みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

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今日のおさむらいちゃん

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今日のおさむらいちゃんだよーん。

社長のショートストーリー『とある蘭学者の行く末』

社長1 蘭学者の看板を上げたばかりの太郎は、どうも分けのわからない憂鬱な気持ちに襲われていた。

 大阪の緒方洪庵の蘭学塾で塾頭だった福沢諭吉という男が、江戸に出てくる途中、開港間もない横浜に立ち寄ったときのことが、蘭学者仲間で話題になっている。
 西洋人の居住する地域に立ち並ぶ商店や会社の看板に、ひとつも読めるものがなかったというのだ。もちろん、福沢の蘭語の能力が低かったわけではない。
 横浜の開港地でひとつも蘭語を見いだせなかったのである。幅をきかせていたのは英語だった。これは、日本と条約を結んだ英米仏露蘭の5カ国の内の世界での幅のきかせ方を自ずから反映しているものだった。
 もう蘭語の時代ではない、と福沢は英語を勉強する手立てを講じ始めたというのである

 太郎は、朝江戸を発して、横浜に向かっていた。
近ごろ小さな蘭学塾を開いたばかりである。これまで、愚直に蘭語を学んできた。なんだか、蘭語によって人にしてもらったという恩義のようなものさえ感じている。
 蘭語の時代は終わったという福沢の言葉は、本当だろうか。それを自分の目で確かめないわけにはいかない。

 侍の家の長男として生まれ、本来なら家を継がなければならない立場であったが、子どもの頃の太郎は愚鈍であった。なにしろ一四歳になるまで文字というものの存在に気づかなかったのである。
あまりに愚かなので、親は太郎に家を継がせるわけにはいかない、と判断して、お上には病弱ゆえ次男を跡取りとすると届け出て許された。長男でありながら冷や飯食い、日陰の身になってしまったのである
 勢い遊び相手も年下の子供達ばかりになり、それも自分より小さな子に鼻面引き回されるという具合だった。
 その日も、年下の友達・たっちゃんと一緒に街を歩いていた。ふと、たっちゃんは立ち止まり「うなぎ」と言った。
 太郎は、道の上にウナギがのたくっているのだろうか、と思ったが、そんなものはいない。たっちゃんは、とある店先の看板を指して再び、「うなぎ」と言った。怪訝な顔をしている太郎を見て、
「字だよ。ウナギって書いてあるんだよ」
「字?」
 たっちゃんは、看板上のうねうねとした模様を指さして、何度も「うなぎ」と発音した。確かに、その妙な模様はウナギに似て無くもないが、などと思っていたが、どうも、その模様が「う・な・ぎ」という音に結びついているらしいと悟ったとき、太郎の頭に稲妻が走った。
 この世は、実に「字」に充ち満ちているようなのである。それを教えてくれた恩人はたっちゃんであり、場所は鰻屋の店頭であった。
 太郎は、一四歳にして寺子屋に上がり、数ヶ月にして漢学塾に転じた。学んでも学んでも学び足りないくらい文字があるということに驚愕していた。世界が一変してしまった。

 文字を読み慣れている人にとっては、耳で聞く音と目で見る形が当たり前のように結びついているらしい。目は目であり、耳は耳である。なぜ、別々のものが一緒になるのか、その不思議さが太郎を言葉の世界に引きずり込んでいる。引きずり込むと同時に壁となって立ちはだかっている。
 さらに偶然、蘭語という言葉の存在を知る。ここで、さらに頭の中の扉が開いた。言葉という世界の不思議が、また太郎の背中をくすぐる。その言葉を学びたくてたまらなくなった。
 しかし、親は多くの日本人と同様、外国嫌いだった。蘭学など汚らわしき洋夷の学問と心得ていた。気分は攘夷だったのである。
 ある日、太郎は親から受け取った漢学塾に納めるはずの謝礼金を持って、とある蘭学塾に駆け込んだ。
 幸い先生は親切な人で、太郎を受けいれたばかりでなく、住み込みを許した。親との間も取り持ってくれた。大名のお抱え学者という他に収入源のある人だったので、むしろ塾の方は蘭学を世に広めるためという使命感の上でやっている。当時しばしば見られたタイプである。
 蘭語の本を筆写すると、それがいくらかになった。そんなアルバイトをしながら勉強を続け、ついには自らの小さな塾を持つことが出来た。
 蘭語が自分を人にしてくれた恩義を感じている、というのには、そんな思いがある。
 福沢のように、時代遅れだからと言って蘭語から英語に乗り換えるという器用さは太郎にはなかった。

「だが・・・・・・」
 ここのところ自分の感じている憂鬱は、英語と蘭語の問題だけだろうか。それだけだったら、両方勉強すればいいということにもなる。いや、言葉の不思議さに突き動かされてここまで来た自分であれば、むしろ英語のみならず仏語、露語などまで手を伸ばすのもやぶさかでないつもりだ。
 横浜に住み込んで、今日はあっちの先生、明日はこっちの先生とかけずり回る生活だって構わないという気持ちもある。それはそれで、ひとつの道なのだろう。
 だが、それだけではない。自分の心の、もっと奥深いところに何か引っかかるものがあるように思えてならないのだ。

 朝、江戸を出て、品川、大森と過ぎ、六郷川を渡って、川崎を越えた。今日は神奈川宿で一泊するか、できれば横浜に入ってしまいたい。
空は晴れ渡り、左手にはずっと静かな遠浅の海が続いている。
 街道をそれ、海岸に出て一服した。もうすぐ、西洋の船が見えてくるはずだ。
 横浜に出て、自分は何をするのだろう。もちろん、ただの遊山ではない。何か、蘭語に礼を言いたい。出来れば、蘭人に会って話をしたい。
 漠然としていると言えば漠然としている。かといって江戸にじっとしていられる気分でもなかった。重い気持ちを引きずってでも行かねばならぬ、と思っていた。

 子供達の声が聞こえてきた。なにやら興奮している感じである。
 見るとその辺の漁村の子供達が、何かを取り囲んで騒いでいる。平べったい岩のように見える。かなり大きなものである。
 ウミガメだった。
 あんな大きな亀が江戸湾にいたのか。もっとも、イルカだってクジラだって迷い込んでくることがあるのだから、いても不思議はないが。
 子供達は、棒きれで亀を叩いたり蹴飛ばしたりしている。太郎は立ち上がった。
 大きい図体の癖に、年下の子供達にいじめられていた昔の自分が、その亀に重なったのである。

 亀は涙を流していた。そして口を聞いた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
 亀も言葉を話すのか。もしかすると、カメ語というものが存在する可能性がある。西洋各国の言葉の先にさらに学ばなければならない言葉あるかもしれない、ということに太郎はめまいを覚えた。
 亀は続けて言った。
「蘭学者の浦島先生ですね」
「確かに私は蘭学をやっている浦島太郎だが、私を知っているのか」
「はい。実は先生がお通りになるのをお待ちしておりました」
「なぜ」
「先生を乙姫様のおられる竜宮城へご案内したいのです

「私は、これから横浜へ行くのだ」
「乙姫様の言いつけなのです。竜宮城へ行ってみたくはありませんか」
「竜宮城など行きたくはない。横浜へ行く。学問のためだ」
「私の背中に乗れば、海の外へ出て行けるのですよ」
 とカメはやや狡猾そうに言った。
「海の外・・・・・・しいて言えば、オランダへ行きたい。もっとも海外渡航は許されないだろう。ペルリがやって来たとき、吉田松陰という男が密航を企てて、牢に入れられたという話だ」
「私は世界の海を巡っているのです。竜宮城に来ていただければ、ついでにオランダでも英国でも連れて行って差し上げます」

「この方が浦島様」
 乙姫は太郎を見るや、しがみつかんばかりに寄ってきた。そして、自ら手を取ると宮殿の奥へと誘い、しとねのような席に座らせた。侍女に命じて酒を持って来させ、手ずから酌をした。花のように香り立つ酒だった。蘭語でいうところのWijn、葡萄から醸した酒かとも思ったが、違うものかも知れなかった。
 そして、乙姫はその酒のような美女だった。その微笑みに、人は酔ってしまうかも知れなかった。
 にもかかわらず、浦島の憂鬱は去らなかった。むしろ、くっきりと心の中に形を表してくるかのようだった。
「お待ち申し上げておりました」
「なぜ私を。誰かとお間違えなのではないですか」
「いえ、浦島太郎様、あなたです」
「私は、武士の家に生まれながら廃嫡されたような愚かな男です。そんな者を待っていたとは・・・」
「あなた様は、ご自分の価値がまだおわかりになっていないのです」
 乙姫の目が、今一段、熱を帯びた。
「わたくしと、めおとになって下さいませ」
「わからない。私は貧乏学者ですよ。お姫様と釣り合うわけがない」
「いえ、本来、わたくしこそ、あなた様と釣り合うようなものではないのです。いえ、この宮殿にいるものすべてを合わせても、あなたの足下にも及びません」
 太郎は、乙姫の目の輝きの中に狂気めいたものを感じた。その狂気は確かに美しいのかもしれなかった。だが、やはりそれは太郎を憂鬱にさせた。
「私は横浜に行かなければならない。いや、亀は私をオランダに連れて行くと約束したのだ」
「オランダに何がありましょうか」
「わかりません。だが、私はオランダに恩義がある」
「あなた様は、ご自身の価値がわかっておられないのです」
「価値などと言うほどのものはない。ただ、教え教えられ、学んでいくだけだ」
「ですから、あなた様は、そのようなものを遙かに超えた方だと申し上げております」
 侍女やサカナたちは、息を殺して二人を見つめていた。男女の睦言になるはずが、妙に緊迫した議論になってしまっている。
 そういえば、ここは妙な空間だ・・・と、乙姫とのあいだの会話が途切れたところで、浦島は辺りを見回した。
 海の中の筈なのに、息も苦しくないし、着物も濡れない。あたりは、薄青い帳で包まれたようで、そこここに赤や黄や緑や橙の灯が点っている。行灯のようでもない、鬼火のようでもない、西洋にあるというガス灯のようでもない。ただ、ぼんやりと冷たく、しかし十分な光度を供給している。
(なにか、まだ私の知らない理学があるのだろうか)
 乙姫は、いささか青ざめた顔で伏し目になっていた。泣いているのかもしれない。侍女が二人近づいてきて、乙姫の手を取り立たせた。そして、何処か奥へと行ってしまった。その後ろ姿を見て、太郎は何か悪いことをしたような気になった。
 取り残された太郎に別の侍女が近づいてきて、酌をした。
「浦島様。折角おいでになったのです。竜宮をお楽しみ遊ばせ」
 侍女が袖を振って合図すると、あたりにいたサカナたちが一斉に空間に散った。不思議な音楽が流れ、珊瑚や海草までもが踊った。なるほど、それは見ようと思っても見ることのできない豪奢な光景だった。
 しかし、それが美しければ美しいほど、華やかであればあるほど、太郎の旨には影が広がっていくのをどうしようもなかった。

「私は、やはりここにいるべきものではないような気がする。オランダとは言うまい、せめて元の海岸に戻して欲しい」
 太郎は侍女の頭に言った。
「申し訳ございませんでした」
 と言ったのは、いつの間にか傍らに戻っていた乙姫だった。
「確かに、あなた様は竜宮さえも超えたお方なのですわ。龍神の娘である私ならば、あなたを虜にできると考えたのが浅はかでした」
 そして、螺鈿をちりばめた箱を渡し、
「これは玉手箱です。きっと、あなた様のお役に立つはずです」
 乙姫は、鮮やかに身体を巡らすと、太郎から離れていった。
「浦島太郎様、もう今生でお会いすることはないでしょう」
 乙姫とは、この竜宮を照らす無数の灯のひとつであったか、と浦島太郎には思えた。

 もう、夕暮れだった。あたりの海面は、赤々とした光線を受けて輝き波立っていた。ただ、どちらに日が沈むのか見当が付かない。自分がどちらへ向かっているのか、わからない。
 陸地は見えなかった。日本に向かっているのなら、いずれ富士山が見えてきそうなものだと思った。
「元へなど、戻れやしない」
 亀がぼそっと呟いた。それきり口を聞かなくなった。ただ、真っ黒な大きな塊になってしまったようだ。
 向こうの海面から、何か黒いものが現れた。巨大なサカナか。どんどん、海中からその姿を現して、天へと向かっていくのだった。
 鳥か。巨大な鳥が海中から現れて、天へ向かっていくのか。
 鳥はどんどん、その大きさを増した。天を覆ってしまいそうだった。事実、燦めいていた海面は、その光を失っていった。
 そして、全天が覆い尽くされたとき、真の暗闇が太郎を隠した。亀はいなくなっていた。もはや、足の下に海はないようだった。といって、地面に立っているのとも違った。
 暗い虚空に、太郎がただ一人いるようだった。
「どうしたのだ。これが、私の帰るべき故郷、日本なのか」
 
 いや、ただひとつ、乙姫から渡された箱があった。その箱に埋め込まれた螺鈿は、自らほのかな光を放って、箱が手の内にあることを主張していた。
 太郎は、箱を開けた。なかから、光る煙が出て、太郎にまとわりついた。
 その煙の中で、自分の手を見ると、それは若者のそれではなく、骨の上に皺だらけの皮膚を貼り付けたようなものだった。太郎は、思わず自分の顔に手をやった。やはり、肌の張りは失われ、老人の頬が、そこにあった。のみならず、頬は深い髭に覆われているようだった。
「年を取ってしまった」
煙が消えると、ただひたすら暗かった。螺鈿の箱も消えてしまった。
「暗い」 
自分しかいなかった。あたりは空虚に満たされているとも言えたし、自分が空虚を満たしているかのようでもあった。
なるほど、自分の心を満たしていた憂愁は、この闇から立ち上ってきたものなのかと思えた。

 太郎は、しばらく黙ったまま立ち尽くしていた。そうして、どれくらいの時間が経ったことだろう。それは、一秒かもしれないし、一兆年かもしれなかった。
 もう、この暗さに耐えられそうもなかった。太郎のかさついた唇が動いた。
「光あれ」
 すると光があった。
始めに言葉ありき。
 

社長のショートストーリー『京の桃太郎』

社長1  江戸から遠いといえば遠い、近いといえば近い、関東のべったりと広がった平野のどこかに、お爺さんとお婆さんが住んでいた。
 お爺さんは山へ柴刈りに、山といっても日本アルプスのような山ではなく、雑木林が小高くなっているという程度のものだ。
 お婆さんは、川へ洗濯に行った。爺さんと自分の分だけでなく、近所の分も引き受けて駄賃をもらうのである。爺さんも婆さんも畑仕事の合間に細々した仕事を引き受けて、せっせと稼ぐのである。
 すると上流から、一抱えもある大きな桃が、どんぶらこどんぶらこと流れてきた。(文献によっては、どんぶらこっこすっこっこ、と流れてきたとするものもある)
 それが、お婆さんの前まで来て止まった。洗濯がしやすいように、お爺さんが石を積んで水を堰いてくれたのに引っかかったのである。普通の婆さんなら腰を抜かして、桃と一緒に流されてしまったかもしれないが、この気丈な婆さんは、さらにひとつふたつ桃の下に石をかって動かないようにしておいてから、お爺さんを呼びに行った。
 桃を割ってみると、中から男の赤ん坊が出てきた。子どものいない二人は大喜びで、赤ん坊を育て始めた。

 さて、こんな田舎でも、海の外の噂が出るご時世になった。
 もちろん、こんな平野の真ん中でどちらを見回しても海なんぞは見えはしない。一日か二日歩けば、江戸湾が見えるところまで行けるのだが、海なんて見たことがないという者は大勢いる。お婆さんもその一人だ。
お爺さんの方は若い頃、江戸の商家に飯炊きとして奉公していたことがあるので、見たことはある。
「なに、どうってことはねえ」
 お爺さんはお婆さんから海のことを尋ねられると、いつもこんな風に答える。
 そんな村で、なぜ人びとが海のことを気にするようになったか。
 横浜である。
 横浜が開港して以来、西洋人が日本の絹をひどく気に入って、喜んで買っていくというのである。絹の貿易でお大尽になった者もいるらしい。
「桑、植えるベさ」
 村人は色めき立った。もっとも、お爺さんに言わせると
「なに、どうってことはねえ」
 なのだった。
 こんな風に、人びとが、それまで気にしなくて良かったことを気にし始めた頃の話である。

 さて、桃から生まれた男の子は、桃太郎と名付けられた。
 桃から生まれた桃太郎。いい名前である。いかにも丈夫に育ちそうだ。
 そして、丈夫に育った桃太郎が、毎日、棒きれを振り回して野山を駆けまわっているうちに、近所の子供達は、皆、その威に服し家来になった。
 そのあたりは彼の天下となった。戦国時代の大人だったら、さらに隣国に攻め入り、やがて京に上って、と考えるところだが、さすがに子供はそこまで考えなかった。
 こうなると、桃太郎の戦さごっこの相手がいなくなってしまった。まわり中、手下だらけである。どんな悪ガキでも、彼の顔を見ると卑屈に揉み手をせんばかりの態度になる。
 桃太郎が小規模ながら天下人になった結果は、退屈となって現れた。彼は、だんだん子供達と顔を合わせるのも、うんざりするような気持ちになってきた。

 だが、なにがあるかわからないもので、やがて一目置かざるを得ない好敵手達が現れた。
 一人は、犬であった。このあたりの豪農が飼うコロという犬である。人一倍、いや犬一倍度胸が据わっていて、一度噛みついたら殺されても離さないというような肝の太さがある。それでいて、弱いもの小さいものに対しては、この上なくやさしい。
 二人目は、猿だった。群れから離れた猿らしい。いつも村の周辺の林を孤独に徘徊している。時に樹上でただ一匹つくねんと月を眺めて座っている姿、あたかも高僧のようである。だが、戦いとなると変幻自在、あたりのものを枝でも柿の実でも武器として使いこなす。
 三人目は雉であった。まず、その優美な姿が目を引く。その色彩たるや、錦絵に描かれた若武者の如し。美なるのみならず、ひとたび敵に立ち向かうや、翼を振るって飛び立ち、その鋭き嘴、爪をよく防ぐもの、また、なし。
 一人と二匹と一羽は、自然に互いに認め合うところとなり、いずれは天下に押し出して働きたいものだと話し合うようになった。

 コロの飼い主の豪農、古田徳兵衛は、一方では平田国学の徒でもあり、また屋敷内に道場を建てて近在のものとともに稽古に励む兵法者でもあった。江戸も後半になると、侍がだらしなくなる代わりに、農、商の階級に却って熱心なものが出てくるのである。
 徳兵衛の流儀は自然無心流といった。
 一人と二匹と一羽は、いや、めんどくさいから四人と呼ぶことにするが、四人は揃って、徳兵衛の道場に入った。桃太郎はともかく、犬、猿、雉がどうやって束脩(謝礼金)を払ったのか文献に記録がないが、可愛い飼い犬と、その友達という事であれば、徳兵衛は金など受け取らなかっただろう。
 また、桃太郎と猿はともかく、犬と雉がどうやって竹刀を握ったのかが不明だが、どうにかしたのだろう、数年して、四人とも自然無心流の目録を頂戴することになったのである。

 さて、古田徳兵衛は国学者であるから、当然、京の朝廷への思い入れが深い。倒幕などという大それたことは考えないが、幕府はもっと朝廷を尊ぶべきだと考えている。
 そこへ来て、もう何年も開国以来の騒ぎが続いているのである。
 嘉永六年にペルリがやって来て、神州の地に踏み込んできたのみならず、次にはハリスなるものが下田、そして江戸に居座り通商の条約まで結んだ。
 しかも、夷狄がやってきてから、コロリが流行る、地震が起こる、物価が跳ね上がると、ろくなことがない。
 徳兵衛の道場でも、若い者が議論となると、攘夷という勇ましい言葉が飛び交い、今にも飛んで行きそうにする。徳兵衛さえ、押さえるのに苦労した。
 だが、そんな時には、コロの重々しい、
「わん・・・」
 というひと言が、青二才共の跳ね上がりを押さえた。あくまで冷静沈着、軽々には動かない人格者、いや犬格者のコロであった。
 
その四人が、揃って姿を消した。
 お婆さんは、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。
 桃太郎ときたら、地道に田畑で働けと言っても、苦そうに微笑むだけだった。 
 ある時、村に紛れ込んだ泥棒を取り押さえるという手柄を立ててから、まるで村内取り締まりを仰せつかったが如く、肩で風を切って歩いている。そして村人に、「しっかり働けよ」などと声をかけて通り過ぎていく。言われた方にしてみれば、どの面下げて、と言い返したくなるが、その勇気を持つものはいない。
 お前はこれから、どうするつもりか、と問うと、俺はいずれ鬼退治に行く、鬼退治に行って、鬼の宝を持ち帰るから楽しみにしていろ、という答えが返ってくる。
 あるいは、鬼の島を治める大名になるかもしれん、そうなったら呼び寄せてやろう、と言う。
 道場での噂も聞こえてくる。寄ると触ると「攘夷」だそうな。いつからか志士の間で流行っているらしい「君、僕」という呼称を使っているとか。こんな田舎で君、僕もないものだ、と密かに笑っている村人もいる。

 横浜で異人が斬られたという。英国公使館になっていた東禅寺という寺が浪士の襲撃を受けたという。
 村という天地しか知らなかったお婆さんの胸を無気味に掻き立てる風聞がいやでも耳に入ってくる。
 その世の中の激流に桃太郎が身を投じてしまうのではないか、という気がしていたが、それが本当になってしまった、とお婆さんは悄然とした。
「わしらには、もともと子がなかったんじゃ。あんな桃は流れてこなかったと思え。元に戻ったと思えば、なんでもない」
 お爺さんは、そんなことを言った。だが、それはお婆さんに言うというよりも、自分に向けての言葉のように聞こえた。
 桃太郎と過ごした年月が消えるわけではないのだ。明らかに、お爺さんは鬱々としていた。お婆さんを心配させるほどに。そして、ちょっとした風邪をこじらせてから、寝付くようになり、やがてほどなく死んでしまった。

 一人で暮らさねばならなくなったお婆さんの元に、桃太郎から手紙が届いた。字の読めないお婆さんは、古田徳兵衛の家に行って読んでもらうことにした。

 なんと、桃太郎ら四人は京にいるという。
 なんでも公方様(将軍)が二百年ぶりに京へ入るというので、それを警護するために、清河八郎という人が、浪士を募ることを策定したそうな。桃太郎ら四名は、その組織に身を投じたのである。
 ところが、京に着くや否や、再び江戸に戻って攘夷の行動を起こそうとする清河の一党と、京に残ることを主張する芹沢鴨、近藤勇の一派が分裂し、桃太郎達は京に残ることを選んだ。
 清河は、浪士達を率いて横浜を襲撃することを画策しており、幕府の力を利用して浪士を集めたのも、そのためらしい。その後、彼は幕府に危険視され、謀りごとにはまって斬られたそうな。
 桃太郎達は、新撰組という名の下に、京を騒がす不逞の輩を取り締まる役に就くことになった。
 だが、それもつかの間、今度は隊長を務めていた芹沢が、その横暴を憎まれ、これを暗殺した近藤勇、土方歳三という人たちの元で組織は強力に統制されることになった。
 よくわからぬが、文章から血の臭いが立ち上るようである。読み終えた徳兵衛も、膝に手を置き考え込んでいた。新撰組に入った愛犬コロのことを案じているのであろうか。それとも、何か政治向きのことを考えているのだろうか。

 それからも、桃太郎はたびたび手紙を送ってきた。しかし、詳しかった最初の手紙に比べて、「拙者息災にて、御心配御無用に御願い奉り候」とだけ書いてくるのであった。
 学問などなかった桃太郎が、難しい文を書けるようになったものだ、と感心すると同時に、あまりに短いので、何か書けないようなことが彼の身の回りにたくさん起きているのではないか、と「御心配」せずにはいられなくなる。
 そして、手紙には必ず金子が添えられていた。お婆さんが触れたこともない小判である。新撰組というのは、よほど景気がいいのだろうか。この金は、どうやって得られたのだろうか。それさえも、お婆さんの不安を増すばかりであった。
 
 徳兵衛が、池田屋騒動と言うことの風の噂を耳に入れてきた。彼も国学者の端くれなれば、いろいろな情報が入ってくるものと思われる。
 幕府に良からぬことを企てる一味が、池田屋という宿屋で会合を開いたその現場に新撰組が踏み込むという大捕物があったそうな。
 隊長の近藤が獅子奮迅の活躍をしたそうだが、その下にあって、桃太郎、犬、猿、雉は抜群の働きをしたという。動物たちが攻め込んでくるとは思わなかった浪士達をひどく狼狽させたらしい。
 国学者でありつつ、村を治める役も担っている徳兵衛は、この幕府と反幕府の対立に非常に困惑していたようである。
 お婆さんは、ひたすら桃太郎のみを案じていた。だが、しばらくすると、相変わらずの「御心配御無用」の手紙と共に、多額の金が届けられるのだった。
 近ごろでは、お婆さんも、「御心配御無用」という字だけは読めるようになってしまった。

 手紙ではさっぱり様子がわからないのに引き替え、徳兵衛が聞きつけてくる風の噂の方が具体性を帯びてきた。
 京の御所の蛤御門というところで、長州と薩摩、会津の間で戦争があったとか、逃げる長州を幕軍が追い討ちに行ったとか、そのうちに、こんどは長州の方が盛り返してきた、とか色んなことを聞き込んでくるのである。
 日本にとっては大事件なのかもしれないが、それが桃太郎や犬、猿、雉と関係があるのかどうかさえ、お婆さんにはわからない。
 次に、徳兵衛は憂鬱そうな顔で新撰組の噂を聞いてきた。
 組の中の規律が峻烈を極めている。なんでもかんでも、切腹だの斬首だのに
なるそうな。

 そして、噂はついに桃太郎周辺に及んでくる。
 猿が、切腹になった。上層部の立てた作戦を、知恵者の彼が鼻で笑ったというのである。
 雉は、隊に嫌気がさして、空を飛んで脱走してしまった。追っ手がかかったが、山野に隠れて、そのまま行方が知れなくなった。
 犬が、雉の脱走の手引きをしたのではないか、という疑いがかかった。実を言えば、そうなのである。犬のコロは、この時期、組の行く末、日本の将来について、なんらかの見通しを持っていたものと見える。
「腹を切った。武士らしい立派な最期だったそうな」
 そういう徳兵衛の目には涙が浮かんでいた。
 桃太郎については、なお何の噂もない。「御心配御無用」と金だけは送られてくる。このごろ、お婆さんはいちいち徳兵衛に見せなくなっていた。手紙を一瞥すればわかるのである。

 やがて、あれよあれよ、という間に大政奉還となる。公方様が天子様に政権をお返ししたというのである。徳兵衛にとっては、嬉しいことのようであったが、お婆さんにはやはり何のことか、わからない。
 そのうち、奉還後の天子様の元での主導権を巡って、薩長と徳川が鳥羽伏見で戦争をすることになった。

 お婆さんは、相変わらず畑をやったり、洗濯をしたりしていた。
「はて、桃太郎から送ってくる金があろうに、あの年で、そんなに稼がなくてはならんかな」
 と、徳兵衛などは首をかしげていた。
 実は、鳥羽伏見のあたりから、桃太郎の手紙はぱったりと途絶えていたのである。
 お婆さんも寄る年波なのか、洗濯物を抱えて道端で息をついて休んでいる姿が見られるようになった。しかし、だんだん、その姿さえも見かけなくなってきた。
 なんとなく徳兵衛が気にしていると、あるギラギラ太陽が照りつける日、村の道を女乞食が歩いているのが見えた。よく見るとお婆さんだった。
 声をかけると、振り向きざま、ばったりと道の上に倒れた。徳兵衛はびっくりして、自分の家に引き取ることにした。
 お婆さんは、あまりものを言わなくなっていた。そして程なく、なにか蝋燭の炎が細くなり消えるようにして亡くなってしまった。
 お婆さんが後生大事に抱えている風呂敷包みがあった。徳兵衛が持ってみると、ずしりと重かった。
解いてみると、桃太郎が京からよこした手紙が全部出てきた。それとともに、送ってきた金がまったく手つかずのまま出てきた。お婆さんは、ひとつも使わずに取っておいたのだ。
 これでは、窮迫するはずである。だが、なぜ使わなかったのだろう。徳兵衛は考えた。少しわかったような気がした。だが、またわからなくなった。そんなことを繰り返した。
 桃太郎は村の厄介者だった頃、いずれ鬼達から宝物を持ち帰ると豪語していた。なるほど、お婆さんが取っておいたおかげで、それが本当になったのかもしれなかった。

 近藤勇は明治元年、流山で捕縛、板橋で処刑さる。土方歳三は、榎本武揚らとともに箱館五稜郭に立てこもり明治二年に戦死。
 桃太郎の行方を示すものは、ついになかった。

プロフィール

文豪堂

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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