みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

ショートストーリー『彼女は思考機械』

社長1  少し考えごとがあったので、カフェに入った。店は混んでいて、二人がけのテーブルがひとつ空いているきりだった。
 その席に落ち着いてみると、隣の席には、椅子にバッグが置いてあって人の姿はない。
 ここは、ショッピングモール内にあるカフェなので、このように席を占めたまま、共用スペースのトイレに行ったり、ちょっとした買い物に出てしまう人もいるようだ。不用心な気もするが。
 テーブルの上には、飲みかけのコーヒー、ペンケースとペン、そしてノートが開いたまま置いてある。ノートには、いろいろ書き込まれているが、私の位置からは文字の判読までは出来ない。
 いや、別に読まなくてもいいのだが、こうも開けっぴろげにされると、まるで読んでくれと言われているような気になってしまう。無意識のうちに、身体がそちらの方へ乗り出しそうになる。
 そこへノートの主が戻ってきた。若い男である。学生だろうか。モール内にある書店の袋をぶら下げていて、それを座席の上に置くと、また、何処かへ行ってしまった。
 ノートぐらい閉じて行ったらいいだろうと思う。
 さて、私も自分のノートをテーブルの上にひろげる。考え事をするときは、ノートにあれこれ思いついたことを書き連ねながら考えるのが習い性になっている。
 さて、と集中しようと思ったが、隣の席のノートが気になる。ちょっとだけ覗き見してみようか。ちょっとだけ。まあ、どんな分野のことを書いているのかわかるだけでも、落ち着くだろう。
 少し首を伸ばしかける。

 と……。
 人の気配を感じた。素知らぬふりをして、あさっての方へ視線を向ける。
 若い男が帰ってきただろう、と思って何気なく目を戻すと、彼の座るべき椅子には、なぜか女が座っていた。
しかも、真っ赤なミニのワンピースを着た、髪の長い、肉感的な美女である。私の方を見て挑発的な笑みを浮かべている、ような気がする。手には、ポーチを持っていた。
 戸惑っていると、彼女は椅子を私の方へ寄せてきた。身体がぴたりとくっついた。
 女の体温を感じる。甘い香りが漂ってくる。
 女は口を開くと、
「君は、つまり僕が、あの男の不可侵入性を侵犯しているのではないか、そう思っているのだね」
 私は思わず、顔を見直した。セクシーでハスキーな声だが、いやに言葉遣いが堅苦しい。しかも、第一人称が「僕」である。
「あるいは、彼が戻ってくると、同一空間にふたつの物体が、つまり彼と僕の身体のことだが、存在することになると懸念しているのかな?」
 彼女の使う難しげな言葉が、私の頭にうまく収まらない。
 なにしろ私の考え事というのは、お馬鹿ショートストーリー『おなら侍・ぷーざえもん』のネタを考えることなので、まるで性質が違う。熱い油に水を落としたように、頭の中がぱちぱちと音を立てて混乱している。
「だが、空間とはいったいなんだろう。いや、平たく言えば『ここ』とは何かということになるのだが」
 全然、平たくない。
「彼がいた時の『ここ』と、今の『ここ』が同じであると、厳密に証明できるだろうか。すでに、我々を載せた地球は宇宙空間の中を移動してしまっているのだ。『ここ』が『ここ』である基準とは何だろう。ましてや、時間も空間も伸び縮みするとすればだ。そもそも、『彼』なるものが確かに存在したといえるのかね。つまり、この議論は成立するものなのかどうか」
 私は、ただ悲しげに彼女の顔を見つめるだけだった。すると、不意に
「おっと、戻ってきた」
 彼女は、そう呟くと、ポーチからなにやら布きれのようなものを引き出し始めた。白いハンカチかと思ったが、そんな小さなものではなかった。なぜ、ポーチに収まっていたのか不可解だが、シーツほどもある大きさだった。しかも、白い毛がたくさん生えている。毛皮のようだった。
 次に、彼女はそのもじゃもじゃした物のなかにパンプスの足を突っ込んだ。そして、いやらしく腰を振りながら、たくし上げていって、その中に姿を隠してしまった。
 犬であった。シロクマのようにも見える、大きな犬の着ぐるみだった。
 そこへ、あの若い男がやってきた。モール内の商店の袋をぶら下げて、我々の前に突っ立っている。
 当然ながら、彼のものであるはずの席に座っている大型犬をいぶかしげに見ている。次に、もの問いたげな視線を私に向けた。私は視線をそらした。
 何度か視線が彼女と私の間を往復した後、そのまま袋を椅子の上に置いて、またどこかへ行ってしまった。
「うまく、やり過ごしたな」
 着ぐるみから首を出した女が言った。うまくやり過ごしたことになるのだろうか。
 彼女は、着ぐるみをポーチにしまって、元の姿に戻ると、また私に身体を寄せてきた。
 そして、私の耳に息を吹きかけると、
「君は今、お笑いのショートストーリーを考えている。そうだろう?」
 私は驚いて、
「あなたは、何者ですか?」
 女はたっぷりと間を取ってから、
「思考機械とでも呼んでもらおうか。あらゆることを光速で考える奇跡の頭脳だよ。もう自分で考えることなど考え尽くして、近ごろは、他人の考え事を考えてあげるのが楽しみになっているのさ。君の考えなども、とっくに読めている。君を一目見れば、バカなことしか考えられない顔だとわかるからね」
 私は、腹を立てるどころか、呆れて彼女の顔を眺めるばかりである。
「ちなみに、君の今のアイデアでは、主人公の決めゼリフは『こりゃ参った、うぴょぴょーん』にするつもりらしいが、『参った参った参ったちゃんのぷっぷくぷー』の方が切れがいい。そう思わないかね」
 もはや、私の頭の中はガラス張りらしい。彼女の言うことが正しいように思われたので、さっそくノートする。
「主人公も、おなら侍より、ふんどし大将の方がいいと思うが、どうだろう」
 私はメモを取り続ける。
「ところで、先ほど君は、この僕の前のテーブルの上のノートの中身を読みたいと思っていた。そうだね?」
 ノートを取る私の手が止まった。
「図星らしいね。他人のことを覗き見したい、というのは、いかにも君らしい小市民的な欲望だ。一方で、そういうことはみっともない、というモラルのかけらも残っていたので、そこに葛藤が生じた。違うかね?」
 違わない。まったく違いません。
「さて、君の位置からは読めないのだろうが、僕の位置からは、よく見えるのだよ。例えば、僕が気まぐれに、このノートを朗読したとすれば、君は、その内容を知ることができる。どうだい、読み上げてみようか」
 そうして下さい、とは言い出せなかった。私の中の「モラルのかけら」のなせる技であろうか。それとも、ちいさな見栄とか恥じらいなのだろうか。
「ふ、思いとどまったか。だが、まだ葛藤が続いているね。では、このノートの中味が小説のアイデアだとしたら、どうする? それも、今までにない斬新なものだ。僕は、古今東西の文学作品に通じているが、このアイデアが実現されれば、文学に革命が起こるだろう。それくらいの画期的なものだ。さて、僕が、今、僕の自由意志でこれを朗読する。君には、まったく責任はない。しかし、たまたま耳に入ってきた、その思想をもって君は作品を書くことができる。この男よりも、先に発表することもできる。どうだい?」
 私の喉がぐびりと鳴り、身体が前へ崩れそうになった。
 ここには、私の名声が待っているのかもしれない。いや、富も輝かしい人生も待っているのかもしれない。今、私が、首を縦に振り、「モラルのかけら」など蹴飛ばしてしまえば、それが手に入るかもしれないのだ。振ろう、うんと言ってしまお……。
「おっと、また来やがった」
 彼女は、再びポーチから着ぐるみを取り出すと、それで身体を包んだ。再び、私の隣に大型犬が現れた。
 若い男が戻ってきて、私の前に突っ立った。先ほどより、はるかに厳しい顔で私をにらみつけている。私の顔から血の気が引いた。
「お前、僕のノートを読んだだろう」
「そ、そんなことはない」
「嘘をつけ、ノートの方をじっと見ていたじゃないか」
「違う、違う、それはこの犬が……」
「犬だって? おい、犬くん、君はこの男が僕のノートを覗き読みしようとしたのを見ていたよね」
 彼女、いや犬は、大きくうなずきながら、うおんと吠えた。とても、あの女が出した声とは思えなかった。
「ほら、犬くんだって、そういっているじゃないか」
 私は、彼女、だか犬だか、もはやわからなかったが、肩をつかんでゆさぶった。
「おい、あんた、本当のことを言え。あんたが、そそのかしたんだろう。あんたが、あんなことを言わなければ」
 男は冷たく言った。
「まだ、白を切る気か。それに犬のせいにしようとしやがって。犬くん、責任をなすりつけられて、どんな気持ちだい?」
 犬は、泣く真似をして、うおーんと悲しげに吠えた。
「そうだろう、そうだろう。悲しいだろう。かまわない、犬くん、こいつをやっつけてしまいなさい」
 うおっと犬は吠えた。私のほうを向いて口を開けた。けもの臭い息が私にかかる。もはや彼女ではない。白い大きな牙が近づいてくる。目の前が真っ赤になる。


Post a comment

Private comment

プロフィール

文豪堂

Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR