みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長の業務:からだそだてと体育

社長 どうも、学校の体育がらみの体罰で生徒が自殺したなんて話題で、世間が騒がしいのである。
 社長は個人的には、「体罰は愛の仮面を被った暴力」であり「暴力は暴力を拡大再生産する」と考えているので、絶対反対なのだが、ちょっとその前に「体育」という言葉を考えてみたいのである。
 からだという言葉と育つ、育てるという言葉が組み合わさって「体育」なのである。
 だが、学校の授業や部活でやっているのは、あれは「身体を育てる」ではなくて「スポーツ」だと思うのである。
 スポーツというのは、勝ち負けの世界である。上手な順番にヒエラルキーが作られる世界である。
 まあ、それはそれでいいのである。そういうものであり、それなりに面白かったりよかったりするのである。

 だが、やはり身体を育てる、ということとは違うと思うのである。
 身体というのは、一生、死ぬまでつきあっていくもので、強い身体にせよ弱い身体にせよ、また障害や病気をもった身体にせよ、それはその人にとってかけがえのないものである。
 去年話題になった「困ってる人」という本を書いた大野更紗さんなんて方は、ある日突然、極めて症例の少ない難病にかかってしまって、それと付き合いながら生きて行かざるを得ないことを、そういう「くじを引いて」しまったことして受け入れ、且つ拠点として生きていこうと考えておられるようである。

 そういう身体が本来、個々人にとって持っている意味と、スポーツが中心になってしまっている「体育」との間に、社長は強い違和感を感じているのである。
 運動選手を目指す人ならともかく、普通の人にとって「はい、あなたは駆けっこで何番目ですよ~」というようなことが、どれだけ意味を持つのだろうか。自分の身体を、そういう序列の中に位置づけると言うこととと、「身体を育てる」ことにどういう関係があるのか。
 いや、身体を育てるどころか、体罰問題に見られるように命を奪ってしまったり、過去にドーピング問題に見られたように、むしろ勝つために身体を傷つけてしまったりするような価値観と親和性のある「体育」って、何なんだろう、と思うのである。
 現に社長は、高校時代、がんがん野球をやっていたのに、卒業と同時に10メートル離れたコンビニにも車で行くような生活になったために、若くして心臓をおかしくしてしまった人を知っているのである。ね、N君。(イニシャルで勘弁してやる)

 社長の学生時代だから、もう太古の昔、ジュラ紀ぐらいになるが、ある友人が「別冊宝島 東洋体育の本」というものを学校に持ってきたのである。なんせ古い本なので、アマゾンでも中古品しか無いのである。津村喬という人の編著で、この人は中国気功を早い時期に日本に紹介した人の一人である。
 内容は、気功・導引術、ヨガ、体操、ストレッチ、食養生等、インド、中国、日本といった東洋で古くから伝わってきた身体に関する智恵を紹介するものであった。
 だが、もっと大事なのは、一人一人違う自分の身体に対する認識を深めることこそ、真の「体育」なのではないか、という思想が貫かれていることなのであった。
 社長は、なんだか、これで目が覚めてしまったような気がしたのである。

 ここまで書いたことで、察しがつくだろうが、社長はあまりスポーツが得意ではないのである。子供の頃から身体が弱かったせいもあるが、苦手なもんだから、体育部の体罰問題などが起こると尻馬に乗ってスポーツや学校体育の悪口を言ったりするのである。
 しかし、上に揚げた本の思想は基本的に正しいと思っている。
自分の身体への認識を深めるという思想に裏打ちされていないと、スポーツはとんでもない方向に行ってしまう可能性があるのである。

 雀百まで踊り忘れず、社長は、大昔に出会った本の影響で、今でもある種の簡単な気功法を続けている。
 といって、それで劇的に健康になったとか、超人になったとか、空が飛べるようになったとか言うことはない。
 風邪は引くしお腹は壊すし、相変わらずどんくさい身体でしかないのである。
 それに、相変わらずせっせと不養生もやっているので、なんだかわけがわからないのである。(ただ、ある慢性疾患がかなりよくなったのだが、それが気功のお陰かどうかは、証明の方法もないのである)

 いったい何のために続けているのやら知らないが、習慣になってしまっているので、やらないと気分が落ち着かないという「小言念仏」的な面がないでもない。
 ただ、一日にある時間、自分の身体と向き合っている、という感覚は持っている。そういう時間を持つことは、多くの人にとってもいいことなのではないだろうか。
 別に、東洋体育でなくてもいいのである。そういうものは、非科学的だとかオカルト的だとか言って嫌う人もいるだろう。
 歩いたって、ジョギングしたって、あるいは深呼吸やストレッチでもいいのである。もちろん、スポーツだっていいのである。イチローさんのように優れた自己認識をスポーツを通して得る人もいるのである。
 今、ここにあなたとともにあって、あなたの命が終わるまでお付き合いせざるを得ない身体と少なくも一日一回、ご挨拶をしてみるというのは、礼儀にかなったことではないかと思うのである。
 
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いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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