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2013年12月

社長の業務 ショートストーリー『年の功より亀の甲』

社長1  朝の10時頃、仕事をしていると、なんと社長の秘書から電話が入って、すぐに社長室に来るように言われた。
 こんな、ペーペーの僕に何の用だろう。社長の姿なんて、会社行事の時に離れたところから見たことしかない。緊張して、ドアをノックする手が震えた。
 社長は大きなデスクの向こうに座っている。60を過ぎて、頭は禿げ上がり、少しお腹が出ているが、力のある目の光りと精悍な顔つきは、まさに会社をここまで大きくした人のそれだ。
 僕にソファに座るよう指示すると、深みのある声で、
「経理の山本君だね」
「は、はい」
 思わず立ち上がってしまう。
「まあ、いいから座りなさい。君、これから私と昼食に行かないか」
「で、でも仕事が・・・」
「社長命令だ。上司には何とでも言ってあげよう」
 社長命令とあらば仕方がない。社長車は黒塗りの高級車だ。後部座席の社長のとなりに乗り込むと地下の駐車場から滑り出た。
「あ、あの、どちらに」
「今にわかるよ」
 と言ったきり、社長は前を向いたまま黙ってしまった。なぜ僕が指名されたのか聞きたかったが、ためらっていると、
「ほら、年の功より亀の甲っていうだろう」
 と社長が呟いた。
 意味がわからない。それに、その諺だったら「亀の甲より年の功」なのではないだろうか。
 車は高速道路に入って、どんどん郊外に向かっていく。昼食のために10時から出発するのだから、目的地はかなり離れているのだろう。

 やがて、車は海岸に出た。海鮮料理でも食べさせてくれるのだろうかと思っていると、社長はどんどん砂浜に降りていく。年の割にフットワークが軽い。
 冬の海からやって来る風は冷たかった。社長は、海を前にすると砂の上に四つんばいになった。僕は慌てて、
「社長、どうなさったんですか」
「山本君、私の背中に乗りなさい」
「そんなこと、できません」
「いいから乗るんだ。社長命令だよ」
 また、社長命令か。そう言われては従わざるを得ない。僕は恐る恐る、お馬ごっこをする子供のように社長の背中に跨った。
「しっかり掴まっていなさい」
 そういうと、社長はその姿勢のまま海に向かって這い出した。
「社長、そっちへいくと海に入ってしまいますよ」
 冬の冷たい海で濡れるのはかなわない。
「大丈夫だ。しっかり掴まっていたまえ」
 社長のスピードがだんだん速くなってきた。危ない、と思ったその時、海は二つに割れて間に道が出来た。
 両側に水の壁を見ているというのは不思議なものだ。だんだん深いところへ来るにつれ、上にも水の天井が見えてきた。下にも、深く暗い海が拡がっている。僕たちのまわりだけ水がないらしい。
 社長は這うのをやめて、平泳ぎのような動きをしている。
「社長は、なぜ、こんなことがお出来になるのですか」
 僕はそう聞かざるを得なかった。社長は、ふふふ、と低い声で笑うと、
「年の功より亀の甲だよ」
 と、また言った。今度も意味がわからない。 

 そのうち、前方に光が見えだした。光りの中に、だんだん色や形が見えてきて、それはおとぎ話に出て来る東洋風の宮殿のようだった。
 その前に着くと、社長は降りるように言った。宮殿の入り口に額がかかっていて、『竜宮城』と書いてあった。  
 美しく着飾った女性が出てきて挨拶をした。
「乙姫だよ」
 と社長が言った。乙姫は、大勢の侍女を連れていて、それがまた、いずれ劣らぬ美しい女性ばかりで、僕は、その華やかさにぼうっとしてしまった。
 豪華な調度のある大きな部屋に通されて酒や料理がでた。あまり酒には強くはない方なのだが、それはおいしくて、酔い心地が素晴らしく、いくらでも飲めた。
 社長の隣には乙姫が座り、僕のまわりにも美しい侍女が数人かしづいてくれた。満腹になると、心地良いベッドで昼寝をして、目が覚めると、侍女達が色々なショーを見せてくれ、これがまた、地上で見たこともない素晴らしいものだった。
 こうして夢見心地で何日経っただろう。会社のことなど忘れかけていると、社長が、
「そろそろ帰ろうか」
 と不意に立ち上がった。僕は後ろ髪引かれる思いだが、社長には逆らえない。
 仲良くなった女性達は別れを惜しんで泣いてくれた。乙姫が、僕に土産だと言って、玉手箱をくれた。
 再び社長は四つんばいになり、僕を乗せた。
「社長、ありがとうございました」
 と礼を言うと、
「なに、年の功より亀の甲だよ」
 やはり意味がわからない。
 海岸に戻ると、社長車が迎えに来ていた。

 だいぶ長い間席を空けて、さぞ上司は不機嫌だろうと思い、
「遅くなりました」
 と侘びると、なんだかきょとんとした顔をしている。同僚達も、何事もなかったかのように仕事をしている。
 席に戻ってパソコンを立ち上げてみて、びっくりした。日付が、社長に誘い出された日なのである。時刻は、午前10時。秘書から電話がかかってきた時だ。 
 パソコンがおかしいのかと思って、隣の同僚に「今日、何日だっけ」と聞いてみると、答えはパソコンと同じだった。
 僕が竜宮城に行っていた時間が消えてしまったのだろうか。しかし、手元には確かに乙姫からもらった玉手箱がある。
 混乱していると、デスクの上の電話が鳴った。社長秘書からだった。
「社長が、玉手箱を持って来るようにとおっしゃっております」
 社長室に入ると、ソファに座るよう言われた。この間と同じだ。違うのは、僕の手に玉手箱があることだけだ。
「山本君、その玉手箱を開けてみたまえ

 と、社長が言った。僕は、箱にかかっている緒をほどきかけたが、手が止まった。
「社長、玉手箱というのは、開けると白い煙が出てきて、お爺さんになってしまうのではないですか」
「そうだよ」
「ちょ、ちょっと、それは勘弁して下さい」
「君が年を取ったらどうなるか見たいんだが」
「老人になるのはいやです」
「出来ないというのかい」
「それは困ります」
 社長はデスクから立ち上がり、前に来て腕組みをしながら僕を見下ろした。
「ほう。出来ないというのか。君にそんな口が聞けるのかな。この私に、この社長である私に、四つんばいなどという屈辱的な恰好をさせておいて、あまつさえ、その背中に乗り、乗り物代わりに乗り回し・・・」
「で、でも、それは社長命令だとおっしゃったから」
「君は社長命令だと言えば、何でも従うのか。私が、人を殺せと言えば殺すのか」
「そ、そんな」
「私は待っていたんだよ。君が『社長、むしろ、私の背中に乗って下さい』と言い出すのを。それが社員として当然の態度じゃないか。それなのに、平然と行きも帰りも私の背中に乗って・・・私は屈辱感に涙が出そうだった・・・それなのに今更玉手箱が開けられないだなんて」
 怒りに赤くなった顔がぐっと近づいてきて、僕を睨みつけた。僕は恐ろしくて言葉が出ない。
「山本君」
「は、はい」
「君は、ウミガメが涙を流すという話を聞いたことがあるかい」
「は?」
 すると怒っていたはずの顔が、にやっと笑って、
「ほらね、年の功より亀の甲、だよ」
 うーん、意味がわからない・・・・・・。
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社長の業務 ショートストーリー『帰郷』

社長1  かつて鉄道が走っていた跡を辿って楽しむ人達がいる。
 廃墟を訪ねるようでもあり、歴史を振り返る趣もあり、またその痕跡を探る推理の要素もある。
 私は、Y県のS渓谷を歩いていた。晴れた日であった。
渓谷を見下ろす道、今はハイキングコースになっているこの道が、ある鉄道の線路跡だということをどれほどの人が知っているだろう。
 前を行く5人連れの若い人達は、深紅や黄金色に染まった秋の渓谷の美しさに喚声を上げ、はしゃぎながら歩いていく。
 私にとっても、この絶景は素敵な贈り物だったが、今少し急がねばならない。鉄道の終点の地点まで行かなくてはいけないので、彼らを追い越していくことにした。
 背後の若者達の声も聞こえなくなった頃、道は緩やかに渓谷を離れ、小さなトンネルをくぐり抜けた。入り口に小さな銘板が残っていて、元来は鉄道が通っていたことがわかる。
 トンネルを抜けると、はっきり鉄道の痕跡だと思える箇所は少なくなるが、事前に調査して地図上に書き入れたルートを時に回り道しながら辿っていく。
 
 ほどなく、野原になっている少し開けた場所に出た。今でこそ、別の場所に道路が通ったので寂れてしまったが、鉄道があったころは、このあたりに終着駅があったはずだ。
 間違いない。昔、ホームの一部であっただろう地面の盛り上がりがある。

 ふと、その先に女性がひとり立っているのに気がついた。
 整った顔立ちの中年の女性である。あまり今風とは思われない質素な和服を着ていた。
 廃線の終点跡に、こんな人がなんの用があるのだろう。訝しみながらも、横目でちらちら見ながら水筒の水を飲んだ。
「あの・・・・・・」
 と、女はその美しい顔を私に向けて言った。
「汽車をお見かけではなかったでしょうか」
 私は唖然として返事の言葉が出てこない。廃線のホーム跡に佇んで汽車を待っているというのだろうか。もうここには汽車は来ませんよ、とわざわざ答えるのも馬鹿馬鹿しいではないか。
 狂人ということも思ったが、その目は澄んでいて、精神の平衡を表していた。
 当惑した視線を彼女に向けていると、
「息子を・・・待っているのです」
 そう言って手に握っていた紙片を差し出す。
『ジュウガツ ○×ヒ カエル』と書かれたそれは、いつか映画で見たことがある古い電報用紙と同じだった。そして日付は、昭和二十年となっていた。発信した場所は書いていなかった。
 急にあたりの空気が変わったように思えた。空は同じように青く晴れているが、その透明度が七十年も昔のそれに戻ったような気がした。
 ひゅうと風が吹き過ぎて、あたりのススキや萱がかさかさと音を立てた。
「四月に・・・」
 と彼女は問われもしないのに話し始めた。その顔はじっと私に向けられているが、視線は私を透いて通り、どこか遠くの方まで達しているようでもある。
「軍艦に乗って南の方の海へと向かったのです」
 詳しくは知らないが、太平洋戦争末期、いったんは日本軍が占領した南方の島々が次々と陥落していき、その戦いの中で数多くの人が悲惨な命の落とし方をしたという程度の知識はある。
 そんなおぼろげなことを呟くと、彼女はじっと、今度ははっきりと私の目に焦点を合わせて見ながら、
「多くの方が亡くなりましたが、日本にお帰りになった方もいらっしゃいます」
 と、ひと言ひと言が光る固い粒であるかのように確かめながら言葉に出した。
 私は今、七十年近く前の人と話をしているんだろう、ということが、ごく自然に了解できていた。そんなことは起こりうるのだ、まれにではあろうが、当然あるべきことなのだ、そうでなければ、人間の世界は歪んだものになってしまうだろうと、確信に近いようなものさえ生まれてきた。
 その途端、自分でも思いがけず、
「息子さんは、お亡くなりになったでしょう」
 という冷たい言葉が、まるで事実を確認するような口調で出てきた。
「生きております」
 彼女は信念を語るように揺るぎない口調で言う。
「お亡くなりになっております」
 なぜ、わからないか。なぜ認めないか。あの透明な空気の中に、彼の霊が彷徨っているではないか、いや、あの電報そのものが彼の霊ではないか、私は見える、母であるあなたになぜ見えないか、そう言いたい激しい衝動に駆られた。
「生きております」
 彼女は、再びはっきり言った。わたしの口に戸を立てるように。
 その途端、ボオーッという蒸気機関車の汽笛の大きな音が、私の耳を突き通し、野原を駆け抜け、周囲の山々にぶつかり合い、地を揺るがし、乱反射した。

 それから、どうなったか、わからない。気がつくと、帰りのバスの停留所のベンチに腰をかけていた。
 向こうから、バスの時間を気にしながら走ってくる、さっきの若者達が見えた。
 

 

今週のおさむらいちゃん

新作42

今年1年を振り返りまして……

社長の業務;ショートストーリー『小さなネズミの長男と中くらいの次男と大きな三男の話』

社長1  ある村にネズミの三兄弟がおりました。
 上のお兄さんはとても小さくて、真ん中のお兄さんはネズミくらいの大きさで、一番下の弟はとても大きかったのです。
 ある日、真ん中のお兄さんが一番下の弟の所へ来て言いました。
「おい、おとうと、いるかね」
「おや、中にいさん、見ての通りだよ」
「うん。実は、一番上の兄貴がおれ達二人に話があるというので連れてきたんだ」
「おや、大にいさんと一緒かい」
「そうさ、この通り、俺のヒゲの先に座っているよ」
「中にいさん、小さすぎて、俺には見えないよ」
 一番上のお兄さんは、ネズミのヒゲの先っぽくらいの大きさしかないので、いつも真ん中のお兄さんのヒゲの先に座っているのでした。
「兄さん、弟のところへ来たよ。さあ、話ってやつを話しておくれ」
「・・・・・・」
 弟は首を傾げて言いました。
「中にいさん、俺には大にいさんの話がちっとも聞こえないよ」
「そうかい。俺には、ヒゲの先がぴりぴり震えるからわかるんだがな。兄さんはこう言っているよ、『弟たち、世の中には町というものがあるらしい。そこには人がいっぱいいて商売なんかもして、たいそう繁昌しているそうだ。俺は、そこへ行って一旗揚げようと思う。うまくいったら、お前たちを呼び寄せるよ。そしたら、町で愉快に暮らそうじゃないか』」
 それを聞いた一番下の弟は感心して言いました。
「さすが、大にいさんだな。考えることが大きいや。弟として誇りに思うよ。何か、餞別でもあげたいところだが・・・」
「兄さんはこう言っているよ、『気持ちはありがたいが、お前の餞別なんぞ貰った日には、俺は押しつぶされてしまうよ』」
「そんなことはないよ。俺なんかが押しつぶそうとしたら、大にいさんは、風とともに舞い上がって天高くから俺らを愉快そうに見下ろしてるに違いないんだ。やはり、大にいさんは素晴らしいや」
 ネズミの兄弟達は、そこまで話すと黙ってしまいました。やがて、弟が口を開きました。
「中にいさん。大にいさんは、どうしたね」
「なんだか、ヒゲの先が震えなくなったんで、もう出掛けたんじゃないかね」
 
 月日が経って、真ん中のお兄さんと弟が話をしていました。
「中にいさん、大にいさんから便りはあったかね」
「ないんだよ。考えてみると、あんな小さな兄さんが、どうやって手紙を出すんだろう」
「切手と封筒の間に挟まってしまいそうだものねえ」
「なんだか、心配だなあ。俺、町へ行って兄さんを捜してみるよ」
「ありがとう、中にいさん。見つけたら、ぜひ、連れて帰っておくれよ」
 こうして真ん中のお兄さんも町へ出掛けました。

 ところが、真ん中のお兄さんも、なかなか帰ってきません。
 弟は心配でなりませんでした。
「ああ、中にいさんは、ネズミくらいの大きさのネズミだから、猫に捕まってしまったんじゃないだろうか。ネズミ取りに引っかかってしまったんじゃないだろうか。猫いらずを食べてしまったんじゃないだろうか」
 弟は、もうたまらなくなりました。
「こうしちゃいられない。町に捜しに行こう」
 村の後ろを走る山脈の中の山が一つ、動き出しました。
 それが弟でした。
 町までは、5歩で着きました。とちゅう、峠と広い広いブドウ畑と川と広い広い麦畑と林と広い広い牧草地をまたぎました。
 町まで来ると、上から、
「すみませーん。僕の大にいさんと中にいさんを知りませんかー」
 と聞きました。
 その声で、町は粉々になってしまいました。
 粉々になった町の破片が一粒、舞い上がって弟の耳に入りました。その一粒が話し始めたのです。
「いやあ、弟よ。ありがとう。町は、怖いところだった。ひどい目にあった」
 真ん中のお兄さんでした。
「中にいさんかい。無事だったのかい。よかった、よかった。でも、大にいさんは?」
 すると、中にいさんより小さな声で、
「おお、弟よ。ありがとう。町は怖いところだった。助けてくれて、ありがとう。これからは、村で三匹、仲良く暮らそうや」
 一番上の兄さんが耳の中に入ったので、弟は初めて、真ん中のお兄さんの通訳なしで、一番上の兄さんの話を聞くことが出来ました。
 それからは、三兄弟は村で助け合って、幸せに暮らしたということです。
 どうやって、助け合ったのかは知りませんが。

 

今週のおさむらいちゃん

新作41

ちょーっとだけ気まずいというか、まあ、こういうときにダハダハしないのも武士道であります。

今週のおさむらいちゃん

新作40

焚き火はたのし。