社長のショートストーリー『佇む人』

社員と言っても、資材の安沢さんと事務の諸井さんの二人だけだったし、二人とも、もう七十歳を越して、そろそろ引退したいと言っていた。
得意先への挨拶も簡単だった。機械部品の卸売りなので、売り先は中小零細の町工場と言うことになるが、皆、同業者を紹介してひきついでもらうことにした。在庫品も同業者に引き取ってもらった。
中には、
「お宅がやめるんだったら、ウチもそろそろお仕舞いにするかな」
と言い出す社長もいた。
「あんた、まだ隠居するには早いんじゃないの。普通なら働き盛りの年だろうに」
とも言われた。しかし、
「気を落とすなよ」
と慰める人はいなかった。
アメリカの有名な国立公園の渓谷で、観光用の小型機が墜落して大破した。乗員乗客は全員死亡。その中に女房と息子がいた。
女房は会社の専務だった。私は代表取締役社長ということになっていたが、会社の株は全部、女房に握られていたので、いつ首を飛ばされるかわからない社長だった。
この会社は女房の父親が作った。女房は一人娘だった。
そして、私が五代目の社長である。勘定が合わないと思われるかもしれないが、初代創業者社長と私の間に、三人挟まっているという事である。いずれも養子として、女房の夫になった人だ。
最初の夫は苦み走ったいい男で、俳優崩れだったらしい。役者としてはうだつが上がらなかったようだが、結婚当初、いい夫、いい婿を演ずるには長けていたようだ。
じきに初代が会長に退くことになり、二代目に収まったあたりは一世一代の当たり役だった。堂々たる社長就任の挨拶が、目に浮かぶ。
ただ、一年たつかたたないかのうちに、遊び人の本性を現して、女房の宝石箱をポケットにねじ込んで、どこぞの商売女と姿をくらましてしまった。
二人目の夫、つまり三代目社長は、社員の中から選ばれた。女房の好みよりも、社長としての器量が優先されたのだろう。やる気満々の男だった。
世間の景気がよくなる時期にも重なったのだろう、会社は大きく発展し、都内に三階建てながら自社ビルを持つまでに至った。
だが、好事魔多し、経営方針を巡って会長と対立、専務である女房も父親の肩を持ったために、ついに決裂。会社を背負っているのは自分だという自負のある男だからたまらない、会社を辞めて独立してしまう。この時、出来る社員と得意先をごっそり引き抜いていってしまった。もちろん、女房とは離婚。
あまり元気のよすぎるのも考えものと思ったか、次の婿、四代目社長は、遠戚の者らしいのだが、陰気極まる男だった。浅黒いツヤのない皮膚をしていて、低い声でもそもそと何か言った。だが、滅多に何を言っているかは聞き取れなかった。社員達は社長命令が出ているのだかいないのだか不明な状態で、とりあえずは会長と専務の指示に従って働いた。
本業がすでに傾いていた中で、実質的支配者だった専務たる女房は、ここで経営の多角化に乗り出した。
フラダンス・スクールとブライダル・サロン、という、それまでにあまり縁のない業種で、ほぼ彼女の思いつきで始めたに等しいが、派手好きで見栄っ張りの彼女は、それらにいくらでも金をつぎ込んだ。
陰気な四代目社長は、ますます影が薄くなり、だんだん会社に姿を現さなくなり、皆がその顔を忘れかけた頃、ようやく久しぶりに存在感を思い出させることをやってのけた。
死んだのだ。
そして、私が五代目に収まった。
学校を出てこの会社に入り、ただひたすらこつこつと働いてきた、ほとんど唯一の生え抜きの社員だったというくらいしか取り柄はない。もう、人生の後半に足を踏み入れている。一度結婚して、死別した。子供はない。
だが、社長及び婿養子に納まると同時に、二十歳の息子が出来た。女房の二番目の亭主との間に出来た子だ。やがて学校を卒業すると同時に、会社の常務に就任した。形の上では私の部下の筈だが、もちろん当人にそんな気はない。自分の方が偉いと思っている。まあ、実質的には、そうに違いないだろう。
社長になって、最初の仕事は陰気な四代目社長の社葬を執り行うことだった。焼香をする時、遺影を見上げて、改めてこの人はこんな顔をしていたのか、と思った。それまで、どうにも思い出せなかったのだ。
次に控えていた仕事は、創業者会長、すなわち女房の父親の葬儀を行うことだった。赤ら顔で元気で意地汚そうな、絶対に死なないと思われていた老人だったが、好物のタコをのどに詰まらせて死んだ。突然だった。いや、こんな死に方に前兆があるわけがない。
三番目の仕事は、ぎゃあぎゃあ喚く女房を強引に説き伏せて、フラダンス・スクールとブライダル・サロンを廃業させたこと。
四番目の仕事は自社ビルを売却して、貸しビルの一室に移ることだった。
五番目の仕事は、「社宅」という扱いになっていた、プールと日本庭園とイングリッシュガーデンと三つの浴室と五つのトイレのある自宅を売却して、もっと小ぶりな家に移ることだった。
右肩上がりの時代は終わり、世間の景気も悪くなっていた。ひたすら退却戦を戦うことを余儀なくされた。
女房は毎日、「あんたが私の『夢』を潰した」と金切り声を上げた。私の顔など見たくないというので、しょっちゅう息子の常務と「出張旅行」に出掛けた。
そして、「出張先」のアメリカで遭難した。
私の最後の仕事が、女房と息子の葬式を出すことと会社を整理することだった。
やることもなくなった私は、あてもなくあちこちをぶらついて日々を過ごした。気がつくと、公園で、また橋の上で、駅のホームでぼんやりと空を見上げていることが多くなった。
「竜野さん」
後ろから声をかけられた。ふと気がつくと寺の門前に立っていた。
振り向いて、しばらく声の主の顔をまじまじと見てしまった。派手なジャージ姿、スキンヘッドにキャップという若い男である。こんな知り合いがいただろうか、と考えていると、
「この寺の住職です」
と笑った。何処かで見たような顔だと思っていたが、社長になってから何度も出した葬式で会ったのだった。袈裟を着た姿しか見たことがなかったので気がつかなかった。
よく葬式を出したがる男だと思われていたかもしれない。
「大変でしたね。落ち着かれましたか」
住職は私を気遣うように言った。
「いや・・・まあ・・・」
曖昧な返事だが、曖昧にしかなりようがない。
「会社も閉じられたとうかがいました。残念でしたね」
「そうでもありません。すっきりしました」
「そうですか。お寂しくなったのではありませんか」
「なんだか慌ただしかったけれど、こうなってみると余計なものがなくなって、落ち着くところに落ち着いた感じです」
「それは、なんだか我々仏門の者が教わらなければならないようなご心境ですね。なにか困ったことはありませんか」
「そう・・・」
家のことを思い出した。小さな家に移ったと言っても、一人になってしまうと、それでもまだ広すぎる。
結局、この住職の世話でアパートに移ることになった。この寺が経営するアパートだ。数年前になくなった先代、つまり現住職の父が建てたのらしい。
先代は、迷える衆生を救うよりも、アパートや駐車場の経営に熱心で、どこぞに妾も囲っていたという生臭、いや大変な発展家だったそうで、「地獄の沙汰も金次第」とばかりに大往生を遂げた後は、めでたく地獄に落ち着いたか、一切空に帰ったか。
アパートは寺に隣接している。気がつくと、私は門前に佇んでいるようになった。どうやら、そこが気に入ってしまったらしい。門のうちの木々をすり抜けてくる風も、目の上に広がる空も、他の場所より爽やかな感じがする。
なんとなく、今の若い住職の徳であるような気がした。彼も年を取ると、先代から引いた血が騒ぎ出して、生臭になってしまうのかもしれないが、私がここにこうしている間は、爽やかな風を吹かせて欲しい。
道行く人は、私を変なおじさんだと思っていることだろう。来る日も来る日も門の前に突っ立っているのだ。だいぶ日にも焼けた。足も丈夫になった。
どういうつもりか、通学途中の小学生が元気に挨拶してくるようになった。交通安全関係の誰かと勘違いしているのだろう。はじめはびっくりしたが、だんだんごく普通に挨拶を交わすようになった。
ついで、女学生が挨拶していくようになった。
いつも私を不審人物であるかのように気味悪げに見て通り過ぎていた(また、そう見られても仕方がないかもしれないが)おばさんが、にこやかに挨拶してきた時も驚いた。人間というのは変化するものであることに、改めて感じ入った。
ひとつには、この寺の若い住職と立ち話をしているところが、たびたび目撃されたからに違いない。お坊さんと親しげに話しているのであれば、有害な人物ではあるまい。たとえそうであったとしても、お坊さんによって善導されるかもしれない。
住職は背の高い、涼やかな、なかなかのイケメンなのである。
雨の降っている時、傘を差して佇んでいる自分に気づいた時は、我ながら呆れた。濡れれば風邪を引くかもしれないだろうに、何をわざわざこうしてまで、と自分で自分を冷やかした。もはや、一種の病気かな。
「一緒に立っていていいですか」
最初は、幽霊に声をかけられたような気がした。よく晴れた日だったのに、木霊の声を聞いたような気がした。
若い女だ、と思ったが、私はどうも他人の年齢がよく見分けられない。まだ幼さの残る年頃にも見えたし、中年と呼ばれるくらいの年だったのかもしれない。髪が枯れ草のように乾いて見えた。暗い目に青い涙がにじんでいるようだった。痩せていて、よれよれにトレーナーにいジーンズという格好で、若い割りには身なりに構わないらしかった。
私は、かくんかくんと頷いた。いや、私にそれを許可する資格があったとも思えない。それどころか、私の方が寺に対して、ここに立っていていいかと尋ねる義務があったのかもしれない。
女は横に並んで立った。それきり、口を聞かなかった。顔はうつむけて、自分の靴の先の地面を見ているようだった。
これがどういう事態なのか、私にはよくわからなかった。ただ、はたから見れば奇妙な光景だろうと思った。
私はこの奇妙さを我慢しなければならないのだろうか。それとも、女を放っておいて帰ってしまうべきなんだろうか。割れた煎餅のような気持ちで、私は立っていた。
一時間たったのか、二時間たったのか、相当疲れを感じてきた頃、不意に女がぺこりと頭を下げて
「私、これで帰ります」
「う、うん」
「バイトがありますので」
「そ、そう」
「明日も来ていいですか」
「ま、まあね」
曖昧な気持ちで答えると、彼女は再びぺこりとお辞儀をして、小走りに立ち去った。長い時間突っ立っていた後なのに、思いがけず軽やかに走るのが不思議な気がした。
翌日も女は来た。来ると、まずぺこりとお辞儀をした。そして、佇んだ。しばらくすると、また、ぺこりとお辞儀をして走り去った。
毎日、同じことが起こった。ぺこりとお辞儀をされては、私は曖昧に会釈を返した。それ以外に会話をするでもなかった。
彼女はいつもうつむいていた。何か思い詰めてでもいるようで、なんだか私が苦しくなった。
「ほら、空がきれいだよ」
そう話しかけると、あり得ベからざることが起こったようにびっくりして私を見た。そして、二、三度うなづくと、また地面に目を落とした。例の青い涙が目尻にたまっているように見えた。
「すみません、明日は来られません」
帰る時に突然、そんなことを言う日があった。別に来ようが来るまいが彼女の自由の筈だったが、なんだか自分が彼女のバイトの上司であるような気がした。かといって、「困るんだよね、休まれちゃ」というのは、明らかにおかしい。
だんだん、こうして立っているのが自分の仕事であるような気がしていた。一度、風邪をひいて出て来られなかった時など、彼女に済まない気がした。
こうして、季節が巡った。余程の悪天候でない限り、木枯らしの日も「仕事」は続けられた。まさに無償の行為である。
年末と年始だけは、寺の邪魔になっても悪いので、休もうと申し合わせた。がらんと何も音のしないような正月をアパートの部屋で一人で迎えて、そう言えば、あの申し合わせも彼女との数少ない会話だったなと思い出した。
冬が過ぎ、空気が和らぎ始めたのを感じたときは、本当に嬉しかった。この嬉しさを彼女も感じているだろうかと思った。できれば、感じていてもらいたかった。
梅やこぶしや緋寒桜や水仙が花を開いた。
風の中に春を感じ始め、やがて桜の季節が走り抜け、若葉の緑がいやに目にしみるようになり、寺の門を燕がすいとくぐり抜けるころ、彼女は来なくなった。
初めは「バイトが忙しいのかな」などと思ってみたが、そういう日が重なって行くにつれて、明らかに動揺している自分を見いだした。
なにか、悪いことが起こったのではないか。だが、ここに佇んでいることが、そんなに「いいこと」かと考えると、逆に、彼女にとっていいことが起きたのかもしれない。だが、それにしても、ひと言くらい挨拶があって然るべきだろう。
いや、そういうことではない。
私は寂しかったのだ。
「ただ単に元に戻っただけではないか」
と思おうとした。思ったところで慰めにもならないことはわかっていたくせに。
目に見える風物がどんどん活気を帯びてくる季節に、私は一人取り残された。裏切られたような気がした。
梅雨の季節には、私は意地になって傘を差して立ち続けた。こうしているうちに彼女が現れるかもしれないという気もあった。私を「見捨てた
彼女に対して意固地になっているようでもあった。
風雨が強くて傘が飛ばされそうになった日、住職に「今日は帰りなさい」と慰められたこともあった。考えてみれば、いいオヤジが若い人に気遣われ、迷惑をかけているのだった。
暑い季節が来た。
「どうせ、何もせず立っているのならアイスキャンデー売りでもやろうかな」
ぼんやりした頭でそんなことを考えていた時、
「どうです。中へ入ってお休みになりませんか」
短パンにキャップ、ビーチサンダルにサングラスという住職から声をかけられた。
日盛りから、薄暗い屋内に入って、闇が紫色に見えた。
泉水の見渡せる座敷に通されて、麦茶と水ようかんを振る舞われた。私は立て続けに麦茶を三杯飲み干した。
「彼女がいないと寂しいですか」
そうだろうな、こっちの気持ちは見抜かれているんだろうな、と思った。強がっても無駄なような気がした。でも、うなずきはしなかった。
「五月頃でしたっけね、来なくなったのは」
よく観察してやがる、と、ちょっと拗ねたような気になった。
「あの子、暖かくなっても長袖の服を着ていたでしょう」
それがどうした、と思いながら、池の向こうにぎらぎらと咲いている百日紅を眺めていた。
「腕に自傷のあとがありました」
・・・・・・
「どうしているんだろうなあ」
「わかりません」
「なんで、一緒に立っていたんだろう」
「わかりません。何かを求めていたのだろうとは思いますが」
「人間って、ちょっとしたボタンの掛け違えで、急に生きづらくなっちゃったりするからなあ」
「その逆もある、と思いたいですけどね」
「生きているんだろうか」
「わかりません」
「死んじまったんだろうか」
「わかりません」
その年の九月はやけに台風が多かった。ひとつ過ぎると、お代わりが待っているという感じだった。
そろそろ打ち止めかな、というのが過ぎると、そいつが南から引きずってきた熱い空気が空を覆った。
そういや、アイスキャンデー売りをやろうとか考えたこともあったな、と思い出しながら、相変わらず門前に佇んでいると、ふと目の前に影が差したような気がした。
影はぺこりとお辞儀をした。
「ああ・・・」
言葉も見つからずに、間抜けな声を出した。
再びぺこりとお辞儀をした。影ではなく、はっきりとした人間の顔をしていた。微笑んでいるようにも、はにかんでいるようにも見えた。
そうして、くるりとくびすを返すと、すっすっと向こうへ歩いて行った。あんなに手足が長かったっけ、と思った。
もう、青い涙はにじんでいないようだった。
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