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2017年12月

中川社長のショートストーリー『病床六万尺』③

社長1 がーーーーんんん!と映画やドラマだったら、ピアノの一番上から一番下までの鍵を使ってフォルテシモで思いっきり響かせる所だが、そういうことはなかった。目の前が真っ白にも真っ黒にも真っ青にもピンク色にもならなかった。
 走馬灯が頭のまわりでパカパカ走り回るという事もなく、人生の初めから終わりまでの場面が一瞬のうちに甦るという事もなく、雲がふたつに割れてそのあいだから天使がラッパを吹きながら舞い降りてくるという事もなく、西方浄土から阿弥陀様ご一行が押し寄せるという事もなかった。(みなさん、あんなの嘘っぱちでっせ) それまでの光景がそれまでのように、どうってことなく、のんべんだらりと続いているだけである。「死」ということも頭に浮かんだが、
「まあ、そういうこともあるだろうねえ」
と思っただけだった。べつに悟っているわけではない。まあ、そういうものなんだ、としか言いようがない。
 たいていの人は、離れがたい家族があったり、どうしてもやり遂げたい仕事があったりするんだろうが、私の場合、幸か不幸か、そういうものもない。甚だ手離れがいいのである。なんか、あっけないのである。
 恐くないわけではないが、そうなったらそうなったで仕方がないという気がするのである。
 なんとなく、入院以来今日まで頭がボーッとしている。ただでさえ、はっきりしていない頭なのであるが、この「ぼー」があるいは、ショックアブソーバの役割をしているのかもなあ、と思ったりもする。やはり、それなりにショックを受けてるのかねえ。この辺、自分でもよくわからない。ショック、というより、しょつくぅ~、といった程度であろうか。
 それから、1,2日放っておかれたような気がする。もしかすると、胃カメラの前だったかもしれない。断食していた日もあった。
 いやいや、そんなはずないか。胃カメラもやらずに宣告して置いて、あとから、「ごめん、ごめん、さっきのウソ」というのもおかしい。普通に宣告するより数倍意地悪である。この辺、周辺の人の方がよくわかっているかもしれない。
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中川社長のショートストーリー『病床六万尺』その2

病床2 第一回から、ずいぶんと間が空いてしまった。この間、一部のひとの御期待には反することになるが、死んでしまったわけではない。さらに、先ほどまで死んでいたが、今、生き返ったという、荒技を見せたわけではない。
病人といえど忙しいのだ。ごろごろしたり、のらくらしたり、うだうだしたりと、息つく暇もない。
いや、筋肉が落ちてしまっているせいか、実際、なんと言うこともない用事をするにもエラくくたびれるのだ。なにか一つやっては、横たわってしばし休息しなければならない。そして、この「しばし」は伸縮自在であってぐっすり眠り込むことまで含まれる。
そんなこんなで、「世界一忙しい男」として、過ごしいていたのである。

そうそう、そう言っている私はこれを書いている時点では、すでに自宅で抗がん剤治療を開始しているのであった。一方、文章の方は(ここでようやく第一回のつづき)
急遽、有無を言わさず病院に入院するつもりで来い、というとこまでいったのであった。
医者にあれやこれやと聞かれた後、CTだの胃カメラだのレントゲンだの、あれだのこれだの、覚えていられないくらいの検査を受け、医者と看護士としては、それでもまだ検査したりないらしくて
「まだ、やっていない検査はないかな」
「梅毒と水虫の検査がまだですが」
「さすがに、それをやるわけにもいくまい。他にないかな」
「あ、星占いと四柱推命とコックリさんがすんでません」
など、綿密この上ない検査の末、ふたたび診察室に通されて、
「あなたは胃ガンです」
宣告であった。

社長の “緊急!” ショートストーリー 『病床六万尺』その1

社長1 突然ではございますが、癌という事になってしまったのである。癌というのは、近ごろでは、かなり早い段階で突き止められるようだが、私のように普段、努めて早期発見を怠っている人間にとっては、突然なのである。だから、まあ、いつかはこうなるのかなあ、などと暢気に構えていたらこうなったので、あ、やっぱりね、と言う具合でだから、本人にとって突然なのかどうか、甚だ曖昧なのである。
はじめは、嫌に目まいやふらつきが続いて、だんだん、ひどくなってきたので、人のススメもあって「神経内科」という所に行ってみたのである。そこで血液検査をしたのだが、翌日、昼、外出中に電話が掛かってきたのである。「検査の結果、ひどい貧血だという事がわかりました、うちなんぞにかかっている場合ではありません。Nという大きな病院に、紹介状を書きましたので、3時までにそこへ行って間抜け面を見せなさい。すぐ入院という事になるでしょう」
時計を見れば、すでに12時半。取るものも取りあえず、いったん帰宅して、なんだかわからぬうちに、必要と思われるものをバッグに詰め込んで、あわわわわわ、と叫びつつ、N病院の受付によろめき込んだのであった。