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社長の業務:ショートストーリー『ウサギとカメ』

社長1  ウサギとカメが鬼ごっこをしました。初めは、ウサギが鬼になりました。どうせ、カメなんか、すぐにつかまえられるだろうと思ったのです。
 ところが、カメはなかなかつかまりませんでした。
 ウサギがカメのいたところに行くと、その間に、カメは少し前に進んでいます。また、そのカメの進んだ先にウサギが到着した時には、また、ちょっと前進しています。
 その繰り返しで、ウサギはカメに追いつけません。

 ウサギは考えました。
「そうだ、地球は丸いということを聞いたことがある。今、あいつは西へ西へと逃げているが、僕が東へ東へと進めば、いつかカメのやつと出くわすことになるぞ。第一、あいつの方から近づいてくるなんて、こんなにうまい話はない」
 ウサギは、自分の頭の良さにほれぼれする思いでした。早速、くるりと向きを変えると東へ向けて走り出そうとしました。ですが、
「待てよ・・・」
 と思いとどまりました。
「カメのやつが、真っ直ぐ行けばいいが、曲がったりしたらどうしよう。僕らは、いつまでたっても会えないことになるぞ」
 そこで、ウサギはまた振り向いて、向こうへ遠ざかっていくカメに向かって、
「おい、カメ。お前、真っ直ぐ行くんだぞ。曲がったりするとひどいからな。ぶん殴って、蹴飛ばして、手足を切り刻んで、目をえぐり出して、はらわたを・・・」
 その仕打ちの恐ろしいこと、ウサギは自分で考えていて、目が眩みそうになるほどでした。
「これでよし。カメが方向を曲げるなんて馬鹿な考えは起こさないだろう」
 ウサギは、東へ向き直ると走り出そうとしました。

「だが、待てよ」
 また、思いとどまりました。
「世界には海というものがあるって話だぞ。塩辛い水のでっかい水たまりだそうだ。海を前にして、あいつが進むのを止めちまったら」
 またウサギは振り返り、西へと向かうカメの背中を見ながら、
「おい、カメ。海というのに出ても、真っ直ぐ進むんだぞ。お前の親戚にはウミガメというのがいるんだからな。そいつに頼んで背中に乗せてもらって、どんどん真っ直ぐ行くんだぞ。そうでないと、ひどいぞ。甲羅を剥いで、歯を引っこ抜いて・・・」
 ウサギは、またまた自分の言うことの残酷さに驚いて、卒倒しそうになりましたが、これで大丈夫と東に向き直って、出発しようと思いました。

「待てよ・・・」
 また、ウサギは思いとどまりました。
「山というものがあるらしいな。それを避けて曲がったりしたら」
 三度目、ウサギはカメを振り向きました。
「おい、カメ。おまえ、山があっても真っ直ぐに行くんだぞ。避けたりしたら・・・」
 ウサギは今度もカメがどんな目に遭わされるか克明に教えてやろうと思いましたが、思っただけでもその赤い目が青ざめそうになったので、止めました。

 これくらい言っておけば大丈夫でしょう。今度こそ、東に向けて走り出そうとしましたたが、
「待てよ」
 また、ウサギは止まりました。
「こう言っている僕自身が曲がったり、海や山を避けようとしたらどうなるだろう」
 ウサギは断固たる声で自分自身に呼びかけ始めました。
「おい、ウサギ。お前、曲がったり海や山を避けたりしたら、どんなことになるか、わかってんだろうな。お前なんか、ああしてこうして・・・」
 そこまで言うと、ウサギはしばらく黙ってしまいました。が、やがて、
「うえーん」
 と自分の想像の恐ろしさに泣き始めました。
「よし」
 とウサギは泣きやむと、
「これで、僕は断固たる決心が出来た。こんな断固たるウサギは、ウサギ多しと言えど他にいないだろう。もちろんカメなんかは、この半分だって断固としていない。僕は、断固たる決意で断固行動する断固たるウサギなんだ」
 ウサギは、断固という言葉の断固たる調子に酔ったような気になりました。
「よし、僕は行くぞ。断固として断固として断固として」
 ウサギは一歩を踏み出そうとしました。

「だが待てよ」
 ウサギはまた、思いとどまりました。
「念には念ということがある。そうだ、神様仏様にお祈りしておこう」
 ウサギはその場にひざまずくと、
「神様、仏様、観音様、阿弥陀様、お釈迦様、お薬師様、弥勒様、お地蔵様、お閻魔様、金比羅様、恵比寿様、大黒様、弁天様、布袋様、寿老人様、福禄寿様、毘沙門様、帝釈様、どうか私をお守り下さい。お守りいただければ、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、奉納いたしますので、どうかよろしくお願いいたします」

「これだけ祈っておけば大丈夫」
 とウサギは、東へ向かって走り出そうとしました。
 すると、ウサギの行こうとする方から、オオカミがこっちへ向かって走って来るではありませんか。
 ウサギは逃げようとしましたが、
「ダメだ。僕は東へ真っ直ぐに行かなければいけないんだ。でも、それだとオオカミの来る方へ真っ直ぐ行ってしまう」
 オオカミは、目を血走らせ、大きな口からだらだらと涎を垂らしながら、
「うおー、腹が減ったー。あそこに、うまそうなウサギがいるぞ。ひと飲みにしてやろう」
 と走ってきます。
 ウサギは、再び跪き、手を合わせて
「神様仏様、どうかお助け下さい。お助け下さったら、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、必ず奉納いたします」
 すると、あと一歩で食べられてしまうというところで、
「あ、用事を思い出した」
 というとオオカミは、どこかへ行ってしまいました。
「ああ、神様仏様、オオカミに用事を思い出させて下さって、ありがとうございます。お礼に、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、奉納いたします」
 
 と、ウサギが神仏へのお礼を言い終わるか終わらないかのうちに、今度は東の方から、大きな岩がごろんごろんと転がってきました。
「ああ、どうしよう。僕が行く方から、大きな岩が転がってくる。でも、真っ直ぐ行かなくちゃいけないんだ」
 ウサギはまたお祈りを始めました。 
「神様仏様、どうかお助け下さい。お助け下さったら、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、必ず奉納いたします」
 すると、もう少しでウサギがぺしゃんこになってしまうというところで、岩は真っぷたつに割れてしまい、ウサギは事なきを得ました。
「ああ、神様仏様、岩を真っぷたつにして下さって、ありがとうございます。お礼に、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、奉納いたします」

 と、ウサギが神仏へのお礼を言い終わるか言い終わらないかのうちに、今度は東の方から鉄砲を構えた猟師がやってきました。
 鉄砲の狙いは、まさにウサギに向いています。このままでは撃たれてしまうでしょう。ウサギはまたお祈りを始めました。
「神様仏様、どうかお助け下さい。お助け下さったら、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、必ず奉納いたします」
 すると、その指がまさに引き金を引こうというところで、急に猟師は鉄砲を放り出して言いました。
「やめた、やめた。おらあ、この稼業がいやになっちまっただ。こんなのは、おらに向かねえ。やっぱ、前から考えていた通り、勉強してフィナンシャル・プランナーの資格をとるだよ」
 そう言って、帰ってしまいました。
「ああ、神様仏様、猟師にフィナンシャル・プランナーになりたいと思わせて下さって、ありがとうございます。お礼に、金の燈籠千燈籠、銀の燈籠千燈籠、銅の燈籠千燈籠、奉納いたします」

 もう、ウサギに向かってくるものはありませんでした。東の空はきれいに晴れて、遠く遠くの方まで見通せました。
「色んなことがあったが、もう大丈夫だ。なにしろ、僕には神様仏様のご加護があるんだからな。もう、なにも怖くはないぞ」
 そういうと、ウサギは堂々と第一歩を踏み出しました。そして、走り始めると、どんどん早くなりました。
 風のように、というか、風がびっくりしてウサギを見送ったものです。

 そのころ、カメは南へと進路を変えたのでした。


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