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2013年05月

社長の業務 ショートストーリー『夢十夜 第十一夜』

社長1  こんな夢を見た。
 いつの時代とも知れぬが、戦さが続く世であった。
 自分は、轟と鳴る風の吹く崖の下の、小さな浜の波打ち際に屍となって倒れていた。
 陸の戦さであったのか、海戦だったかも記憶にない。ただ自分は侍として戦さに出て、屍をさらすことになったという自覚だけがあった。
 周りには、敵もいないし味方もいない。生きている者も死んでいる者もいない。馬もいなければ、武具馬具、旗指物も転がっていない。寂しい松の生えた崖と砂浜があるばかりである。
 自分の右足と右腕は無くなっていて、切り口が海水に浸かっている。誰にどこで切られたのかはわからないのは、武士として恥辱だったが、足掻くにも足掻けない。ただ、無性に水を蹴ってみたいという意志が切り口の先に残っている。
 手足が残っている身体の左側は、砂浜の上に乗っている。これはどうにも動かないことがわかっている。手足は、ある方より無い側の方が強い意志を帯びるものであった。
 空に太陽が二つ浮かんでいて、西の海へと傾いていく。どちらか一方の太陽が偽物である。偽物は真物の太陽の影か、鏡の像のようなものであるに違いない。どちらが偽物であるか、海に沈む時にわかるだろう。
 浜辺の砂を踏む音が聞こえてきた。さくさくという音が、だんだん自分に近づいてくる。その人物は、自分の頭の脇に座ったらしい。女の顔が自分の顔の上に現れて、自分を覗き込んだ。
 源平時代の女でもなければ、元亀天正の世の女でもない。現代の・・・明治の女である。
 女は水色の着物を着ている。座っているので見えないが、裾には背の高い茎の、花の柄が描かれているだろうと思った。
 日は、既にひとつの太陽が沈んでいた。真物の天道が先に沈み、偽物が水平線の上に残っていた。茜に染まるべき西の空が、翡翠色に輝いている。夕日というよりは、月の光を強くしたような光線が女の顔に差して、青白く滑らかだった。
 女の長い睫毛が偽の天道に照らされて、木の下闇のように黒い影を作っていた。海鳴りがその奥の瞳から聞こえて来ると思った。
 そのような眼をかつて見たことがあったと、その時はっきり自覚した。
 自分は大学で文学を講じていた。
 外は曇っているのに、雲が嫌にびかびか光って奇態に明るかった。窓に接するように大きな木があって、それが雲の光を反射して、窓際の席は青い影に包まれていた。
「凡そ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す・・・」*
 自分の講義は文学論としては、風変わりで突飛だったかもしれぬ。だが、自分は真面目であった。真面目以上であった。志士のように殺気立っていた。触れるものは斬り殺すつもりであった。
「・・・Fは焦点的印象または観念を意味し、fはこれに付着する情緒を意味す」*
 その学生は、窓際に座っていた。顔つきも体つきも細くて華奢だった。しかし、その女のような顔の向こうに、なんとしても動かない頑固なものがあった。
 何が起こったのか、自分は覚えていない。多くのことがあったようであり、何も起こらないようでもあった。透き通った大入道が我々の間を荒々しく通り過ぎていったような気がした。
 自分は彼の方を向いたまま、しばらく次の講ずべき言葉を発しなかった。
 学生は、滑らかな顔を一層白くして、青い影の中で浮き上がって見えた。朱の口唇は一層赤くなり、真一文字に結ばれ震えた。長い睫毛の目元はますます深くなった。
 ノオトを取るためのペンをつけていたインキ壺が倒れていた。青いインキはノオトの罫紙を汚し、机を汚し、机から床の上へとぼたぼたと落ちて拡がった。
「敵討ちでございます」
 頭の脇に座っている女が言った。この女は、その言葉を告げに来たのだろう。
 自分を討った武将の顔が思い出されてきた。馬を駆ってくる顔は美しく、戦場らしくもない表情のない冷たい顔だった。自分は、それにたじろいだ。その時、武士としての自分は終わった。
 あれがこの女であったということが、今、はっきりと得心された。確かに自分は仇を討たれたのだろう。憎まれていたのだろう。だが、なんの咎によるものなのか、ついに知らぬ。
 日は暮れて、女の顔も見えなくなった。
 優しい手が自分の身体を押した。自分は、舫を解かれた小舟のように水の上に滑り出して、だんだん沖に出て行くらしい。
 夜空に星が広がり輝いている。
 生からも死からも遠ざかっていくのだと思って、自分は目を閉じた。
(*夏目漱石『文学論(上)』岩波文庫)


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今週のおさむらいちゃん

新作24

2週間のご無沙汰でした。満を持してお届けする、なんでもなさすぎるにもホドがあるまんがです。

社長の業務:ショートストーリー『下屋敷の火』

社長1 さる大名の江戸下屋敷のこと。
 夜、見回りをしていた家来が、奥の部屋に続く廊下に火影を見つけた。廊下の右側は壁が続いており、左側は外に面しているがすでに雨戸が立てられている。
 真っ暗な闇の中に、人の胸ほどの高さに小さな火がちろちろ燃えていた。
 初めは、女中でも手燭を持って立っているのかと思った。だが、声を掛けても返事がない。
 不審に思って近寄ってみたところ人の気配がない。また、その火というのが、手燭のそれでなく、蝋燭のそれでもない。何かが燃えているというのでもない。
 ただ、きれいな火が闇を浄めるように浮かんでいるのである。

 だが、きれいだと喜んでいるわけにはいかない。火は火である。火事を出したら大事である。早速、人を呼んだ。
 屋敷にいたものはみな出てきてみてみたが、火の正体はわからない。
 ともかく物騒であるから、水をぶっかけて消すことにした。手桶に何杯も水が運ばれ、雨戸も開け放たれた。夜中に何事であろうと、このあたりに住んでいる狸や鼬はびっくりしたに違いない。
 ところが、縁側がびしょぬれになるほど水をかけても火は消えない。上から掛けても横から掛けても、下から桶をあてがって火を沈めてみても、消えない。その様子は、却って水の中の花火や、ぴかぴか光る金魚といった風情であったという。
 結局火を消すことはあきらめて、二名のものが手桶を横に、雨戸を開け放したままに寝ずの番につくことになった。下屋敷の責任者は、あの廊下の火がにわかに大きくなる夢にうなされて、ろくに眠れなかった。

 翌朝になると、炎は見えなくなっていた。屋敷の中には物知りがいて、空の星も昼間は見えないが、あれはお天道の光が強すぎて見えなくなってしまうのである、廊下の火も星と同様に朝の光の中で見えなくなっているだけかも知れない、と言う。そこで、よく晴れた日にもかかわらず、夜中に開けておいた雨戸を朝になって閉めて廊下を真っ暗にしてみたが、火は姿を見せない。本当に消えてしまったのか。
 また、別の物知りがいて、あれは星のようなものではなく、むしろ天道のようなもので、朝東からでて夕に西に沈むように、どこかに姿を隠しているだけなのではないか、と言いだした。となれば、屋敷の中のどこかに火は潜んでいることになる。
 昨晩から神経を消耗している責任者は気が気でない。早速、手分けをして、あらゆる部屋はもちろん、天井裏から床下まで捜してみた。湯殿も厠も入念に調べた。昼間、厠で火が休息しているなどと思い浮かべて、笑い出してしまった若い者がいたが、きつく叱られた。
 池の水も掻い出して調べられた。鯉や亀にとってはいい迷惑であったが、昨晩、水の中でも火が燃えていたことを思えば、道理が通っていることになる。
 しかし、火はどこにも見出されなかった。
 日が暮れると、昨日と同じところに現れた。
 その晩も、二人のものが見張りについた。その内の一人は、宝蔵院流の槍の使い手だとかで、槍を傍らに置いて、目を三角にして火に見入った。槍と火とどういう関係があるのかわからないが、火が無礼を働いたら突き殺そうとでも思ったのかもしれない。
 上屋敷にも報告の者が走った。

 殿の住居や政務を執る場所は上屋敷である。
 この下屋敷はいわば別荘といった格で、殿の休息や、幕府高官や他藩の大名の接待に使われる。
 従って、普段は管理や警備に当たる者しかいない。

 数日して、江戸家老がやって来て、火を検分した。家老はさんざん首をひねったが、ひねったからといって正体が知れるものでもない。結局はひねり損で、決して火事を出してはならぬとだけ言い置いて帰っていった。
 すでに神経を消耗していた下屋敷の責任者は、家老の厳命にさらに顔を青くした。もし火事を出したりすれば、下手をすれば切腹ものである。
 お恐れながら上屋敷からも火の番のための人数を、と申し出たところ、二名の若者が派遣されてきた。
 
 上屋敷から来たのは、令野、赤戸という若侍で、三ヶ月ほど前、国許から上役の付き添いということで江戸に出てきたばかりである。江戸に着いてしまえば、時折警護に出るくらいで暇と言えば暇だった。
 前から江戸に出たら羽を伸ばそうと考えていたらしく、到着早々、さる師匠の元にこっそり通い出して、三味線と唄を習い始めた。
 
 勤務の初日、令野と赤戸は、下屋敷側から見張り役に出ることになった二名と引き合わされてびっくりした。
 それは前々から下屋敷に勤めていた針素と須田という若侍だったが、実は、四人は既にあの師匠のところで顔を合わせていたのである。
 針素は三味線を、須田は太鼓を習っていた。
 こういう柔らかい稽古事に手を出す侍は多くなっていたが、やはり表向きに出来ることではない。特に例の宝蔵院流の御仁にでも知られたら、槍を持って追いかけ回されるかも知れない。
 このことは、四人の秘密にしておこうと申し合わせていたのである。
 四人は、これで思い切り音曲の話に花を咲かせることが出来ると喜んだ。いずれ、手合わせをする機会も出来よう。

 昼と夜をそれぞれ前後に分けて二人で組んで交代で番につくことになった。二人の組み合わせは時々代わった。
 火の現れない昼もやることにしたのは、神経が尖っていた責任者が、四六時中油断することはならぬ、と主張したからである。

 見れば見るほど不思議な火であった。
 彼らも、初めのうちは火を吹き消してみようとか、水をかけてみようとか試みた。
 しかし、火は、それを柔らかく受け止めて、軽くいなすかのようだった。気張った務めのはずなのに、見ていると妙に安心してくる。時に、火に見守られ、火に甘えているかのような気持ちさえ抱くことがあった。下屋敷の責任者が神経をすり減らしているのが、滑稽に思えるくらいだった。
 彼らは火を見て思ったことを話し合った。令野と赤戸は自作の唄を作った。針素は、三味線の新しい手を考えた。

 しかし、だんだん務めはつらくなってきた。 
 夜こそ、火を見て慰められるのは嬉しかったが、昼、ただただ、なんのためともわからず廊下に座り続けているのはきつかった。
 午前の番が終わって、午後休息していると、たちまち夕方の番が来てしまう。これでは、あの師匠のところに出掛けるどころか、外出さえろくに出来ない。
 だんだん、廊下が座敷牢に思えてきた。

 この火の一件は人々の好奇心をそそらずにいなかった。
 まず、殿が見物にやってきた。四人が呼び出され、火の様子について話し、殿のお言葉を賜り、ご酒の下されがあった。
 それから、奥方ら家族、高禄の旗本、他藩の大名と次から次にやってきて、そのたびに四人は堅苦しい席に召し出された。
 幕府や各藩のお偉方は火を見に行くのを心待ちにし、ついには、某藩の大名は招待を受けないのを遺恨に思っている等の流言も飛び交い、このことが政治問題に発展しかねなくなってきた。
 四人は草臥れ果てた。務めの疲れのみならず、四人がお歴々の席に呼ばれるのを嫉妬する輩もいた。男の嫉妬は恐い。
 一年あまりが過ぎ、相次いで国元に帰るのを許された。
 帰った四人は城下の川池という場所に住んでいたので、ようやく音曲の手合わせをすることが出来た。
 時々、あの火が燃えていたあたりの高さに小さな灯を点して、それを見ながら演奏した。
 令野は、あの火はなんだったのだろう、と言った。もちろん、他の三人にもわかるはずがない。

 後には時の将軍までがお忍びで見に来たという話がある。感嘆久しうして手ずから、
   忍びゆく 恋の通い路 闇ゆえに 消すに消されぬ 火影なりけり
 と詠んだということになっているが、これは将軍にしては色っぽすぎるので後世の偽作であろう。

 下屋敷は、明治になって新政府に召し上げられ、ある高官に下げ渡された。
 火は、もうその頃には見えないほどに小さくなっていたと言うが、その高官が明日越して来るという晩、にわかに大きくなって屋敷を焼き尽くしてしまった。
 

 
 

社長の業務:ショートストーリー『不条理おとぎ話・桃太郎を待ちながら』

社長1 イヌとキジとサルが春の小川の岸辺に並んで座っていました。
イヌ「来ないな」
キジ「うん」
サル「うん」
イヌ「いつまで待たせるんだろうな」
キジ「まあ、もうちょっと待て」
サル「まあ、もうちょっと待て」
イヌ「だいたい、桃太郎なんてヤツは、本当に来るのか」
キジ「おとぎ話では、そうなっている」
サル「おとぎ話では、そうなっている」
キジ「サル、お前、うるさいぞ。まねするな」
サル「俺は、サルまねと言ってまねすることになっているんだ。まねするのが、俺の役割なんだ」
キジ「鬱陶しいヤツだ」
サル「鬱陶しいヤツだ」
イヌ「だいたいおとぎ話に出ていることが、実現するなんて誰が言ったんだよ」
キジ「俺達はおとぎ話の登場人物だろ。おとぎ話を信じないでどうするんだよ」
サル「俺達はおとぎ話の登場人物だろ。おとぎ話を信じないでどうするんだよ」
イヌ「どうだかな。俺は、だいたい、桃太郎なんてヤツの実在さえ疑っているんだ」
キジ「じゃあ、お前、ここ掘れワンワンって言ってみな」
サル「じゃあ、お前、ここ掘れワンワンって言ってみな」
イヌ「ここ掘れワンワン」
キジ「地面を掘ってみな」
サル「地面を掘ってみな」
イヌ「(掘ってみる)あ、宝が埋まっていた」
キジ「見ろ、おとぎ話に書いてあることに間違いはない」
サル「見ろ、おとぎ話に書いてあることに間違いはない」
キジ「(サルに向かって)お前、本当に鬱陶しいなあ」
サル「お前、本当に鬱陶しいなあ」
イヌ「たしか、あれは『花咲爺さん』だろう。だとすると、俺はこのあと欲張り爺さんに殺されてしまうんだぞ」
キジ「爺さんが来る前に桃太郎が来れば、俺達は鬼ヶ島に行っちゃうから大丈夫だよ」
サル「爺さんが来る前に桃太郎が来れば、俺達は鬼ヶ島に行っちゃうから大丈夫だよ」
イヌ「ああ、桃太郎、早く来ないかな」
(欲張りじじい登場)
爺「こんちは、欲張りじじいです。さあ、イヌ君、宝の埋まっているところを教えてくれたまえ」
イヌ「わっ、爺さんが先に来やがった。俺は逃げるぞ」
爺「ちょっと待ちなさい。これから君は、ここ掘れワンワンと言って教えてくれるんでしょ。掘ってみるとゴミが出て来るんでしょ。わしは、怒って君を殺すんでしょ。花咲爺さんが君の灰を枯れ木にまくと花が咲くんでしょ・・・」
キジ「いっちまったぜ」
サル「いっちまったぜ」
キジ「これじゃ、桃太郎が来ても、イヌとサルとキジじゃなくて、サルとキジだけで鬼ヶ島に行かなくちゃならないぜ」
サル「これじゃ、桃太郎が来ても、イヌとサルとキジじゃなくて、サルとキジだけで鬼ヶ島に行かなくちゃならないぜ」
キジ「お前、何か他のこと言えよ」
サル「お前、何か他のこと言えよ」
キジ「これじゃ、会話にならないだろう」
サル「これじゃ、会話にならないだろう」
キジ「・・・・・・」
サル「・・・・・・」

 さて、桃太郎はどういうことになっていたかというと、キビ団子を腰に下げて鬼退治に出掛けたのです。
 しばらく行くと、若い男が一人道端に寝ころんでいました。桃太郎は話しかけました。
「君きみ、私の家来になって鬼ヶ島に鬼退治に行かないかね」
「・・・・・・」
 男は答えませんでした。
「ついてくるならキビ団子をあげよう」
 男は黙って手を出しました。桃太郎はその上にキビ団子をひとつ載せてやりました。
 男は受け取ると、仰向けになって、それを食べるでもなしに日にすかして眺めたり、おでこの上に載せたり腹の上に載せたりしていました。
「じゃあ、ついてこい」
 桃太郎は、歩き出しました。しばらく行って振り返ると、男がついてきていません。
「ああ、あれが噂に聞いたものぐさ太郎か。仕方がないなあ」
 桃太郎はキビ団子をひとつただでやってしまったのをちょっと後悔しながら歩き続けました。
 すると、子供達が亀を苛めているのを見つけました。亀を助けて家来にしようと思った桃太郎は近づいていって、
「これこれ、子供達。その亀を私に売ってくれないか」
「いいよ」
 桃太郎は子供達から救ってやった亀に、
「私と一緒に鬼ヶ島へ鬼退治に来たまえ」
 すると亀はかぶりを振って、
「いえいえ、わたしこそ、助けていただいたお礼にあなたを竜宮城へお連れしましょう」
「いや、そんな礼はいいから、鬼退治に来い」
「いえ、私こそ連れて行かないと乙姫さまに怒られてしまいます」
 桃太郎と亀は互いに言うことを聞かせようとしてつかみ合いになりました。すると、そこへ浦島太郎が通りかかって、
「これこれ、亀を苛めるんじゃない。私に売ってくれないか」
 桃太郎に銭を渡した浦島太郎は、そのまま亀に乗って海の中に入ってしまいました。
 浦島太郎から貰った銭は子供達にあげた銭と同額でした。
「だから、今のところ、ものぐさ太郎にやったキビ団子だけ損だな」
 桃太郎が損得勘定をしながら歩いていくと、向こうから立派な牛車がやってきました。牛車に付き添っていた家来の男が桃太郎の方へやってきて言いました。
「今、車の中の姫君がキビ団子を食べたがっておられる。あなたが持っているのは、キビ団子ではありませんかな」
「そうだが」
「では、取り替えていただけませんか」
「何と取り替えるのだ」
「わらしべと」
「わらしべでは、鬼ヶ島に連れて行くわけにはいかないな」
「では、みかんと」
「みかんも駄目だな」
「それなら、この牛車と取り替えましょう」
 急に話が大きくなったので桃太郎がびっくりしていると、家来は桃太郎が不足に思っているのだと勘違いをして、
「うーん、売ってくれないとあらば仕方がない。牛車に、姫もつけちゃいましょう」
 家来は、牛車と姫を残し、キビ団子を受け取ると、あっちへ行ってしまいました。
「これは困る。私は、これから鬼ヶ島へ鬼退治に行くのだ。姫を連れてはいけぬ。第一、キビ団子を欲しがっていたのは、姫だったのではないか。なんで、家来が持っていくんだ。なんか、考え方が間違っておるぞ・・・」
 桃太郎は、家来を追い掛けようと思いましたが、牛車と一緒なので速くは進めません。しばらく行くと、さっきまで、ものぐさ太郎が寝ころんでいたところに戻ってきてしまいました。
 そこには、キビ団子がふたつ置いてあるきりで、誰もいませんでした。
「これはいったい・・・」
 桃太郎が、不思議に思っていると、牛車の牛がしゃべり出しました。
「私が解説しよう。キビ団子を持った家来は、ここで、キビ団子を持ったものぐさ太郎に会ったのだ。家来は、キビ団子とキビ団子を取り替えようと思ったが、それではあまりに意味がない。そこで『では、キビ団子の代わりにものぐさ太郎と取り替えよう』といって、キビ団子を置いて、ものぐさ太郎を連れて行ってしまったのだ。だから、ここにものぐさ太郎の団子と家来の団子が残されたのだ」
 すると、姫が言いました。
「わらわは、まだキビ団子を食べていないぞ。あのキビ団子が食べたい。そうじゃ、桃太郎と取り替えることにしよう」
 桃太郎は、キビ団子ひとつと取り替えられてしまいました。
 姫は牛車に乗ってキビ団子を食べながら行ってしまいました。
 あとには、桃太郎とキビ団子ひとつが残りました。仕方ないので、桃太郎はそこに寝ころびました。そして、ものぐさ桃太郎と呼ばれました。
 そういうわけで、桃太郎は来なかったのです。
(問題:一番得をしたのは誰でしょう)

社長の業務:ショートストーリー『たんぽぽ山』

社長1 風に乗って、町中を歩く触れ太鼓の音が眠たげに聞こえてくる。
「おい、たんぽぽ山、また膨らんだんじゃねえか?」
「ああ、お天道様があったかいからのお」
 たんぽぽ山と呼ばれたのは、でかい身体の力士である。いや、力士だった男である。
 たんぽぽ山の向こうには、その師匠・・・だった、ほわほわ親方が寝そべって空を見上げている。
 俺達は、相撲の巡業にやってきた利根川べりの町の、春の草花に彩られた川を見下ろす土手の上で、ごろちゃらごろちゃらしているのである。
 俺は、絵師。浮世絵の絵師だ。絵師がなんで相撲と一緒に動いているかというと、俺がこのほわほわ部屋唯一のタニマチである。もっとも、タニマチと言っても金がないので、たんぽぽ山に蕎麦をおごってやったことがあるだけだ。
 まあ、後援者のいないその部屋で、タニマチ面をしつつ、雑用を引き受けつつ、そのついでに相撲の風景を絵に描いていた。親方一人、力士一人、タニマチ兼小遣い兼絵師一人、というわかりやすい部屋だ。
 
 少し前のことだが、俺は絵について思案しながら、江戸の郊外まで出掛けていった。三年前に草双紙の挿絵で浮世絵師として世に出られた俺だが、その後、役者絵を描いていたものの、もうひとつぱっとしない。ああでもない、こうでもない、と悩みながら歩いていているうちに、とある丘の上の大樹の傍らにある家の前に出た。
 ふと覗いてみると、その広い土間には土俵が作られていた。土俵の脇に一段高くなった畳を敷いたところがあって、そこで親方らしい男が座って居眠りをしていた。土俵では、まわしを締めた巨漢力士が、今しも四股を踏もうと腰を落としているところだった。
 気合いが入っているのだか、呑気なんだかわからない雰囲気だったが、俺は、我知らずふところから手帳と矢立を取り出して、その姿を写し始めた。
 力強い稽古の姿を描こうと思ったのだが、その力士の四股に、筆を持った手は止まり、目玉はまん丸く見開かれてしまった。
 片足を振り上げた彼は、その振り上げた足の勢いに釣り上げられるかのように、ふんわりと浮かんでしまったのだ。そして、そのまま、振り上げた方向へ一回転、宙返りしてから、ゆっくりと土俵の上に降りてきた。
 降りてくると、今度は反対側の足を振り上げたが、やはり浮かんでしまい、一回転して降りてきた。これは、四股ではない。
「見物の衆かね。まあ、入りなさい」

 唖然としている俺に、いつの間に目を覚ましたのか、親方が寄ってきて手帳を覗き込みながら言った。
 へんてこな四股をどう書こうか苦慮していると、親方は今度は、力士にぶつかってみろ、と言った。普通に力士と組んだら殺されてしまうが、親方が言っているのだから大丈夫だろう、こんな経験も絵師として何かの役に立つかも知れない、と思い、両肌脱いで土俵に上がった。
 どうせぶつかっただけで跳ね返されてしまうだろう、と思いっきり体当たりしていくと、ちょっと何かに当たった感じがしただけで、俺は前につんのめって転んでしまった。後ろに跳ね返されるならわかるが、前というのは腑に落ちない、と思って見上げると、力士は、風の中の紙風船のように宙をふわふわ舞い浮かんで、ゆっくりと土俵の上に降りてくるところだった。俺の負けだが、負けた気がしない。
 その部屋が、つまりは、ほわほわ部屋で、力士がたんぽぽ山だった。
 それから、俺は、ほわほわ部屋に入り浸りになった。こんな珍しいものを目に出来るのは、滅多にあることではない。なんでも、見てやる精神がなければ、町の絵師はやっていけない。それで、いつの間にか自称タニマチになったわけだ。

 なんでも、ほわほわ親方は、ついこの間、最後まで部屋に残っていた力士が辞めてしまい、親方自身も、若い頃に激しい稽古をやりすぎたのか、なんとなく頭がぼんやりしてきたので部屋を閉めようかと思っていたところに訪ねてきたのが、このたんぽぽ山なのだそうだ。
 上州あたりの百姓の倅だったが、生まれつきこのふわふわした体質で、でかい割に力がない。その癖、大飯を食らう。空っ風の土地柄、よく風に飛ばされるので、妙義山の天狗や榛名山の龍神とは懇意になったが、生家とはソリが合わず江戸に出てきて、ほわほわ部屋の門を叩いた。
「こんなヤツが相撲を取ったら面白かろう。大関になったら面白かろう」
 近頃とみにぼんやりしてきた頭をぽくぽく叩きながら、親方は入門を許した。

 利根川べりでの十日にわたる巡業相撲は、五日目まで勝ち続け。しかし、立ち会った勢いでふんわり浮かんでしまい、突っ込んできた相手がそのまま土俵の向こうに落っこちるとか、投げられたまま、いつまでも落ちてこず、なんとか引きずり降ろそうと焦った相手が俵から足を出してしまう、とかいう勝ち方ばかりだ。
 その晩、他の親方連中が、ほわほわ親方のもとに談じ込んできた。
「ほわほわの。たんぽぽ山とやらを、辞めさせてもらおうかい」
「なんでじゃ」
「あんなのが、相撲かい。見物衆は、ふわふわ浮かぶヤツに向かってぴょんぴょん跳ねている相撲を見に来とるわけじゃないわい、ほわほわの」
「だが、禁じ手は使っておりゃせんぞ」
「たんぽぽ山がどんな相撲を取ろうと勝手だというのかい。しかし、困ったのは、若い連中が、自分もあんな相撲を取りたいと言って、飯を食わなくなったり、屋根に上がって風を食らう稽古をしたり、四股やら鉄砲やらの稽古をやろうとせんヤツが出てきたわい。のう、ほわほわの。お主はいいじゃろうが、余所の弟子が弱くなるわい。相撲取りを弱くして、お主も、今まで飯を食わせてくれた土俵に申し訳が立つのかい」

 町を回る触れ太鼓の音が、風に乗って聞こえてくる。
 俺達は、土手の上に寝そべっている。相撲の巡業に来て相撲が取れないのでは、もうこの土地にいる用がない。
「先生は、江戸にお戻りになるかの」
 と、たんぽぽ山が俺に聞いた。俺も一応、タニマチで絵師であれば、先生だ。
「戻るしかねえ。たんぽぽ山、おめえはどうする」
「俺は、改めて天狗にでも弟子入りするさ。人間界に俺のいるところはねえ」
 おや、と思った。たんぽぽ山の頭がいやに白っぽく見える。さすがに、力士を見えるのに悩んで白髪が出来たかと思ったが、そうではない。
「たんぽぽ山は、たんぽぽ山らしく消えるよ」
 白く見えたのは、綿毛だった。頭だけでなく眉毛も白くなり、たんぽぽの綿毛らしいのが、ちらちらと風に乗って浮かんだと思うと、たんぽぽ山の大きな体全体が、たくさんの綿毛になってしまって、一瞬吹いた強い風に乗って舞い上がった。青い空一面に、たんぽぽの綿毛が広がった。
「短い間だったが、随分と面白いものを見させてもらったよ」
 俺は、たんぽぽ山に、せめてもの礼を言うつもりで空に向かって言った。もっとも、見たものが全て絵になるとは限らないが。
 眠っていたと思ったほわほわ親方が、突然大きな声を上げた。
「わしは、こんな夢を子供の頃に見たんじゃあ。それをもう一度見たいと、心のどこかで思うていたんじゃなあ」 
「親方、どんな夢なんで」
 と聞いてみたが、すでに寝息を立てていた。寝言だったのかも知れない。
 今、ここが親方の見ていた夢なのか、と、俺は荘子に出て来る胡蝶の夢の話を思い出した。荘子が胡蝶の夢を見ているのか、荘子は胡蝶に夢に見られているのか。
 俺は、懐から手帳と矢立を取り出すと、親方の顔を写し始めた。自分の夢の中の人物に自分の寝顔を描かれるというのはどんな気分なのかと思うと、笑いがこみ上げてきて、線が震えた。
 

 

今週のおさむらいちゃん

新作23

まあ、そんなもんでしょ。

社長の業務:ショートストーリー『盗みの一念』

社長1 初夏の両国橋の上である。
 欄干に凭れて、橋を通り過ぎる人達を眺めながら次郎八は、口の中でもにゃもにゃ言っている。
「ほどけろ、ほどけろ、ほどけろ」
 彼の前を通り過ぎていった若い男の帯の貝の口が緩んでいるのを発見したのである。
 だが、男は尻のあたりに何かを感じたのか、手を後ろに回して掻くと、ついでにきゅっと帯を締め直して行ってしまった。
「ちぇ」
 次郎八は舌打ちをすると、こんどは川の方へ身体を向けた。
 川端の船宿から一艘、漕ぎ出てきたところだ。客を二人乗せている。漕いでいるのは、船頭にしちゃいやに生っちろい腰の定まっていない若造である。
「竿を落とせ」
 次郎八は念じた。すると、船頭はよろついた拍子に竿から手を離してしまった。竿は横ざまになったまま、川面を流れていく。
 客と船頭が何か言い合っていたが、やがて、櫓に取りついて漕ぎ始めた。
「そこで、三回まわる」
 次郎八が念ずると、船が大揺れに揺れながら回り始めた。客達はひっくり返りそうになっている。船頭さえ、川へ落ちそうになっている。
 その騒ぎを見ると、次郎八は満足した顔になり、橋を本所の方へ渡っていった。

「一念を以て事に当たれば、必ず成る。おめえは、その念じかたが足りねえんだ」
 と、師匠に言われたのである。師匠というのは、一名を「イイズナの為吉」、商売は泥棒である。
 この一名には彼の信念が込められている。イイズナというのは、イタチを小さくしたような動物だそうで、イタチなら最後っ屁を残すだろうが、小さなイイズナは、それさえ残さないだろう、泥棒はイイズナの如く、これっぱかりの手掛かりも残さずに仕事をしなければいけない、という教訓が含まれているのである。
 泥棒の心掛けとしては、実に見上げたものだが、為吉には、さらにもうひとつの立派な信条がある。それが、先に挙げた、
「一念を以て事に当たれば、必ず成る」
 である。成らぬのは、信念が足らぬのである。
 かくのごとく、泥棒の聖人、泥聖と呼ばれてもいいような人物であるにもかかわらず、裏長屋に逼塞しているし、同稼業の間でも、あまり尊敬を受けていない。
 それは、為吉が決して「お城の天守閣から鯱ほこを盗む」というような大きな料簡を起こさないからである。
 為吉が常に念じているのは、「何文でもいい、小皿でも手拭いでもいいから獲物がありますように」ということである。だから、仕事のたびに何らかの収穫があるが、額は大したことはない。
 しかし、最近では、
「下駄に、鉄瓶に、浴衣に、金が二分一朱」
 と念じると、ちゃんとその通りの獲物が手にはいる。もはや、盗むと言うより買い物にでも行くような境地に達している。これも一種の名人ではないか。
 ただし、いつまでたっても高楼玉殿に美女を侍らせるという生活には縁がない。

 次郎八は、そういう堅実なイイズナの師匠の弟子であるにも関わらず、ドジでしくじってばかりいた。
 ある時、とある屋根裏に忍び込んだところ、いやに明るくて騒がしい。気がつくと、それは両国回向院の相撲の土俵の上の屋根で、力士から塩をぶつけられて、ほうほうの体で逃げてきたことがある。
 また、雪の降る晩に、ある武家屋敷の庭に潜んでいると、突然、山鹿流陣太鼓が鳴り渡り、火事装束の侍達が暴れ込んできて、あたりは斬り合いになった。時代考証も何もあったものじゃない展開に驚いて傍の薪小屋に逃げ込んだところ、引きずり出されて危うく首を刎ねられるところだった。
 
 こういったところが「おめえは、一念が足りねえ」という師匠のお説教に繋がるのである。
 もうひとつ、「おめえは、力もねえのに大きなことを狙いすぎる。俺みたいに地道にコソ泥に励め」とも言われたが、これは耳を素通りしてしまった。
 次郎八はコソ泥が嫌いだったのである。というのも、自分の家の戸締まりを忘れて、家財道具一式やられてしまった経験があるからだ。師匠の前では言わないが「世の中でコソ泥くらいタチの悪いものはねえ」と思っているのである。
 しかし、念の話の方は、強く心に刻みつけられた。そして、両国橋の上から、念じて船頭の竿を落とさせたり、船をぐるぐる回してやったことで、「なるほど、念じるというのは大切だ」と思い至ったのである。

 深夜。
 ある大きな商家の裏口である。次郎八が念じていた通りの家である。
「裏木戸の掛けがねが外れている」
 と次郎八は念じた。木戸を押してみると、誰が閉め忘れたのか、造作もなく開いた。
「勝手口も開いている」
 なるほど、まるで家が次郎八を招くかが如くに、勝手口から忍び入ることが出来た。
「誰も目を覚まさない」
 ひっそりしている。どこかで、ネズミが鳴いた。
「ネズミも黙る」
 ネズミも鳴き止んだ。ある部屋の間に立ち止まると、
「ここが主人の寝間だ」
 障子を開けると、部屋の調度や、布団を並べて寝ている夫婦者の様子からして、主人と女房だろうと判断された。
「枕元に手文庫がある」
 主人の枕元を探ってみると、箱のようなものが置いてあった。金具の手触りからして手文庫だと思われる。
「中に三百両入っている」
 手文庫に鍵はかかっていなかった。指の先に触っているのが、五十両ずつの包みであろう。取り上げてみると、大きさといい重さといい、確かに小判のだ。それが、六つ。
 小判をふところに入れると、難なく表へ出た。誰も追ってこないことを念じつつ逃げた。
 小さな空き地に出た。
「ここで立ち止まる」
 おや、と次郎八は思った。今、確かにそんな念が胸の中に起こったような気がするが、ここで立ち止まる必要はないはずである。
「小判を取り出す」
 また、おや、と思った。取り出したくないのに、胸の中の声に促されるかのように小判を出した。
 誰かが傍にいる気配がある。
「小判をそいつに渡す」
 すぐ自分の胸の前に伸びているらしい誰かの手に小判を載せた。ちがう、ちがう、そんなこと、俺はやりたくない・・・。
「ご苦労さん」
 くぐもった声が、闇の中で聞こえた。そして、人の気配がだんだん遠ざかっていく。
 変だ、こんなはずじゃない、と次郎八は焦るが、足が棒杭になったように動かない。

 壊れかけたお堂の中に小さな蝋燭が灯っていた。そこにいるのは、イイズナの為吉であった。
 もう、これきりこの稼業からは足を洗おうと思った彼は、最後に自分の念の力を試してみたくなったのである。
 彼は弟子に念を掛けた。弟子は、自分の意志で動いているように思いこみながら、為吉に操られて見事に大仕事をしおおせた。 
「確かに三百両」
 金を調べ終わると、為吉は蝋燭を吹き消した。俺の念の力も大したものだ。これでやめるのは惜しいような気がするが、と、立ち上がりかけた時、誰かもう一人、堂の中にいるのに気づいた。
「ご苦労さん」
 闇の中にくぐもった声が聞こえた。誰かの手が自分の方に伸びてくるのを感じた。