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2015年05月

ショートストーリー『アラジンくんと古い魔法のラムプ・オロチ退治の巻』

社長1b(前回までのあらすじ:大富豪だったアラジン和雄くんは、だまされて財産を巻き上げられてしまい、ただ一つ、手元に残った魔法のランプとともに旅をしているのでした)

 魔法のランプを持った和雄くんは、だんだん深い谷に分け入っていきました。
「おや、理由を言わなきゃ行かれないんですかい? ワケ言って行くんでしょ」
 と、ランプの中から精である魔法使いの浮かれた声が聞こえました。
「なんだか、気持ちが悪いような深い谷だね」
「深い谷だけに不快な谷! なんちゃって! ひーっひっひっひ」
 和雄くんは、ランプに鼻を近づけてみました。
「酒臭い・・・どこかで隠れて飲んだな」

 谷の奥に、長い塀に囲われ、大きな藁葺きの屋根が載った立派なうちがありました。
「ごめんください、誰かいますか」
 和雄くんが声をかけたのは、もちろん、あわよくばご飯を恵んでもらおうというつもりです。
 ですが、あたりも家の中も深閑としています。よく耳を澄ませると、なにやら人の泣き声が聞こえてくるようでした。どうやら老人のようです。心優しい和雄くんは捨ててはおけません。
「どうしたんだろう。魔法使い、ちょっと様子を見てきてくれないか」
 ランプから酒臭い煙がぷーっと立ち上ると、ぐでんぐでんになった年老いた魔法使いが出てきて、
「やい、糞ジジイ糞ババア、なんで泣いているのか、和雄お坊ちゃまがおたずねだ! きりきり尋常に白状しやがれ。まごまごしてると、家に火をつけるぞ!」
 とんでもない大音声で叫びました。
 家の中はしんとしてしまいました。しばらくすると、白髪あたまのお爺さんと、お婆さんが玄関の隅に、不安げに顔を覗かせて、
「あの、オロチさんでしょうか・・・」
「なんだとお? だったら、どうするというんだ」
「オロチさんが、いらっしゃるのは晩の約束ではなかったのですか」
「人を大根オロチみたいに言いやがって。よっく聞けよ、こちとらは、元世界一の大富豪、アラジン和雄様とその御一行、総勢百人、マイナス九十八人だ。よく覚えとけ」
 横から和雄くんが「もういいから」と、呆れて魔法使いを引っ込ませました。たちまち、ランプの中からいびきが聞こえてきました。
「お爺さん、お婆さん、なんで泣いていたのか、訳を聞かせてもらえますか」
「はい、私はアシナヅチ、婆はテナヅチというのですが、実は毎年、オロチという怪物がやってきて、娘を差し出さないと、家に火をつけるぞ、と脅すのです」
「なんか、さっきのランプの精の言いぐさに似ているなあ」
「毎年、娘を差し出しているうちに、今年は最後に残ったクシナダを出さなければなりません」
「それが、悲しくて泣いていたのか。クシナダさんを可愛がっているんだね」
「いえ、クシナダを今年出してしまうと、来年は、私たちを差し出す順番になるのではないかと思い、それが悲しくて泣いておりました」
 すると、横合いからテナヅチ婆さんが、
「お爺さん、こうしちゃ、どうでしょう。よその村から娘を誘拐してきてオロチに差し出しては」
「それができるくらいなら、とっくにやっておるわい。もう、寄る年波で足腰が立たんのじゃ」
「ああ、若い頃のように思いっきり悪事が働けたら・・・」
「なんて、可哀想なワシらなんじゃい」
二人は、抱き合って泣き続けるのでした。

「ねえ、ランプの精、これって古事記という本に出てくる話じゃないかと思うんだ」
和雄くんはランプに向かって話しかけました。
「え、乞食が書いた本?」
「ちがうよ。日本の神話なんかが載っている本なんだ。その中に、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の話が出てくる」
「へー。そいつは山田さんっていうんですかい」
「山田じゃなくて八岐・・・つまり、頭も尻尾も八本に分かれている怪物なんだ」
「そりゃ、普通の蛇かなんかが八匹いたのを見間違ったんでしょ」
「そこへスサノオという神が通りかかって退治する」
「どうやって?」
「八つの酒甕に強い酒を入れて置いておくと、八岐大蛇がやってきて、酒好きなオロチは一つの瓶に一つの頭を突っ込んで飲み始めるんだが、酔っぱらって寝てしまう。そこを剣で首を切り落とすんだ。古事記に書いてあるとおりにやれば、オロチを退治できるんじゃないかと思うんだけど」
「いいですねえ。酒甕ってのがいいですねえ。それ、八つじゃなくて、もう一つ用意してもらえませんですかね」
「お前に飲ませるんじゃないの!」

 和雄くんは、アシナヅチ、テナヅチに作戦を話すと、さっそく準備を始めました。
 魔法使いを呼ぼうと思ったのですが、ランプがどこかへ消えてしまっていました。大声で呼んでも出てきません。すっかり出来上がって、寝てしまっているのでしょうか。
 アシナヅチ、テナヅチは、
「わしらは、年寄りじゃで、力仕事はどうも・・・・・・」
 と言って、働こうとしません。仕方なく、人のいい和雄くんは一人で、重い酒甕を運んだり、そこへ酒を汲み入れたりしなければなりませんでした。仕舞には、へとへとになってしまいました。
「言うてくだされば、わしらも手伝ったのに」
 アシナヅチ、テナヅチは、今頃になって、ぬけぬけとそんなことを言いました。
「そうそう、先祖伝来の素晴らしい剣が蔵にしまってありますから、それでオロチと戦って下され、お一人で」
「僕一人で?」
「ワシらは年寄りじゃで、危ないことはどうも・・・」

 夜になり、生臭い風が吹いたかと思うと、目を血のように赤く光らせたオロチがやってきました。
「むう・・・。なにやら、よい匂いがする」
 と、頭の一つが池波正太郎の小説に出てきそうなセリフを言いました。
「酒だー!」
 八つの頭が一斉に叫ぶと、八つの酒甕から酒を飲み始めました。
 それはそれは強い酒だったので、オロチたちはたちまち酔っぱらってしまいました(こういう時、単数形を使えばいいのか複数形を使えばいいのか、筆者は迷います)。
 アシナヅチ、テナヅチの蔵にあった剣は、さすがによく切れました。和雄くんは、大根でも切るように、オロチの頭を切り落としてしまいました。
「また、大根オロチというシャレに持っていこうとしているんじゃないだろうな」

 そこへ、
「待ちたまえ」
 と、冷静な低い声がかかりました。見ると、オロチです。ただし、銀縁の眼鏡をかけ、りゅうとしたスーツを着ていました。
「おかしいな。首は八つ切り落としたはずなのに」
「それは、去年までのことだよ。今年はバージョンアップして、『九岐大蛇』だ。君は古いデータに基づく思い込みの上に戦略を立てているようだね。残念ながら、時代の変化についていっていない。それでは、競争の激しいビジネスの世界では生き残っていけないよ」
 思わず和雄くんは剣を構え直しましたが、オロチは人差し指を立てると、「ちっちっち」と言って、
「私は君と戦う気はない。時間の無駄だ。実のところ、他の八本を切ってくれたことには感謝している。なにしろ、やつらは『センターを決めるのにジャンケンしよう』とか『いや、総選挙がいい』とか、次元の低い話しかしないのだ。私のような意識高い系のオロチには付き合いきれん。君が独立のチャンスをくれたようなものだ」
「それでは、お前の狙いはなんなんだ」
「知れたこと。ズバリ、クシナダとの結婚だ。それも、ビジネスとしての結婚だ。踏み込んで言えば、アシナヅチ、テナヅチの相続権が欲しい。彼らの所有になる山は鉱山として非常に有望だ。彼らは財産を差し出し、私はビジネスのネットワークと発想力を提供する。WIN-WINの関係だと思わないかね。これが、この結婚という契約の持つ意味だ。もちろん、クシナダは大事にする。クシナダとグラナダに新婚旅行というのはどうだろう」
 オロチは、最後にダジャレを言ってしまったので、すこし頬を赤らめたようでした。

 その時です。酒甕のひとつがぐらぐらと揺れたかと思うと、
「てやんでえ、矢でも鉄砲でも持って来やがれってんだ!」
 そう叫びながら、酒甕から出てきたのはランプの精でした。
「和雄坊ちゃま、棚の上に載っていた私のランプを、うっかり酒甕の中に落としてしまったでしょう」
「え、気づかなかった。忙しかったんで

「まあ、おかげで、この酒を思うさま、たっぷり飲めましたがね。それにしても、坊ちゃまお忙しいなら、声をかけて下さりゃ、いくらでもお手伝いしましたのに」
 みんな、そんなことを言います。
 すると、また、瓶の中の酒の表面が波立ったと思うと、
「冗談じゃねえ、あたしが、オロチにびびると思ってんのかよ。爆弾落とされたって怖かねえんだ」
もうひとり出てきました。
 クシナダでした。これまた、べろんべろんに酔っぱらっていました。
「空の酒甕に入って昼寝していたら、誰か、強い酒を上から注ぎやがって。まあ、おかげで思うさま飲めたから、いいけどよ」
 どうやら、クシナダはとんでもなく酒に強い上に、酒乱のようでした。
「おい、オロチ、あたしを嫁にもらってくれるんだってな。こりゃあ、一生、酒には不自由しねえな」
「いや、それは・・・」
「うるせえ。口約束だって契約は成立するんだ。どうだい、オロチちゃん、これからWIN-WINの関係とやらを楽しもうじゃないか」
 オロチは
「こ、こんな酒臭い娘だとは思わなかった・・・私の戦略のどこにミスが・・・」
そして、くるっと、向こうを向くと、
「お助け-!」
 と逃げ出しました。
「待てー、オロチちゃん、愛しているわよー

 とクシナダが追いかけていきました。

「まあ、喜劇の常套的なエンディングかな」
 和雄くんはランプと、再び旅を続けるのでした。


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ショートストーリー『はくうんぼく(白雲木)』

社長1夜ベッドに入って目をつむる。ひそやかな霧のような眠りに身体が痺れてくる頃、目蓋の裏に白い点が現れる。
点が少し大きくなると、それが回転しているのだとわかる。そして、大きくなるからには、近づいてきているのだ。
白い小さな花。花弁は五枚。雨傘のように広げて、くるくるとまわりながら、ゆっくりと落ちてくる。

まだ、私が幼かった頃、というのだから、だいぶ昔になる。
一体、その家が誰の家だったのか、覚えていない。母はきょうだいが多かったので、親戚もあちこちにいたが、そのいずれでもない。
こぢんまりとしていながら、木立に包まれた奥深い家だった印象がある。
家の前だろうか、あるいは庭だろうか、立っていた私の肩に何か小さいものがちらちらしながら落ちてきた。
なぜか私は泣きそうになった。もう一瞬の間があったら、泣いていたかも知れない。
すっと白い女の手が後ろから伸びて、肩の上のものをつまみ上げた。振り向くと、手のひらに白い小さな花が載っていた。小人の落下傘のようにも見える五枚の花弁。
「おばちゃん」
私がすがるように言った、その人の目は上を向いていた。
たぶん、若い人だったのだと思うが、幼児の頃の私は、大人の女の人に対する呼称は「おばちゃん」しか知らなかったものと見える。
私たちの頭の上には、背の高い木があって、その小さな花が星座のように、たくさん咲いていた。のみならず、散ってくるのは私の肩に落ちた一輪だけではなかった。
気がついてみれば、足下には淡雪のような花が散り敷かれているではないか。私たちは、次々と雨のように落下してくる花の中に立っていた。
大きな丸い葉だった。光が差すところは、光のような緑に、影が差すところは水のような緑に見えた。私が池の底にいて、波紋が輪を描く水面、そして空を見上げているような気持ちになった。そういえば、花はあぶくのようでもあった。
「はくうんぼく」
と「おばちゃん」は言った。
それが、植物の名前らしいと知ったのは、かなり後になってからだ。

おそらく、私は、その翌年か前年にも、その家を訪れたようである。
同じように肩に花が散り、同じように泣きたい気持ちになり、「おばちゃん」がそれをつまみ上げ、まぶしそうに、
「はくうんぼく」と言った。
成長してから、その情景を思い出し、あれがどこの家だったのか、母に訊いてみたが、そんな家は知らないと言った。また、そんな女の人も知らないと言った。
夢でも見たのではないか、とも言った。
私は夢の中で植物の名前を知ったことになるのだろうか。

はくうんぼく。白雲木。エゴノキ科の落葉樹である。初夏に花をつける。
そういえば、「おばちゃん」は、白い夏の服を着ていたようである。


ある少女と広い公園を並んで歩いていた。
やや生意気になる時節を迎えていた私だったが、学友も家族も後ろへ放り投げて、少女と二人きり、一緒に時を過ごすなんて初めてだった。
何を話すにしても、舌が持ち重りがして、うまく動かないようだった。少女を楽しませようとする自分の言葉が、紙くずのように思えてきて情けなくもあった。
「あ」
と、少女は小さな声を上げて、私の肩に触れた。細い指の感触がくすぐったくも嬉しかった。
「ほら」
という彼女の指先にあった花、それを私はすぐには思い出せなかった。
「はくうんぼく」
あの「おばちゃん」より子供っぽい声だ。しかし、その瞬間、「おばちゃん」が生まれ変わって、そこにいるような気がした。
少女は涼しげな目で頭上を見上げた。


大人になってから。
ホテルの喫茶室に、女性と向かい合って座っていた。
その人から、辛い話を切り出されたのである。
あまり唐突だったので、私の頭には深い谷底から聞こえてくるような耳鳴りが鳴っていた。
私が、わけもわからず謝ったり、翻意させようと言葉を探したりしても、彼女の気持ちは万力で締め付けたように動かなかった。
途方に暮れていると、不意に何かが揺らいだように、
「あら」
その場の文脈から五歩も十歩も離れた声を上げると、彼女の手が私の肩に伸びてきた。すでに、懐かしい手という遠い気がした。
彼女の指先にあったのは、またしても「はくうんぼく」の花だった。それをつまんで、テーブルの上の灰皿に捨てた。
私は思わず天井を見上げた。頭上に、あの小さな白い花がびっしりと現れたかのような錯覚を覚えたのだ。
もちろん、はるか高い所にある天井画と凝った造りのシャンデリアが見えるだけだった。
おそらくは、ここへ来る途中で、たまたま散りかかった花を載せたまま歩いてきたのにちがいなかった。


さらに後年。いまから数年前のこと。とある病院の一室。
「白い花が散っているのが見えるわ」
妻が言った。目を閉じてベッドに横たわっていた。重い病にかかっていた。
「はくうんぼく、だろ?」
なぜ、そんな風に言ったのか、自分でもわからなかった。
妻は目を閉じたまま、肯定とも否定ともつかない微笑みを浮かべた。
それから、彼女は、その目蓋の裏に見えているらしい白い花のことを話すようになった。繰り返し話すのである。時に、描写は微に入り細に入り、あまり細かすぎて却って何のことを言っているのか、わからなくなることもあった。その熱心さを理解できないと思うこともあった。
だが、やはり、それは「はくうんぼく」のことなのだと思えてきた。
「どこで、その花を見たの?」
「わからない」
「なんで、そんなによく覚えているの?」
「わからない」
彼女の話は、時に、穴にでも落ちるように漠然としてしまう。曖昧になったり、抽象的になったりする。話し疲れているのかも知れない。
彼女の身体の弱りを感じた私は、自分の思い出を語り聞かせ始めた。その中に例の「おばちゃん」のことがあった。
話しているうちに、頭の上に咲く花の光景が鮮やかに思い浮かんできた。妻の目蓋の裏に咲く花と、私の脳裏に浮かぶ花とは同じものなのだろうか。ふたりは、同じ木の下に立っていることになるのだろうか。
「でも、その女の人が誰なのか、その家がどこなのか、結局わからないんだ。おぶくろに聞いてみても、そんな親類も知人もいないと言うんだ。ついには、夢の話にされちゃったよ」
妻は、得たりというような笑顔を浮かべた。そして、
「馬鹿ねえ。それ、私じゃないの」
私は、どきりとして言った。青ざめていたかも知れない。
「なんだって。君は、僕より年下じゃないか。なんで・・・」
しかし、彼女は答えなかった。言うべきことは言ってしまった、という満足がその顔に表れていた。それきり言葉を発しなくなった。
それから一週間ほど、うつろな目で病室の壁を眺めながら、最後の生の時間を過ごして、妻は亡くなった。

それ以来、一人になった私にとって、「はくうんぼく」は「生まれ変わり」を意味する言葉になってしまった。
毎夜、目蓋の裏を、宇宙の向こうから生まれ変わりが降ってくる。
どうして、そんなに沢山の生まれ変わりがあって、それがどこへ行くのか、私にはわからない。

ショートストーリー『アラジンくんと古い魔法のラムプ・桃太郎の巻』

社長1 昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。
桃太郎も住んでいました。
犬とサルとキジも住んでいました。
鬼達も住んでいました。
だから、鬼ヶ島に行く必要もありませんでした。

 鬼達はもともと鬼ヶ島に住んでいたのですが、ある時宝物を持ってやってきて、この辺の顔役だったお爺さん、お婆さんに貢ぎ、土地を分けてもらって、田や畑を作ったり、牛や鶏を飼って平和に暮らしを始めたのでした。
「もともと僕らは、海賊や盗賊よりも、こういう暮らしをしたかったんだ」
 力持ちで働き者の鬼達ですから、みるみるうちに土地は豊かになりました。爺さん婆さんがだらだらと怠けてばかりいて、川から流れてくるものばかりを当てにしていた頃とは大違いです。
 鬼達の顔は労働と収穫の喜びで輝き、村には笑い声が絶えない・・・・・・はずでした。

 問題は、札付きの乱暴者・桃太郎でした。そして、その育ての親のお爺さん、お婆さんでした。さらに、犬、サル、キジでした。
 そもそも、桃太郎は川から流れてきた大きな桃から生まれたのです。
 ある時、河原でごろちゃらごろちゃら怠けていた爺さん婆さんが、
「腹が減ったのう。何か食いもんが流れてこないかのう」
 と言ってた所へ都合よく、どんぶらこっこすっこっこと流れてきたのでした。二人は、桃に飛びつくと、夢中で食っていましたが、ふと気がつくと、普通なら種の入っているところへ、まるまる太った男の赤ちゃんが入っていたのでした。
「これは食えるのかのう」
「蒸して辛子醤油なんか、いけそうじゃ」
 二人は、珍しく火を焚いたり湯を沸かしたりと、働き始めました。そこへ赤ん坊が、
「オンドレら、なにさらしとるんじゃい」
「知れたこと、お前を食うんじゃい」
「食えるものなら食うてみい。ワシには全身毒が回っとるんじゃ。オンドレら老いぼれの死に損ないなんざ、イチコロじゃい」
(注・このお話に出てくる方言はデタラメです)
 爺さん婆さんは、本当かどうか疑いましたが、たまたま出てきたネズミが赤ん坊の鼻を囓った途端「きゅっ」と言って死んでしまったのを見て、信じるしかありませんでした。

 いやいやながら育てることにしましたが、名前は考えるのが面倒なので、桃から生まれた桃太郎と安直な名前をつけました。
「オンドレら、もっとステキなキラキラネームを考えんかい」
「名前がついただけでも、ありがたいと思わんかい」
 桃太郎はすくすくと凶暴に育ちましたが、仮の親となった爺さん婆さんとの仲は、互いに隙あらば寝首をかいてやろうと言うくらい険悪なものでした。
 ただ、爺さん婆さんは、村人達に金品を要求し、断ると
「イヤなら桃太郎をけしかけっど、ワレ」
 というように、桃太郎の名を出して恐喝を働くことを覚えてから、やや桃太郎の存在価値を認めるようになりました。でも、
「ワシの名前で巻き上げたもんはワシのもんじゃろうが」
「考えたのはワシらじゃい」
 と、それさえも争いの火種になるのでした。(繰り返しになりますが、このお話に出てくる方言はデタラメです)

 川を流れてきた犬、サル、キジが爺さん婆さんに食われるのをまぬがれて桃太郎の家来となってからは、人びとに対する暴力はますますひどくなり、村は疲弊しきってしまいました。
「もう、逆さに振っても鼻血も出ないような情けないやつばかりになりくさった」
「親分、ここで少し足を伸ばしてみませんか。噂では西の方に鬼ヶ島という島があって、そこの鬼達はたんまりとお宝を貯めているって話ですぜ。そこに攻め込みましょうや。乱暴はし放題、宝物はつかみ放題」
 血に飢えた桃太郎は暴力ふるい放題という流血の空想に酩酊するようでした。
「よし、犬、サル、キジ。その鬼ヶ島ちゅうのを探れ」
 桃太郎の行く手に明るい希望が兆し始めたとき、
「こんにちは~」
 と、やってきたのが、鬼ヶ島の鬼達一行です。
 先にも話したように、何台もの荷車に宝物を積んでやってきました。そして、爺さん婆さんの所に行って、土地を分けてくれるよう頼みました。
 欲深い爺さん婆さんは、宝物と引き替えに、村の中でも一番痩せて、なにも実らないような所を分け与えました。そこを鬼達は根気よく手入れして、近郷近在でも一番というような豊かな土地に変えてしまったのです。
 面白くないのは桃太郎。宝は爺さん婆さんに独り占めされるわ、鬼ヶ島侵略という美しい夢はもろくも崩れるわ。
「よし、鬼をいじめて鬱憤を晴らそう」
 とはいっても、鬼は力が強いので、簡単に手出しはできません。そこで、女の鬼や子鬼など、比較的力の弱いものを、出来るだけ卑怯陰湿な手段でいじめることにしました。
「桃太郎のひどさには我慢できない。鬼ヶ島へ帰ろう」
「いや、ここに理想郷を作るという我々の夢は、もう少しで実現するんだ。がんばろう」
 鬼達は、女子供を一人にさせないとか、夜はなるべく外出しないようにして耐え続けるのでした。

 そんなある日、お爺さんとお婆さんが河原で昼っぱらから酒を飲んで怠けていると、川上から大きな桃が、どんぶらこっこすっこっこと流れてくるのが見えました。
「おう、桃じゃ。うまそうじゃのう」
「桃は食いたいが、また桃太郎みたいな悪たれが出てきてはかなわん」
「今度は、中からなにが出てこようと、すぐに焼き殺してしまえばいいんじゃ」
 二人が桃を拾って、両側からかぶりつこうとしたその時、
「おい、老いぼれのくたばり損ない、その桃を寄越せ」
 やってきたのは、桃太郎と家来の犬、サル、キジでした。
「お前にやるくらいなら、捨てた方がマシじゃい」
「わしゃ、名前からして桃太郎じゃ。第一に食う権利はワシにあるわい」
「それなら、名付け親のワシらが新しいキラキラネームをつけてやろう。糞太郎じゃ。お前は、糞から生まれた糞太郎じゃ。あっちへ行って糞でも食ってろ」
「なにを。オンドレらこそ、糞ジジイに糞ババアじゃ。肥だめの底で、はよ死にさらせ」
「この糞太郎め、もう我慢できんわ。今日こそ、殺してやる」
「オンドレらこそ、今日が命日じゃ」
 こうして両者の間に最終戦争が始まりました。
 爺さん婆さんは宝物で買いためた最新兵器を繰り出します。桃太郎と家来達は、血の中に脈打つ暴力性を爆発させます。
 双方とも凶暴さ、残忍性、陰湿さ、卑怯さでは、互いにひけをとりません。その、恐ろしい、むごたらしい、胸の悪くなるような戦いのいちいちについては、あえて書きますまい。
 後に残ったのは、爺さん、婆さん、桃太郎、犬、サル、キジの切り刻まれた死体、いや、どれがいずれの身体とも見分けがたい、腐乱し悪臭を放つ肉塊の山であったとだけ申し上げておきましょう。

 その時、例の桃がぐらぐらと揺れたかと思うと、皮がぺろんと剥がれて、中からくたびれたフロックコートを着た若者と、頭にターバンを巻いたやせこけた老人が出てきました。アラジン和雄くんと、魔法のランプの精でした。
(前回までのあらすじ:大富豪だったアラジン和雄くんは、だまされて財産を巻き上げられてしまい、ただ一つ、手元に残った魔法のランプとともに旅をしているのでした)

「なんか、変なところへ出てきちゃったね」
「坊ちゃまが、舟にも食料にもなるものを魔法で出してくれ、などとおっしゃるものですから、大きな桃を出して、中へ入れてさし上げたのですが」
「こんな所で拾われるとは思わなかったな。桃の実は、内側から全部食べちゃったし、こんな変なところに用はないから、さっさと行こう」
二人が村の道を通ると、鬼達に迎えられました。なぜか、村を凶悪な手段で支配する悪党どもを退治してくれた英雄という事になっていました。
鬼達は二人を手厚くもてなしてくれました。
鬼ごろしという酒や、オニギリが振る舞われました。鬼姫達の舞い踊りを見たり、鬼ごっこをして遊びました。ただ珍しく面白く月日の経つのも夢のうちでした。
もう、そろそろ旅に出ると、和雄くんが言うと、鬼達はお土産に玉手箱をくれました。
開けてみると、白い煙が出てきましたが、ただそれだけでした。

ショートストーリー『アラジンくんと古い魔法のラムプ・かぐや姫の巻』

社長1 (前回までのあらすじ:大富豪だったアラジン和雄くんは、だまされて財産を巻き上げられてしまい、ただ一つ、手元に残った魔法のランプとともに旅をしているのでした)

 さて、旅を続けていた和雄くんは、いつしか大きな竹林の中を歩いていました。なかなか抜けられないような大きな竹林で、日が暮れてきてしまいました。
「こんなところで夜を明かすのは、なんだか怖いなあ」
 次第に暗くなって不安に思っていたところ、東から大きな満月が上がりました。
「あ、月だ。普段は気にしないけど、満月って大きいんだなあ」
 緑色の竹を白く染めて差し込んでくる月光は、とても幻想的でした。
「魔法使い、旅って苦しいこともあるけど、こんな美しいものを見ることもあるんだね」
「ああ、そのように、どんな時でも美しいものを愛でる心、さすが坊ちゃまでいらっしゃいます」
 ランプの中から声がしました。ランプの精、年老いた魔法使いの声でした。
 月の光に酔ったような気分で歩き続けていると、竹林の奥に明るく光るものが見えました。近寄ってみると、太い竹の根元に近いところが光っているのでした。
「竹が光っているよ」
「中に、何か光るものが入っているようですな。この竹を通して見えるのだから、よほど明るいものでしょう」
 和雄は魔法使いに命じて、魔法でノコギリを出させ、竹を切ってみました。
 中には、光り輝く女の子がちょこんと座っていました。
「こ、小人?」
「坊ちゃま、確か日本の古い物語に竹取物語というのがあって、このように竹から生まれたかぐや姫という少女がやがて月に帰っていくという話しでした」
「じゃあ、これ、かぐや姫なの?」
 すると、女の子は、みるみるうちに、むくむくと大きくなり、十二単衣を着た長い黒髪の美しい少女になりました。少女は、和雄に向かって手をつくと、
「お父様、お母様、今まで育てていただいてありがとうございました」
「お父様、お母様って言ってるよ」
「私は月に帰らねばなりません。それでは、お達者で」
 それだけいうと、その身体は地上を離れて浮き上がり、ぐんぐん上昇して竹林の最上部を越え、満月の中に吸い込まれていきました。
「今のが竹取物語?」
「ずいぶん、あっけないですな」
「なんか盛り上がりに欠けるストーリーだよね」
 
ふと見ると少し離れたところの竹が、やはり光っていました。
「あれにも、かぐや姫が入っているのかな」
「切ってみましょう。せっかくノコギリ出したことですし」
「もう少し、話をしたいところだよね」
 切ってみると、やはり同じような女の子が出てきました。
「ねえ、君、かぐや姫っていうの?」
 女の子は、質問が聞こえなかったのか、ぐんぐん大きくなると、
「お父様、お母様、今まで育てていただいてありがとうございました」
「君は、かぐや姫なのかって聞いているんだけど」
「私は月に帰らねばなりません。それでは、お達者で、さようなら」
 かぐや姫は、前と同じように上昇して、月へと吸い込まれてしまいました。
「なんか、愛想がないね」
「せっかく竹を切ってあげたんだから、そのことについて礼のひと言もあるべきだと思いますが」

 ふと見ると、別の方向にも光る竹がありました。
「よし、文句を言ってやろう」
「ちょっと礼儀作法について説教してやりましょう」
 また、女の子が出てきて、どんどん大きくなって美しい少女になりました。
「あの、君ね」
「お父様、お母様、今まで育てていただいてありがとうございました。私は月に帰らねばなりません。さよなら」
それだけ言うと、月に昇っていってしまいました。
「なんか、最後の方、ずいぶん早口だったね」
「会話を避けているようですな」
「あれ・・・?魔法使い。まわりを見てご覧よ」
「おう、あそこにも光る竹が・・・いや、あっちにも・・・いや、あっちにもそっちにもこっちにも」
そこら中の竹が皆光っているのでした。二人は、意地になって、あるいは何かに取り憑かれたように竹を切り始めました。
「お父様、お母様、今まで育てていただいてありがとうございました。私は月に帰らねばなりません。さよなら」
「お父様、お母様、今まで育てていただいてありがとうございました。私は月に帰らねばなりません。さよなら」
「お父様、お母様、今まで育てていただいてありがとうございました。私は月に帰らねばなりません。さよなら」
次から次へとぽんぽん出てきては、月に向かってのぼっていきます。
「花火大会だね、これじゃ」
中には、「さよなら」だけ言って昇っていくのもあります。無言で行ってしまう無精なのもあります。
「おじいさん、おばあさん、僕は鬼ヶ島へ鬼退治に行ってきます」
キャラを勘違いしているようなのもあります。

 さて、こちらは月です。
 日本では、月にはうさぎが住んでいることになっています。ですから、ウサギがいました。でも、悪いウサギでした。
 ドイツでは、月の影はやさしい女の人の横顔なのだそうです。ですから、やさしい女の人がいました。でも、悪いやさしい女の人でした。
「我々の実験は成功したようですな、ルナ博士」
 ウサギは、地球の方を見上げながら、となりにいるルナ博士と呼ばれた女の人に話しかけました。
「やはり、地球はかぐや姫の栽培に適していたのですわね、ウサ博士」
「これで、我々の食料不足も解消ですよ、ルナ博士」
 地球から、銀色の光の球が尾を引いて飛んでくるのが見えました。それは、ぐんぐん近づいてくると、二人の100メートルほど前に落ち、地響きがして土埃が立ちました。
 二人は、言葉にならない喜びの叫びを発して、そちらの方へ走っていきました。
 そこには、十二単衣を着た美しい少女が座っていました。
「久しぶりのかぐや姫ですわ、ウサ博士」
「何年も飲まず食わずで研究を続けてきた甲斐がありましたな、ルナ博士」
「なにしろ、ある年突然、月ではかぐや姫が採れなくなってしまいましたものね、ウサ博士」
 二人は、きょとんとしているかぐや姫に飛びつくと、かりかりと食べてしまいました。骨も髪も十二単衣も残りませんでした。
「うまかったー、ルナ博士」
「食い足りねー、ウサ博士」
 すると、また地球の方から銀の光の玉が飛んできて、向こうの方に落ちました。二人が走って行くと、十二単衣の少女がいました。二人は飛びついて、手や足や首をもいで食べ始めました。食べ終わった後には、なにも残りませんでした。
「まだまだ、我々の飢えは満たされませんぞ、ルナ博士」
「何年も食べてなかったんですものね、ウサ博士」
 地球からは次から次へとかぐや姫が飛んできます。二人は、そのたびに走り回ります。だんだん、最初の強烈な飢えが満たされるにつれて、じっくり味わって食べるようになりました。
「いや、これは先ほどのより、まったりとした味わいが。ルナ博士」
「個体ごとに微妙に味わいが違うのがいいですわね、ウサ博士」
「あ、こっちのは不出来だ、これは捨てちゃいましょう、ルナ博士」
「思えば飢饉以前は、私たちグルメで鳴らしたものでしたわね、ウサ博士」
「だいぶ、お腹がくちくなってきましたな、ルナ博士」
「ここらで一杯、濃いお茶がこわい。ウサ博士」
「あ、向こうにちょっと形の変わったのが落ちましたぞ。デザートにしましょうか、ルナ博士」
「デザートは別腹ですものね、ウサ博士」
 行ってみると、十二単衣の少女の横にランプを抱えたフロックコート姿の若者が座っていました。
「こんなやつ栽培しましたかなあ、ルナ博士」
「これは、食用になりそうもありませんわね、ウサ博士」
 若者は言いました。
「僕、アラジン和雄といいます。旅をしてるうちに、竹林に迷い込んで、光る竹を切ったら、次から次に女の子が出てくるんで、その一人につかまったら、こんなところに来ちゃいました」
「あちゃー、収穫に地球人を介在させるという方法は考え直す必要がありますな、ルナ博士」
「余計なものに、くっついて来られちゃ迷惑ですわね、ウサ博士」
 若者は、あたりを見回すと言いました。
「僕より前に、ずいぶん大勢の女の子がこっちへ来た筈なんですが、一人も見えませんね」
「見えないはずさ、我々が食っちゃったんだもの」
「なんだって?なんて言った?」
「食べちゃったの。頭から、むしゃむしゃばりばりと食べちゃったの」
「そ、そんな・・・あんなに可愛い女の子を食べちゃっていいのか?」
「ブスなら食ってもいいってのかよ」
「なんてひどいやつらだ。人道上、とても許せることではない。魔法使い、出てこい」
 すると、ランプの中から煙とともに、年老いた魔法使いが現れて、
「坊ちゃま、お呼びですか」
「こいつらを、宇宙のどこかに捨ててこい」
「承りました」

 二人は、宇宙のどこかに捨てられてしまいました。
 地球に戻ってきたアラジン和雄くんは、ランプとともに旅を続けました。
 途中、立ち寄った宿屋の食堂で、最近、月のあたりを旅してきたという人と会いました。旅人は、
「どうやら、月では捕食者のいなくなったかぐや姫が増え過ぎちゃって、いろいろ問題を起こしているようですよ。最近、月が小さくなったような気がしませんか?かぐや姫の食料は月ですから」
 と話してくれました。
 和雄くんは、世の中、一筋縄ではいかないものだなと思いながら、出されたタケノコご飯をほおばりました。
「おいしい」