見れば奇妙な光景だろうと思った。  私はこの奇妙さを我慢しなければならないのだろうか。それとも、女を放っておいて帰ってしまうべきなんだろうか。割れた煎餅のような気持ちで、私は立っていた。  一時間たったのか、二時間たったのか、相当疲れを感じてきた頃、不意に女がぺこりと頭を下げて 「私、これで帰ります」 「う、うん」 「バイトがありますので」 「そ、そう」 「明日も来ていいですか」 「ま、まあね」  曖昧な気持ちで答えると、彼女は再びぺこりとお辞儀をして、小走りに立ち去った。長い時間突っ立っていた後なのに、思いがけず軽やかに走るのが不思議な気がした。  翌日も女は来た。来ると、まずぺこりとお辞儀をした。そして、佇んだ。しばらくすると、また、ぺこりとお辞儀をして走り去った。  毎日、同じことが起こった。ぺこりとお辞儀をされては、私は曖昧に会釈を返した。それ以外に会話をするでもなかった。  彼女はいつもうつむいていた。何か思い詰めてでもいるようで、なんだか私が苦しくなった。 「ほら、空がきれいだよ」  そう話しかけると、あり得ベからざることが起こったようにびっくりして私を見た。そして、二、三度うなづくと、また地面に目を落とした。例の青い涙が目尻にたまっているように見えた。 「すみません、明日は来られません」  帰る時に突然、そんなことを言う日があった。別に来ようが来るまいが彼女の自由の筈だったが、なんだか自分が彼女のバイトの上司であるような気がした。かといって、「困るんだよね、休まれちゃ」というのは、明らかにおかしい。  だんだん、こうして立っているのが自分の仕事であるような気がしていた。一度、風邪をひいて出て来られなかった時など、彼女に済まない気がした。  こうして、季節が巡った。余程の悪天候でない限り、木枯らしの日も「仕事」は続けられた。まさに無償の行為である。  年末と年始だけは、寺の邪魔になっても悪いので、休もうと申し合わせた。がらんと何も音のしないような正月をアパートの部屋で一人で迎えて、そう言えば、あの申し合わせも彼女との数少ない会話だったなと思い出した。  冬が過ぎ、空気が和らぎ始めたのを感じたときは、本当に嬉しかった。この嬉しさを彼女も感じているだろうかと思った。できれば、感じていてもらいたかった。  梅やこぶしや緋寒桜や水仙が花を開いた。 風の中に春を感じ始め、やがて桜の季節が走り抜け、若葉の緑がいやに目にしみるようになり、寺の門を燕がすいとくぐり抜けるころ、彼女は来なくなった。 初めは「バイトが忙しいのかな」などと思ってみたが、そういう日が重なって行くにつれて、明らかに動揺している自分を見いだした。 なにか、悪いことが起こったのではないか。だが、ここに佇んでいることが、そんなに「いいこと」かと考えると、逆に、彼女にとっていいことが起きたのかもしれない。だが、それにしても、ひと言くらい挨拶があって然るべきだろう。 いや、そういうことではない。 私は寂しかったのだ。 「ただ単に元に戻っただけではないか」と思おうとした。思ったところで慰めにもならないことはわかっていたくせに。 目に見える風物がどんどん活気を帯びてくる季節に、私は一人取り残された。裏切られたような気がした。 梅雨の季節には、私は意地になって傘を差して立ち続けた。こうしているうちに彼女が現れるかもしれないという気もあった。私を「見捨てた 彼女に対して意固地になっているようでもあった。 風雨が強くて傘が飛ばされそうになった日、住職に「今日は帰りなさい」と慰められたこともあった。考えてみれば、いいオヤジが若い人に気遣われ、迷惑をかけているのだった。 暑い季節が来た。 「どうせ、何もせず立っているのならアイスキャンデー売りでもやろうかな」 ぼんやりした頭でそんなことを考えていた時、 「どうです。中へ入ってお休みになりませんか」 短パンにキャップ、ビーチサンダルにサングラスという住職から声をかけられた。 日盛りから、薄暗い屋内に入って、闇が紫色に見えた。 泉水の見渡せる座敷に通されて、麦茶と水ようかんを振る舞われた。私は立て続けに麦茶を三杯飲み干した。 「彼女がいないと寂しいですか」 そうだろうな、こっちの気持ちは見抜かれているんだろうな、と思った。強がっても無駄なような気がした。でも、うなずきはしなかった。 「五月頃でしたっけね、来なくなったのは」 よく観察してやがる、と、ちょっと拗ねたような気になった。 「あの子、暖かくなっても長袖の服を着ていたでしょう」 それがどうした、と思いながら、池の向こうにぎらぎらと咲いている百日紅を眺めていた。 「腕に自傷のあとがありました」 ・・・・・・ 「どうしているんだろうなあ」 「わかりません」 「なんで、一緒に立っていたんだろう」 「わかりません。何かを求めていたのだろうとは思いますが」 「人間って、ちょっとしたボタンの掛け違えで、急に生きづらくなっちゃったりするからなあ」 「その逆もある、と思いたいですけどね」 「生きているんだろうか」 「わかりません」 「死んじまったんだろうか」 「わかりません」 その年の九月はやけに台風が多かった。ひとつ過ぎると、お代わりが待っているという感じだった。 そろそろ打ち止めかな、というのが過ぎると、そいつが南から引きずってきた熱い空気が空を覆った。 そういや、アイスキャンデー売りをやろうとか考えたこともあったな、と思い出しながら、相変わらず門前に佇んでいると、ふと目の前に影が差したような気がした。 影はぺこりとお辞儀をした。 「ああ・・・」 言葉も見つからずに、間抜けな声を出した。 再びぺこりとお辞儀をした。影ではなく、はっきりとした人間の顔をしていた。微笑んでいるようにも、はにかんでいるようにも見えた。 そうして、くるりとくびすを返すと、すっすっと向こうへ歩いて行った。あんなに手足が長かったっけ、と思った。 もう、青い涙はにじんでいないようだった。

ロミオとジュリエット バルコニーのシーンより

おら
ロミオ 彼は傷を感じたことはない傷跡でjests。
  
--ジュリエットは、ウィンドウに上記の表示されます 
 
しかし、柔らかいです!あそこの窓休憩を通じて何光? それは東で、ジュリエットは太陽です。 
、公正な日を生じ、嫉妬月を殺します、 悲しみと病気と淡いすでに誰が、 
彼女より彼女メイドアートはるかに公正あなたがそれ: 
彼女は嫉妬であることから、彼女のメイドではないこと。 
彼女のヴェスタルカラーリングはなく、病人や緑であります 
そして愚か者が、どれもそれを着用行いません。それを脱ぎ捨てます。 
これは、O、それは私の愛で、私の女性です! 
O、彼女は知っていたことを! 
どのようなことで:彼女は何も言うまだ話しますか? 
彼女の目の言説。私はそれにお答えします。 私は彼女が話す私にはないTIS '、あまりにも大胆です:
すべての天の最も公平の星の二、 
いくつかのビジネスを持って、彼女の目を切望ん 彼らが戻るまで自分の球にきらめきます。 
彼女の目には、彼らが彼女の頭の中で、そこには何でしたか? 
彼女の頬の明る恥それらの星だろう、 
昼光のようにランプをおら;天に彼女の目 
とても明るく風通しの良い領域ストリームを介しだろう 
鳥が歌うと、それは夜ではなかったと思うだろうということ。 
彼女は彼女の手時に彼女の頬に傾いているか、ご覧ください! 
O、私はその手の上に手袋であったこと、 
私はその頬に触れる可能性があることを! 

 JULIET 私あぁ! 

 ロミオ 彼女は話す:
 O、再び話す、明るい天使!あなたの芸術のため 
この夜の栄光のように、私の頭のo'erあります 天の翼のある使者であるように 
ホワイト上向き不思議そうにうんと 
彼に戻って視線にフォール死すべき者の 
彼は怠惰なペーシング雲をbestridesとき 
そして、空気の懐の際に帆。 

JULIET Oロミオ、ロミオ!ロミオあなたなぜアート? 
あなたの父を拒否し、あなたの名を拒否する。 
または、あなたは、私の愛を誓っされていないくださる場合は、 
そして、私はもはやキャピュレットならないでしょう。  

ロミオ [脇]私はより多くを聴かなければならない、または私はこので講演しなければなりませんか?  
JULIET 'Tisの私の敵であるthy名前。 
ないモンタギューけれどもあなたは、自分自身の芸術。 
モンタギューは何ですか?それは、手、また足でも、 
アーム、また顔、また他の部分も、 
男に属します。 O、他のいくつかの名前であります! 
名前には何ですか?私たちはバラを呼ぶもの 
他の名前で甘い匂いだろう。 
だからロミオは、彼ではないロミオのcall'dただろう、 
彼が負うこと親愛なる完璧を保持 
そのタイトルなし。ロミオは、あなたの名を脱ぎます、 
そして、あなたのいかなる部分ではありません、その名前のために すべてを自分で取ります。

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 金井哲夫の後書き  
大変に有名なシーンですが、日本語に訳すとこういう具合です。非常に難解ではありますが、これはラップ調に読むとなかなかいい具合になります。つまり、意外に現代的な文章であるということです。


名作機械翻訳文庫

翻訳家でもある文豪堂書店編集長の金井哲夫は、翻訳家なので楽をしようと、機械翻訳で1本の小説を翻訳させた。それがこの作品だ。なんと芸術的な大爆笑小説となって、自分自身、危機感を憶えている。みなさんもよく読んで欲しい。で、この作品が誰の何と言う短編小説かを当ててほしい。さあて、おわかりかな? (金井哲夫)

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1ドル八十から七セント。それがすべてでした。そして、それの60セントは小銭でした。ペニーは自分の頬には、このようなクローズを暗示扱うことは節約のサイレント転嫁で焼かれるまで、食料品店や野菜の男と肉屋をブルドーザーことにより、一度に1と2を救いました。デラは三回を数えました。 1ドルeighty- 7セント。明日はクリスマスだというのに。
んが、みすぼらしい小さなソファと遠吠えにごろりと横になるためには何も明らかにありませんでした。ですからデラはそれをやりました。これは寿命がsnifflesが優勢で、すすり泣き、sniffles、と笑顔で構成されていることが道徳的な反射を扇動。

家の愛人は徐々に第一段階から第二に沈下している間、家を見てみましょう。週$ 8で家具付きフラット。まさに乞食説明しませんでしたが、それは確かに乞食生活の分隊に目を光らせて、その単語を持っていました。
階下にない文字は行かないだろうそこにレターボックス、および何死すべき指環を同軸ことができなかった、そこから電気ボタンがありました。また、名を冠したカードがたにありました所属の "ミスタージェームズディリンガムヤングは。」

「ディロン」は、その所有者は週$ 30支払われた繁栄の時代にはそよ風にはためいていました。さて、利益はしかし、彼らは控えめと控えめDに契約を真剣に考えていた。しかし氏ジェームズディリンガムヤングが家に来て、彼は「ジム」と呼ばれ、大幅に夫人によって抱きしめた上に、彼のフラットに達したときに、$ 20に縮小されたときすでにデラとしてあなたに紹介しました。ジェームズ・ディリンガム・ヤング、。これはすべての非常に良いです。

デラは彼女の叫びを終え、粉末ウエスで彼女の頬に出席しました。彼女は窓に立ち、灰色の裏庭にある灰色の塀を灰色の猫が歩い鈍く外を見ました。明日はクリスマスの日になると、彼女はジムに贈り物を買うお金がたったの$ 1.87でした。彼女はこの結果と、数ヶ月のために彼女ができたあらゆるペニーを保存していました。 20ドルの週は遠くに行っていません。費用は彼女が計算した以上にありました。彼らは常にあります。たったの$ 1.87ジムのために本を購入します。彼女のジム。彼女は彼のために素晴らしい何かを計画して過ごした多くの幸せな時間。上質で希少な、英ポンド何か - ジムによって所有されているの名誉の価値があることに近い何か少しだけ。

部屋の窓と窓の間に桟橋ガラスがありました。おそらく、あなたは$ 8フラットで桟橋ガラスを見てきました。非常に薄く、非常に機敏な人は、長手方向のストリップの急速な順序で彼の反射を観察することによって、彼のルックスのかなり正確な概念を得ることができます。デラは、細身であること、芸術をマスターしていました。

突然、彼女は窓から旋回し、ガラスの前に立ちました。彼女の目はきらきらと輝いていましたが、彼女の顔は20秒以内にその色を失っていました。急速に彼女は彼女の髪を下ろし、その長さいっぱいに落下しましょう。

今、彼らは両方の強大な誇りを取っているジェームズディリンガムヤングの2所有物がありました。一つは、彼の父の、彼の祖父のだったジムの金時計でした。他には、デラの髪でした。シバの女王がairshaft全体にフラットに住んでいた、デラは彼女の髪は、ちょうど女王陛下の宝石や贈り物を減価償却するために乾燥させるためにいくつかの日に窓の外にぶら下がった状態にしなければなりません。ソロモン王は、管理人は、地下室に積んですべての彼の宝物で、ジムはちょうど彼が嫉妬から髭で摘み取る見るために、彼は合格するたびに彼の時計を取り出しただろうされていました。

だから今デラの美しい髪は、彼女のリップルについて落ちたと茶色の海のカスケードのように輝きます。それは彼女の膝の下に達し、彼女のためにそれ自体がほとんど衣服を作りました。そして彼女は神経質にかつ迅速に再びそれをやりました。彼女は分間行き詰まっと涙または2が摩耗赤いカーペットの上に跳ね上げながらまだ立ったら。

上は彼女の古い茶色のジャケットを行ってきました。彼女の古い茶色の帽子を行った上で。スカートの旋回と、まだ彼女の目に鮮やかな輝きで、彼女はドアの外にひらひらと通りに階段。

彼女は看板を停止どこ読み:「MNE Sofronieすべての種類の髪製品。。。」 One飛行アップデラは走り、喘ぐ、自分自身を集めました。マダムは、大規模な、肌寒い、あまりにも白、ほとんど「Sofronie」を見ていません

「あなたは私の髪を購入するのだろうか?」デラを尋ねました。

「私は髪を買い、「マダムは言いました。 「ヤー帽子を脱いでのそれのルックスで視力を持ってみましょう。」

ダウン茶色のカスケードをさざ波。

「20ドル、「マダムは練習の手で質量を持ち上げ、と述べました。

「迅速な私にそれを与える、 "デラは言いました。

ああ、次の2時間はばら色の翼に乗っによってつまずい。ハッシュ化されたメタファーを忘れます。彼女はジムの贈り物を探してお店を巡りました。

彼女は最後にそれを発見しました。それは確かにジムと誰ものために作られていました。そこのような他の店舗のいずれかではなかった、と彼女は裏返しにそれらのすべてをなっていました。これは、適切にけばけばしい装飾によって、単独ではなく、物質によってその値を宣言し、デザインのシンプルで上品なプラチナフォブチェーンだった - すべての良いものが何をすべきとして。これは、ウォッチのさえ値するでした。すぐに彼女はそれを見たように彼女はそれがジムのでなければならないことを知っていました。それは彼のようでした。静粛性と価値 - の両方に適用される説明。 21個のドルは、彼らはそれを彼女から取った、と彼女は87セントと一緒に家に急ぎました。この鎖を時計につけれはどのような企業での時間は約適切に気になるかもしれません。グランドは、時計のように、彼は時々悪賢い彼は鎖の代わりに古い皮ストラップのアカウント上でそれを見ました。

デラが家に達したときに彼女の中毒は少し慎重かつ理由に道を譲りました。彼女は彼女のヘアアイロンを出て、ガスを点灯し、寛大さ、愛に追加することによって作られた被害を修復する仕事に行きました。これは常に驚異的なタスク、親愛なる友人である - マンモスタスク。

40分以内に、彼女の頭は彼女が素晴らしく不登校生徒のように見える作られた小さな、クローズ横たわっカールで覆われていました。彼女は慎重に、長い鏡の中の彼女の反射を見て、と批判。

「ジムは私を殺すしない場合は、「彼は私をもう一度確認を取る前に、彼女は "、自分自身に言った、彼は私がコニーアイランドのコーラスガールのように見えると言うでしょうしかし、私は何を行う可能性 - 。ああ何私ができます!ドルで行い、7セントをeighty-?」

7時位置にコーヒーがなされたとフライパンが熱く、チョップを調理する準備ができてストーブの後ろにありました。


ジムは遅くはなかったです。デラは彼女の手にフォブチェーンを倍増し、彼は常に入力されたドアの近くのテーブルの隅に座りました。それから彼女は離れてダウンして初飛行上の階段の彼のステップを聞いて、彼女はちょっと白くなっ。彼女は最も簡単な日常的なものについて少し黙祷を言うために習慣を持っていた、そして今、彼女はささやいた: "。神は、彼が私はまだかなりだと思うしてください」

ドアが開き、ジムが介入して、それを閉じました。彼は薄く、非常に深刻でした。悪い仲間、彼は唯一二十から二だった - と家族を負担します!彼は新たなオーバーコートを必要とし、彼は手袋なしでした。

ジムはウズラの香りでセッターとして不動のように、ドアの内側に停止しました。彼の目はデラ時に固定された、と彼女は読み取れなかったことをそれらの式がありました、そして、それは彼女を恐怖しました。それは彼女がのために準備されたことを怒り、また驚き、また不承認、またホラー、また感情のいずれかではありませんでした。彼は単に彼の顔にその奇妙な表情で固定的に彼女を見つめていました。

デラはテーブルをオフにうごめいし、彼のために行ってきました。

「ジムは、最愛の人、 "彼女は叫んだ、「私にそのように見ていない。私はあなたにプレゼントを与えることなく、クリスマスを生き抜いてきたことができなかったので、私は私の髪を切って販売していた。それはagain--を成長させるだろうあなたは意志、気にしないのだろうか?私はちょうどそれをしなければならなかった。私の髪は非常に速く成長します。 `メリークリスマスを言います!」ジムは、とのが幸せにしましょう。あなたは美しい、素晴らしい贈り物は、私はあなたのために持っているもの何nice--知りません。」

「あなたは、あなたの髪を切ってきました?」彼も最も困難な精神労働の後にまだその特許実際に到着していなかったかのように、苦労し、ジムに尋ねました。

「それをカットし、それを販売し、 "デラは言いました。 「あなただけのようにも私を好きではない、とにかく?私は、私は、私の髪なしで私をされていませんよ?」

ジムは不思議な部屋の中に見えました。

「あなたは、あなたの髪がなくなっていると言います?」彼はほとんど白痴の空気と、言いました。

"あなたはそれを探す必要はありません、"デラは言いました。 「それは販売だ、私はあなたを教えて - 。。。それはあなたのために行ったために販売され、なくなって、あまりにもそれはクリスマスイブだ、少年私には良いことが、たぶん私の頭の毛が数えられた、 "彼女は、突然の深刻な甘さに行ってきました「誰も今まであなたのための私の愛を数えることができなかった。私はジム、上のチョップを入れましょうか?」

彼の恍惚のうちジムは目覚めるために迅速に見えました。彼はデラを包み込みます。 10秒のために私たちが他の方向に慎重な精査して、いくつかの重要ではないオブジェクトを考えてみましょう。八ドル週間または百万円 - の違いは何ですか?数学者やウィットはあなたに間違った答えを与えるだろう。マギは貴重な贈り物を持ってきたが、それは彼らの中ではありませんでした。この暗いアサーションは後に点灯します。

ジムは彼のオーバーコートのポケットからパッケージを描き、テーブル上にそれを投げました。

「任意のミスをしないで、デルは、「彼は私のこと "と言った。私は何がヘアカットの仕方や任意の少ない私の女の子のように私を作ることができるシェーブまたはシャンプーであると思う。しかし、あなたの場合はありません「あなたは私が最初にしばらく行く持っていた理由を見ることができるパッケージをアンラップでしょう。」

ホワイト指と軽快な文字列と紙で引き裂きました。そして喜びの恍惚と悲鳴。そしてその後、ああ!フラットの藩主のすべての慰めの力の即時の雇用を必要とヒステリックな涙とwailsへの迅速なフェミニン変更、。

デラがブロードウェイ・ウィンドウに長い崇拝していたことを櫛のセット、サイドとバック、 - 櫛が横たわっていたために。宝石リムと美しい櫛、純粋な亀甲、 - ちょうど色合いが美しい姿を消し髪に着用します。彼らは高価な櫛だった、彼女は知っていた、と彼女の心は、単に所持の少なくとも希望もなく切望し、それらの上にあこがれていました。そして今、彼らは彼女だったが、誰もが欲しがる装飾品を飾っているはず房がなくなっていました。

しかし、彼女は彼女の胸にそれらを抱きしめ、そして長さで、彼女は薄暗い目と笑顔で見上げることができたと言う: "私の髪は、ジムを非常に速く成長します!」

そして、彼らはデラ少し調印猫のように跳ね上がっと、叫んだ「ああ、ああ!」

ジムはまだ彼の美しい贈り物を見ていません。彼女は熱心に彼女の手のひら時に彼にそれを差し出しました。鈍い貴金属は、彼女の明るく熱心な精神を反映して点滅するように見えました。

「それは私がそれを見つけるために町中に狩り?ダンディ、ジムではありません。あなたが今一度に百回一日を見てする必要があります。私はそれがそれにどのように見えるかを確認したい。私にあなたの時計を与えます。 「

代わりに従うことで、ジムはソファの上に転げ落ち、彼の頭の後ろの下に手を入れて、微笑みました。

「デルは、「彼は私たちのクリスマスは離れて提示入れて '日をしばらく維持しましょう。彼らはただ、現時点で使用するにはあまりにも素敵だ」と述べた。私はあなたの櫛を買うためにお金を得るために時計を販売しました。そして今、あなたが入れたと仮定します上のチョップ。」

すばらしく賢い人 -   - 飼い葉桶でベイブに贈り物を持ってきたマギは、あなたが知っているように、賢い人でした。彼らは、クリスマスプレゼントを与えるの芸術を発明しました。賢明なので、彼らの贈り物は、おそらく重複の場合は交換の権限を保有する、間違いなく賢明なものではなかったです。そして、ここで私は弱々しくあなたに最も愚かお互いのために彼らの家の最大の宝物を犠牲にフラットで2愚かな子供たちの平穏記載に関連しています。しかし、これらの日の賢いへの最後の言葉で、贈り物をするすべての人のこれら二つは賢明だったと言うことができます。 O彼らは賢明であるような贈り物を、与え、受け取るすべての人。どこでも彼らは賢明です。彼らはマギです。

おわり



●金井哲夫の後書き

「翻訳をするときは元の英語が透けて読めるようではダメだ」と言われる。最初から日本語で書かれたかのように訳すのが良い。その点、この訳文からは、ほとんど元の英語が推測できないため、なかなかの名訳ではないかと思う。
 とくに、二段落目の冒頭の「んが」は、日本に生まれ育った人間にしか出てこない訳だろう。
 全体を通して、元の英語がまったくわからない。なぜわからないのかと言えば、日本語もまったくわからないからだ。おそらく、ジェイムズ・ジョイスの作品に匹敵する難解な原文であろうことがわかる。
 これだけの翻訳がすでに自動的に行われるとなると、翻訳家の自分としては、いささか危機感を憶える。 
 しかし、そこは経験の深さが違う。老婆心ながらひとつ助言をさせてもらえるなら、「あなたは、あなたの髪がなくなっていると言います?」というジムの台詞は、少しいただけない。原文は ”You say your hair is gone?” となっている。ここは、「あなたの髪が『ゴーン!』と鳴ったのですか?」と訳すほうがバランスがよいと思う。




          

 



プロフィール

文豪堂

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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