FC2ブログ

みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長の業務:ショートストーリー『怪に守られた話』

社長1  甚兵衛さんの所で話し込んでしまったら、さすがに秋の日はつるべ落としと言うだけあって、日暮れ時になってしまいました。
 泊まっていったらいい、と言ってくれましたが、翌日、用があったものですから、提灯を借りて帰ることにしました。
 池の脇の道に出た頃には、とっぷりと日が暮れて暗くなってしまいました。
 片側には武家屋敷の塀が続いており、片側は淀んだ陰気くさい池です。なんだか、背中が薄ら寒くなってくる。
 ただでさえ気味の悪い道だというのに、この頃は日が沈むと江戸の町はたいそう寂しくなってしまうのです。
 亜米利加のペルリが黒船に乗って浦賀へ押し寄せてきて以来、攘夷とやらを叫ぶ人がおりましたが、この頃は、だんだん物騒なことになってきた。桜田門外で井伊様が殺されてからでしょうが、無闇と暗殺というものが流行るようになったらしい。
 さらには、刀をひらめかせて商家などに押し入って「攘夷の軍資金を寄こせ」などと言う連中も現れるようになった。侍の恰好をして志士を気取っていますが、なに、実は近郷近在から流れ込んできたごろつき同然の奴らで、ただの強盗に違いありません。
 それから辻斬りというものが流行る。夜陰に乗じて、通行人を斬るのです。持っている金を狙ったり、刀の試し切りだったり、なかには楽しみで人を斬るという恐れ入ったやつもいるらしい。
 だから、日本橋のような江戸で一番賑やかな通りでさえ、日が暮れると店を閉めてしまうようになった。
 ましてや、私が歩いていたのは、むしろ江戸の中でも指折りの寂しいところです。こんな世の中になる以前だって、河童にからかわれたり、水の中に引きずり込まれるなどという話があったところです。
 そんな化け物にしても、いきなり暗闇でずんばらりんと人殺しをするようなことはなかった。人間に比べれば可愛らしい、というものでしょう。

「・・・・・・」
 おや、と、私は思わず立ち止まりました。今、闇の中から何か聞こえなかったか。
 提灯の光りが照らせるのなんて、わずかなものです。おまけに、その夜は雲が出て月も隠れてしまっている。真の闇というものです。
 ふと、提灯の灯を消した方がよくはないか、という考えが浮かびました。その提灯を目当てにして、例の物騒な手合いに狙われているのではないか、という気がしてきたのです。
 そう思うと、足の裏から頭の上まで、ぞっとしてしまって、却って手が動きません。歯の根が合わなくなります。息が短くなります。手元の提灯が、大きくなったり小さくなったりするように見えます。
「おじちゃん」
 おや、子供の声。ついに、子供までが辻斬りをするようになったのか。世も末とは、このことだ・・・。
「おじちゃん」
 再び声がして、小さなすべすべした柔らかい手が、私の手を握ってきました。
「お前、私を斬ろうってえのかい」
 あとで思えば馬鹿なことを聞いたものですが、その時は真剣です。
「いやだなあ、おじちゃん、そんなわけがないじゃないか」
 そして、からからと笑いました。確かに無邪気そうな小さな子供の声です。
 それを聞いて、身体が少し緩んで動くようになりました。声の方へ提灯を近づけると、暖かそうな灯に照らされて闇の中に七、八歳くらいの子供の顔が浮かびました。
「なあんだ」
 と、ほっとしかけて、今度は何故、こんな子供が今時分、それも一人でこんな寂しいところに立っているんだ。今度は、そのことが怪しくなってきました。
「お前、こんなところで何をしているんだい」
「あたいかい? おじさんを待っていたんじゃないか」
 私はまた、ぞーっとしてきました。こんな所で、私に用がある子供がいるわけがない。 
 すると、子供は、私の気配を察したかのように、ちらりと笑むと、握っていた手を離して後ろに一歩退いたようで、闇の中に吸い込まれるように消えてしまいました。
 私は、そのままじっとしていました。提灯の蝋燭が、ぢぢぢ、と音を立てました。
 子供は、まだそこにいるのだろうか。立ち去る足音も聞こえなかったのですが、さっきまであった身体の温みが消えてしまったようです。子供の形に、ひんやりとした気があるようです。
「おい」 
 声をかけたが返事がありません。腕を伸ばしてみましたが、ただ空を切っただけで、子供には触れません。
 また、背筋を悪寒が走り、小便を漏らしそうになりました。
 私は、そこで立ち小便をすることにしました。そうすれば、気が落ち着くのではないかと思ったのです。提灯を地面に置いて、着物の裾をまくりました。
 真っ暗な中で、傍らにぽつんと蝋燭が光っている。その傍らで、そんな用を足すというのは妙なものです。
 他人に見られたら、それこそ、何かの怪だと思われるかもしれません。そう思うと、なんだか可笑しさがこみ上げてきました。気持ちが落ち着いてきたのでしょう。

 あまり恐いという気持ちが過ぎて、何か幻でも見たのかもしれない。あるいは、その気持ちに怪がつけ込むのかもしれない。
 それなら、もう、構わずにさっさと帰るにかぎる。私は、再び提灯を手にすると、家の方へ足を速めました。
 ところが、いくらも行かないうちに、こんどはあたりの闇がこちらにのしかかって来るような気がしたのです。なにか、闇が岩にでも化けて私を押しつぶしに掛かっている、というような。
 私は立ち止まりました。息が苦しくなりました。
 ちゃり、という銭でも落としたような音が聞こえました。
「一人だな」
 闇の中から野太い男の声が聞こえました。すると、別の声が、
「商人らしい。金を持っているかもしれない」
 さっきの、ちゃり、という音は、刀の鯉口を切った音かもしれない、という恐ろしいことに思いついてしまいました。今度こそ、足が震え始めました。立っているのが不思議なくらいです。ゆらゆらと震えるのです。安政の頃の大地震よりも揺れているような気がします。
「おい、金を出せ。出せば、命までは取らぬ」
 私は答えられません。声が出ないのです。確かに、懐の財布には何両かありました。ですが、手は固まってしまって、財布を差し出すとも出さないとも、どうにも動かないのです。
「ふん。先に斬ってから金を捜せばよいわ」
 刀を抜く音が、聞こえました。もう一人も続けて抜刀したようです。もう駄目だと思いました。別に覚悟が決まったというようなものではありません。ですが、声も出ない、逃げることも出来ない、どうにもこうにも、しようがないのです。ただ、頭の中で、もう駄目だ、もう駄目だ、と繰り返すばかりです。

「おじちゃん」
 と、声が聞こえたようでした。また、空耳かと思いましたが、闇の中の辻斬り達が、
「む」
「子供の声か?」
 と呟きました。彼らにも聞こえたと言うことなのでしょう。確かに声はしたということになります。
 私同様、というより、奴らの方が戸惑った気配がしました。刀という物騒なものを構えながらも、それをどう動かしていいのかわからなくなった、そんな感じがありました。
「どこだい」
 自分でも知らないうちに聞き返していました。
「ここだよ」
「どこだい」
「ここだよ、ここ」
 何やら不思議な感じがしましたが、声の聞こえるあたりへと目で辿っていきました。目は上へ上へと昇っていきます。
「あっ」
 ずいぶん上の方で、青白く輝くものがあります。その光りで、武家屋敷の高い木の梢が照らし出されているくらいでした。
 光りのまん中に、あの子供の顔がありました。まぶしいので、どんな表情をしているのかわからないのですが、確かにあの子供だと思いました。
「わあああああ」
 声を上げたのは奴らでした。光りに照らされて、確かに浪人者だというのがわかりました。もとは百姓でもあったような四角い無骨な顔でした。どこかの村の暴れ者が、近頃の攘夷騒ぎに紛れて一稼ぎしに江戸に出てきたのでしょうか。
「逃げろ、逃げろ」
 こけつまろびつ、とは、このことでしょう。刀も放り出してよろよろしながら逃げていきます。一人は、余程恐ろしかったのか、
「わあああ、うぎゃああ、わわわわわわわ」
 ずっと、わけのわからない叫び声を上げていました。もしかすると、既に狂ってしまったのかもしれません。
 光りの中の顔は、しばらくゆらゆら揺れていましたが、すっと小さくなって人魂のような火になり、ふらふらと宙をさまよって、一回りしたかと思うと、どこかに行ってしまいました。
 武家屋敷の中から、
「見たか」
「怪しの火」
「彗星か」
 と騒ぐ声が聞こえました。

 それきり、何も起こりませんでした。私は、無事に家まで帰り着きました。
 つまりは怪が辻斬りから守ってくれた、ということになるのでしょうか。
 もう、ずいぶん昔の話になりますが、あれが何だったのか、いまだにわかりません。なぜ、あの子供、のようなものは私を守ってくれようとしたのか。 
 この話を聞いた人は、
「あなた、生き別れになった子供をお持ちだったのではありませんか」
「あるいは、どこかで子供を助けたことがあるのではありませか」
 などと言います。
 その霊のようなものが私を救ったのではないか、というのですが、こちらは一向、思い当たることがないのです。
 例の甚兵衛さんは、私の話を聞いて、こんなことを話してくれました。
「この間、日本橋であなたの後ろ姿を見かけたのですよ。声をかけようとしたのですが、ふと見ると、あなたの後ろを小さな男の子が付いていく。
 それも妙なのです。真っ白な着物を着ていましてな。お日様が当たると、真珠か何かのようにぴかぴか光るのです。
 誰だろう。あなたの息子さんはもっと大きいし、店の小僧さんにも見えません。
 あなたは、心当たりがありませんか。そうですか。なんだか、橋の上を風が吹き抜けると煙のように消えてしまったようです」
 よくわかりませんが、ともかく何かに守られているのだったら、有り難いと思わなければなりません。

 いえ、御一新以来、文明開化とかで、人々はこんな話は聞きたがらなくなりましたが、あなたがたってに、とおっしゃるので久しぶりに申し上げたような次第です。

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

文豪堂

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR