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金井哲夫の編集日記 カーナビくんのお気遣い

編集日記カーナビ
 正月明けに亡くなった義母の納骨をした。お墓は、義父のもともとの実家があった新橋に近い麻布の善福寺という大きなお寺にある。納骨を終えて、長女夫婦は彼らの車に次女を乗せて別行動で帰ることになり、我々は義父、義弟、女房を乗せて横浜の家まで帰ることになった。

 しかし、ウチの車のカーナビは古く、最近の道を知らない。まあ、あのあたりはカーナビなんて使わなくても帰れるのだけど、目の前にカーナビがあれば、ついカーナビに頼ってしまう。自宅に帰るコマンドをワンクリック。さて帰ろうと車を出すと、あれれ、逆方向だ。そうだった。昔かたぎのカーナビは麻布から六本木ヒルズの脇を通って六本木通りに出る道を知らなかったのだ。

 ぐるっと六本木のほうを回って帰るのかと思いきや、カーナビは麻布十番で右に曲がれという。これまた反対だ。車はどんどん家から遠くなる。

 ついに赤羽橋の交差点に出た。反対側の車線なら首都高芝公園の入口が使えたのだけど、こっちからは入れない。たぶんカーナビは、ぐるっとまわってそこから首都高に入ろうってツモリだなと考えた。

 しかし、東京タワーの脇をとおり、細い道を通って芝高校の脇に出た。芝高校は義父の出身校だ。そこから神谷町に出た。義父が前に住んでいたところ、つまり女房の実家は神谷町の愛宕山の脇のマンションにあった。そのすぐ近くを通って虎ノ門の金比羅様の脇を通る。

 ここはボクが子ども時代を過ごした場所でもある。女房とは区立小学校の学区が微妙に違っていたのだけど、中学で一緒になった。だから、非常に懐かしい場所だ。

 結局、車は霞ヶ関に抜けて、ようやく首都高に入ることができた。カーナビの言うことを聞かずに、あのまま知ってる道を行けば、すぐに六本木通りに出て家に帰れたのに、とんだ遠回りをしてしまった。

 そういえば、女房と結婚したてか、する直前か、亡くなった義母、義父、義弟と女房を車に乗せて、どこかへ行った帰り、下りるはずの首都高の芝公園出口を通り過ぎてしまったことがあった。たしか汐留かどっかで下りて、料金所のおじさんに「下りるところを間違えた」と告げてUターンさせてもらった。あの後、義母はことあるごとにその話をしていた。「あらー、東京タワーが遠くなってくわーって思ってたのよ」と、いつも思い出しては笑ってた。それ以来、ボクは道に迷うものとお義母さんは信じていた。

 車には、お義母さんはいないが、義父と義弟と女房と、あのときと同じメンバーが乗っている。そして、ボクたちの思い出の街をぐるっと回って帰って来た。お義母さんは、きっと笑ってるに違いない。
 
 後日、お義父さんが外を見て嬉しそうにしてたよ、と義弟が礼を言ってくれた。後ろで静かに寝ているのかと思ったが、景色を見て懐かしんでくれていたようだ。どうも、あの逆へ行け行けという奇妙な指示は、カーナビくんが気を利かせてくれたのかもしれない。

おしまい
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金井哲夫の編集日記 シーフードスパゲッティー

シーフード
 ちょっと家族で遠出をした帰り、高速道路のサービスエリアで夕食をとることにした。その土地の名物メニューなんかあるのかなと期待したけど、サービスエリアのレストランは全国共通のようで、東京のファミレスとほぼ変わらない品揃えに、ちょいとがっかりした。

 お目当てにしていた、その土地ならではの料理がないとなると、迷う。カツカレーか、スパゲッティーか、中華定食か。ああ、郷土料理のお腹になっていたから、こういう平凡なものには食指が動かない。仕方がないので、メニューの写真からいちばん見栄えがいいシーフードスパゲッティーを頼むことにした。

 しばらく待つと、シーフードスパゲッティーが運ばれてきた。連休最後の日の夕方ということもあってか、おそらくいつもはガラガラのレストランがいつになく混雑して、このパーキングエリアの近くに住むパートタイムの(たぶん)ピンクの似合わない制服を着たウエイトレスのおばさんもビックリして地に足が付いていない様子だった。
 
 わさわさと出されたそのスパゲッティーだが、なんか変だ。写真と違う。メニューの写真では、エビやらイカやら貝やら、魚介類が美しく盛られていた。それを見て注文したのだけど、実際のスパゲッティーの上には何も載っかっていない。緑色のイタリアンパセリだけが、ちょこんと添えられている。
 
食べてみるとシーフードスパゲッティーの味がする。でもそれは、レトルトのシーフードスパゲッティーソースをかけただけのスパゲッティーと変わらない。というか、ソースをかけただけのスパゲッティーそのものだ。味はするけど具なしだ。
 
 具を載せるのを忘れたのか? と疑ってみたけど、イタリアンパセリがスパゲッティーのてっぺんに載っかっていた。あれは最後の仕上げにちょいと飾るものだろうから、それが載っているということは、この料理は仕上がっているのだ。それにしても、写真と違いすぎる。そういうものなのか、と思いつつスパゲッティーを食べ店を出たのだけど、いつまでも釈然としない。
あれは具を載せ忘れたのか、ああいうものなのか。イタリアンパセリが載っていたのだから、やっぱりああいうものなのだろうが、写真と違いすぎる。高速道路に車を走らせるボクの頭の中では、赤いエビの頭がぐるぐると踊っている。

 もしかしたらそのころ、あのレストランの厨房では、こんなことになっていたかも知れない。
調理台の上に、ステンレスの皿に載せられたエビやらイカやら貝やらのシーフードが置かれている。料理長がそれに気づき、「おい、これはなんだ?」と近くのコックに尋ねる。
「シーフードスパゲッティーの具です」とコックは答える。
「それはわかっているが、どうしてここに置いてあるんだ?」と料理長。
すると、若い別のコックがハッとして、包丁でカツカレーのカツを切っていた手を止めて「そ、それ、スパゲッティーに載せるの忘れました!」と告白する。
「具を載せずにお客様にお出ししたのか?」と料理長が驚いて問いただす。
「す、す、すみません!」と若いコックは小さくなる。
その騒ぎを聞きつけて、安物のタキシードを着た支配人が厨房に入ってきて、「具なしのシーフードスパゲッティーをお客様にお出ししたって、まさか……」と青い顔になる。
「これを出したのは誰だ?」と支配人は周囲に向かって大声を出す。
すると、客の注文と配膳に追われてアップアップしていた近所に住むパートタイムのピンクの似合わない制服のウエイトレスのおばさんが、厨房のカウンターの前ではたと立ち止まる。
「それ、私です! ああ、なんていうことを……! 私の責任です。すぐにあのお客さまを追いかけて、平に謝って、こちらに戻っていただいて、具を……」
「キミのママチャリでは追いつかないよ! それに高速道路だ。どこのお客様かもわからないのだぞ!」
「オレの責任です。オレがついイタリアンパセリを載せてしまったために……。ああ! なんてことを!」
 若いコックは手に持った包丁を自分の胸に向けた。
「やめるんだ! キミが死んでも、もう取り返しがつかない。すべては支配人である私の責任だ。一生かけてでも、そのお客様を探し出して、地面に顔を擦り付けて土下座して、具を……」
支配には目に涙を浮かべ、その場に両膝をついてうなだれる。
「あれは……、日曜日の昼だったかな。私がまだ小学生のころ、両親が運転する車で、郊外のドライブインに入って昼食を取ることにしたんだよ。ちょっとお洒落な店でね。うちの生活レベルはよく知ってたから、こんな高級な店に入っちゃって、お父さんは大丈夫なのかと子どもながらに心配して、ドキドキしたのを憶えてる。テーブルに通されて、大きなメニューを広げると、色とりどりの料理の写真が並んでいた。母は、なんでも好きなものを頼んでいいわよ、と言ってくれた。何かいいことがあったのだろう。それなら遠慮なく、と私はステーキを頼もうと思ったのだが、ちょっとページをめくると、そこにはシーフードスパゲッティーの写真があった。赤い大きなエビの頭が目を引いた。イカや貝や、いろんな具材が載っている。私はそれに決めた。母は、えー、そんなのでいいの? と何度も聞いてくれたが、もうそれしか考えられなかった。運ばれてきたお皿は、想像よりも大きくて、あの写真のとおりの赤い大きなエビの頭も載っかっていた。窓の外のキラキラした日差し。店内に流れる静かな音楽。父と母の幸せそうな笑顔。私はそこで最高の時間を過ごした。だから、シーフードスパゲッティーには、特別な思いがあるんだよ」

 支配人は、ひざまづいたまま、そこまで一気に話すと、涙で濡れた顔をみんなに向けた。その顔には、さっきまでの怒りと絶望の色はなく、幸せそうな笑顔になっていた。

「たしかに、平凡なメニューだ。こんな山の中でシーフードなんて、変だと思うかも知れない。でもね、私にとって、それはこの店のシンボルでもあるんだ。あのときの幸せな気持ちを、少しでもお客様に分けて差し上げたい。ここで食事をしたことが、子どもたちの思い出になって欲しい。フードコートで食券を買ってラーメンを啜っている人たちを横目にレストランに入る、そのお客様の優越感に応えられる最高のおもてなしをしなければいけない。だからね、どんなに忙しくても、手を抜いちゃいけないよ。イタリアンパセリを載せるときは、具をダブルチェック。指差し確認だ。いいね?」
若いコックもウエイトレスも料理長も、みな立ったままうなづいた。若いコックは白いコック帽をひっ掴み、涙を拭いた。

「もしまた、あのお客様がこの店にいらして、再びシーフードスパゲッティーを注文されたら、具をダブルにして、みんなで誠心誠意、謝罪しよう」

 なんて話をしたかどうかは、わからない。ただ言えることは、あのレストランに再びよんどころなく入ったとしても、シーフードスパゲッティーだけは絶対に注文しない。カツカレーだな。カツカレーなら、カツが載ってなかったとき、絶対におかしいって確信できるから。

おしまい



中川社長のショートストーリー『病床六万尺』③

社長1 がーーーーんんん!と映画やドラマだったら、ピアノの一番上から一番下までの鍵を使ってフォルテシモで思いっきり響かせる所だが、そういうことはなかった。目の前が真っ白にも真っ黒にも真っ青にもピンク色にもならなかった。
 走馬灯が頭のまわりでパカパカ走り回るという事もなく、人生の初めから終わりまでの場面が一瞬のうちに甦るという事もなく、雲がふたつに割れてそのあいだから天使がラッパを吹きながら舞い降りてくるという事もなく、西方浄土から阿弥陀様ご一行が押し寄せるという事もなかった。(みなさん、あんなの嘘っぱちでっせ) それまでの光景がそれまでのように、どうってことなく、のんべんだらりと続いているだけである。「死」ということも頭に浮かんだが、
「まあ、そういうこともあるだろうねえ」
と思っただけだった。べつに悟っているわけではない。まあ、そういうものなんだ、としか言いようがない。
 たいていの人は、離れがたい家族があったり、どうしてもやり遂げたい仕事があったりするんだろうが、私の場合、幸か不幸か、そういうものもない。甚だ手離れがいいのである。なんか、あっけないのである。
 恐くないわけではないが、そうなったらそうなったで仕方がないという気がするのである。
 なんとなく、入院以来今日まで頭がボーッとしている。ただでさえ、はっきりしていない頭なのであるが、この「ぼー」があるいは、ショックアブソーバの役割をしているのかもなあ、と思ったりもする。やはり、それなりにショックを受けてるのかねえ。この辺、自分でもよくわからない。ショック、というより、しょつくぅ~、といった程度であろうか。
 それから、1,2日放っておかれたような気がする。もしかすると、胃カメラの前だったかもしれない。断食していた日もあった。
 いやいや、そんなはずないか。胃カメラもやらずに宣告して置いて、あとから、「ごめん、ごめん、さっきのウソ」というのもおかしい。普通に宣告するより数倍意地悪である。この辺、周辺の人の方がよくわかっているかもしれない。

中川社長のショートストーリー『病床六万尺』その2

病床2 第一回から、ずいぶんと間が空いてしまった。この間、一部のひとの御期待には反することになるが、死んでしまったわけではない。さらに、先ほどまで死んでいたが、今、生き返ったという、荒技を見せたわけではない。
病人といえど忙しいのだ。ごろごろしたり、のらくらしたり、うだうだしたりと、息つく暇もない。
いや、筋肉が落ちてしまっているせいか、実際、なんと言うこともない用事をするにもエラくくたびれるのだ。なにか一つやっては、横たわってしばし休息しなければならない。そして、この「しばし」は伸縮自在であってぐっすり眠り込むことまで含まれる。
そんなこんなで、「世界一忙しい男」として、過ごしいていたのである。

そうそう、そう言っている私はこれを書いている時点では、すでに自宅で抗がん剤治療を開始しているのであった。一方、文章の方は(ここでようやく第一回のつづき)
急遽、有無を言わさず病院に入院するつもりで来い、というとこまでいったのであった。
医者にあれやこれやと聞かれた後、CTだの胃カメラだのレントゲンだの、あれだのこれだの、覚えていられないくらいの検査を受け、医者と看護士としては、それでもまだ検査したりないらしくて
「まだ、やっていない検査はないかな」
「梅毒と水虫の検査がまだですが」
「さすがに、それをやるわけにもいくまい。他にないかな」
「あ、星占いと四柱推命とコックリさんがすんでません」
など、綿密この上ない検査の末、ふたたび診察室に通されて、
「あなたは胃ガンです」
宣告であった。

社長の “緊急!” ショートストーリー 『病床六万尺』その1

社長1 突然ではございますが、癌という事になってしまったのである。癌というのは、近ごろでは、かなり早い段階で突き止められるようだが、私のように普段、努めて早期発見を怠っている人間にとっては、突然なのである。だから、まあ、いつかはこうなるのかなあ、などと暢気に構えていたらこうなったので、あ、やっぱりね、と言う具合でだから、本人にとって突然なのかどうか、甚だ曖昧なのである。
はじめは、嫌に目まいやふらつきが続いて、だんだん、ひどくなってきたので、人のススメもあって「神経内科」という所に行ってみたのである。そこで血液検査をしたのだが、翌日、昼、外出中に電話が掛かってきたのである。「検査の結果、ひどい貧血だという事がわかりました、うちなんぞにかかっている場合ではありません。Nという大きな病院に、紹介状を書きましたので、3時までにそこへ行って間抜け面を見せなさい。すぐ入院という事になるでしょう」
時計を見れば、すでに12時半。取るものも取りあえず、いったん帰宅して、なんだかわからぬうちに、必要と思われるものをバッグに詰め込んで、あわわわわわ、と叫びつつ、N病院の受付によろめき込んだのであった。