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社長の業務:ショートストーリー『雨の日の歌』

社長1  その部屋で母は眠っていた。
 医者も手を尽くしてくれたものの、甲斐なく、最後の時を待つばかりになっていた。
 娘の私は、一日の多くの時間を母のベッドの傍らで過ごすようになった。
 もう一度母となにかを話したいような気もするが、そのまま眠りの延長として逝ってくれればいいとも思った。
 母の顔は、病み疲れた後だというのに、昏睡に陥ってから美しくなったような気がする。 

 母は父の世話をする傍ら、絵を描く人だった。父が高名な作家だったせいもあって、母が絵を描いていることが人に知られるようになり、画家として紹介されることもあった。
 私は、ジャズ・ピアニストだ。
 もっとも、生計の大半は、ピアノの個人レッスンや子供向けの音楽教室の講師で稼いでいるのだけれど。

 ある日。
「園子ちゃん」
 と私の名前を呼ばれたような気がして、読んでいた本から顔を上げた。母が長い眠りから覚めたのかと思って、ちょっとどきどきした。
 だが、母は目を閉じたままだった。
「どうしたの」
 私は声を掛けてみた。だが、その顔面筋はデスマスクを先取りしたように動かない。
 空耳か、と思った瞬間、
「園子ちゃん」
 と、はっきりした声が聞こえた。
 それも、若い頃、私が子供の頃の元気な母の声だ。
「なあに、お母さん

 私は返事をした。すると、相変わらず動かない顔から、私の頭の中に直接響くように、だが少し笑みを含んだ声で、
「私がここに腰掛けて、何を見ていると思う?」
「どこに座っているの?」
「いやだわ。ここよ、海の見えるテラスよ」
 何か夢を見ているのかもしれない。その夢の中にあるのは、どこの海だろう。母と行ったことのある色々な海の光景が私の中で明滅した。
 母が口を動かしていないのに話をしている、という不思議はどこかに飛んでしまっていた。人の寝言に受け答えするのはよくない、ということを聞いたことがあったような気がしたが、答えないわけにいかなかった。
「それなら、海を見ているんじゃないの?」
 母の声は、きゃらきゃらと笑った。
「違うわよ。虫よ。あの木の葉に止まって眠っている虫。お父様に買っていただいたブローチと同じで、とてもきれいなんですもの」
「虫? カナブンみたいな?」
「虫よ。何かを私に教えてくれるのね」
「虫が?」
「ほら、虫の知らせって言うじゃない」
 そう言って、また笑った。寝言に駄洒落を言う母に、私は呆れて黙った。 

 ある日。
「だめよ、ジロー、畑に入っちゃ」
 また、母の声が聞こえてきた。といっても、前と同じように私の耳を通さずに、頭の中へ届いてくる声だ。
「どうしたの?」
 私は、また聞き返した。あまりにはっきりした声だったもので。だが、今日は彼女との対話は成り立たなかった。
 ジローというのは、母の少女時代に飼っていた犬だというのを聞いたことがある。あまりにも可愛がっていたので、死んだ後はもう犬を飼う気がしなくなった、と話していた。
 ・・・はい、もうしません。許して下さい。
 独白とも、一人芝居ともつかない言葉が続いた。
 ・・・謝らないで、ジロー。私は、こうして可愛がるふりをして、何度もあなたを苛めたのだから。
 ・・・許して下さい。謝るのさえ禁止されたら、私はどうしたらいいのですか。
 ・・・そうです、あなたを壊したのは私です。いつも、優しい演技をしていたのです。私が優しければ優しいほど、あなたから逃げ場を奪っていくのを私は知っていたのです。

 だんだん、声が苦しげになっていった。自分を責めているかのような声は、今まで母から聞いたことがないものだった。
「やめてよ、お母さん。それ、なんのこと?」
 私がいたたまれなくなって聞き返すと、母は、黙ってしまった。 
 私は考えた。
 普通の夢だったら、覚めれば消えてしまう。大半は忘れてしまう。でも、今の母には夢しか生きる場所がなくなっている。
 夢を見て、夢を見て、ただひたすら夢を見て、そして覚めないままに、どこかの時点で死の淵へと木の葉のように吸い込まれてしまう。
 夢の中に、母の生きてきた様々な風景がある。飼い犬もいる。私もいる。母は、もう二度と現実の私を見ないかもしれないのに、夢の中で私に会っている。
 静かになった母の寝顔を見て、私は少し泣いた。

 ある日。
「園子ちゃん。私が何を見ていると思う? この小川のほとりに座って」
「小川のほとりだったら、小川を見ているんじゃないの?」
 この間の海のバリエーションだろうか。
「(馬鹿にしたように)小川のほとりだから、小川? ・・・あなたには想像力ってものがないのね。そうなのよ、それが、あなたの致命的な欠陥。それがあなたの音楽を低いものにしている。確かに、あなたの指は鍵盤の上をすごい速さで動き回るわ。ジャッズだけじゃなくて(母は昔の人らしくジャズをジャッズと発音した)、クラシックの難曲だって弾きこなすわよね。だけど、楽譜どおりに指が動くと言うだけ。マシーンよ、あなたは。聴衆は、初めのうちはマシーンの性能にびっくりするけれど、そのうち、耳が驚いている割には心が躍らないことに気が付きだして、退屈するの。あなたの演奏は理知的なんじゃないわ。心がないだけ」
 母の言葉はだんだん高ぶり、早口になっていった。
 私は、驚きのあまり、口を挟むことも出来なかった。母から、そんな残酷な批評を聞くとは思わなかった。
 いや、残酷なのではない。めちゃくちゃだ。
 そもそも、私は感情過多な女だ。おまけに自分でも妄想狂ではないかと思うほど、あらぬ空想に身を任せていたりする。(おかげで、上の空で歩いて転んだり階段から落ちたり、生傷が絶えないのだ)
 それを自覚していればこそ、ピアノの上では意識的に抑制的な部分を取り入れ、今のスタイルを作っているのだ。
 なにもわかっちゃいないんだ、お母さんは。ついに、私のことをなにも理解しないまま死んでいくのだ。心がないのは、お母さんの方じゃないか。
 私のことが嫌いだったのか。 
 こちらの感情も吹き出しそうになった。
(お母さんは、私のライブに来たことないのに・・・)
 何を根拠に、そんなことを言うのだろう。

 ある日。
「園子。ピアノの前に座りなさい」
 また母の声が聞こえ始める。でも、ここにピアノはないのだから、答えようがない。それに音楽のことでは、こないだ傷つけられたばかりだ。
 でも、今日の母の声は、静かでしみじみとしていた。
「あの曲を弾いてちょうだい。あの、あなたの死んだお兄さんが作った曲。なにものにも比べようがないほど美しい曲。でも、この上なく憂鬱な曲。そう、『雨の日の歌』という題名だったわね」
 死んだお兄さんとは何のことだろう。私は一人っ子なのだ。母の心の中には、ついに私の知らない世界があるのだろうか。
 でも、そんな兄がいたような気がしてくる。なにより、わたしの頭の中に、その曲が聞こえ始めたのだ。
 ピアノのソロだ。聴いたことのない曲。そして、母の言うように、美しい憂鬱というものがあるとすれば、まさにこの曲だ。
 私は、ノートを取り出すと、採譜し始めた。
 今、眠っている母の耳の奥にも、この曲が響いているのだろうか。死にゆく人の中で鳴っている音楽を共有している私は幸せなのだろうか、不幸なのだろうか。

 その後。
 母を見送った。
 普通の意味で言う意識を取り戻すことは、ついになかった。
 仕事を始めてからは、母とは離れて一人暮らしをしていたので、日常に大きな変化があるわけではない。
 相変わらずピアノを教え、ソロやバンドや他のアーティストのバックで演奏して生きている。

 自分のライブがある時は、かならず『雨の日の歌』を弾くことにしている。お客は自分の心をのぞき込むような顔をして聴いている。この曲が好きだと言ってくれる人もいる。
 作曲者には、母の名をクレジットすることにした。
 だって、死んだ兄の名前なんて、知りようがないのだから。

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