アクション純文学シリーズ 第四弾 『大山椒魚の逆襲』

「がおー!」
何の前触れもなく、街に巨大な山椒魚が出現した。
身長50メートルの大山椒魚が動くたびに、ビルが崩れ、電車が潰れ、タワーが倒れ、ガスタンクが爆発した。
降り注ぐがれきと炎をかいくぐり、人々が叫びながら逃げまどう。
「がおー!」
そのときだ。一台の戦車が現れた。地球防衛隊だ。
バーン!
戦車は大砲を撃った。しかし、大山椒魚は身をかわした。それた弾は背後の高層ビルに命中してビルは崩れ落ちた。
バーン!
続けて戦車が大砲を放つ。これも大山椒魚が手で払いのけた。
バーン!
三発目も外れた。
バーン!
四発目。大山椒魚は弾を尻尾で跳ね返した。跳ね返った弾は飛んでいた飛行機に命中して爆発した。
戦車の大砲が鳴り止んだ。びっくりして大暴れする大山椒魚を前に、戦車の中の四畳半ほどの座敷では、ちゃぶ台を囲んで隊長と隊員の二人の作戦会議が開かれた。
「隊長、大山椒魚は死んだはずでは?」
隊員が、急須で湯飲みにお茶を注ぎながら聞いた。
「大砲で粉々になった体の一部分から再生したのだろう」と隊長は湯飲みを受け取りながら答えた。
隊長がゆっくりとお茶をすする。
「前と違って、四発目も避けられちゃいましたね」
そう言うと、隊員は自分の湯飲みを持ってぺちゃんこの座蒲団にあぐらをかき、手を伸ばしてお菓子鉢から海苔せんべいをひとつつまんだ。
外の爆発音や大山椒魚が移動するときの振動などがかすかに響いてくるものの、戦車の中は比較的静かだった。
ポクポクと隊員がせんべいを噛む音が聞こえてくる。
「やっぱり前と同じやつですね。だから同じ手は食わないのでしょう」
「大山椒魚はハンザキとも言ってな、体を半分に裂いても生きている生命力の持ち主だと昔から言われているのだ」
隊長はテーブルに両肘を付き、両手で包み込むように持った湯飲み茶碗を傾け、底に沈んだ細かい茶葉がゆっくり動くのを見ながら、つぶやくように答えた。
「新しい作戦を考えましょうよ」と隊員はせんべいをくわえたまま、はっきりとしない口調で言った。
しかし隊長は「ふむ」とうなづいたきり、湯飲みの底を見たまま黙ってしまった。
場が持てなくなった隊員は、ポクポクとせんべいを噛みながら、それとなくあたりを見回した。そして、テーブルの上の雑誌に目がとまった。
懸賞雑誌だ。ページが開かれて、ノドの部分にボールペンが置かれている。
隊員は雑誌を手にとった。クロスワードパズルのページだ。少しだけやりかけてある。隊長がやったのだろう。
横のカギ六番は三文字。「車内の○○○を守りましょう」というヒントだ。これに対してボールペンで「おきて」と書かれている。
縦のカギ五番は、横のカギ六番の真ん中の文字からスタートする五文字の言葉だ。「ケンカした相手と再び仲良くすること」というヒントになっている。
ここに隊長は、「きげんとり」と書いている。
「はて」と隊員は首をひねった。もしかして、横のカギは車内の「マナー」ではないか。そして縦のカギは「なかなおり」ではないか。しかし、隊長の答えでも、ずいぶんニュアンスが違うし、斜に構えたところはあるものの、つじつまが合う。
その、わかったような、わからないようなところが、じつに隊長らしいと思った。つまり、わからないのだ。とは言え、なんとなくわかる。しかし、わからない。だが、わからないわけでもないものの、わかるのかわからないのかわからない……。
そのときだ、戦車がいきなり下から突き上げられた。
「地震!」と隊長が慌てて立ち上がる。
どうやら隊長は居眠りをしていたようだ。すぐに今の事態を思い出し、「状況確認!」と自分に命じるように言って戦車のハッチを開けて外に顔を出した。
あたりは見渡す限り焼け野原になっていた。そして、何ひとつなくなった街の真ん中に、巨大な大山椒魚が仁王立ちになっている。
大山椒魚は、街で唯一、形あるものとして残っていた地球防衛隊の戦車をじろりとにらみ付けた。大山椒魚の目には、戦車が大きなカエルに見えたのだ。それを捕って食おうと、大山椒魚は、びっくりするほどの速さで駆け寄ってきた。
隊長は隊員に命じた。
「攻撃開始だ! 弾は何発ある?」
「八発です!」
「いいぞ、その八発を連射しろ。一発もはずすなよ。続けてお見舞いするんだ!」
バンバンバンバンバンバンバンバーン!
すべての弾た見事に命中した。
「がおぉぉぉ……!」
大山椒魚は粉々に砕け散った。
「隊長、またしても地球防衛隊の大勝利ですね!」
隊員はハッチから頭を外に出している隊長に向かって、大きな声で言った。
しかし隊長の声は冷静だった。
「地球の人々の財産と平和を守ることが我々の使命だ。我々は、ただ任務を遂行したにすぎない」
「しかし、なぜ八発連続発射という作戦に出たのですか? それでダメなら、もう打つ手がなかったのですよ」
隊長は広大な焼け野原を見渡し、目を細めて言った。
「八発八中。それが重要だった。なぜなら相手は……」
隊長は言葉を切った。そして、大きく息を吸い込んで言った。
「ハッチュールイだからな」
「は虫類?」
隊長は冗談を言っているのだろうか。山椒魚はは虫類ではなく両生類だ。それとも、山椒魚を本当には虫類だと思っているのだろうか。冗談で言っているのか、本気で言っているのか、よくわからない隊長の言葉にどう反応してよいのか、隊員は掴めずにいた。
ここは、「なに言ってるんですか、山椒魚は両生類ですよ、やだなー」と素直に対応したほうが、今後の付き合いのためにもいいのではないか。
しかし、それで隊長が傷つき落ち込んでしまったらどうしよう。この狭い戦車の中で、二人きり、気まずい雰囲気で今後戦っていかなければならくなる。
それとも、隊長は山椒魚のことをは虫類だと思っているという秘密を一生ひとりの胸にしまい込んで生きていくべきなのだろうか。
率直に勝利を喜べない隊員であった。
そんな隊員の苦悩をよそに、隊長は沈み行く夕日を眺め、満足げに微笑んだ。
「腹が減ったな」
「はい」
「さあ、帰ろう」
大山椒魚に踏みつぶされ、焼かれて、平らになってしまった街の廃墟を、一台の戦車が誇らしげに走っていった。
おしまい

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