みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長の業務:ショートストーリー『蓋を巡る旅』

社長1  僕が公園のベンチで休んでいると、笠を被って杖をついたお坊さんがやって来るのが見えた。胸の前には頭陀袋をさげ、左手には托鉢の鉢、右手を拝むように顔の前に保って歩いてくる。
 今時、托鉢僧なんて珍しいなと思ってみていると、いやによろけている。かなりの年だし、ちゃんと食べていないのか、かなり痩せこけている。
 僕は立ち上がると、僧の手を引いて、
「お坊さん、こっちのベンチでお休みなさい」
 と、今まで座っていたところに導いた。
「ご親切にありがとうございます」
 と僧は、僕に向かって合掌の礼をした。
「托鉢をしておられるのですか」
「はい、このようにして旅をしているのでございます」
 西行の昔ならいざ知らず、今のお坊さんは皆、寺に住んでいるのかと思っていた。僕はなにがしかの金を、その鉢の中に入れてやった。僧は、再度、合掌して礼をした。
「大変な修行ですね」
「はい。私は、あるものを捜しておりましてな」
「あるもの?」
「はい、蓋でございます」
 僕が怪訝な顔になったのだろう、僧は頭陀袋の中から、一冊のお経の本を取り出した。
「これは、だいぶ昔に亡くなりました、私の師匠が私へ授けたものです。珍しいもので、他の寺にはまず伝わっておりませんでしょうな」
 僧の示す和綴じの本の表紙には墨で『摩訶不思議・蓋・摩波利久摩波利他止波羅止止止経』と書いてあった。
「なんと読むのですか」
「まかふしぎ・ふた・まはりく・まはりた・やむぱらやむやむやむ、と読みます」
「いやに、止まるという字が入ってますね。これを止む、と読むのですか」
「はい、私が捜している蓋には、まさにあることを止める秘密が隠されているのです」
「あること、とは?」
「悪です」
「?」
「その蓋を開けることが出来れば、この世のありとあらゆる人の心に住む悪心が止まり、この世に極楽が出現するということが、このお経に書いてあるのです」
 
 僕は、思わず僧の首を絞めそうになって、危うくこらえた。
 なぜといって、僕は悪人なのだ。
 ガキの頃から手癖が悪く、小は万引き、置き引き、こそ泥から、長じては恐喝、殺人、さらには、こっそり世界各地に紛争の火種を撒き武器を売りつけたり、隠れて世界の金融システムをいじっては、一国の経済を破綻に追い込んだり、ここ10何年か以内に起こった大事件のほとんどに関わっていると言っても過言ではない。
 すでに金など腐るほど持っているが、僕が欲しいのは金じゃない。僕の悪事のために、人が困り悩み苦しむのを見るのが大好きなだけだ。これが生き甲斐だし、悪事のない退屈な人生なんて生きるに価しないと思っている。

 これだけの悪事を働きながら、一度も逮捕されたことはない。
 なにか警察と裏で繋がっているんだろうって? そんなことはない。そんな八百長のような悪事だったら、面白くも何ともない。
 意外に思うだろうが、「いい人の振りをする」、これだけで僕は今まで一度も捕まったことがなかったのだ。
 だから、僕は老人を見れば席を譲ったり、手を引いて横断歩道を渡り、毎日、町のゴミを拾い、掃除をし、赤い羽根の募金などには、あまりにたくさん寄付をするので、全身羽だらけになって、赤いビッグバードのようになってしまう。
 自分を一人称で呼ぶ時も、「俺」ではなんだか悪人ぽいので、ちゃんと「僕」ないし「私」を使っているのだ。

 それなのに、この世の悪心を無くすなどと、とんでもないことを言うので、首を絞めそうになったのだが、誤魔化すために、その上げた手を老僧の肩に置いた。一瞬、悪鬼のようになったであろう顔も、再びこぼれそうな笑みに満ち満ちた。 
「お疲れになったでしょう。肩をもんでさしあげましょう、あとで足もさすって上げましょう」
「ありがたいことでございます」
「しかし、お坊さん、本当にそんな蓋なんて、あるんですかねえ。あれば、素晴らしいですが」
 冷静になって見れば、どうも作り事じみた話である。この僧も、ちょっとおかしいのではないだろうか。
「我が師は、修行を積まれた徳の高い方で、常人には出来ないような能力も身につけておりました。おそらく、晩年には、その蓋がどこにあるか、わかってはいたのでしょうが、実際に開けることは果たせず亡くなりました。私も師について及ばずながら修行をしたのでございます。師匠にはとてもかなわないが、いつか見つけられると信じております・・・そうそう」
 と老僧は僕の方を振り向き、
「お布施をいただき、また肩まで揉んでいただいて、何かお礼をさせていただきとうございますが、何か欲しいものはおありでしょうか」
 先にも言ったように、僕は金など余っている。欲しいものだって、好きなだけ買えるのだ。だが、それを口に出すわけにもいかないから、
「そうですね。喉が少し渇いたから、飲み物でも」
「何が飲みたいですか」
「そうですね。コーラでも」
 本当はビールでもあおりたいのだが、昼日中から飲んでいると悪い人と見られかねないので、あくまで爽やかな青年を装うのだ。
「コーラは、ペペシですか、コルクですか」
「では、ペペシを」
 老僧は右の掌を上に向けて差し出した。すると、ぽわっと煙が上がり、次の瞬間、紛れもないペペシ・コーラの350mlの缶が老僧の手の上に現れた。
 手品か・・・それにしては、種を仕込む時間なんてないだろう。僕は彼の師匠が常人の及ばない能力を持っていたという言葉を思い出した。
 こやつも、特殊な能力を身につけているのかもしれない。本当に、マハリク・マハリタ・ヤンパラヤンヤンヤンとかいう経にあることを実現してしまうかもしれぬ。

 僕は、こいつを抹殺することにした。
 そのお経のことをもっと聞きたい、と言って、僧を誘い出した。
 国産の大衆車に彼を乗せて(いい人に思われるには高級車はふさわしくないのだ)、ある高層ビルに着いた。
 本当は、このビルは僕の所有物で、中では僕の悪事を援助し、徹底的に隠蔽する優秀なスタッフが働いているのだが、高層ビルなど持っているのは、いい人っぽくないので、ここの掃除夫ということになっている。
 地下の電源室やら配管室やらがある部分の片隅に掃除夫のロッカールームがある。その右から三番目のロッカー、これだけは特殊な認証システムにより僕の指示でしか開けられないようになっている。
 僕はロッカーの中に入り、僧侶を招き入れた。ロッカーの奥には、秘密のエレベーターの入り口が隠されており、僕らは最上階へ向かった。
 そこが僕の根城だ。分厚い絨毯、重厚な大きなデスク、高級な応接セット。
 一方の壁には億単位の値段の絵画、反対側の壁にはたくさんのモニターがはめ込まれ、僕の企んでいる世界中の悪事の進行状況がわかるようになっている。
 今、右上隅のモニターに、三丁目のスーパーで、部下がうまい棒の万引きに成功したという報告が表示された。これは、来週、僕自らが行う予定のガリガリ君万引き計画のテストで、店内の状況、監視カメラの設置、店員の配置、逃走経路などについての情報をもたらしてくれるだろう。
 僧にソファを勧めてから、僕は机の上のパソコンから次の指示を出しながら、にこやかに
「お坊さん、びっくりしましたか。ここが僕の部屋です」
 そう言いつつも、手はデスクの引き出しに移動する。
 僧侶は黙って合掌した。デスクの引き出しの中の拳銃を取り出す。 
「滅多に外部の人は入れないのですが、お坊様は特別です」
 再び、僧は瞑目し合掌した。
 拳銃を構えた。銃口は、その丸い頭にぴたりと向いている。引き金を引いた。甲高い音が部屋に響く。僕の射撃の腕は百発百中だ。しかも、短距離だ。
 ここは僕の本拠地。あとでスタッフに命じて、家具も絨毯も取り替え、血に染まったそれらは僧侶の遺体と共に焼却してしまう。

 僧侶は、目を開けた。そして僕をじっと見た・・・のではなかった、自分に向かって飛んでくる弾丸を見つめていたのだ。
「なあんだ、こんな所にあったのか。これこれ、私の捜していた蓋はこれですよ」
 そういうと、目の先の弾丸を指で摘み、薬のカプセルか何かのように、それを開けた。中はからっぽになっていた。その空洞を僕の方に見せた。
 小さな穴なのにも関わらず、中に青空が拡がっていた。何かの花のような香りがそこから漂ってきた。
 その匂いを嗅いだ僕は、再びパソコンに向かい、現在進行中の計画をすべて中止するよう指令を出した。

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いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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