社長の業務:ショートストーリー『弁当侍・幕の内箸蔵』

「抜け」
刀を構えた侍が促すが、箸蔵は動かない。その腰には、刀ではなく、「おてもと」と書かれた袋に入った箸を手挟んでいる。中間の箱助は、懐かしの駅弁売りよろしく、首から紐で弁当が積まれた箱を腹の前に吊り下げている。
「それでは、こちらから行くぞ。とりゃあ!」
焦れた武士が斬り込んでいく。体をかわした箸蔵は、一瞬で箱助から弁当を受け取り包みを開くと、
「エビフライ!」
という気合いとともに、腰から箸を抜きエビフライを相手の口に押し込んだ。
「むう・・・」
気を呑まれながら、もぐもぐとエビフライを噛む侍。足の止まった相手に、さらに箸蔵は箸を振りかざして襲いかかる。
「かまぼこ!ご飯!鳥の照り焼き!ご飯!煮豆!ご飯!梅干し!ご飯!卵焼き!ご飯!」
次々と弁当の中の食い物を侍の口の中に押し込んでいく。もはや、侍は抵抗できない。
「なんだか、お腹いっぱいになったら、果たし合いなんて馬鹿馬鹿しくなっちゃったなあ」
侍は、刀を鞘に収めながら言った。箸蔵はにっこり笑って、
「それでいいのでござるよ」
「今度は、濃いお茶が一杯こわい」
幕の内流弁当剣法で連戦連勝の弁当侍・幕の内箸蔵、今日も、中間・箱助とともに武者修行の旅を続ける。
果たし合いだけではない。街道筋を旅する人は、箸蔵とすれ違うと何故か満腹になってしまう。その一瞬で、箸蔵は相手の口の中に幕の内弁当一人前を押し込んでしまうのである。
たとえ相手が、昼飯を食ったばかりだろうが、ダイエット中であろうが容赦しない。修行は厳しいのである。
「お侍様」
声を掛けられて箸蔵が振り向くと、そこには、腰をかがめた若い農民の姿があった。
「なんじゃ」
「お願いがございますだ。おら達の村は野武士の集団に襲われて困っていますですだよ。どうか、わしらを助けてくだせえ」
若者に案内されて村へ行ってみると、村人達は泣いていた。
「野武士達に、せっかく取れた作物を根こそぎ奪われてしまっただ」
「牛や馬も連れて行かれてしまった」
「わしなんか娘をかどわかされた」
「預金通帳を盗られた」「ベンツを持ってかれた」「ダイヤの指輪と真珠のネックレスを」「五千万円入っていた金庫を」「裏は花色木綿」
箸蔵がびっくりして、
「本当か」
「まあ、ちょっと嘘が入りましたが」
「それで、野武士というのはどんなやつらじゃな」
「へえ。向こうの山に砦を築いていますだ。人数は十人前後。みな、でっけえ身体で、馬を乗りこなし、槍や刀を振り回して襲ってきますだ」
「強いのか」
「強いなんてもんじゃねえ。お侍様なんか、ひとたまりもないですだ」
「じゃあ、何故、わしを呼んできたのじゃ」
「まあ、気休めで、いないよりはマシかな、と」
いささか気分を害した箸蔵だが、そこは修行を積んだ身である。腹を据えて、野武士どもを待つことにした。
そして、数日が過ぎた。
「野武士が来たぞ!」
見張りにでていた百姓が叫んだ。なるほど、大地を蹴立てて馬に乗った野武士達がやって来るのが見えた。
「箱助、行くぞ」
箸蔵が、中間とともに野武士達の前に出て行くと、髭むくじゃらの大男が馬上から
「なんだ、お前は」
と聞いてきた。野武士の首領である。
百姓の一人が、
「このお侍は強いぞ!お前らなんか、ひねりつぶしてやる!」
と言うと、さっと物陰に隠れてしまった。
「前は気休めだとか言っていたのに」
と箸蔵はぼやいた。
野武士の首領は大声で笑うと、
「面白い、用心棒ってわけか。それでは、お前から片付けてやるわ」
箸蔵と野武士達の睨み合いが続いた。どちらから先に仕掛けるのか。固唾を呑んで見守る村人達。
すると、箸蔵がその場に、がばと土下座をしてしまった。
「どうか、お許し下さい。わしは、この百姓どもに頼まれただけです。命ばかりはお助け下さい」
農民達から、驚きと失望の声が上がる。野武士達はせせら笑って、
「なんだ、情けないヤツだ。許してやってもいいが、ただじゃ許すわけにいかんな」
「この箱助が持っております、自慢の幕の内弁当をみんな差し上げます。弁当は、わしの武器ですから、差し上げてしまえば、手向かうことも出来ません」
箸蔵は、自分から武装解除を申し出てしまったのである。
「それなら許してやろう」
箱助が野武士達に弁当を配ると、
「こりゃ、うまそうだ。早速、食うとするか」
と食べ始めた。
彼らが食べ終わった時、異変は起こった。野武士達は馬から転げ落ちると、のたうち回ってくるしみ始めた。
「ど、どうしたんだ」
と訝る農民達を尻目に、箸蔵はかんらかんらとうち笑って、
「見たか。ピロリ菌入り賞味期限切れ弁当の威力を!」
こうして野武士達は全滅し、村には平和が戻ってきたのである。
「また、勝ちましたな」
と箱助が言うと、箸蔵は首を振って言った。
「勝ったのは弁当達だ。わし達ではない」
それは七人の侍のラストのパクリでは?と言いたげな農民達を残して、箸蔵と箱助は再び修行へと旅だったのであった。
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