みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長の業務:ショートストーリー『白昼堂々② 古戦場の怪』

社長1  とある郊外の野原のまん中に交通不便、買い物不便、その他諸々不便、物件ガタガタ、ただし家賃格安という絶好の悪条件の借家に住んでいるのは、三文文士、いや近未来の大作家・山田文豪氏である。
 (ただし、近未来と彼の寿命とどちらが先に来るかは保証の限りではない)

 さて、今日も今日とて、氏は人類が未だ触れたことのない空前の文学の創作に余念がないはずなのだが、一閑張りの机の上の原稿用紙には、うっすらと埃がたまっている。
 肝心の氏は、庭に向かって胡座をかいて顎を突き出し、
「暑い・・・」
 手の先には、もうあおぐのも疲れ果てました、とばかりに団扇が垂れ下がっている。
 口の中とおでこには、冷蔵庫の製氷皿で製造された四角い氷が溶けかかりつつ、乗っかっている。この陋屋にも、電気という文明の恩恵は、かろうじて届いていると見える。

 そこへ「いよっ」と案内も乞わず入って来た者は、文豪先生の旧友・妄亭という男である。
「創作に打ち込んでいると思いきや、なんだい、そのざまは」
「創作は一頓挫だ。この暑さには敵わん」
「君の一頓挫は長いからな。月のうち、30日くらいは一頓挫だろう」
「君は暑くないのか」
「暑いだなんてのは、生きている人間の贅沢だ」
「あ」
 と、ようやく、文豪先生は力無く顔を上げて、旧友の方を見た。
「妄亭、君は死んだんだったな」
「思いだしてくれたかい。幽霊には不思議と暑さは感じないようだ」
「羨ましい限りだ」
「君もいっぺん死んでみたらどうだい」
「そうしようかしら。夏の間だけ死んでいるというわけにゃいかんのか」
「そんな都合のいい死に方ってのはないさ。まあ、せっかく授かった命だ。せいぜい大事に暑がるがいい」
「君は、曽呂利の所にある手紙が気になって成仏できなかったんじゃないのかい。あの手紙はどうなった。あいつの所に行かなかったのか」
「うむ、行ったんだがね。曽呂利の言うには、あの手紙は自分が持っていても仕方がないから、葬式の時、僕の棺桶の中に入れたというんだ。そういえば、焼かれる時、棺桶のはじっこの方で紙が燃えていたような気がする」
「じゃあ、もともと手紙のことで、大騒ぎするには当たらなかったじゃないか」
「まあ、そういうことだ」

「だったら、もうこの世に未練はないだろう。さっさと成仏するがいい」
「ところがそうはいかないね。僕は、もともと美学者として『美学原論』なる大著を書こうという構想を持っていたのは、君も知っているだろう」
「書く書くと騒ぐばかりで、一向に書く素振りさえなかったじゃないか」
「それは腹中深く構想を練っているからだ。どうにも、あれを書き上げるまでは成仏するわけにはいかない。これをこの世に残していかないのは、僕の人類に対する義務を果たさないことになるからな」
「そんなもの残さない方が、世の中は丸く納まるぞ」
「それは読んでから言いたまえ」
「じゃあ、こんなところにうろうろしていないで、さっさと家に帰って書くがいい」
「そりゃ、僕の元の家の書斎が一番、書きやすいさ。しかし、僕がこの姿で現れたら、家族がびっくりするだろう。うちは、皆、繊細な神経のものばかりだからな」
「僕に神経がないような言い方だな」
「まあ、怒り給うな。そこで目をつけたのが、君の机と原稿用紙とペンだ。君が、ここで長期の一頓挫をしている間に、あれを借りて書き上げちまおうと思ってね」
「君に貸すのはいやだ」
「いいじゃないか。君は、そうやって夏バテにいそしんでいればいい」

「しかし、随分、参っているご様子だね」
 と、妄亭君、やや文豪先生のくたびれ方が哀れになったものらしい。
「うむ。昼間も暑くて困るが、夜も眠れないのだ」
「そうかね。この家なんざ、風通しだけはよさそうだが」
「どうも、悪い夢ばかり見て、一向、寝た気がしない」
「どんな夢だい」
「人が斬り殺されて、血まみれの死体なぞが出てくる」
「ふーん。なるほど・・・そうか、やっぱりなあ」
 妄亭君、腕組みをして深くうなずいた。
「何か、心当たりでもあるのかい」
「君、知らんのか。このあたりは、昔は古戦場だったんだぜ。鎌倉への通り道であるばかりじゃなく、こういうだだっぴろい野原があるんだもの。いかにも古戦場向きじゃないか。まあ、昔の侍の血が染み込んでいる土地といってもいいね」
「気味の悪い言い方するなよ」
「ちょっと掘り返せば、人骨がごろごろ出てくるそうだぜ。この借家が安いのも、あたりに家が建て込まないのも、案外、そのたたりがあるからかもしれないぜ。こう見えても、僕は幽霊の専門家、というより当事者だからな。僕の言うことは聞いておくがいい」


 ♪高い山から~ 低い山見れば~ 低い山の方が~ どうしても低い

 わけのわからない歌を歌っているのは文豪先生である。
 都会の中心地に用事があって、珍しく出かけていった帰り、最終電車で駅に着いた。いささか酩酊の様子で、手には料理屋の折り詰めをぶら下げているといった、古典的な酔っぱらいの様式を守っている。

 野原のまん中へ来て立ち止まり、夜空を見上げた。雲が多く、お月様に暈が掛かって霞んでいる。妙に水蒸気の多い夜である。
 静かだと思っていた野原が、鳴動しているようであった。足下から何か響きが伝わってくる。
「地震かな」
 いや、そうではない。地震にしては、いやにリズミカルである。
「馬の蹄の音だ」
 そう、直下の足下から、初めは一頭、そのうちに数頭、さらに増える。だんだん、近づいてくるらしい。
「あれだ」
 向こうの方に、火がちらちら見える。だんだん、大きくなる。馬に乗った男が、松明を掲げているものと見える。
 ふと脇に、大きな獣がいるような気がした。見ると、人間である。大きな男である。鎧兜の姿で、よろよろと槍を杖代わりにすがって歩いている。顔は真っ暗で見えない。が、かすかに血の匂いがする。
 馬に乗った男達が近づいてくる。彼らもやはり、鎧に身を固めている。
 地上の男を馬がぐるりと取り囲んだ。やにわに馬上の一人が大刀を抜く。地上の男は構えようとする。
 その途端、後ろにいた馬上から槍が、びゅうと音を立てて地上の男の身体に突っ立つ。
 男は倒れかかるところを、大将らしき男がぐいと引き寄せて、その首を馬の鞍の前の方に押しつける。小刀を取り出して、首に斬り込む。兜をつけたままの首が胴体から離れる。
 よく見ると、馬上の男の腰のあたりから、いくつも首がぶら下がって、馬が動くと不器用に重たげに揺れる。あれらが、あの男の「手柄」ということになるのだろうか。
 馬たちが囲みを解いた。首のない侍はまだ立っている。まだ、槍にすがって立っている。そのうちに、二歩、三歩と歩き出した。
 文豪先生は、ぞっとした。思わず、這いつくばって低いところに隠れた。
「まだ、一人いたようだな」
「下総守ではございますまいか」
「探せ」
 また、文豪先生はぞっとした。確か自分は下総守ではなかったか。自分の首が狙われているのか。どうしても自分が下総守であるような気がしてきた。

 文豪先生が隠れたのは、小川の土手の斜面らしい。足の方が下に向かって傾斜して、その底から水音が聞こえる。
 馬の蹄の音は、まだばらばらと聞こえる。恐ろしくて、顔を上げて確かめてみる気がしない。
「雨が降ればいい」
 と文豪先生は思った。
 なにかに、雨が降ると人の気配が消えると書いてあった。さっき見上げた空には、雨雲が漂っていたではないか。
 そう思っているうちに、頬に、しずくが落ちてきた。雨だ。
「もっと、もっと降れ」
 この際びしょぬれになっても構わない。四滴、五滴、雨の滴を感じる。いよいよ本降りになるか。
 
 と思うと、それきり雨は止まってしまった。その代わり、馬の蹄の音も消えてしまった。どこかへ行ってしまったのか。
 小川の流れる音が、変わっている。小川を歩いて、こっちへ来る者がいる。
 さっきの武士であろうか。
 恐ろしくて目が上げられないが、今のうちに逃げなければとも思う。だが、身体が動かない。
「下総守」
 と、声がした。さっきの馬上の武士の声だ。
「父の敵。お主が、どんな卑怯な手段で我が父上を殺したか、忘れたとは言わせまいぞ」
 そうか、俺はこの武士の父を殺したのか。卑怯な手段で殺したのか。
 どんな殺し方だったのか、思い出してしまいそうだが思い出したくない。
「覚悟」
 と、首筋にひどい衝撃が走った。首が飛んだ。不思議に自分の首が飛ぶところが見えた。首は途中で斜面に落ちると、ごろごろと転がって、顔半分が小川の水に浸かった。
 首のあったあたりから、だらだら、というより洪水のように熱い血が吹き出てきた。
 悲しくてならなかった。首がないはずなのに、どこから出てくるのか、止めどもなく涙が流れた。涙は流れとなって、小川に注いだ。きらきらしている。
 雲が晴れて月が出たのだろうか。

 朝だった。文豪先生は、小川の斜面に倒れている自分を発見した。首はついていた。
 首が転がっていったと思われる小川のあたりには、折り詰めが川の水に洗われていた。

「たたりじゃないだろうか」
 と、家に帰った文豪先生は妄亭君に、ことの次第を話した。
 妄亭君はなにやら考え深そうに聞いていたが、話が終わると破顔一笑して、
「馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるわけないじゃないか」
「だって、古戦場・・・」
「ああ、ありゃ嘘さ」
「嘘・・・?」
「出鱈目だよ。ちょっとからかってみただけだ。落ち着いて考えてみたまえ。この科学万能の世の中にさ」
 と、妄亭君はいかにも可笑しいというように身体を揺すって笑いながら、
「幽霊なんているわけがないじゃないか」 
 お前が言うな、と文豪先生は思った。

 
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Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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