社長の業務:ナンセンス・ファンタジー『毒ずきんちゃん その6 会計係とマクベス王のこと、そして三つの願いはいかにして宝石に聞き届けられたかについて』

風の小人が誤爆的に巻き起こした風に吹き飛ばされた毒ずきんちゃんと眠り姫は、枝分かれした洞窟の分岐を幾つもすり抜けて行きました。風が止んだ時、二人がいたのは、運がいいことに洞窟の出口のひとつだったのです。
姫「あら、朝ですの?」
毒「お前、寝てたのか」
姫「吹き飛ばされている間は、特にやることもございませんもの」
そこは、風博士がいた荒野とは違って、陰気な森の中でした。
毒「また、黒い森に舞い戻ったんじゃないだろうな」
姫「違うようですわ。あれをご覧なさいませ」
木々の切れ間から、城が見えました。これまた陰気くさい城で、二つの尖塔が悪魔の角のように見えます。
姫「あの変わったお城の形、もしかして・・・」
毒「知っているのか」
姫「わたくしの記憶に間違いがなければ、あれはマクベス様のお城ですわ。もちろん、わたくしに間違いなどあろうはずがございませんが」
毒「マクベス・・・」
姫「はい。とすれば、この国はわたくしの城の隣の国ですわ。月の蝶の翅の城は、もうすぐですわ」
毒「そうか。じゃあ、急ごうじゃないか」
姫「お待ち下さいませ。マクベス様のお城となれば、わたくし、ちょっと寄っていかなければなりませんわ。マクベス様ったら王様友の会の会費を三ヶ月も貯めていらっしゃるのですもの」
毒「王様友の会?」
姫「ええ。国境を接した国同士は、なにかと揉め事が多いのです。けれど、いちいち揉めていたら、よその国に利用されたり、付け入られたりするばかりですわ。それで、わたくしの父は、わたくしに似て人格者ですから、近隣の国々の王を集めて親睦会を作り、狩りなどをともに楽しんだりするようにしたのです」
毒「狩猟ってのは、いかにも西欧の貴族っぽいな」
姫「いいえ。春はイチゴ狩り、秋はブドウ狩り、松茸狩り等々ですの。馬車を連ねて参りますの。わたくしも案内役に付いていったことがございます。馬車ガイドと申しまして」
(注・バスガイドのシャレです)
姫「それから、友の会の会計も買って出ておりますのよ」
毒「お前みたいなズボラなのを会計にして大丈夫なのか」
姫「会費と言っても、王様の会でございますから、なかなか大金ですのよ。それを一手に握っておりますと、まず小遣いに不自由はしませんわね」
毒「使い込みじゃないか!」
姫「ところが、マクベス様というのは、前の王様を暗殺して自分が王に成り上がったという噂があるくらいで、トラブルメーカーですの。今申しましたように、会費も払って下さいませんし。わたくし、月末には、新しいドレスとネックレスの代金を払わなければならないのに困りますわ」
毒「お前なら平気で踏み倒しそうだがな」
姫「会費を取り立てて、代金は踏み倒せば、もっとよろしいじゃございませんか。わたくし、ちょっと行ってまいります」
城の中では、マクベス王が部屋の中を行ったり来たりしながら、独り言を言っています。
意志の強そうな精悍な顔つきでありますが、何かに取り憑かれたような様子です。それに、苛立っているようで、不安げにさえ見える表情でした。
マ「あの魔女が予言を信じて、俺は前王を暗殺した。そして、王になったのだ」
すると、「ほう、暗殺したという噂は本当だったんだな」という声が聞こえました。しかし、マクベスはそれには取り合わず、
マ「そして、魔女は、バーナムの森・・・この城から見渡せるバーナムの森が動き出さない限りは、俺は破滅しないとも予言した。森が動く。そんなことがあるだろうか。あるわけがない。それで、俺は決意したのだ。俺は、世界を自分のものにする、と」
また、声が聞こえました「魔女というのは、そこら中で人騒がせなことをやっているんだな」
マ「まずは、次の王様友の会の『キノコ狩り大会』だ。これで会員の王様達に毒キノコを食わせて、暗殺してしまう。その隙に兵を出して、それらの国を俺の手に収めてしまうのだ」
「それで、わかりましたわ」と、今度は別の声が聞こえました。「あの、ロクに会費も払わない癖にモンスタークレイマーのマクベス様が、今度のキノコ狩り大会に限ってご自分から幹事をやると言い出すなんて、おかしいと思っておりましたの。そんなことをお考えでしたのね」
さすがのマクベスも、これには、
マ「さっきから、ごちゃごちゃうるさい!なんだ、お前たちは」
見ると、毒ずきんちゃんと眠り姫が、いつの間にかマクベスの部屋に入ってきていました。
毒「あたしは、黒い森から来た毒ずきんちゃん、七歳の少女だが、これから王様になる予定だ」
姫「わたくしは、隣国の月の蝶の翅の城の姫ですわ」
マ「お前たち、どうやってここへ入って来た。番兵が大勢いたはずだが」
姫は高笑いをして、
姫「ほーっほっほ。男なんてチョロいもんですわ。わたくしが、ウィンクしたり、投げキスしたり、『今度デートしましょ』と言ってやれば、簡単に通してくれますの。あたかも無人の荒野を行くようですわね」
マ「なんだと。あいつら全員、減給だ・・・お前は、月の蝶の翅の城の姫と言ったな」
姫「そうですの。美しさで有名な」
マ「王様友の会の不明朗な会計でとかく噂の高い・・・」
姫「ふん、わたくしの美しさの前には、文句をつける殿方などおられませんわ」
マクベスは、しばらく姫を憎々しげに睨みつけていましたが、ふと恐ろしい笑みを浮かべると、
マ「お前達、さっき俺が呟いていたことを聞いたか」
毒・姫「もちりん!」
さらに姫は続けて、
姫「マクベス様は世界征服を企んでおられるようですわね。この情報は次の王様友の会の月報に載せませんと。さて、どうなることやら」どうやら、姫は会計だけでなく情報操作も握っているようです。
マクベスは、冷たい顔で言い放ちました。
マ「お前は、自分の美しさの前には、どんな男も逆らえぬとほざきおったな。ところが、ここに一人いるのだ。鉄の意志の男が。近衛兵、こいつらを取り押さえろ」
すると、いつの間にか二人の背後に近づいていた兵隊達が、飛びかかりました。後ろから来たのは、姫のウィンクや投げキス攻撃を受けないためです。兵達は、二人をぐるぐる巻きに縛り上げました。さらに、姫には目と口を隠すために、目隠しと猿ぐつわを噛ませました。
マ「こいつらは、迷路の牢に放り込んでおけ。毒ずきん、姫、貴様らは二度と太陽を見ることはないだろう。俺はバーナムの森が動き出さないかぎり、誰にも邪魔されることはないのだ。魔女の予言は、どうやら当たっているようだわい」
迷路の牢というのは、猜疑深いマクベス王が作らせた牢です。城の奥深くにあって、絶対脱走できないように、複雑な迷路の奥にあるのです。
迷路は第一区から第八区まで別れていて、それぞれの番兵は自分の担当の区のことしかわかりません。そして、迷路の設計者は完成後、殺されてしまい、設計図は焼かれてしまいました。つまり、迷路の全体像を知っているものは一人もいないのです。まず、迷い込んだら出てくることは出来ないでしょう。
毒ずきんちゃんと眠り姫は、石造りの冷たくて薄暗い迷路の中を第一区から次の区の番兵へと順々に引き渡され、灯り一つない真っ暗な牢の中に放り込まれてしまいました。
さて、場面は変わって、ちょうどその頃、前回出てきた風博士と風の小人は、荒野の風の穴の縁に腰掛けて話し合っていました。博士は、毒ずきんちゃんと眠り姫が魔女などではなく、三つの願いが叶う黄色い宝石と引き替えに、小人との連絡役を引き受けてくれたのだ、と説明しました。
小人は、例の宝石を前にして、
小「これが、その宝石なんだね」
博「そうだ」
小「その人達を吹き飛ばしちゃって、僕、悪いことしちゃったな。無事でいてくれるといいけど」
博「そうだな」
小「穴から出られたかな」
博「どうかな」
小「穴から出られても、悪い人に捕まって縛られたりしていないかな」
博「そうあって欲しくないな」
小「もしそうだったら、その縄が融けますように」
ちょうど、その時、迷路の牢の中にいた毒ずきんちゃんと眠り姫を縛っていた縄が、あっさりと解けてしまいました。宝石のひとつ目の願い事が成就したのです。
小「縛られるだけじゃなく、目隠しや猿ぐつわをされていたらどうしよう」
博「そうあって欲しくないな」
小「もしそうだったら、目隠しや猿ぐつわが解けますように」
牢の中の眠り姫の目隠しと猿ぐつわが、何もしないのに下に落ちました。宝石の二つ目の願い事が成就したのです。毒ずきんちゃんと眠り姫はびっくりして、顔を見合わせていました。
小「どこか、深いところに閉じこめられたりしていないだろうか」
博「そうあって欲しくないな」
小「そうだったら、その場所から外へ出られますように」
その時、牢の壁の一部が突然崩れて、外から光が差し込んできました。壁の外は、森でした。バーナムの森です。宝石の三つ目の願い事が成就されたのです。
(つづく)
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