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社長の業務:ショートストーリー『不条理落語・落下傘』

社長1熊「ご隠居さーん」
隠「おや、なんだい熊さんじゃないか。まあ、こっちにお上がり」
熊「お上がりったって、上がるわけにいきませんや」
隠「なんでだい」
熊「だって、ご隠居さん、あっし達は今、パラシュートで降りている途中じゃないですか。空中で、どこに上がるってんですか」

隠「そうだったな。落下傘で降りている途中だった」
熊「落下傘だって、古いなあ」
隠「そうかね。あたしなんぞには、パラシュートなんていうよりも、落下傘の方がしっくりくるな」
熊「ところで、ご隠居さん、しばらく見えませんでしたね。どこかへ行っていたんですか」
隠「どこへ行くったって、風の吹くままさ。自分で、どこに行こうと決められるものじゃない」
熊「そうですかね。こうやって、えいっ、えいっ、足を掻けば動くんじゃないですかね」
隠「動きゃしないよ。そんなのは、あたしだって若い頃に試してみた」
熊「若い頃って・・・ご隠居さん、いつからこうやって降りているんですか」
隠「そうだなあ、ものごころついた頃には、こうしていたなあ」
熊「じゃあ、その頃から、ずっとこうやっているんですか」
隠「うん。お陰で、今じゃ上っているんだか降りているんだか、わからないよ。落下傘というからには落下しているんだろうというだけでね。パラシュートなんていわれたら、あたしなんぞには、わからなくなるよ」

熊「しかし、いいお天気ですね」
隠「いい天気だな。一点の曇りもない、とは、このことだな」
熊「ですが、こう、どっちを向いても青い空だと、なんだか張り合いがないですね」
隠「うん。上を見ても青い空、下を見ても青い空だからな」
熊「あっし達が降りていく先には、本当に地面てものがあるんですかねえ」
隠「まあ、まだだいぶ先なんだろう。下を見ても、何も見えないからな」

熊「ご隠居さん、ご隠居さん」
隠「うん? なんだ、熊さんか」
熊「熊さんかじゃありませんよ、空っとぼけて」
隠「空だけに、空とぼける、なんぞはうまい洒落だな」
熊「さっきは、なんで聞こえないふりしていたんですか」
隠「いや、空耳だと思ったんだ」 
熊「ご隠居さん」
隠「なんだい」
熊「パラシュートで降りながら聞く洒落ってのは面白くありませんね」
隠「まあ、地上なら滑ったと言うところだが、ここだと空回りした、てなもんだな」

熊「ご隠居さん、ご隠居さん、これを見てくださいよ」
隠「なんだい・・・あれ、いつの間に双眼鏡なんか持っていたんだい」
熊「まあ、いいじゃありませんか。これ、よく見えますよ」
隠「よく見えるったって、まわりは青い空ばかりじゃないか。そんなものを見たって仕方なかろう」
熊「そんなことありませんよ。大きく見えるんですよ」
隠「ただ青いのが見えるだけなのに、大きいだなんて」
熊「八倍ですよ、八倍」
隠「ただの青が八倍になったって、ただの青に違いないだろう」
熊「いいから試しに見てくださいよ」
隠「何を馬鹿なこと言ってるんだ・・・あ、本当だ、大きい」

熊「ご隠居さん、こう、青いのを目の前にしていると、だんだん、これがガラスかなんかで出来ているような気がしてきますね」
隠「うん、なんだか手を伸ばせば触れそうな気がしてくるな」
熊「ちょっと伸ばしてみましょうか」
隠「よせよせ、空が触れるわけがないじゃないか」
熊「まあ、ものは試しって言うじゃありませんか・・・あっ」
隠「どうしたい」
熊「ご隠居さん、見てください、指先が青く染まっちまいました」
隠「ははあ、それはきっと、空の濃いところに指を突っ込んじゃったんだな」

熊「ご隠居さん、上を見てください。何か落ちてきますよ」
隠「なになに・・・あ、本当だ、おい熊さん、ありゃ人間だよ」
熊「人間ですね。あっし達みたいにパラシュートつけていませんよ」
隠「だから、どんどん落ちてくるな。あ、近づいてきた」
熊「ひゃっ、あっという間に通り越して下に行っちまいましたね。ありゃ何ですかね」
隠「思うに、飛び降り自殺だな」
熊「へえ。どこから飛び降りたんでしょう」
隠「上からだろうな」
熊「どこへ行くんでしょう」
隠「地面・・・あればの話だが」
熊「なかったらどうなるんですか」
隠「そうだなあ。せっかく飛び降り自殺したのに、落ちている間に年を取っちゃって、死因は老衰ってことになるかもしれないな」

熊「ご隠居さん、この話、いつまで続くんでしょうね」
隠「うん、どうにもまとまりがつかないな」
熊「落ちはあるんでしょうか」
隠「落ち? 始まった時から落ちっぱなしじゃないか」
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