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社長の業務:『不条理落語集』

社長1 1
八:大家さん、大家さん。
大:なんだい、八っつあんじゃないか。まあ、お入り。今日はどうしたい。
八:いえ、どうしたってわけじゃねえんですが、閑なもんですから。
大:そうかい。まあ、ゆっくりしておいで。
八:大家さん。
大:なんだい。
八:苦しくありませんか。
大:ここは海の中だからな。
八:出ませんか。
大:そうしようか。


八:大家さん、大家さん。いねえんですか、大家さん。留守なのかなあ・・・あ、なんだ、そんなところにいたんじゃありませんか。いるんなら、何とか言って下さいよ。そんなところで、黙ってじっとしていると、びっくりするじゃありませんか。
 いやね、今日は大家さんに聞きてえことがあって来たんですよ。それというのが、うちにいる娘っ子、あいつがどうしたもんか、百人一首ってのに凝っちまいましてね、あっしに「千早ぶる神代も聞かず竜田川唐紅に水くくるとは」てえ歌の意味を聞きやがるんですよ。
 ねえ、こっちはそんなこと知りませんからね・・・・・・。
 大家さん、大家さん、どうしたんですか。なんか、だんだん小さくなっていきますね。遠ざかっているんですか。ちょっと、大家さん、そんなに小さくなると見えないじゃありませんか。大家さん、どうしたんですか。ちっちゃくなって、きらっと光って、くるりと回って、消えちまった・・・。
 ・・・あれ、本当に大家さんだったのかなあ。


八:大家さん、ちょっと見て下さい。変なものがいますよ。
大:なんだって? 八っつあん、どれだい、変なものてえのは。
八:これですよ、これ。
大:あ、本当だ。こりゃあ、変だ。
八:変でしょう。
大:実に何というか、変だな。
八:これは、いったい何なんでしょうねえ。
大:見たこともない物だから、名前もないんだろう。
八:名前がないってのも不便ですねえ。おいらが付けちゃいけませんかね。
大:誰も見たことがないんだから、文句が来る気遣いもないな。
八:じゃあ、付けちまいましょう。そうだなあ、「ぺんでろのそろそ」ってのはどうですかねえ。
大:なんだって?
八:ぺんでろのそろそ、ですよ。
大:おい、八っつあん、これのどこが「ぺんでろのそろそ」なんだい?
八:どこがって、好きに付けていいんでしょ?
大:お前さん、いくら好きに付けてもいいからって、後の人のことを考えなくっちゃいけないよ。名は体を表す、というくらいで、いかにも、それらしい名前を付けなくちゃいけない。
八:駄目ですかねえ。
大:だいだい、これのどこが「ぺんでろ」だ? なにが「のそろそ」だ?
八:じゃあ、どうすればいいんです?
大:うん、まあ俺の見るところでは、これは「すげれくもんだら」だな。
八:それが名は体を表しているんですか。
大:そうとも、八っつあん、よくごらんよ。こっちの方、この形、「すげれく」じゃないか。
八:まあ、そう言われるとそんな気もしてきますねえ。
大:そして、こっちの方は、どう見ても「もんだら」だ。
八:不思議なもんですねえ。そう言われると、確かに「もんだら」だ。
大:これすなわち、名は体を表す、だ。
八:へえ、するってえと、なんですかい、あっしの名前なんかも、名は体を表しているんですかね。
大:もちろんだとも。お前さんの、この頭の方なんかは「はっ」っていう感じがするだろう。
八:ふうん、そんなもんですかね。
大:それが腹、腰、足のあたりは「つあん」としか言いようがないな。あわせて、八っつあんだ。
八:へえ、大家さんは物知りだ。
大:まあ、世間に長くいると、これくらいの知恵はついてくるもんだよ。
八:なるほどねえ・・・あれ、「すげれくもんだら」が動き出しましたよ。
大:ああ、動きようが、いかにも「すげれくもんだら」という感じじゃないか。
 すると、そのすげれくもんだらというヤツがひと言、「違う」といいました。
八:大家さん、すげれくもんだらが何か言いましたよ。
大;すげれくもんだらが口を聞くとは知らなかったな。
す:違うのじゃ。我は、すげれくもんだらにあらず。
大:随分、横柄な口を聞くねえ。じゃあ、お前さん、なんだってんだ。
す:我は、先の天下の副将軍、水戸光圀なるぞ。
大:まさか。
水:まさかではない。余は、先の天下の副将軍、水戸光圀じゃ。
八:大家さん、そう言われてみると、なんだか先の天下の副将軍、水戸光圀に見えてきましたぜ。
大:そう言えば・・・うーむ、名は体を表すとは本当だな。
水:さよう、余は先の天下の副将軍、水戸光圀。
八:もう、これは天下の副将軍、水戸光圀にしか見えません。
大:ああ、まったくだ。天下の副将軍、水戸光圀公じゃないところが、ひとっつもないな。さっきは、なんですげれくもんだらに見えたんだろう。
水;まあ、よかろう。間違いは誰にもあるものじゃ。
大:誠に申し訳ございません。天下の副将軍、水戸光圀様、知らぬこととはいえ、無礼の段、平にご容赦下さりませ。
水:わかればよい。今回は、相許す。以後、このようなことがなきよう、注意いたせ。
大・八:ははー。
 それだけ言うと、天下の副将軍、水戸光圀公は、真っ黒な背中のコウモリのような羽を羽ばたかせ、鋭く尖ったくちばしから「きえーっ」という声を上げたと思うと、真っ赤な目をらんらんと輝かせて、夕焼け空へ向けて飛んでいってしまいました。
大・八;うーん、さすがは天下の副将軍、水戸光圀公だねえ。




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