みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長の業務:ショートストーリー『白昼堂々 手紙を返せ』

社長1  郊外の電車の終点から、余程歩いたところに、不意に草ぼうぼうの野原が拡がる。
 今時、資本の開発からどういう按配か逃れ得た、ともかく何もないところのまん中に、古ぼけた家が一軒建っている。

 家の主、といっても借家だから借り主ということになるが、痩せて顎が干上がりかけた顔つきの中年男、名を山田文豪という。
 一応、作家である。明治以来の日本の三文文士の伝統をあくまで固守するつもりとみえて、頭は蓬髪、着流しの和服、一閑張りの机を庭、というか野原の続きなる空間に向いた部屋に据え、パソコンなぞ、まだ食ったことがないという顔つきで原稿用紙をひろげ、こればかりは秘蔵の、いや愛用の、秘蔵にして愛用のウオーターマンなる太軸の万年筆を、あたかも一刀流の剣豪の気組みで構え、これから虚空より芸術をひねり出して御覧に入れますという手品師見たような了見・・・・・・とはいえ、ちぎれ雲の如く脳内に浮かぶ思想もイメエジも、たちまち野原を吹く風に持って行かれるようで、原稿用紙上の文字は、一向に増える気配がない。

 そこへ玄関の方から、
「頼もう」
 という、これまた古風に取り次ぎを頼む声。
 文豪先生の方は、高尚なる文芸に取りかかっている関係上、俗事の交渉は短くすませたいらしく、
「通れ」
 と簡単なひと言のみ。
 現れたのは、金縁眼鏡にちょびひげという男、絽の着物に扇子を使いながら入って来て、
「相変わらず客扱いの悪い男だ」
 文豪先生、ちらりと見て、
「なんだ、妄亭君か」
 妄亭というのは、この先生の友人らしい。
「なんだとは、ご挨拶だな。しかし実に交通の便の悪いところだね。よくまあ、人が住むものだ。安達ヶ原の鬼婆にお似合いといったところだ」
 文豪先生と違って口が軽いらしく、ぺらぺらと悪口を言い立てる。
「別に来てくれと頼んだわけじゃないぜ」
 と、こちらは一貫して愛想がない。
「そりゃああんまり、つれなかろう。友あり遠方より来たる、また楽しからずや。ちっとは喜び給え」
「あまり嬉しくない」
「ところで、今日は用事があって来たんだ」
「君に用事があるとは珍しいな」
「うむ、手紙を返してもらおうと思ってね」
「手紙たあ、なんだい」
「とぼけちゃいけない。僕が蓮子さんに宛てた恋文だ」
 蓮子さんというのは、両人に共通の女性の知人らしい。
「君が蓮子さんに出した手紙をなぜ、僕が持っているんだ」
「ほら、僕らの同級生だった曽呂利、当初、あいつに渡したんだ。なんでも蓮子さんの遠い親戚だとかいうんでね。下手に投函して、彼女の家族の目につくよりいいと思ったんだ」
「じゃ曽呂利に言ったらよかろう」
「ところが、彼は、『自分から蓮子さんに渡すと、彼女は勘違いして自分に恋心を抱いてしまうかもしれない』と、こう言うんだ」
「相変わらず自惚れの強い男だな」
「そこで余計な面倒が起こらないように文豪君に頼もう、というのだ。文豪なら、間違っても女性に好かれることはないから、とね。ところが、その後、蓮子さんが手紙を読んだ様子が見られない。これは、君の所で留め置かれているということだ。だから、君が持っているわけなんだ」
 文豪先生は、黙って妄亭の話を聞いていたが、伸び上がって大きな欠伸をすると、
「何だ、馬鹿馬鹿しい。曽呂利からそんな話は聞いたことないぜ」
「何だって。じゃあ、曽呂利のやつ、ほっぽらかしていたというのかね」
「あれも頼りにならんやつだからな。だいたい、君、なんだって今頃、手紙のことなんか言い始めるのだ」
「いや、どうも、ああいうものが残っていると思うと、気になるやら恥ずかしいやら、その・・・」
 と妄亭は眼鏡をハンカチで拭きながら。
「成仏できなくてね」

 文豪先生は、しばらく顎に手を当て天井を睨んで考えていたが、
「おい、妄亭。君、死んだのじゃなかったっけ」
 妄亭の方は、どうということもない調子で、
「死んださ。今頃、気がついたのかい」
「君が、あまり気楽そうにやってくるから」
「死んだからと行って、無理に重々しくする必要もないじゃないか・・・おい、第一、僕の葬式で弔辞を読んでくれたのは君だぜ」
「うむ。そういえばそうだ」
「忘れたのか。頼りない男だな」
「僕がせっかく、真剣に読んでいるのにくすくす笑うやつがいた」
 と文豪先生、思い出したと同時に怒り出す。妄亭はにやにやしながら、
「笑うやつがいたどころじゃないさ。君の声が変な具合に裏返るのだもの。場内、大爆笑さ」
「悲壮な名文だったのだぜ」
「名文だけに、余計可笑しいや。僕の両親だって腹を抱えて笑っていたぜ。坊主なんか、お経が続けられなくて、笑いながら泣きそうな顔をしていた」
「怪しからん坊主だ」
「あんなに陽気な葬式は珍しいと、あとで評判だったそうだ」

「じゃあ、君は幽霊かい」
「うむ、幽霊だ」
「幽霊なら幽霊らしく、夜に出てきたらどうだい。こんな白昼堂々現れないで」
「そんなのは旧弊な幽霊だ。新時代の幽霊じゃない。幽霊だって人間を原料として製造されているからには、同等の権利を主張すべきだ」
「君なんぞにうろうろされると迷惑だから、さっさと成仏するがいい」
「だから、手紙が気になってさ。時に、蓮子さんはどうしているかね」
「元気だ。結婚して幸福に暮らしている。相手は君より余程真面目な男だ」
「ふうん。悔しいね。取り殺してやろうかしら」
「やめたまえ。蓮子さんには何の罪もないじゃないか。だいたい、君は蓮子さんへの恋に煩悶して死んだとでもいうのかい」
「いや、急な病いだ」
「じゃあ、ますます関係ない」
「それじゃあ、方角を変えて、曽呂利にでも取り憑くか」
「そうするがいい」
「曽呂利ならいいかね」
「あいつなら死んでも世の中の損失というような男じゃないから」
 文豪先生、自分に関係ないと思うと、至極気軽に取り憑き先を推薦する。
「よし、じゃあ、これから曽呂利のところへ行って、手紙を要求してこよう。返してくれるなら、僕も成仏するし、なければ取り殺すまでだ」
「曽呂利が死んでも、弔辞は御免蒙ることにする」
「やつの住所はどこだっけ。文豪君、ちょいと教えてくれるかい。幽霊もなかなか忙しいや」

 それから数日、相変わらず文豪先生が紙切れの上に芸術の幻花を現出させんと苦悶しているところに、妄亭が呑気な顔で飄然と舞い込んできた。
「なんだ、君、まだ娑婆にいたのか」
「うむ、僕としても早いところ西方浄土へ赴きたいのは山々なんだけれどね」
「なんだい、まだ何かあるのかい」
「例の手紙なんだが」
「曽呂利の所へ行かなかったのか。所番地まで教えてやったじゃないか」
「すまんが、君、一緒に来てくれないか」
「幽霊と同行なぞ、ぞっとしない」
「まあ、そう言い給うな。あの辺の道は入り組んでいて、わかりにくいのだ」
「それがどうした」
「いまだに迷って成仏できない」

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文豪堂

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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