社長のショートストーリー『国際山田救助隊 International Yamada Rescue』

自宅から駅までの間にある工場が火災を起こして、あたりは全面通行止めになっていたのだ。
山田は焦った。今日は朝一番で、直接得意先の会社を訪問することになっていたのだが、これでは約束の時間に遅れてしまう。出がけに妻と些細なことで言い争いをして、ただでさえ時間がタイトになっていたのだ。
相手は時間にうるさいことでは評判の人だ。さっそく、電話を入れることにした。だが、ポケットにもカバンにも携帯電話は入っていない。家に忘れてきたのだ。
これで家に戻っていては、さらに遅くなってしまう。取引は破談か。自分が上司にねちねちと叱られる図を想像した。このまま、どこかへ失踪してしまおうか、とさえ考えた。
その時である。上空から、勇壮なドラムマーチの音ともに、爆音が聞こえてきた。見上げると、上空に丸っこい緑色のクジラのような機体が見える。垂直上昇可能な輸送ジェット機「ヨンダーバード2号」である。
2号からワイヤーに吊されたゴンドラが下りてきた。そして、アナウンスの声が、
「山田さん、山田さん。我々は国際山田救助隊、International Yamada Rescue(略称IYR)です。ゴンドラに乗り込んで下さい。座席に腰掛けて、ベルトを締めて。カバンは、横のボックスに入れてロックして下さい。準備はいいですか。出発します」
山田をつり上げたヨンダーバード2号は、そのまま垂直に上昇した。そして、火災事故に混迷する一帯を軽々と越えると、駅前で彼を降ろした。
遠ざかっていくIYRのジェット機を見送りながら、山田は胸の内で呟いた。
「ありがとう、ありがとう、国際山田救助隊。また、危機を救われた。でも、どうせなら、得意先の近くまで運んで行ってくれればよかったのに」
山田は毎日、妻の作った弁当を会社に持っていく。
愛妻弁当と言いたいところだが、中味は毎日、前の日の晩ご飯の残りである。朝食にも、同じ残り物が出てくるので、妻は一日一回料理をすることで、三食分をまかなっていることになる。
さて、弁当を開いてみて、異変に気づいた。
箸が入っていないのである。途端に怒髪天を突いた。
「あのバカ女、ドジ、間抜け、スットコドッコイ、オンタンチン・パレオロガス、俺に手づかみで弁当を食えというのか」
その時、窓外から勇壮なドラムマーチの音が聞こえてきた。同時にデスクの上の電話が鳴った。出てみると、
「山田さん。我々は国際山田救助隊です。すぐ会社の玄関前に出て下さい。始めに出会った女性に、『白犬のシッポの色は?』と聞いて下さい」
山田は、さっそく会社の玄関から走り出た。途端に、サングラスをかけたブロンドの美女にぶつかりそうになった。
「あ、あ、あいむ・そーりー・・・じゃなかった、白犬のシッポの色は?」
美女は、サングラスを外して、艶然と微笑むと、何かを山田に差し出した。箸だった。
「ミスター・ヤマダ、IYRは、すでに宇宙ステーション、ヨンダーバード5号の情報網により、奥様が箸を入れ忘れたことを察知しておりました。ただちに、ヨンダーバード2号に、製材機能と箸削り機能を備えた超高性能伐採ロボット『ジェット・キコリー』を搭載し、木曽山中に派遣しました。樹齢150年の木曽ヒノキを削りに削って作った一膳の箸、これをあなたに差し上げます。では、よい昼食を」
セクシーな声でそれだけいうと、美女は振り向きもせず立ち去った。
「おい、山田。ちょっと、来い」
窓を背にしてデスクにふんぞり返った、でっぷり太った男、山田が属する課の課長である。
山田の背中に寒気が走った。課長の趣味は唯ひとつ、お説教である。言い換えるとパワハラである。毎日、誰かしら、課長のデスクの前に呼び出される。そして、些細なミスをネタに、二時間ばかり、ねちねちだらだらとした説教を聞かされる羽目になるのだ。女性社員など、ほとんどセクハラに近いような下卑た言葉を浴びせられる。それが終わると、せいせいした顔で課長は席を立つ。
なにか、あったのだろうか、と思いながら、山田は渋々、課長のデスクの前へ向かった。
いや、実を言うと、あったかどころの騒ぎではない。昨日も、大事なデータをライバル会社に間違って送信してしまい、IYRのハッキング操作により、なかったことにしてもらったばかりだ。
まあ、こんなことは小さなことと言ってもいいくらいで、本当は会社がとっくに潰れていても不思議ではないようなミスも何回となく起こしているのだが、すべてIYRによって揉み消してもらってきたのだ。
今回はIYRにして隠滅できなかった問題があったのだろうか。
逃れられない犠牲者を前にして、舌なめずりせんばかりの説教が始まった。得意先への態度が悪い、というのである。それが、どうも心当たりがない。
よくよく聞いてみると、想像と推測と仮定とねつ造と思い込みと妄想に基づいた根拠を元に、山田の態度は得意先を不快にさせているに違いない、というだけの内容なのだった。
そのような事実はない、と弁明を試みると、机をバンバン叩きながら、「俺をバカにするのか!」「俺の目が見えないというのか!」「俺を嘘つき呼ばわりする気か!」などと、まるで理にかなわない罵声が飛んでくるだけである。
「おい、俺は毎日、課員に対して、俺の貴重な時間を割いてまで、そいつの今後の会社人生のためになるように話をしてやっているのに、お前のようなバカは初めてだ。おい、これからは、毎日毎日、骨身にしみるように話して聞かせてやるから、そう思え。ここまでやってくださる会社に不満があるのなら、辞表を出すんだな」
その時、窓の外をゆっくりと宣伝カーが通り過ぎるらしい音声が聞こえてきた。
「はあ~、よいっとなあ、ほいほい、あんたもあたしも、ほいほいほっとな」
それに続いた歌は、あまりに卑猥で下劣なものなので、ここには引かない。
ただ、山田には、これが課長の腰巾着の係長の十八番の宴会芸なのがわかった。ひたすら課長の太鼓持ちを務めるのをおのれの職務と信じている彼は、忘年会、新年会、歓送会などという課の酒席に、必ずこれを歌いながら、なんともいえない下品な仕草で腰を揺すりながら踊るのである。それが、また課長に受けるのである。他が白けかえっているのに、ただ一人、涙を流して大笑いしているのである。
窓外に、ヨンダーバード2号が現れた。その船腹から、巨大なスクリーンが下りてきた。スクリーンには、「この通りに踊って下さい。IYR」とあった。
そして、アニメーションで、係長がやる通りの仕草が映し出された。
山田は、必死にそれをまねた。もう、恥もなにもなかった。嫌らしく腰を振り、妙な手つきをし、痴呆的な表情を浮かべ、すっとんきょうな声を張り上げた。
課長のたるんだ頬、だぶついた顎が緩み、哄笑が発せられた・・・。
「山田くん、いいね、君。いいよ、わっはっはっは、いやー、お前は話せるやつだ
地球から遙か離れた宇宙空間に、謎の宇宙人の乗ったUFOがあった。彼らは、地球偵察の任務を遂行していた。
「なにをやっとるのかね、彼ら地球人は」
「わかりません。しかし、この国際山田救助隊、International Yamada Rescueという組織が、この山田、もっと具体的に言えばその家族、すなわち、夫・イチロウ、妻・ユリコ、初等教育機関で学んでいる長男・ダイスケを、全力を挙げてフォローし、救おうとしているのは確かです」
「うむ。だが、なんのために」
「わかりません。彼らは、どちらかというと、いやはっきりと凡庸な、凡庸以下の家族です。あらゆる歴史的資料を調査しても、彼らが何らかの意味で尊重される『貴種』であるという事実はありません。また、彼らがいなくなったら何か問題が起こるのか、我々の持てるあらゆる方法でシミュレーションしても、出てくる答えは『別に・・・』だけでした」
「どういう方向から考えても、地球人がこれだけのコストをかけて山田一家をフォローする理由がないというのかね。そもそも、この国際山田救助隊というのは、なんなんだね」
「ある富豪が、南の島を買い取って、そこに最新装備を備えた秘密基地を作ったのです。動機は不明です。その情報網から実際の救助にあたるジェット機等々に至るまで、現在の地球文明の最高水準の技術によって作られています」
「それが、山田一家を救うためだけに機能している」
「活動履歴から見ると、まさに山田一家の三人を救おうとしている以外に、目的性が見いだされません」
「しかし、三人のためだけだったら、それほど出動の機会もあるまい
「ところが、この一家、揃いも揃って、ドジで間抜けなのです。一日に何回となく、ヘマを繰り返します。しかも、オミクジなる一種の未来予測装置でも毎回飽きもせず凶を引き続けるという運の悪いやつらです。こいつらが、今だにのうのうと生きながらえているのは、IYRの存在を外しては考えられません」
「山田家と、その『富豪』との関係は」
「まったくありません。国籍も違うし、面識さえありません」
「そもそも地球基準にせよ、最高度の技術が使われているとなると、巨額の資金が必要だろう」
「はい。秘密基地の構築こそ、『富豪』によってなされていましたが、その後のランニングコストや新設備の導入は、驚くべきことに、すべて寄付によってまかなわれているのです」
「つまり、山田一家のために、代償を求めない寄付をする人がそれだけいるということか」
「しかも、寄付をするのは、先進国の富裕な人ばかりではありません。貧しい国の貧しい人さえ、乏しい食料を分けて、山田一家のための寄付に費やすのです」
「それでは、まるで全人類を挙げて山田一家を養っているようなものではないか。なんのために・・・・・・謎だ」
「はい、全く謎であります。我々は、もうずいぶん長いこと偵察任務を遂行しております。地球時間で言うと15年以上です。山田家の長男・ダイスケが生まれる以前からです。にも関わらず一向に、その理由がわかりません」
「なにか、ちょっとした手がかりでも・・・」
「わかりません。謎は深まるばかりです」
「山田自身は、どう思っているんだ」
「何も考えてないみたいです」
「全人類が見返りなしに捧げ物をしていると言うことは、もしや山田は地球で言うGOD、カミなのではないか。
「カミが箸を忘れてうろたえたり、課長の前で踊ったりするものなのでしょうか」
「では予言者・・・・・・」
「毎回、オミクジで凶を引き続けています・・・・・・隊長、どうもこの調査は暗礁に乗り上げております。宇宙人が暗礁とか言っていいのかどうかわかりませんが
「うむ。君の言うことも確かだ。しかし、地球の言葉を引用すれば『念には念を入れよ』だ。この先、何が起こるか、わからない。『まさかのために○○火災』という地球のことわざもある。なお地球偵察の任務を続行しようではないか
「了解しました。地球偵察の任務、引き続き遂行することにいたします」
「よろしく頼む」
・・・・・・
この宇宙人も、地球人とどっこいどっこいなのであった。
(名前をお借りしたことを、全国の山田さんにお詫び申し上げます)
スポンサーサイト
最新コメント