社長の業務 (ナンセンス)ホラーファンタジー『毒ずきんちゃん その2 カエルになった王子様及び毒ずきんちゃんの野望のこと』

黒い森という名前だけあって、お日様の光りが地面まで届くところは、ここにちょこっと、ずっと向こうにちょこっと、という具合で、まるでそこだけお日様色の光りの固まりがあるように見えました。
その中を毒ずきんちゃんと、その家来になった眠り姫は歩いていきます。ふたりは、こんなに真っ暗な中でも互いのいるところがわかりました。
というのも、毒ずきんちゃんの毒々しい頭巾には蛍光色が含まれているらしく、毒ずきんちゃんが歩くごとにちらちら光るのです。
眠り姫の方は、そのからだからお月様のような青白い光りが出ていて、それがまたドレスのあちらこちらにちりばめられた宝石に差してぴかぴかするのです。
毒「なんでお前、光るんだい?」
姫「輝くばかりの美しさなのですわ」
と眠り姫はぬけぬけと言いました。
もっとも正気でそんなことを言ってるのかどうかわかりません。姫は夢遊病の気があるらしく、眠りながら歩いて寝言を言っているかも知れないのです。
そういいながら、しばらく歩くと森です。やはり森です。どうしたって森です。何がなんでも森です。
毒「いったい、どっちへ行ったら森から抜けられるのかなあ。おい、家来、ちょっと偵察に行ってこい」
姫「わたくし、役に立ちませんことよ」
毒「そんな自分で役に立たないと、平然として威張っている家来があるかよ」
姫「だって、わたくし、両親から、ただひたすら可愛く美しくあればいい、と言われ、その通り育ったものですから」
毒「両親・・・?そうだ」
毒ずきんちゃんは、何か思いついたようです。
毒「おい、家来。お前だって姫と呼ばれる者の端くれだろう」
姫「端くれなものですか。ど真ん中ですわ。ストライクですわ。姫の中の姫、ざ・姫でございます」
毒「そんなこと言ったって、今はあたしの家来じゃないか」
姫「あそこでご主人様にキスされてしまったのは、わたくしの一生の不覚でございます」
毒「その前に魔女に魔法をかけられて眠らされた方が不覚じゃないのか」
姫「冷静に考えればそうなのですが、第一感としてはご主人様のキスの方が不覚でございます」
毒「まあ、そんなことはどうでもいい・・・お前の両親ならば、王とか王妃とかの端くれだろう」
姫「端くれではございません。ど真ん中でございます」
毒「それなら、お前のお城に行こうじゃないか。どう行ったらいいのか教えろ」
姫「覚えておりませんの」
毒「自分の城だろう」
姫「魔女の魔法で森の中で眠らされていたのでございますから、どうやって来たのか覚えているわけがございませんわ。ご主人様とあろう方が、そんなこともおわかりになりませんの?」
毒「お前の言い方、言葉遣いが丁寧なだけに、逆にイラッと来るぞ」
姫「寝言だと思って、お聞き棄て下さいませ。ぐー」
毒「寝言かよ」
毒ずきんちゃんが眠り姫との会話に虚しさを覚え始めたところ、不意に森が終わりました。二人は、美しい池の畔に出たのです。久々の青い空と輝く水面と、明るいものが突然押し寄せてきたようで、毒ずきんちゃんも誰かにこの気持ちの良さを話さないではいられません。
毒「家来、起きろ。森を出たぞ。水だ。目を明けて見てみろ」
姫「ふ・ふ・ふ。実は起きていたのです」
毒「めんどくさいやつだな」
すると、「おい」という呼び声が聞こえました。まるでけろけろというような声です。見ると水際の岩の上に、大きなカエルが座っていました。とても大きくて、毒ずきんちゃんと同じくらいの背丈があります。そして上等な服を着てタイツをはいて、まるで王子様みたいです。
カエル「その通り、俺の正体は王子様なんだ」
あたかも地の文が聞こえたかのようにカエルは言いました。
カ「俺は、悪い魔女に魔法をかけられてカエルの姿にされてしまったんだ。本当はすごいイケメンの王子様なんだ」
聞かれてもいないのにカエルはべらべらと喋り続けます。
カ「美しいお姫様が俺にキスしてくれると、元の姿に戻れるんだ。そして、俺はその女の人をお后に迎えて、一生楽しく暮らすことになるんだ」
そこでカエルは眠り姫の方へ目を向けました。
カ「ああ、待っていた甲斐があった。なんて美しいお姫様だろう。姫よ、わたしにキスをして魔法を解いてください」
姫「ぐー」
カ「寝ているのですか!」
姫「正体がイケメンだろうがなんだろうが、両生類にキスするなんてまっぴらです」
カ「起きているのですか」
姫「ぐー」
カ「どっちなんです」
その時、毒ずきんちゃんがカエルに飛びかかって地面に押さえ込みました。
カ「な、何をする」
毒「お前を、喋るカエルとして見世物小屋に売り飛ばしてやる」
カ「さ、さがりおろう、身分卑しき娘よ。俺は、高貴な方のキスでないと王子に戻れないんだ」
毒「誰がキスすると言った。身分差別的な魔法だな。言っとくが、あの姫は、今あたしの家来なんだ」
カ「だって、お姫様じゃないか」
毒「お姫様だけど、あたしの家来だ」
カ「じゃあ、お前はなんだ」
毒「今のところ、両親に追い出された7歳の捨て子だ。だから、あの姫は捨て子の家来で高貴な方なんてもんじゃないのだ」
カ「やだーい、やだーい。あのお姫様に一目惚れしたんだーい。ほかのやつにキスされたりしたら、カエルのままでいた方がましだい。王子になんて戻ってやるもんか」
毒「まったく、あっちでもキス、こっちでもキス、大騒ぎしやがって、鬱陶しいやつらだ。これだから西洋の童話はイヤだ」
カ「これ西洋の童話だったのか」
毒「やかましい! そんなにキスが好きなんだったら、これを食らえ!」
毒ずきんちゃんはカエルを押さえつけると、ぶちゅーーーーーっとキスをしてしまいました。
カ「あ」
毒「なにが、あ、だ」
カ「あああああああああああああ」
毒「うるさい! 泣くな。あたしの身にもなって見ろ。まだ7歳だっていうのに、ファースト・キスがあの女、セカンド・キスがカエル、泣きたいのはこっちだ」
カ「俺はもう元に戻れなくなってしまった」
毒「なぜだ」
カ「さっき、あのお姫様のキスじゃなきゃ王子に戻らないって、自分で自分に呪いをかけちゃったんだ」
毒ずきんちゃんは、眠り姫に向かって
毒「あんなこと言ってるが、家来、試しにこのカエルにキスしてやれ」
姫「絶対、イヤです」
毒「お前、家来の癖に、ひとつもあたしの言うこと聞かないな・・・まあ、カエル、そういうことだ。あきらめて、カエルとして幸せに暮らしてくれ」
毒ずきんちゃんは、呆然とするカエルをしばらく見ていましたが、なんの考えに至ったのか
毒「お前、もう、ずっとカエルなんだから、こんな服も要らないな」
と王子様の服を脱がせてしまって、自分がその服に着替えました。
毒「どうだい。ちょっと生臭いが、ぴったりだ。これで、あたしも立派な王子様だ」
姫「何を考えていらっしゃいますの」
毒「お前の城に着いたら、王様と王妃様に『私がお姫様にキスして魔法を解いてあげた王子です』って名乗り出るのさ。そうすりゃ、あたしとお前は結婚することになる。ゆくゆくは、あたしは跡を継いで王様だ。一国の支配者だ」
姫「な、なんという野望・・・でも、それは難しゅうございます。第一、それでは赤ちゃんが出来ませんわ」
毒「まったく、お前は本当にねんねえだな。何も知らないんだ」
と毒ずきんちゃんは、心底、軽蔑したように眠り姫を見て、
毒「赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるんだぞ! おぼえとけ!」
姫「・・・突然、7歳の女の子みたいな発言!」
あまりの急展開に眠り姫は寝たふりをするのも忘れてしまいました。
毒ずきんちゃんは、かなり無理な野望を胸に、どこにあるのかわからない姫の城に向けて歩き出しました。それでも、あの毒々しい頭巾だけは脱がなかったようです。
ちなみにその頃、森の中で迷子になった脳たりんのお父さんは、眠り姫が寝ていたあのベッドを発見して、
「やれやれ、くたくたになったところで、こんなベッドが見つかった。全く、俺は日頃の心掛けがいいんだなあ」
と、ぐっすり寝入ってしまったそうです。
(つづく)
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