みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長のショートストーリー『創世神話』

社長1 「じゃあ、小旅行でもして気分を変えてみたらどうだい。K市に俺の懇意にしている旅館があるんだ。紹介してやるよ。老舗の旅館だがね。なに心配しなくてもいい。俺の大親友だと言えば、大特価で大サービスしてくれるさ」 

 日常のこまごまとした不愉快事にかかずらっているうちに、本当に落ち込みそうになってしまった。友人のヤマダに相談してみると、そんな答えが返ってきた。 
「そうしてみるかな」
 「そうしろ、そうしろ。いつ行くんだ。俺が予約してやる」 
 まるで自分の旅行のように、彼の方が乗り気になってしまったので、行かないわけに行かなくなった。経営する珈琲店を二日だけ臨時休業することにした。 
 ある駅で新幹線から乗り換えて、二つ目の駅で降りた。改札を出ると、寺の五重塔が目についた。古い家々は黒い屋根瓦を載せて、眠ったように落ち着いている。 小藩ながら学芸を大事にした大名の城下町だということだ。ひなびた味わいと、それでいて歴史を感じさせる雅びた味わいを併せ持つ町だった。 
「これは、案外、当たりかもしれないな」 
 しばらく町を歩いただけで、気分が爽やかに晴れてくるのを感じた。 
 旅館に入ると「ヤマダ先生のお友達」ということで、意外な歓迎を受けた。ヤマダに「先生」がくっついているのが、なんだかくすぐったい。 
 彼とは中学時代からの友だちだが、他家の玄関の呼び鈴を押してはピンポンダッシュで走って逃げたり、女の子のスカートをめくっては走って逃げたりと、やたら走って逃げるばかりの下らない遊びを一緒にやっていた。 
 その彼が、実はある伝統芸能の家元の息子だということを知ったのは、しばらく経ってからだった。へえ、と思ったが、人間関係が別段変わることもなく、少年時代は下らない遊びを共にし、大人になってからは酒を飲んでは下らない話に花を咲かせるばかりの付き合いがずっと続いている。 
 その伝統芸能がどんなものなのかも、よくわからないし、彼の方も見に来いとも言わないし、説明をすることもしない。だから、彼がえらいのだか、えらくないのだかわからない。たぶん、えらくないのだろうと思っていた。
  そういうわけで、「ヤマダ先生」を聞いて危うく吹き出しそうになった。聞けば、この旅館の主人がヤマダについて、その伝統芸能の稽古を受けているのだそうである。 

 二階の二間続きの部屋に通されて、中庭の梅の古木を見ながら、 
「いい庭だな」
 そんなことを思った。私に日本庭園がわかるわけではないが、見ているだけで心が和んでくる。来てよかったと、改めて思った。ヤマダ先生、恩に着ますぜ、と心の中で呟いた。
 「おや?」 
 梅の根元で、何かが動いた。初めは、鳩とかツグミとかの鳥かとも思った。ついで、少し大きいリスのような動物かと思った。ちょこちょこ動き回るのを目を見張って見ているうちに 「ありゃ、人間だ。 
  腰に灰色っぽい布を巻いただけの半裸の男だ。肌がアカまみれで茶色っぽく見えるので動物に見えたのかもしれない。頭はボサボサで、髭まみれの頬はこけている。姿を追っているうちに、目と目が合ってしまった。 怯えた目をしていた。ひどく驚いて飛び上がると、慌てて植え込みの中に這い込んだ。しばらく、植え込みのそこここがごそごそと動いていたが、やがてひっそりとしてしまった。 まるで野良猫が逃げ込んだようだった。いや、野良猫なのかもしれなかった。小さい人間がいた、などというよりも、野良猫を見間違えた、の方が常識に近いだろう。 
 名を呼ばれた。振り向くと女中が風呂場に案内すると言って、やって来ていた。 
 風呂から上がると、夕食の用意ができていた。奥の部屋には、すでに夜具が敷き伸べてある。後は、飲んで食って寝るだけだ、と思うと胸の奥から喜びがわき上がってきた。しみじみと嬉しい。  女将が来て酌をしてくれた。 
「わざわざ女将さんがいらしてくれるなんて、なんだかすみませんねえ」
 「いえいえ、ヤマダ先生のご親友なのでしょう。大事にしてやってくれ、と先生に言われておりますの」 話し上手聞き上手の女将で、初対面の美人相手に話が弾んだ。これもヤマダ先生のおかげかもしれない。 
 もちろん、ヤマダの事が話題に上がった。彼女が彼の公演を見た感想を話すと、こちらは、そんな彼は一向に知らないので、若い頃の悪戯や失敗談などで、旧悪を暴露した。女将がだいぶヤマダを尊敬している風だったので、平衡を保つため彼女の知らないヤマダを教えてやる必要があったのだ。女将は、身体を折り曲げてコロコロと笑った。 
 旅館のことも色々と話してもらった。なんでも、もと武家屋敷だったのが、明治維新以降、何人かの手を転々としたのち、大正時代に旅館として創業したのだそうだ。随所に江戸時代の面影が残っているという。 
 「例えば、この中庭ですとか」
 「そうか。風情があると思っていましたが・・・」 
 俺の鑑賞眼もまんざらではない、と鼻を高くしかけた途端、あの小さい半裸の男の残像が脳裏に現れた。びくっとして、盃をひっくり返しかけた。 
「どうなさいました・・・?」
 「や、失礼・・・なんというか・・・いや、先ほどヘンなものを見たものですから」
 「ヘンなもの?」 
 「いや、もちろん見間違えだと思うのですが・・・」
  私は、あの小さな人間の話しをすると、 
 「ああ、あれですか」 
 意外なほど彼女はあっさりと答えた。
 「時々、出ますのよ。お客様の前には滅多に姿を現さないのですが」
 「あなたも見た事があるのですか」
 「ええ、何度も」
 「なんなんですか、あれは」
 「神ですわ」
  また、酒を吹き出すところだった。
 「神?」
 「ええ、この世を創った神」
 「旧約聖書の創世記とか、イザナギ・イザナミの神話みたいな・・・?」
  そこへ、若い女中が入ってきて、女将さんちょっと、と何事か耳打ちした。女将は頭を下げると、
 「申し訳ありません。ちょっと用事ができてしまいまして」
 「いえ、どうぞどうぞ」 
 女将も忙しいだろう。いつまでも、こんな遊山客ひとりにかかずらっているわけにも行くまい。女将は出しなに、その若い女中に、
 「あ、ハカセちゃん、ちょっと」 
 と何事か耳打ちした。
 「え、私が?」 
 女中は素っ頓狂な声を上げたが、女将が姿を消した後も、そこに残った。
 黒縁の眼鏡をかけて、どことなく女将に似た顔立ちだと思ったが、色香のようなものはどこを探しても無いようである。正座した膝の上で手を固く握りしめている。初々しいと言うより、まだ着物姿もしっくり身についていないようで、むしろ痛々しい。
 「あ、あの」 
 と声をかけると、
 「あ、すみません」 
 と再び素っ頓狂な声を上げて、銚子を取り上げ酌をした。手が震えて銚子の口と盃がカチカチと音を立てて、
 「ご、ごめんなさい。まだ、馴れないものですから」
 「新人さん?」
 「アルバイトです」
 「というと学生さんかな」
 「文化人類学の研究者なんです」
 「なるほど、それで」
  先ほど女将がハカセちゃん、と呼んでいたのに思い至った。博士だか修士だか知らないが、そういうところから来たあだ名なのだろう。
 「女将が、お客様が『神』に興味をお持ちのようなので、話し相手になってやってくれと・・・。すみません、私は本当は下働き担当で、とてもお客様の相手を出来るようなものではないのですが」  なんだか面白いことになってきた。ヘンに色気を振りまく人が登場するより、そういう浮世離れした話でもして過ごす方が、こういう旅にふさわしい。
 「お客様、神は・・・」
 「うむ、見た。というか、まだ自分の目が信じられないし、あれが天地を創った神だというのも信じられないんだが」
 「この地方の伝承では、そういうことになっているのです。おまけに、少数ながら、それを見た人がいるというのも不思議ですよね  」
 「女将とか、ここのご主人は見たのかな」
 「はい、そう言っています。実は、私も見たくて、頼み込んでアルバイトとして入れてもらったんです。私、女将の姪なんです」
 「で、君は見たの?」
 「いえ、まだ・・・あの、お客様、そのご覧になったものの様子を教えていただけますか」
  私は、先ほど見た小人のことを話した。彼女は、帯の間から小さな手帖と鉛筆を取り出して書き込んでいた。
 「あれは、ここの庭に住みついているのかね」
 「何年か前から、現れるようになったそうです」
 「ふうん。守り神みたいなものかな。それなら、もう少しきれいにしてやって、祀ってやればいいんじゃないかね」
 「それが、非常に警戒心が強くて、人間を恐れているようなんです」
 「神が?人間を?」
 「はい、それまで、子供に石を投げられたり、棒で追われたりしてきたそうなので」
 「おい、そんなことして神罰でも下りゃしないか」
 「この神は無力なんです」
 「だって、この世を創ったほどの神なんだろう?」
 「はい。創るには創ったけれども、それ以外のことはできないようなんです」
 「自分の設計どおりというか構想どおりに創ったんじゃないのかね」
 「これは私の想像なんですけれど、宇宙の始めがビッグバンだったとすると、その爆発的な膨張の最初のきっかけを与えたのが、あの神だったんじゃないのか・・・」
 「で、やったことはそれだけかい?後は、勝手に宇宙が進化するのにまかせて、本人はなにもしない?用なしってこと?」
  不思議、というか情けない神もあったもんだ。
 「そうですね、あとの140億年は特に為すこともなく」
 「140億年のヒマ人かよ・・・」 
 呆然とする思いだった。自分の、こせこせとした日常はなんだったんだ、と思った。
 「私、あの神と話がしたいんです」 
 ハカセちゃんは私の盃に酒を満たしながら言った。
 「そりゃあ、140億年分となれば、積もる話も色々あるだろうが」
 「例えば、ビッグバンの前は時間も空間もない『無』だったって言われたりしますよね」
 「よくは知らないが、聞いたことがあるような気がするね」
 「すると、その時、彼はどこにいたのでしょう。『無』の外でしょうか。『無』の外って、どうなっているんでしょう。それとも内側でしょうか。『無』の内側ってなんでしょうか。それとも、内も外もないから『無』なんでしょうか」
 「無って、入ったり出たりできるもんかな」
 「たぶん、彼は『無』と戯れていたんでしょうね。子供がおもちゃをいじくり回すみたいに。そのうち、『無』が破裂したんですよ」
 「なんか、花火を悪戯しているうちに、ボヤを出した、みたいな話だね」
 「花火ならボヤで済みますけど、『無』だから、宇宙が生まれてしまって、まだ現在進行中なんですよ」
 「『無』ってのは、こんなもんかな」  私はハカセちゃんの顔の前にこぶしを握って突き出した。 「こんなもんです!」 
 ハカセちゃんは、間髪入れず、開いた手を突き出した。
 私の腹の底で、なにかがぱちんと弾けた。ビッグバンかもしれない。私のビッグバンは、たまらない愉快さとなって、 「ははははははははははは」
  哄笑を生んだ。
 「いや、楽しい。俺は、こういう話を聞きたかったのかもしれない。ハカセちゃん、ありがとう。この気持ち、皮肉でも何でもないこと、そのままの愉快さであること、わかってくれるよね」
  ハカセちゃんは、明るい微笑みを浮かべて、また一杯注いでくれた。もう、カチカチ音を立てたりはしない。 
 「この酒もこのカラスミも・・・」 
 と呟いて、天井のひと隅を見上げた。その向こうに、何億光年彼方からやって来る星々の光が見えるような気がした。 
 この酒もこのカラスミも、あのヒマ人が140億年前に起こしたビッグバンなしには、この膳の上に乗っかることはなかった。
  翌朝、朝食を運んできてくれたのは、まるまると太った中年の元気のよい女中だった。ビールの小瓶をコップに注いでくれながら(この二日間は徹底的にユルく過ごすつもりだ)、
 「お客様、ヤマダ先生のご親友なんですってね」
  また、ヤマダ先生だ。私はすかさず、彼の旧悪を色々と暴露した。女中は元気よく笑いこけた。この地方では、ヤマダネタに限ると思った。
 「そういえば、ここには神がいるんだってね」
 「ああ、あの話・・・まあ、このあたりでは子供でも知っている話ですけれどね」
 「あなたは、見たことあるの?」
 「いやですよ、あるわけないじゃありませんか」
 「ないの」
 「おとぎ話ですよ。そっか、ハカセちゃんに何か聞いたんですね。あの子、変わっているからねえ」
 人によって、ずいぶん反応が違うものだと思った。
 「お客様、そんな迷信より、お時間があればA神社にお寄りなさいましよ。市のはずれにあるんです。ここからも近くですよ。霊験あらたかなんですから。うちの息子が大学に合格したのも、あそこのお札のおかげなんですから」
  勘定は、申し訳なくなるほど安かった。これもヤマダ先生の霊験なのだろう。中学時代、共にピンポンダッシュに励んでおいてよかった。 
 元気のよい女中さんのお言葉にしたがって、A神社を訪れた。(別に他のどこに行くというあてもなかったし) 背の高い木立に囲まれた、いい感じの神社だった。これなら、霊験あらたかじゃなくてもいい。二礼二拍手一礼。

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Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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