ショートストーリー『アラジンくんと古い魔法のラムプ・オロチ退治の巻』

魔法のランプを持った和雄くんは、だんだん深い谷に分け入っていきました。
「おや、理由を言わなきゃ行かれないんですかい? ワケ言って行くんでしょ」
と、ランプの中から精である魔法使いの浮かれた声が聞こえました。
「なんだか、気持ちが悪いような深い谷だね」
「深い谷だけに不快な谷! なんちゃって! ひーっひっひっひ」
和雄くんは、ランプに鼻を近づけてみました。
「酒臭い・・・どこかで隠れて飲んだな」
谷の奥に、長い塀に囲われ、大きな藁葺きの屋根が載った立派なうちがありました。
「ごめんください、誰かいますか」
和雄くんが声をかけたのは、もちろん、あわよくばご飯を恵んでもらおうというつもりです。
ですが、あたりも家の中も深閑としています。よく耳を澄ませると、なにやら人の泣き声が聞こえてくるようでした。どうやら老人のようです。心優しい和雄くんは捨ててはおけません。
「どうしたんだろう。魔法使い、ちょっと様子を見てきてくれないか」
ランプから酒臭い煙がぷーっと立ち上ると、ぐでんぐでんになった年老いた魔法使いが出てきて、
「やい、糞ジジイ糞ババア、なんで泣いているのか、和雄お坊ちゃまがおたずねだ! きりきり尋常に白状しやがれ。まごまごしてると、家に火をつけるぞ!」
とんでもない大音声で叫びました。
家の中はしんとしてしまいました。しばらくすると、白髪あたまのお爺さんと、お婆さんが玄関の隅に、不安げに顔を覗かせて、
「あの、オロチさんでしょうか・・・」
「なんだとお? だったら、どうするというんだ」
「オロチさんが、いらっしゃるのは晩の約束ではなかったのですか」
「人を大根オロチみたいに言いやがって。よっく聞けよ、こちとらは、元世界一の大富豪、アラジン和雄様とその御一行、総勢百人、マイナス九十八人だ。よく覚えとけ」
横から和雄くんが「もういいから」と、呆れて魔法使いを引っ込ませました。たちまち、ランプの中からいびきが聞こえてきました。
「お爺さん、お婆さん、なんで泣いていたのか、訳を聞かせてもらえますか」
「はい、私はアシナヅチ、婆はテナヅチというのですが、実は毎年、オロチという怪物がやってきて、娘を差し出さないと、家に火をつけるぞ、と脅すのです」
「なんか、さっきのランプの精の言いぐさに似ているなあ」
「毎年、娘を差し出しているうちに、今年は最後に残ったクシナダを出さなければなりません」
「それが、悲しくて泣いていたのか。クシナダさんを可愛がっているんだね」
「いえ、クシナダを今年出してしまうと、来年は、私たちを差し出す順番になるのではないかと思い、それが悲しくて泣いておりました」
すると、横合いからテナヅチ婆さんが、
「お爺さん、こうしちゃ、どうでしょう。よその村から娘を誘拐してきてオロチに差し出しては」
「それができるくらいなら、とっくにやっておるわい。もう、寄る年波で足腰が立たんのじゃ」
「ああ、若い頃のように思いっきり悪事が働けたら・・・」
「なんて、可哀想なワシらなんじゃい」
二人は、抱き合って泣き続けるのでした。
「ねえ、ランプの精、これって古事記という本に出てくる話じゃないかと思うんだ」
和雄くんはランプに向かって話しかけました。
「え、乞食が書いた本?」
「ちがうよ。日本の神話なんかが載っている本なんだ。その中に、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の話が出てくる」
「へー。そいつは山田さんっていうんですかい」
「山田じゃなくて八岐・・・つまり、頭も尻尾も八本に分かれている怪物なんだ」
「そりゃ、普通の蛇かなんかが八匹いたのを見間違ったんでしょ」
「そこへスサノオという神が通りかかって退治する」
「どうやって?」
「八つの酒甕に強い酒を入れて置いておくと、八岐大蛇がやってきて、酒好きなオロチは一つの瓶に一つの頭を突っ込んで飲み始めるんだが、酔っぱらって寝てしまう。そこを剣で首を切り落とすんだ。古事記に書いてあるとおりにやれば、オロチを退治できるんじゃないかと思うんだけど」
「いいですねえ。酒甕ってのがいいですねえ。それ、八つじゃなくて、もう一つ用意してもらえませんですかね」
「お前に飲ませるんじゃないの!」
和雄くんは、アシナヅチ、テナヅチに作戦を話すと、さっそく準備を始めました。
魔法使いを呼ぼうと思ったのですが、ランプがどこかへ消えてしまっていました。大声で呼んでも出てきません。すっかり出来上がって、寝てしまっているのでしょうか。
アシナヅチ、テナヅチは、
「わしらは、年寄りじゃで、力仕事はどうも・・・・・・」
と言って、働こうとしません。仕方なく、人のいい和雄くんは一人で、重い酒甕を運んだり、そこへ酒を汲み入れたりしなければなりませんでした。仕舞には、へとへとになってしまいました。
「言うてくだされば、わしらも手伝ったのに」
アシナヅチ、テナヅチは、今頃になって、ぬけぬけとそんなことを言いました。
「そうそう、先祖伝来の素晴らしい剣が蔵にしまってありますから、それでオロチと戦って下され、お一人で」
「僕一人で?」
「ワシらは年寄りじゃで、危ないことはどうも・・・」
夜になり、生臭い風が吹いたかと思うと、目を血のように赤く光らせたオロチがやってきました。
「むう・・・。なにやら、よい匂いがする」
と、頭の一つが池波正太郎の小説に出てきそうなセリフを言いました。
「酒だー!」
八つの頭が一斉に叫ぶと、八つの酒甕から酒を飲み始めました。
それはそれは強い酒だったので、オロチたちはたちまち酔っぱらってしまいました(こういう時、単数形を使えばいいのか複数形を使えばいいのか、筆者は迷います)。
アシナヅチ、テナヅチの蔵にあった剣は、さすがによく切れました。和雄くんは、大根でも切るように、オロチの頭を切り落としてしまいました。
「また、大根オロチというシャレに持っていこうとしているんじゃないだろうな」
そこへ、
「待ちたまえ」
と、冷静な低い声がかかりました。見ると、オロチです。ただし、銀縁の眼鏡をかけ、りゅうとしたスーツを着ていました。
「おかしいな。首は八つ切り落としたはずなのに」
「それは、去年までのことだよ。今年はバージョンアップして、『九岐大蛇』だ。君は古いデータに基づく思い込みの上に戦略を立てているようだね。残念ながら、時代の変化についていっていない。それでは、競争の激しいビジネスの世界では生き残っていけないよ」
思わず和雄くんは剣を構え直しましたが、オロチは人差し指を立てると、「ちっちっち」と言って、
「私は君と戦う気はない。時間の無駄だ。実のところ、他の八本を切ってくれたことには感謝している。なにしろ、やつらは『センターを決めるのにジャンケンしよう』とか『いや、総選挙がいい』とか、次元の低い話しかしないのだ。私のような意識高い系のオロチには付き合いきれん。君が独立のチャンスをくれたようなものだ」
「それでは、お前の狙いはなんなんだ」
「知れたこと。ズバリ、クシナダとの結婚だ。それも、ビジネスとしての結婚だ。踏み込んで言えば、アシナヅチ、テナヅチの相続権が欲しい。彼らの所有になる山は鉱山として非常に有望だ。彼らは財産を差し出し、私はビジネスのネットワークと発想力を提供する。WIN-WINの関係だと思わないかね。これが、この結婚という契約の持つ意味だ。もちろん、クシナダは大事にする。クシナダとグラナダに新婚旅行というのはどうだろう」
オロチは、最後にダジャレを言ってしまったので、すこし頬を赤らめたようでした。
その時です。酒甕のひとつがぐらぐらと揺れたかと思うと、
「てやんでえ、矢でも鉄砲でも持って来やがれってんだ!」
そう叫びながら、酒甕から出てきたのはランプの精でした。
「和雄坊ちゃま、棚の上に載っていた私のランプを、うっかり酒甕の中に落としてしまったでしょう」
「え、気づかなかった。忙しかったんで
「まあ、おかげで、この酒を思うさま、たっぷり飲めましたがね。それにしても、坊ちゃまお忙しいなら、声をかけて下さりゃ、いくらでもお手伝いしましたのに」
みんな、そんなことを言います。
すると、また、瓶の中の酒の表面が波立ったと思うと、
「冗談じゃねえ、あたしが、オロチにびびると思ってんのかよ。爆弾落とされたって怖かねえんだ」
もうひとり出てきました。
クシナダでした。これまた、べろんべろんに酔っぱらっていました。
「空の酒甕に入って昼寝していたら、誰か、強い酒を上から注ぎやがって。まあ、おかげで思うさま飲めたから、いいけどよ」
どうやら、クシナダはとんでもなく酒に強い上に、酒乱のようでした。
「おい、オロチ、あたしを嫁にもらってくれるんだってな。こりゃあ、一生、酒には不自由しねえな」
「いや、それは・・・」
「うるせえ。口約束だって契約は成立するんだ。どうだい、オロチちゃん、これからWIN-WINの関係とやらを楽しもうじゃないか」
オロチは
「こ、こんな酒臭い娘だとは思わなかった・・・私の戦略のどこにミスが・・・」
そして、くるっと、向こうを向くと、
「お助け-!」
と逃げ出しました。
「待てー、オロチちゃん、愛しているわよー
とクシナダが追いかけていきました。
「まあ、喜劇の常套的なエンディングかな」
和雄くんはランプと、再び旅を続けるのでした。
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