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2015年06月

ショートストーリー『お奉行様の怪』

社長1 薄汚れた壁、擦り切れたカーテン、毛羽だった絨毯。小さな窓の外は隣のビルの排気口。その陰気くさい部屋に入った途端、帰りたくなったくらいだ。その癖、ホテル代はいやに高い。
 急に決まった出張とはいえ、もう少しマシなホテルはなかったものか。どうやら、この町で、何かの医師の学界があるとかで、ホテルはあらかた押さえられてしまっているらしい。
 こんな部屋でよく眠れるだろうか。明日の仕事に差し支えないだろうか、と内心でぶつぶつ言いながら、缶ビールを飲んでベッドに横になると、昼間の疲れが出たのか、うとうとと眠ってしまった。

「面(おもて)をあげい」
 夜中である。暗闇から、そんな声が聞こえた気がする。夢だろうか
「面をあげいと申しておる、山田一郎」
 間違いなく俺を呼んでいるらしい。だが、動けない。胸がひどく圧迫されている。金縛りというやつだろうか。
 薄目を開けてみると、俺の胸の上に白く光るものが乗っている。猫や犬の大きさではない。それが口を聞いた。
「株式会社ムサシノカミに奉公しおる山田一郎とは、その方だな」
 奉公とは古くさい言い方だが、俺のことに間違いないらしい。
「そ、そうだけど、お前・・・なに?」
「『お前』とは、お奉行様に向かって無礼である。本来、手打ちにいたすところじゃが、お裁きの場ゆえ、しばし差し許す」
「お奉行様?」
 そういえば、胸の上の白いものの中に、ぼんやりと人間らしき像が浮かんできた。裃、ちょんまげ、脇差し、扇子、なるほど映画にでも出てきそうなお奉行様だ。
 ただ、座布団ではなく、俺の胸の上に座っているのが迷惑である。
「あの、どいて欲しいんだけど」
「ええい、頭が高い」
 こっちは寝ているんだから、これ以上低くなりようがない。
「重たいんだよ。だいたい、こんな夜中にお奉行様って何よ」
「人呼んで、夜のお奉行様」
「夜のお菓子みたいな?」
「ええい、黙れ。わしは、南町奉行・大岡山越前守。そちを押し込み強盗の件で取り調べる」
「強盗? 俺が?」
「さる閏六月三日、夜陰に乗じて日本橋の両替商・大黒屋に押し入り、奉公人を含む全員を殺害、金一千両を盗みし罪状は明らか、大人しく市中引き回しの上、打ち首獄門となれ」
 冗談ではない。
「なんで、俺が打ち首にされなきゃならないんだ」
「おぬし、山田一郎とは世を忍ぶ仮の姿、而してその正体は、江戸八百八町を騒がす大泥棒・般若の又三郎であろう」
「知らない。そんな人知らない」
「証拠は挙がっておる」
「そんなはずはない。やってないもん

「ふっふっふ。証言があるのだ。このような大胆な犯行、必ず内通者がいるはずと考え、三ヶ月前に女中として大黒屋に雇われし、お兼と言う女を捕らえて詮議せしところ、やはり又三郎の一味で、事件当夜内側から掛け金を外したのは、まさしくこの女」
 お奉行様は得意げに俺を見下ろしている。相変わらず重い。
「この女が、首領の名は般若の又三郎だと白状しておるのだ。これでも、シラを切る気か」
「ダメだってば。俺と、その又三郎とやらが同一人物だって証明しないとダメでしょ」
 お奉行は、しばらく腕組みをして考えながら、「お兼、又三郎、山田一郎・・・」とぶつぶつ呟いていた。しかし、それにしても重い。
「ふん。こういう時のために拷問というものがあるのだ」
「滅茶苦茶だ

百叩きだの、石抱きだの、木馬責めだのという言葉が頭の中に浮かぶ。
 だが、お奉行は動かなかった。どういう拷問にするか、考えているのだろうか。
 そのうち、だんだん、ただでさえ圧迫感のある胸が、さらに苦しくなってきた。
「お、お奉行・・・重くなっている・・・?」
「ふふふ。どうだ、苦しいか。苦しかったら白状せい」
「なぜだ。なぜ、どんどん体重が増えていくのだ。お奉行、実は妖術使いか?」
「君子は怪力乱神を語らず。極めて合理的な理由があるのじゃ。わしの手元をよく見てみよ」
 いつの間にか、その手には丼と箸が握られていた。隣には、メシの入ったお櫃を抱えた下役もついていた。ものすごい勢いでメシを食っていたのだ。
「もうら、めひをくえふぁ、かららがおもうなうは、ろうい」
 口の中に、メシがいっぱい入っているので聞き取りにくいが、「どうだ、メシを食えば身体が重くなるは道理」と言っているらしい。
 こんな拷問聞いたことがない。だが、どんどんお奉行が重くなっていることは事実だ。
 とはいえ、ニセの自白をしたところで打ち首獄門とやらになるのだったら、耐えるだけ耐えるしかない。
「だ、誰が、やってもいない犯罪を白状したり、す、するものか」
 苦しい息の下から、やっとそれだけ言った。
「むう、うおようにゃ、にゃふめ(むう、強情なやつめ)」
 お奉行は、丼を傍らに置くと、
「では、責め方を変える」
 少なくともこれ以上、重くなることはなさそうだ。それどころか、
「?」
 やや、軽くなったような気がした。
 同時に、妙な匂いが漂ってきた。いや、「妙
などと曖昧な言い方はやめよう、はっきり言って臭い。それも、強烈な臭気だ。
 俺の推理が正しければ、すべての人間が日常的に目にする、それも屋内の特定の場所で、まあ、一日に一回か二回程度だが、中には何日もお目にかからないで悩んでいる女性なども多いといわれるが・・・・・・あれの臭いじゃない、といいのだが・・・・・・。
「どうじゃ、お天道様も、西に入れば翌朝、東から出てくるは道理。また、月も満ちれば再び欠けるも自然、人体とて、天然自然の道に外れることはない。入れるだけ入れれば、次は出るというのが・・・・・・」
「おいっ、おいっ」
 俺の声は悲鳴になっていた。
「どうも、今日はちとゆるいようじゃ」
「やめれー!」
「これでも白状せねば、お奉行様奥伝『入れながら出す』・・・」
「うわーっ! うわーっ! うわーっ!」

・・・・・・・・・・・・
「今のは、なかったことにいたそう。お奉行の品格に関わる」
「俺もそれがいいと思う」
 あることにされたら、かなわない。
「では、責め方を変える」
「しつこいなあ」
「わしも、『オトシの越前』と呼ばれたお奉行じゃ。これくらいで、あきらめるわけにはいかないのじゃ」
「さっきみたいなのは、ごめんだぜ」
「猫!」
「?」
「猫と言ったら?」
「?」
「なんでもいいから、猫で連想するものを言うのじゃ」
「ね、ネズミ?」
「犬!」
「散歩・・・」
「散歩!」
「公園、とか」
「港の見える」
「丘・・・・・・なんなの、これ」
「これぞ、和蘭陀渡りの『せいしんぶんせき』なる秘術の技じゃ。かの名医・法眼じぐむんと・ふろいど先生もお使いになったという自由連想法。これで、つかえたり言いよどんだり、という言葉を糸口に、そちの深層心理を探り、かの事件の全貌を明るみに出すのじゃ」
「やめた方がいいと思うけど」
 その後も、このわけのわからない連想ゲームは延々と続いた。
「じゃあ・・・酒臭いと言えば

「常磐線の最終電車

「正解! ぴんぽーん」
「クイズか」
「ええと次はね・・・ハドリアヌス帝」
「知らないって」
「カロリング王朝」
「だから、わからんてば」
「わしも、ネタ切れでな・・・ええと、おい、小姓、小姓、あの杉田玄白先生が翻訳されたという『サルにもわかる自由連想法マニュアル』を持ってこい」
 その時、俺の内部の深いところより、なんとも形容のしようがない激しい衝動のようなものが突き上げてくるのが感じられた。
「こら、小姓。その本じゃない。こら、こーら、こーら、そっちの本だってば」
 もう、俺はマグマのように吹き上げてくる情動を抑えることができなかった。情動は叫びとなって噴出した。
「ご、ごめんよ! タカシちゃん! 僕が悪かった・・・・・・」
 お奉行が、きょとんとして見下ろしているのはわかっていた。だが、もう、自分で自分を押しとどめることはできなかった。小学校の時の友達、タカシちゃんに対する罪の意識が、俺の魂を揺さぶったのである。
「粉薬だと騙して『コショウ』を飲ませたのは、僕だったよ・・・それから、『コーラ』だと言って醤油を飲ませたのも、僕だ」
「え? え? 小姓と『こら』がヒットしたの?」
「勉強ができて、美少年で可愛がられていた君に嫉妬していたんだ。だから、病気がちで友達の少ない君に近づいて、親友のフリをしながら、細かい意地悪で腹いせをしていたんだ・・・・・・」
「そうであろう、そうであろう、タカシちゃんいじめの犯人は、おぬし、山田一郎であろうと、わしはとっくに見破っておったぞ」
 さっきまで、タカシちゃんの「タ」の字も出てなかったはずだが。
「山田一郎。タカシちゃんイジメの罪、甚だ重大である。市中引き回しの上、打ち首獄門申しつける。一同、立ちませい!」
 誇らかなお奉行様の顔であった。般若の又三郎とやらは、何処かへ行ってしまったらしい。
やがて、その姿は霞みはじめ、白い光の塊になったかと思うと、煙のように消えてしまった。お奉行様が乗っていた胸の痛みは残った。
 明け方、自分の首が転がるイヤな夢を見た。

「いかがでしたでしょうか。ご滞在をお楽しみいただけたでしょうか」
 翌朝のフロントである。痩せた男が異常なほどの微笑みを浮かべている。俺は、口を聞く気にもならず、むすっとしたまま会計を済ませた。
「山田様なら、あの『お奉行様の怪』、さぞご満足いただけたと存じますが」
「お奉行様の怪?」
「香川からおいでの山田一郎様でいらっしゃいましょう? 当ホテル調査部の調べによれば、山田様は大変な怪奇マニアだとか。なんでも幽霊の出るホテルを探して歩いているという情報が入っております。あの部屋は、数年前からどういうわけかお奉行様の幽霊が出るようになりまして、その方面のマニアの方々には、密かに評判になっております。当ホテルでは、その他にも、『大名行列の怪』『大奥・お局様の怪』『ターヘルアナトミアの怪』など、様々な怪奇現象が起きております。山田様には、リピーターになっていただけるかと・・・」
「おい」
 思わず、俺の語気が荒くなる。
「その調査部とやらに言っておけ。探偵めいたことをすること自体、気に入らないが、その前に基本的なことをちゃんと押さえておけ。俺は、確かに山田一郎だが、香川じゃなくて神奈川の山田一郎だ」

 こんなところ、二度と来るか、と言い捨てて出てきた。
 その後も、その町には何度も出張したが、もちろん、あのホテルに泊まったことはない。
 だけど、『大名行列の怪』、ちょっとだけ見たい。
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ショートストーリー『グレーテルとヘンゼルとグレーテル』

社長1 その年は、ひどい飢饉でした。食べる物がなくなったので、ヘンゼルとグレーテル兄妹の意地悪な継母は、お父さんに二人を森の奥へ捨てて来るように言いました。
 その朝、継母は二人にパンをひとつくれました。それが、二人の最後の食事になるはずでした。
 お父さんは、泣く泣く深い森の奥へと二人を連れて行きました。子供達だけでは、道に迷って帰ってこられなくなるような所でした。
 兄のヘンゼルは、道々、パンをちぎっては道の目印にと撒いておきました。
 お父さんは、森の奥へつくと、木を刈りに行くからそこで待っているように、と言い置いて行ってしまいました。

 お父さんはいつまで待っても、やってきませんでした。日が暮れて真っ暗になると、妹のグレーテルは自分たちが捨てられたことを悟り、泣き出してしまいました。兄のヘンゼルは、道々パンを撒いてきたことを話し、夜が明ければきっと帰れるから、と励ましました。そして、残りのパンを分け合って食べました。
 朝になりました。ヘンゼルが撒いてきたパンは、早起きの鳥たちに食べられてしまい、ひとかけらも残っていませんでした。
「うわーん。帰れなくなっちゃったよ」
 二人は、森の大きな木に抱きついて泣き始めました。

 ところが、なんということでしょう。森の木は、焼き菓子でした。それも、口に入れてみると、ふんわりと甘く溶けるようで、いくらでも食べられました。
 二人はお腹がぺこぺこだったので、次から次へと森の木を食べていきました。そして、気がついたときには、森の外へ出ることが出来ていたのです。
 目の前は枯れ草の草原で、一本の茶色い道が丘の向こうへ向かって伸びていました。
「あら、この道」
 と言って、グレーテルは指に道の泥をつけて、舐めてみました。
「グレーテル、そんなことをしちゃいけないよ」
 ヘンゼルが兄らしくたしなめましたが、
「お兄ちゃん、この道、チョコレートで出来ているわ」
 二人は、今度は道を食べ始めました。よく見ると、草原の枯れ草もプリッツェルでした。
 グレーテルは、空に向かって背伸びをして、雲をちぎってみました。綿菓子でした。
 それから、空に指を突っ込んで舐めてみると、美味しいソーダ水でした。
 二人は夢中で食べ続けました。そこへ通りかかったお百姓にも教えてあげました。飢饉の年だったので、お百姓も大喜びでした
 グレーテルは、色々なものをお菓子に変える力を授かったことに気づきました。
 そのおかげで、多くの人が飢饉の年を生き延びることができました。

 飢饉の年が終わりました。
 人びとは、去年、お菓子に変えてもらった畑を、元に戻せとグレーテルに要求しました。でも、それはできない相談です。
 すると、前の年には泣いて感謝していた癖に、まるでグレーテルを泥棒のようにののしるのでした。
(お菓子になった空や雲は、風に吹き飛ばされてしまったので、元に戻っていました。よかったですね)
 グレーテルを見世物扱いして旅芸人の一座に売り飛ばそうとする人もいました。
 スプーンやコップをお菓子に変えさせておきながら、「こんな菓子は食べ飽きた」と意地悪なことを言う人もいました。グレーテルをいじめて気晴らしをしているようでした。

 でも、いちばん悲しかったのは、大好きだったお兄さんのヘンゼルを誤ってお菓子に変えてしまったことでした。
 いじめられて泣いているグレーテルを優しく慰めてくれた兄に抱きついた途端、間違って魔法がかかってしまったのでした。
 ヘンゼルは、もう元気に跳ね回ることも、陽気に笑うこともありませんでした。ただ、甘い香りを漂わせるだけでした。

 それから、グレーテルの姿が村で見られなくなりました。
 お菓子になった兄のヘンゼルを連れて、森の奥へ入っていったのです。もう、村人と一緒に暮らすことには意味がないと思ったのです。
 そして、小さな小屋で、一人で暮らし始めました。森のきのこや木いちごの実を採り、小石をパンケーキに変えて生きていくことにしました。

 また飢饉の年がやってきました。
 もうグレーテルは大人になっていました。世の中との付き合いを絶ってしまった彼女にも、空の色や風の匂いや土の色で、飢饉のことはわかりました。
 また村に出て行って、飢えた人びとのために、いろんなものをお菓子に変えてあげようかとも思いました。
 けれど、いじめられた時のことを思い出すと、こわくて、とてもそんな気になれませんでした。

 ある日、風に乗って、小さな子供の泣き声が聞こえてきました。
 村の人なんか助けてあげない、と頑なになっていたグレーテルですが、それには胸が張り裂けそうになりました。
 声のする方に行ってみると、男の子と女の子がいました。グレーテルは、物陰に隠れて二人の様子を見ることにしました。
 男の子は、昔、お菓子になってしまった兄のヘンゼルにそっくりでした。そういえば、泣いている女の子も、子供の頃の自分に似ているような気がしました。
「大丈夫だよ。僕が道にパンを撒いてきたから、帰り道はわかるよ」
 そう言って、男の子は女の子を励ましていました。
 あの時の自分たちとおんなじでした。二人は、森に捨てられた兄妹なのでした。そして、パンが鳥たちに食べられたとわかって絶望するのも同じなのでしょう。
 おまけに、会話を聞いているうちに、男の子は兄と同じヘンゼル、妹は自分と同じグレーテルという名前だという事もわかりました。
 グレーテルは、小屋に戻ると、それをお菓子に変えました。みすぼらしかった小屋が、きれいな可愛い家になったのです。
 そして、泣き疲れて眠っていた二人の耳元で、
「おいで。おいしいお菓子でできた家があるよ」
 と、ささやきました。
 みんな、二人にあげてしまおうと思ったのです。
 
 グレーテルが、お菓子の家で待っていると、兄妹がやってきました。ヘンゼルが家を指さして言いました。
「ほら、言っただろう?僕が夢で見たとおりだ。お菓子でできた家だ。あれは、きっと天使様のお告げだったんだよ」
 二人は喜びのあまり、何を言っているのかわからないようなはしゃぎ声を上げて、壁やら窓枠やら、ところ構わず囓り始めました・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 夢中になってお菓子の家を食べていたグレーテルが、ふと顔を上げると、やさしそうな女の人が立ってこちらを見ていました。グレーテルは急に心配になって、
「ごめんなさい。この家は、おねえさんのだったの?」
「いいのよ。あなたはグレーテルちゃんっていうんでしょ。お兄ちゃんはヘンゼルくん。外は寒いでしょう。おうちの中にお入りなさい」
 ヘンゼルは屋根の上に登って何か食べているようでしたので、グレーテルが一人、女の人について入りました。
「お菓子食べちゃってごめんなさい。とてもお腹がすいていたの」
「いいのよ。私はなんでもお菓子に変えることができるの」
 そういうと、彼女は木の葉をウエハースに変えて見せました。本当のおいしいウエハースでした。
「寒いから暖炉を焚きましょうね」
 そういうと女の人は、薪置き場に行くために外へ出て行きました。
 グレーテルは、その間にカーテンなどをつまみながら、家の中を歩き回りました。
「よかった。いい人みたいで・・・ところで、お兄ちゃんたら、まだ外にいるのかしら。早く入ってくればいいのに」
 そう言いながら、あるドアを開けると、
「あら、お兄ちゃん、こんなところにいたの」
 小部屋の中にヘンゼルがいました。
 でも、よく見るとグレーテルは息が止まりそうになりました。ヘンゼルは、お菓子でできていたのです。
 女の人の言葉が思い出されました。
「なんでもお菓子に変えることができるの」
 ある村の人が話していたことも思い出しました。
「森の奥には魔女が住んでいて、出会ったものをお菓子に変えてしまうんだ

 お兄ちゃんは、お菓子に変えられてしまった・・・・・・。魔女は自分たちをお菓子の家で引き寄せておいて、お菓子に変えて食べてしまうつもりなんだ・・・・・・。

 女の人が戻ってきて、暖炉に薪をくべました。素晴らしく大きな暖炉で、中では炎が赤々と燃えています。
 グレーテルは、暖炉に向かってる女の人の背後に立ちました。そして、その背中に思い切り、力一杯体当たりを食わせました。
 悲鳴とともに、女の人は暖炉に転げ込みました。
「魔女め、魔女め、お兄ちゃんを返せ!」
 グレーテルは叫びながら、次から次と倒れている女の人めがけて薪を投げつけました。
 女の人は動かなくなりました。
「どうしたんだい」
 という声に振り向いてみると、ヘンゼルが立っていました。
「お兄ちゃん。お菓子になっちゃったんじゃなかったの」
「僕は、ずっと外にいたんだよ」
 グレーテルの顔が真っ青になりました。彼女が見たお菓子の男の子は兄ではなかったのです。
「私、大変なことしちゃった・・・・・・」
 グレーテルは泣きながらヘンゼルに抱きつきました。
 その途端、ヘンゼルはお菓子に変わってしまいました。

 飢饉の年には、森に住む魔女の泣き声が聞こえてきます。
 そして不思議に甘やかかな香りが、森の方から吹いてくるそうです。


今日のおさむらいちゃん

新作159

ショートストーリー『アラジンくんと古い魔法のラムプ・貧乏な王様の巻』

社長1(前回までのあらすじ:大富豪だったアラジン和雄くんは、だまされて財産を巻き上げられてしまい、ただ一つ、手元に残った魔法のランプとともに旅をしているのでした)

「図々しい野郎だ!おととい来やがれ!」
 ある家の中から、そんな怒鳴り声が聞こえたかと思うと、戸口がぱっと開いて、中から小柄な男が突き飛ばされたように転がり出てきました。
 心優しいアラジン和雄くんが駆け寄って助け起こすと、
「うむ。大儀であった。ほめて使わす」
 尊大な調子で礼を言いました。
 顔にはもじゃもじゃと髭が生えており、マントを羽織り、帽子のようなものを被っております。
「どうしたんですか」
「余が食べ物を恵んでもらおうと台所に入っていったら、泥棒と間違われて叩き出されたのじゃ」
「おもらいさんか・・・」
 考えてみれば、旅人の和雄くんもたいして変わらない境遇です。その日は、たまたま幾らかのお金を持っていたので、パンを買うと男に分けてやり、原っぱに座って一緒に食べました。
「僕はアラジン和雄。ずっと旅を続けているんです」
「和雄くんか。余はな・・・・・・」
 和雄くんは、男が自分のことを「余」と呼ぶのが気になりました。
「王様なのじゃよ」
 そのわけがわかりました。でも、なんだか、もっとわけがわからなくなりました。
「王様?」
 そう思って見直してみると、手入れされていない髭の奥にある顔はどことなく気品があるようです。マントも古びているけれど、もとは上質のものだったのに違いありません。
 何よりも彼の被っている、帽子のようなもの、ずいぶん煤けていますが、紛れもなく王冠です。
「・・・・・・王様が、なぜ、おもらいなんかを?」
 王様は恥ずかしそうにうつむいて苦笑いを浮かべましたが、答えは返ってきませんでした。
「そんなに困っているのなら、その王冠を売ってお金に換えればいいじゃないですか」
 すると、王様の顔に、やや怒りの色が浮かんで、
「何を言うか。この王冠は、我が王族に代々続くもの。正統なる王の印である。どうして売る等という恥知らずなことができようか」
 強く言い切りました。が、また優しい顔に戻り、
「今日はパンを恵んでくれた礼として、そちを王宮に招待しよう」

「王宮」は町外れの林の中にある掘っ立て小屋でした。まあ、王様と釣り合いが取れているとも言えましょうか。たった一人で住んでいるようでした。
「そちを、我が王家の客人として遇することにしよう。藁のベッドもある。好きなだけ滞在するがよい。本来なら、そちのために舞踏会や狩猟を催すのじゃが、都合により無期延期する。その代わり、林の中の散歩はし放題。林の奥の泉の水は飲み放題じゃ」
 いずれにせよ、雨露をしのぐことができるだけでもありがたいことでした。和雄くんは喜んで客となることにしました。
「ついては御客人、歓迎晩餐会といきたいところじゃが、我が王宮の台所には食べ物がない。金庫は空じゃ。どうしたものかと思案しておる」
 和雄くんは町へ出ると、食べ物を買ってきました。安い葡萄酒も一瓶買ってきました。
「ランプの油も切れておるのじゃが」
 和雄くんはランプの魔法使いを呼び出すと、一晩中灯りをともしておくように言いつけました。
「これはありがたい。日が暮れてからも明るいなんて、何年ぶりのことじゃろうか」
 王様は、古ぼけた、けれども立派な装丁の分厚い本を持ち出してきました。過去の王様の事跡がいろいろと書いてあるものでした。
この本によると、この地方の人びとを悩ませていた悪いドラゴンを退治した人が、皆に乞われて初代の王様になったのだそうです。
 その他にも、代々の王様の中には奇跡のようなことを起こして、領民を苦難から救い、幸福へ導いた人が何人もいたようです。
 でも、和雄くんには、目の前にいる王様が、どうしてこんなに貧乏なのか、わかりませんでした。それどころか、本当に王様なのだろうか、という疑念も消え去りませんでした。
「御客人。明日は半年に一度の『王様のパレード』の日じゃ。ごゆるりと見物されるがよい」
 王様のパレード・・・・・・?

 翌朝です。まだ早いうちに「王宮」の戸が叩かれました
「王様、お目覚めでいらっしゃいますか。領民代表一同が参上いたしまいた。本日はパレードの日でございます」
 ドアが開くと、きちんとした身なりの人たちが立っていました。良家の子女らしい美しい女性達が入ってくると、王様が顔を洗うのを手伝ったり、髭を手入れしてあげたりしました。
 その間に、職人によって王冠が丁寧に磨かれ、神々しいばかりの輝きを取り戻しました。
 世話をする者達が下がると、そこには、誠に堂々たる立派な王様が立っていました。マントも新調されておりました。
「王様、庭園に朝食の用意ができております」
 庭園というのは小屋の前の原っぱのことですが、そこに大きなテーブルがしつらえられ、山海の珍味が並べられておりました。少し離れたところで、楽士達がならんで優雅な音楽を奏でています。
 王の客人ということで、和雄くんも相伴を許されましたが、昨日までの貧しい食事と打って変わって豪華な御馳走がぴかぴか光っているものですから、目や歯がちかちかしてくるようでした。
 食事が終わり食卓が片付けられると、音楽は華やかなものから、荘重なものに変わりました。
 そして、原っぱに長い長い赤い絨毯が敷かれ、その先には四頭立ての馬車が待っていました。
 人びとは絨毯に沿って整列し、脱帽して頭を下げています。少年少女達がやってきて、王様のマントの裾を捧げ持ち、また、手を取って先導します。
「客人も来られるがよい」
 王様が重々しく言うと、少年少女がそれぞれ和雄くんの右手と左手を取って、王様の後を馬車へと導いてくれるのでした。
 二人が乗り込んでしまうと、
「王様のお発ち!」
 大きな声がかかり、静々と馬車が動き始めました。
 軍楽隊や儀仗兵の列が先導し、また後ろには領民中の貴紳、淑女達が見事に着飾って続きます。
馬車は街へと入っていきました。天井が開くようになっており、二人は馬車の上に上半身を現しました。
沿道はすごい人でした。まるで国中の人が集まってきたようです。
「王様、ばんざーい」
 街は歓呼の声に満たされていました。どの顔も、この日を待ちわびていたという喜びで輝いていました。
「ああ、王様。お顔を拝見することができて、わしゃ、もう死んでもいいわい」
「王様、王様!」
 感動のあまり泣き出す人もおります。歓喜のあまり失神する女性もいて、また、それが騒ぎを引き起こします。
 誰からということもなく、
「ああ王様 われらが守り 王冠の輝きは 神の栄光

 王様を讃える歌が地響きのように湧き起こります。
「ああ王様 われらが誇り 高き玉座に とこしえにいませ」
 王様は慈悲深い微笑みを浮かべて、優雅に手を振って群衆に応えています。和雄くんは、あまりの騒ぎに頭がぼうっとなってしまいました。
 空には、飛行船や気球や凧が舞い、そこから花や紙吹雪が撒かれて人びとの上に降ってきます。
「天国だ、天国だ。地上の天国だ」
 そんな叫び声さえ聞こえました。

 翌朝、だいぶ日が高くなってから目を覚ましました。王様の姿は見えませんでした。
 昨日は、夜遅くまで町中が浮かれ騒いでいました。その余韻もさめやらぬ中で、相変わらず掘っ立て小屋の藁の中に寝ている自分が変な感じでした。
 水を飲んでいると、王様が外から戻ってきました。
「どこへ行ってたんですか」
「うむ。昨日の新しいマントを売り払ってきたんじゃよ。これで、次のパレードまで半年食いつなぐんじゃ」
 見ると、また、あの古ぼけたマントに身を包んでいました。昨日磨いてもらった王冠だけが、いやにきらきら光っておりました。
「御客人、当分は余も金がある。まあ、人並みの食事は出せるじゃろう。よかったら飽きるまで泊まっていくがよい。余も久しぶりに話し相手ができるとうれしい」
和雄くんが、ぼんやりして見ていると、王様はにやっと笑って、
「なに、これが王様稼業というもんじゃよ」

新作158

また、ときどき描くでござる。