みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長のショートストーリー『二代目・天地玄黄斎』

社長1(このお話は以前に書いた『大日女房』の続編という事になるのですが、別に前の話を知らなくともわかると思いますので、安心してお読み下さい)

 その長屋には、近所で評判の怠け者が二人、隣り合って住んでいた。
一人は若い男で彦さんという。本当は彦三郎と言うらしいが、当人が面倒くさがりなので、彦だけで済ませていた。
 決まった仕事はなく、頼まれて使いっ走りをしたり、荷物運びを手伝ったりして駄賃をもらうと、後は長屋でゴロゴロしている。
今一人の名は、いささか大仰で天地玄黄斎という。中年の易者である。よく当たるらしいのだが、これまた働くのが嫌いで、ほどほどに稼ぐと帰ってきてしまう。
二人は怠け者同士、気が合った。ふたりとも仕事に行かないので、しょっちゅう長屋で顔を合わせていたせいもあるだろう。

唐突ではあるが、この天地玄黄斎が死んだ。
質素ながら長屋中が手伝い葬式も終わった数日後、玄黄斎の女房・お三千が彦さんの戸を叩いた。ちょっと色っぽい年増である。
「やあ、お三千さん。玄黄斎先生、残念だったね。まだ落ち着かないだろう」
 いくら怠け者でも、これくらいの人間並みの挨拶はした。
「仕方ないのよ。あの人の易に出ていたんだもん」
「先生、自分の死ぬのがわかったのかい」
「あの朝、易の本をじっと見ているから、どうしたんだろうと思ったら、
『おい女房、俺はどうやら今日死ぬ』
 って言うのよ。そして、朝ご飯終わったばかりだけど、布団を敷いてくれ、っていうから、ああ、この人今日死ぬんだって思ったわ」
「さすが名人だね。それにしちゃ貧乏だったが」
「怠け者だもん」
「で、お三千さん、どうするんだい」
「亭主の面倒も見終わったからね。故郷に帰ることにするわ」
「お三千さん、江戸の人じゃねえのかい」
「まあね、ちょいと遠いけどね。彦さんの知らないところよ」
 そう聞いて彦はがっかりした。お三千が美人なためだけではない。今まで、毎日、握り飯やらオカズの残りやらを恵んでもらっていたのだ。怠け者のくせに生き延びてこられたのは、なかばお三千のおかげだったのである。
「そんなことより、これ」
 と抱えていた風呂敷包みを彦の前に置いた。
「なんだい」
「あけてご覧」
 結び目をほどくと、中から筮竹やら算木やら『易経』という本やらが出てきた。
「これは、玄黄斎先生の・・・・・・」
「そ。占いの道具。死ぬ間際に、『そうそう、あれは彦さんにやってくれ』って言ったのよ。形見分けね」
「先生に取っちゃ大事なもんだろう」
「だって、死んだら使えないじゃない。玄黄斎も子供や親戚がいるわけじゃなし、彦さんを弟か甥みたいに思っていたのかもしれない」
「しかし、こんなもの、俺がもらってもなあ」
「あたし考えたんだけど、彦さん、これからは易者をやって食っていけっていうつもりだったんじゃないかしら。それに、あたしだって、もう彦さんの世話をすること出来なくなっちゃうから、そうなさいよ」
「だって、易なんて全然わからねえ。第一、この本、四角い文字ばかりじゃねえか。おいら、仮名じゃないと読めねえよ

「当たるも八卦当たらぬも八卦って言うじゃない。それらしい格好して、もっともらしいことを言っていればいいのよ」
 亭主の職業をなんだと思っているんだ、というような発言である。
「例えば、こうよ」
 と言って、筮竹をいじくり始めた。ふたつに分けたり、数えたり、一本抜いて小指にはさんでみたり、今度は算木を並べてみたりした。
「ふむふむ、サンスイモウと出ました。これが変コウしますと、ゴインサンになります。失せ物は天井裏にあるとみました」
「うまいもんだね。お三千さんも出来るのかい」
「あたしが出来るくらいなら、占いの道具、彦さんにやりゃしないわ。亭主がやっているのをマネしただけよ。あたしにだって、なんのことか、さっぱりわからない」
 ひどいものである。彦さんも、いい加減に筮竹やら算木やらをいじくって、
「ふむふむ、サンスイモウと出ました。これが変コウしまして、ゴインサンとなります。旅立ちは伸ばした方がいいですな」
「うまいうまい、それでいいのよ」
「しかし、サンスイモウとゴインサンだけじゃ、間が持たねえ」
「いいじゃない、アンポンタンでもトウヘンボクでも重々しく言っていれば、そんな感じになるわ・・・・・・ん?待って。そのなりじゃ、変ねえ。三尺締めている易者ってのはいないわ」
 お三千は、自分の部屋に戻ると、しばらくして衣類を抱えて持ってきた。
「着てご覧なさい」
 易者がもっともらしくなる、十徳だの頭巾だのである。
「うん、まあまあね。これなら直さないでもいいわ」
 そう言って、なお、しげしげと見ていたが、
「だめよ、その髷じゃ」
 再び隣家に戻ると、今度は剃刀を持ってきた。
「お、おい、ちょっと」
「そこに腰掛けて」
 抵抗する暇も与えず、頭をしめらせると、器用につるりつるりと剃り上げてしまった。そして、青光りする坊主頭に頭巾を載せて、
「だいぶよくなったけど、まだ貫禄がないわねえ」
「いいよ、貫禄なんて」
「この商売、貫禄が命よ・・・そうだ、貫禄作ったげる」
 そう言って、今剃ったばかりの彦さんの髪の毛を掃き集めた。そうして、湯を沸かすと、その髪の毛のひと束をよく洗って、糊と端切れとで付け髭を拵えた。これすなわち、貫禄の完成である。
「出来た出来た。じゃ、これで大家さんに挨拶に行ってきましょう」
「おい、俺は今、どういうことになっているんだ」
 てなわけで、お三千は「貫禄」のついた彦さんを大家の家に引っ張ってきた。
 もちろん大家は、その彦を物珍しいような薄気味悪いような目で見ている。
「お三千さん、彦、これはどういうこったい」
「はい、実は亡くなった亭主の遺言通り、彦さんに二代目・天地玄黄斎を継いでいただくことになりまして」
「二代目?」
 と大家は言ったが、彦もあやうく声を揃えるところであった。
「実は、初代・天地玄黄斎、隣り合って彦さんを見ているうちに、これは素質ありと見抜きまして、密かにその道を教え込んでおりました。亭主が、商売からさっさと帰ってくるのは怠け者ゆえと、皆様には思われておりましたが、さにあらず、実は彦さんに易の秘伝を伝えていたのでございます。また、彦さんが仕事にも出ず、のらくらのらくらしているように見えたのも、内で必死で修行するゆえ、また、秘伝を他に漏らさぬよう、修行していることを世間に知らせぬためでございます。わたくし、端でその様子を見ておりまして、その荒行のすさまじさに、何度目を覆ったことか、どれだけ涙を流したことか、また寒中、夜中に神社にお百度を踏んで、彦さんの大願成就なることを祈ったことか。
 これからは、怠け者の彦さんではなく、易の秘伝を伝える二代目・天地玄黄斎として、よろしくお願い申し上げます」
 立て板に水、まさに流れるような口から出任せである。こうして、大家も二代目本人も口をあんぐりと開けている間に、天地玄黄斎襲名の事実(?)を世間に知らしめてしまった。
 数日後、お三千は長屋から姿を消した。

 かくの如くして、二代目・天地玄黄斎、実は彦さんが世に出ることとなった。世に出るったって、歌舞伎役者じゃないんだから、人通りのありそうな辻なぞに店を出すだけである。
 それでも、初代が名人として少しは知られたものだから、二代目はどうだろうとやって来る物好きもいた。
 そして、占いはことごとくはずれた。それはそうだろう、
「ええ、アンポンタンという卦が出ました。これがステレンキョーとなりまして、ナンジャモンジャだから、テケレッツのパアとなります。失せ物は床下にありますな」
 なんてのが当たるわけはない。たちまち客は離れた。
「まあ、忙しくないってのは有り難いけどよ。ちょっと、飯が食えなくなると困るなあ」
 怠け者ならではの矛盾を抱えて、それでも、他にやることがないから毎日店を出していたが、そのうち、今度は「二代目・天地玄黄斎の易は当たる」という奇怪な噂が立ち始めた。
 ある人は、失せ物は床下にあり、と言われて天井裏を探してみたら、見つかったそうである。
 ある人は、尋ね人は江戸の北の方、浅草とか王子の辺、とご託宣をいただいて、芝や品川など南の方を探してみたら、見事巡り会ったそうである。
 二代目・玄黄斎に占ってもらった人たちが出した結論は、
「あいつの易の逆を行けば、必ず当たる」
 というものだった。
 再び客が来るようになった。というより、押し寄せるようになった。
「こいつはたまらねえ。玄黄斎先生の苦労がわかる」
 彦さんの二代目は、初代同様、なるべく人の来そうもないところを選んで店を出すこととなった。

「だからと言って、墓場で易者をやることもあるまい」
 ある日のこと、耳元でそういう声がした。彦さんが振り向いてみると、初代・玄黄斎がにやにや笑いながら立っている。
 塔婆や石塔が並ぶ墓地の入り口であった。
「ひっ、先生、化けて出やがった。こんなところで店なぞ広げて、悪かった。謝る。成仏してくれ

「怖がることはないよ。別にたたりも何もありはしない」
「先生、死んだんじゃなかったのかい」
「死んだよ」
「じゃあ、なんで大人しくあの世にいかねえんだい」
「うん、わしも極楽だの地獄だのに行くのだろうなと思っていたんだが、なんてことはない、相変わらず江戸の街をふらふらしている。お前さん達、生きているものには見えないだけだ」
「え、ずっといたのかい」
「どうも死んでも遠くに行くわけじゃないみたいだ。そうだなあ、例えて言うと、江戸の街の絵を描いて、そこにお前さん達を描くとする。その上に、吾輩なんぞの亡者を描いた薄い紙を重ねてご覧。同じ場所にいるのに、違う紙の上にいるから、互いに会わないことになる

「よくわからねえけど、そうすると、この辺に亡者がうろうろしているってわけかい。今まで江戸で死んだ人は、みんな、ここにいるのかい」
「うん、理屈じゃそうなる筈なんだが、あまり見かけないなあ。なんか、がらんとした感じだよ。亡くなった両親に会えるかと思ったが、どうも会えない。わしに易を教えて下さった先生を見かけたんで、駆け寄って生前のご恩の御礼を言おうと思ったら、『そうか、来たか』と言っただけで、すたすたと歩いて行ってしまった。どうも、亡者というのは、よほど恨みを飲んで死んだのでなければ、ごく淡泊なものらしい

「じゃあ、あんまり面白くねえね」
「だから、毎日、お前さんの横に立って占いを見ていたよ」
「えっ、先生、そりゃ人が悪い。いや亡者が悪い」
「いや、初めは、よくあれだけ出鱈目が口から出てくると感心したよ。彦さんの襲名を大家に紹介した女房の口上に勝るとも劣らないな」
「お三千さん、郷里に帰っちまったよ」
 彦さんの口調はちょっと寂しそうだった。
「はは、あいつの里は、これが広大無辺でね」
「なんだい、そりゃ」
「お三千の三千は『三千大世界』の三千」
「へ?」
「まあ、いいってことさ。占いの話だが、お前さんの出鱈目さに感心したんで、途中から助太刀をした」
「助太刀?」
「お前の耳元で、ちょいとささやいたのさ」
「何にも聞こえなかったぜ」
「亡者のささやきなんざ、聞こえるとは思わないさ。でも、そっと耳に入っていたんだよ。近ごろ、お前の易が当たると評判になったのは、そのせいさ。自分で思いついたつもりでも、わしの言う通りに言っていたのだ。だが、当たることをそのまま言ったんじゃ、つまらんと思って、わざと正反対のことを耳に吹き込んだんだよ」
「おや、先生、死んでも易を立てるかい」
「なに、そんなことしないでも、死ぬとよく見えるもんだよ。たぶん、生きることへの執着とか欲得とか、すっぽり抜け落ちてしまうからだろう」
「そいつはありがてえ。先生、これからも頼むぜ」
「うん、だが、まあ、止めにしておこう」
「なんで」
「あんまり亡者とこの世の者が付き合いすぎるというのもよくない」
「じゃあ、おいらの占いは終わりかい」
「大丈夫だよ。そのまま、口から出任せを言っておいで。そうだな。それも、ちょっとわかりにくくした方がいいな。床下だの、北だの、はっきりした答えじゃなく、曖昧にぼんやりと言うんだ」
「どうしてだい」
「今だって、人びとはお前さんの言うことの逆、逆と考えるようになっているだろう。言ってみれば、お前さんの占いをもとにして、ああでもない、こうでもない、と一生懸命考えるのさ。そこへ、なんだかわからないことを言い出してご覧。連中、なおさら考え出すよ。そうしてみれば、案外、いい考えが浮かんでくるものだよ。考えて考えて、わけがわからなくなるほど考えて、くたびれた時分に、ふっと思いがけない方角から浮かんでくるのさ」
「いいのかねえ、そんなんで」
「占いなんて、本当はそんなもんなんだ。人に答えるんじゃなくて、謎をかけるんだよ。占ってもらって終わり、じゃなくて、占ってもらったところから始まるんだ」
「わかったような、わからねえような話だが、やってみるよ」
「じゃ、わしはこれで行くよ。彦さん、達者でな」
「おい、もう行くのかい。そこらで一杯やっていかないか」
「さっきも言っただろう。亡者とこの世のものが、付き合いすぎるのはよくないって」
「なんか、先生も死んじゃうし、お三千さんも行っちゃうし、寂しいなあ」
「わしは、江戸をうろうろしている。お三千は、三千大世界に充ち満ちている。寂しがることなんざ、ないよ」
 そう言って、初代・玄黄斎は寺の門の方へ歩き始めた。しんと静まりかえったはずの境内なのに、いろんな音が充満しているような気がした。何かを呟いているようにも思えた。なんのことだか、耳を澄ませようとしたが、結局わからなかった。ただ、鴉が騒いでいるだけなのかもしれなかった。
 いつの間にか、初代の後ろ姿は消えていた。
 途中の居酒屋で一杯やって帰ることにした。

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社長のショートストーリー『ラーメン松竹梅』

社長1「昔風の東京ラーメンが食べたいな・・・・・・」
 街を歩きながら、ふとそんなことを思った。
 あっさりした醤油味のスープ、縮れの強い細めの麺、上に乗っているのは、チャーシュー、メンマ、ほうれん草の茹でたの、ナルト、海苔、店によっては、半分か四半分に切った煮卵・・・・・・どうも食い物のことを考えると止まらなくなる。 無意識のうちに商店街の両側の店を物色している。
 ふと、私が思い描いていた通りのラーメンの写真が入った店の看板が目に入った。
『ラーメン松竹梅』
 何かまるで自然な流れのように、私はその店に吸い込まれていった。
 鍵型のカウンターだけのこぢんまりした店だ。まだ若いらしい愛想のよさそうな店主がにこにこしながら、
「いらっしゃい」
 と明るい声で迎えてくれた。昼時はとうに過ぎていたので、客は私だけだ。
「ラーメン一つ」
 食べたいのはそれだけだ。考えることも迷うこともない。
「並盛りですか、大盛りですか」
「並盛りでいいよ」
 別に空腹に煽られて入ったわけではないのだ。いわば間食のようなものだ。
「ラーメン並盛りですね」
「うん」
「松竹梅、どれにしますか」
「なに?」
「松、竹、梅とあるんですが」
 ラーメンにもグレードがあるらしい。天丼やうな重みたいだ。
「松ってどんなの」
「チャーシューが三枚載ってます。竹は一枚。梅は載ってません」
 空腹なわけではないが、しかしチャーシューのないラーメンというのも寂しい。
「じゃ、竹でいいよ」
「はい、ラーメン並盛り竹ですね」
「うん」
「上中下とありますが」
「なに?そりゃ、なんだい」
「上はメンマが5本、中は3本、下は載ってません」
 メンマは好きだから、
「じゃあ、上で行こう

「ラーメン並盛り竹上ですね」
「うん」
「金銀銅とありますが、どれにしましょう」
「なんなの、それ」
「海苔の枚数です。金が3枚、銀が1枚、銅は載ってません」
「じゃ、銀にしとこうか」
「はい。ラーメン並盛り竹上銀ですね」
「うん、早くしてね」
「はい。で、1等2等3等とあるんですが」
「あのなあ」
「はい?」
「いい加減にしろよ。なんでもいいから、早く作れ!」
 思わず声が高くなると、店主は傍にあった電話の受話器を取り上げて、
「もしもし、○○警察署ですか。こちらラーメン松竹梅です。客が暴れているんです」
「おい、こんなことで警察呼ぶかよ。つまらない冗談はやめろ」
 すると外からサイレンの音が聞こえてきて、数人の警察官が踏み込んできた。
「○○署です。こちらですか、客が暴れているというのは」
 本当に呼ぶとは思わなかった。私は慌てて笑顔を作ると、
「ええと、なんだっけ、1等2等3等って言ってたよね。それ、説明してもらえるかしら」
 これ以上ない明るい声で店主に話しかけた。
「暴れている客はどこに」
「もう大丈夫です」
「そうですか。当署では、只今『新年、やったねポリスマン』キャンペーン中なので、何かあったらすぐ呼んで下さい。あ、クーポン券置いていきます」
 そう言うと、店から立ち去った。
「ああ、驚いた。なんだ、ありゃ。えらく早かったな」
「友達なんです」
 ラーメンを注文したくらいで事情聴取を受けてはかなわない。
「ええと、なんだっけな。1等2等3等だったよな」
「はい。煮卵です。1等は半切り、2等は四半分、3等はなし、です」
「じゃあ、1等で頼む」
「はい、ラーメン並盛り竹上銀1等ですね」
 なんだか、梅、下、銅、3等と選んでいくと、えらく寂しいラーメンになるような気がする。
「なんか、まだあるのか」
「わかりますか」
「なんだよ、言ってみろ」
 国家権力を後ろ盾にしたラーメン屋にはかなわない。
「エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの、どれにしますか」
「それは、どういうんだい」
「世界三大ギタリストで、ナルトの載せ方です。エリック・クラプトンは、ナルトの渦巻きが右巻になっています。ジェフ・ベックは左巻に置いてあります。ジミー・ペイジは、見えないように麺の中に埋めてあります」
ともかく、三択を貫き通すのがこの店の方針らしい。なんのためかよくわからないが。
「どれでもいいよ」
「そんな・・・・・・おっしゃっていただかなくては、ラーメンが作れません」
 悲嘆のような声を上げると、受話器をつかもうとした。
「わかった、わかった。じゃ、右巻にしとこうか」
「はい。ラーメン並盛り竹上銀1等エリック・クラプトンですね。では、次に魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備玄徳とありますが、どれにいたしましょう」
 なんだか、もうわけがわからない。
「なんなんだよ、そりゃ」
「三国志です。ほうれん草ですが、魏の曹操は葉っぱの部分、呉の孫権は茎、蜀の劉備玄徳は根っこの赤いところなんですが」
 「魏の曹操にしてくれ」
「根っこの赤いところ、栄養あるんですよ」
「葉っぱがいい。もし、警察を呼ばれないで済むんだったら」
「わかりました。当店はお客様第一ですから。それでは、ラーメン並盛り竹上銀1等エリック・クラプトン魏の曹操ですね」
「うん」
 私は、ラーメンに載っている具を思い浮かべた。チャーシュー、メンマ、海苔、煮卵、海苔、ナルト、ほうれん草・・・・・・もう、そろそろ網羅したはずだ。
「では」
「まだ、あるのか」
「主権在民、基本的人権の尊重、三権分立のどれにしましょう」
「なんだって

「憲法の三大原則です。ネギの量を表します。主権在民は大盛り、基本的人権の尊重は普通、三権分立はなし、ネギ嫌いな方もいらっしゃいますので」
「じゃあ基本的人権の尊重でいいよ」
「はい、ご注文ありがとうございました。では、いよいよ当店自慢のラーメンを作ります。ラーメン並盛り竹中銀1等エリック・クラプトン魏の曹操基本的人権の尊重

「ああ、早く頼む」
「やーい、やーい」
「どうしたんだ」
「やーい、やーい」
「なんなんだよ」
「今、ご注文を復唱した時、ラーメン並盛り竹上銀1等エリック・クラプトン魏の曹操基本的人権の尊重というべきなのに、わざとラーメン並盛り竹中銀1等エリック・クラプトン魏の曹操基本的人権の尊重といったんですよ。間違えに気がつきませんでした?」
「わかんねえよ」
「上と中が違いました!」
「覚えてられっかよ」
「そんな、ご自分のラーメンですよ。私がどんな不正を働くかわからないんですよ。ちゃんと覚えていただかないと」
 店主の目が電話の方をちらちら見ている。
「えーと、じゃあ、ラーメン並盛り」
「はい」
「なんだっけ、エリック・クラプトン」
「その前に竹です」
「ラーメン並み盛り竹」
「中」
「中」
「銀」
「銀」
「2等」
「2等」
「ブーッ。正解は1等でした」
「あのなあ、頼むからからかわないでくれ」
「大丈夫です。ここからは、わかりやすいです」
「ええと、基本的人権の尊重だっけ」
「残念、エリック・クラプトンが先です。順番も大事ですからね。ここ試験に出ますから、よく覚えておいて下さいよ。では、初めからやり直しましょうか・・・・・・

 この間の私の苦悩を察して欲しい。ラーメン一杯を注文するのに全神経を注ぎ込み、危うく精神の均衡を失いかけたのである。
 白髪が増え、目が落ちくぼみ、頬のげっそりこけた私の前に、
「へいっ、ラーメン並盛り竹上銀1等エリック・クラプトン魏の曹操基本的人権の尊重、お待ちい~」
 何の変哲もない、どこにでもある普通のラーメンが出てきた。


社長のショートストーリー『怪人三面相』

社長1「あけましておめでとうございます。皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。本年もよろしくお願いいたします。
 さて、貴家において正月三が日の間、応接間に飾るのが先祖からの慣例になっている至宝『黄金の鏡餅』をいただきに参上する。
せいぜい警察の連中や名探偵・白智小五郎に応援を頼むがいい。所詮は無駄なことだがな。
                     怪人三面相」
 元旦、上のようなハガキが、日本一の大富豪である岩先家の当主・岩先与太郎の書斎の机の上に載っていた。年賀状だと思って見たら脅迫状だったのである。
 早速、警察の大塚署長と連絡が取られ、岩先邸は正月早々、警備の人数でものものしい雰囲気に包まれた。
 大塚署長は、今年は『黄金の鏡餅』を飾ることを見合わせることと進言したが、先祖代々続いたこの伝統を自分の代で途切れさせるわけにはいかない、との与太郎の言葉の前には引き下がらざるを得なかった。
 もちろん、名探偵・白智小五郎も呼ばれた。彼は、これまで怪人三面相との間に、推理力の死闘とも言うべき、数々の対決を経てきたのである。
「白智さん、どうか家伝来の宝を守って下さい」
「お任せ下さい。私は怪人三面相対策の専門家です。やつとの対決にすべてを賭けているのです


 岩先邸玄関ホール横の大きな応接間のマントルピースの上に、例年の如く『黄金の鏡餅』が飾られていた。応接間の壁際には、警察官がびっしりと部屋を取り囲み警備に当たっている。
 マントルピースの近くには、黒い髭を蓄え、制服を着た大塚署長と白皙の額、眉根に深い皺の刻まれた名探偵・白智小五郎がテーブルをはさんで向かい合ってソファに座っていた。
「白智さん、怪人三面相はこの厳重な警備をどのようにして破って侵入してこようというのでしょうか」
「大塚署長、やつは変装の名人です。おそらく、やつの変装を見破れるものはいないでしょう。ただ一人、この白智小五郎を除いてはね」
「すると、すでに警察の者に化けて忍び込んでいるとでも」
「それはありません。警官はやつのレパートリーにはないのです。なにせ、三面相ですから」
「三つしかないのですか」
「はい。しかし、その三つに関しては天才的です。それを怪人三面相と見破れるのは、この白智小五郎しかいません。しつこいようですが・・・・・・むむ!?」
「どうしました、白智さん」
「怪人三面相は、すでにこの部屋に来ている」
「ほ、本当ですか。どこに?」
「異変に気づきませんか

 大塚署長は部屋を見回したが、怪訝な顔で、
「そういえば、マントルピースの前にサルの着ぐるみを着た男がいますが、怪人三面相なんてどこにもいませんよ」
 大塚署長の視線の先には、サルの着ぐるみを着た男が『黄金の鏡餅』に手を伸ばしかけていた。
「『サルの着ぐるみを着た男』は怪人三面相の第一のレパートリーです!

「え、ま、まさか!」
「そいつを捕まえてください!

 室内は騒然となった。サルの着ぐるみを着た男に飛びかかる警官達。素早く逃げ回るサル。白智小五郎は拳銃を構えて、『黄金の鏡餅』の前に立ちはだかり守った。
「三面相は捕まえたか」
「だめです。すばしこいやつで、逃げられました」
「うーん、恐ろしいやつ。おかげで今回はなんとか事なきを得ましたが、白智さんがいなかったら、我々じゃ見破れないでしょう。なにせ、今年は申年。サルの着ぐるみなんて、そこら中でざらに見かけますからね」
「そこがやつの狙い目ですよ」
「せめて、入ってくる時『怪人三面相でーす』と言うとか、胸に名札を付けてくるとかすればわかりやすいのに」
「やつは冷酷な犯罪者です。親切心のかけらもない」
「毎年、干支にあわせて変装するのでしょうか」
「それはないようです。情報によれば、やつは干支にそれほど詳しくありません。干支を全部言えるかと聞かれて、犬、サル、キジと答えたそうです」
「それじゃ、サルに化けるのは12年に一回?」
「そう。前回は2004年でした。前年2003年にはアメリカとイラクの間に戦争が起こり、12月にはフセイン元大統領が確保されるという騒然とした世相の中、あの着ぐるみを着て、とあるショッピングモールで福袋を盗むことに成功したのです。私に連絡しなかったのが敗因でしょう

「うーむ。戦争と福袋とどういう関係があるのかわからんが、巧妙な手口ですな」
 その時、白智小五郎の目が鋭く光った。
「来ている・・・・・・」
「来ているって、三面相がですか?」
「変だと思いませんか」
 大塚署長は室内をぐるりと見回した。
「『黄金の鏡餅』は、まだマントルピースの上にあるし・・・そういえば、あそこに大黒さんがいますが、変わったことといえばそれくらいですか・・・

 署長の言う通り、入り口から頭巾を被り、打ち出の小槌を持ち、大きな袋を背負っている、七福神でおなじみの大黒天が入ってくるのが見えた。
「あれが怪人三面相です!」
「ぬぬっ!またしても裏をかかれるところだった!捕まえろ!」
 室内は騒然となった。大黒天に飛びかかる警官達。素早く逃げ回る大黒天。白智小五郎は拳銃を構えて、『黄金の鏡餅』の前に立ちはだかり守った。
「三面相は捕まえたか」
「だめです。すばしこいやつで、逃げられました」
「うーん、恐ろしいやつ。おかげで今回はなんとか事なきを得ましたが、白智さんがいなかったら、我々じゃ見破れないでしょう。なにせ、お正月に七福神の大黒さんなんて、ザラに見かけますからね」
「そこがやつの狙い目です。正月で目が馴れてしまったところを狙ったのです」
「すると、この変装は正月しか使えないのですか」
「そう、だが去年、ある神社では、私を呼ばなかったばかりに、大黒天に化けた三面相に賽銭を盗まれてしまいました。正月以外あまり出てこないので油断してしまうところを突いた巧妙な手口です」
「しかし、干支にしろ七福神にしろ、このショートストーリーのシリーズで年末に使ったネタじゃないですか」
「私の推理では、作者はネタに困っています。温かい目で見守ってあげましょう」
「年末の話では、あと七味唐辛子が出てきましたな」
「まあ、あれは正月つながりではないですからな」
「すると、三面相の変装は正月つながりなのですか」
「当ててご覧なさい」
「正月にちなんだものですな。ええと、雑煮、おせち料理、お年玉、門松、羽子板、初詣・・・・・・」
「署長の推理は、残念ながら外れています」
「それじゃあ・・・・・・えーと、えーと、獅子舞!」
 と顔を上げた署長の視線の先で、獅子舞の獅子が固まっていた。
「おぼえてろー」
 叫ぶと獅子はぐるっと向きを変え、玄関から走り去った。
「まさか、あれが本物の獅子舞じゃなくて怪人三面相だとは思いませんでした」
 と警備の警官は述解した。
「今年はなんとか未然に犯罪を食い止めることが出来た。しかし、来年も正月はやって来る」
「そう、怪人三面相は来年も何か企んでくるでしょう。だが、この白智小五郎がいる限り、やつに好きなようにはさせませんよ」
 常にクールな表情を崩さない白智小五郎。岩先邸応接間の大きなフランス窓から広い庭を見渡しながら、クールに呟くのだった。
「ああ、来年の正月までなにしてようかな」

今日のおさむらいちゃん

おさむらい199
プロフィール

文豪堂

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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