ショートストーリー『アラジンくんと古い魔法のラムプ・桃太郎の巻』

桃太郎も住んでいました。
犬とサルとキジも住んでいました。
鬼達も住んでいました。
だから、鬼ヶ島に行く必要もありませんでした。
鬼達はもともと鬼ヶ島に住んでいたのですが、ある時宝物を持ってやってきて、この辺の顔役だったお爺さん、お婆さんに貢ぎ、土地を分けてもらって、田や畑を作ったり、牛や鶏を飼って平和に暮らしを始めたのでした。
「もともと僕らは、海賊や盗賊よりも、こういう暮らしをしたかったんだ」
力持ちで働き者の鬼達ですから、みるみるうちに土地は豊かになりました。爺さん婆さんがだらだらと怠けてばかりいて、川から流れてくるものばかりを当てにしていた頃とは大違いです。
鬼達の顔は労働と収穫の喜びで輝き、村には笑い声が絶えない・・・・・・はずでした。
問題は、札付きの乱暴者・桃太郎でした。そして、その育ての親のお爺さん、お婆さんでした。さらに、犬、サル、キジでした。
そもそも、桃太郎は川から流れてきた大きな桃から生まれたのです。
ある時、河原でごろちゃらごろちゃら怠けていた爺さん婆さんが、
「腹が減ったのう。何か食いもんが流れてこないかのう」
と言ってた所へ都合よく、どんぶらこっこすっこっこと流れてきたのでした。二人は、桃に飛びつくと、夢中で食っていましたが、ふと気がつくと、普通なら種の入っているところへ、まるまる太った男の赤ちゃんが入っていたのでした。
「これは食えるのかのう」
「蒸して辛子醤油なんか、いけそうじゃ」
二人は、珍しく火を焚いたり湯を沸かしたりと、働き始めました。そこへ赤ん坊が、
「オンドレら、なにさらしとるんじゃい」
「知れたこと、お前を食うんじゃい」
「食えるものなら食うてみい。ワシには全身毒が回っとるんじゃ。オンドレら老いぼれの死に損ないなんざ、イチコロじゃい」
(注・このお話に出てくる方言はデタラメです)
爺さん婆さんは、本当かどうか疑いましたが、たまたま出てきたネズミが赤ん坊の鼻を囓った途端「きゅっ」と言って死んでしまったのを見て、信じるしかありませんでした。
いやいやながら育てることにしましたが、名前は考えるのが面倒なので、桃から生まれた桃太郎と安直な名前をつけました。
「オンドレら、もっとステキなキラキラネームを考えんかい」
「名前がついただけでも、ありがたいと思わんかい」
桃太郎はすくすくと凶暴に育ちましたが、仮の親となった爺さん婆さんとの仲は、互いに隙あらば寝首をかいてやろうと言うくらい険悪なものでした。
ただ、爺さん婆さんは、村人達に金品を要求し、断ると
「イヤなら桃太郎をけしかけっど、ワレ」
というように、桃太郎の名を出して恐喝を働くことを覚えてから、やや桃太郎の存在価値を認めるようになりました。でも、
「ワシの名前で巻き上げたもんはワシのもんじゃろうが」
「考えたのはワシらじゃい」
と、それさえも争いの火種になるのでした。(繰り返しになりますが、このお話に出てくる方言はデタラメです)
川を流れてきた犬、サル、キジが爺さん婆さんに食われるのをまぬがれて桃太郎の家来となってからは、人びとに対する暴力はますますひどくなり、村は疲弊しきってしまいました。
「もう、逆さに振っても鼻血も出ないような情けないやつばかりになりくさった」
「親分、ここで少し足を伸ばしてみませんか。噂では西の方に鬼ヶ島という島があって、そこの鬼達はたんまりとお宝を貯めているって話ですぜ。そこに攻め込みましょうや。乱暴はし放題、宝物はつかみ放題」
血に飢えた桃太郎は暴力ふるい放題という流血の空想に酩酊するようでした。
「よし、犬、サル、キジ。その鬼ヶ島ちゅうのを探れ」
桃太郎の行く手に明るい希望が兆し始めたとき、
「こんにちは~」
と、やってきたのが、鬼ヶ島の鬼達一行です。
先にも話したように、何台もの荷車に宝物を積んでやってきました。そして、爺さん婆さんの所に行って、土地を分けてくれるよう頼みました。
欲深い爺さん婆さんは、宝物と引き替えに、村の中でも一番痩せて、なにも実らないような所を分け与えました。そこを鬼達は根気よく手入れして、近郷近在でも一番というような豊かな土地に変えてしまったのです。
面白くないのは桃太郎。宝は爺さん婆さんに独り占めされるわ、鬼ヶ島侵略という美しい夢はもろくも崩れるわ。
「よし、鬼をいじめて鬱憤を晴らそう」
とはいっても、鬼は力が強いので、簡単に手出しはできません。そこで、女の鬼や子鬼など、比較的力の弱いものを、出来るだけ卑怯陰湿な手段でいじめることにしました。
「桃太郎のひどさには我慢できない。鬼ヶ島へ帰ろう」
「いや、ここに理想郷を作るという我々の夢は、もう少しで実現するんだ。がんばろう」
鬼達は、女子供を一人にさせないとか、夜はなるべく外出しないようにして耐え続けるのでした。
そんなある日、お爺さんとお婆さんが河原で昼っぱらから酒を飲んで怠けていると、川上から大きな桃が、どんぶらこっこすっこっこと流れてくるのが見えました。
「おう、桃じゃ。うまそうじゃのう」
「桃は食いたいが、また桃太郎みたいな悪たれが出てきてはかなわん」
「今度は、中からなにが出てこようと、すぐに焼き殺してしまえばいいんじゃ」
二人が桃を拾って、両側からかぶりつこうとしたその時、
「おい、老いぼれのくたばり損ない、その桃を寄越せ」
やってきたのは、桃太郎と家来の犬、サル、キジでした。
「お前にやるくらいなら、捨てた方がマシじゃい」
「わしゃ、名前からして桃太郎じゃ。第一に食う権利はワシにあるわい」
「それなら、名付け親のワシらが新しいキラキラネームをつけてやろう。糞太郎じゃ。お前は、糞から生まれた糞太郎じゃ。あっちへ行って糞でも食ってろ」
「なにを。オンドレらこそ、糞ジジイに糞ババアじゃ。肥だめの底で、はよ死にさらせ」
「この糞太郎め、もう我慢できんわ。今日こそ、殺してやる」
「オンドレらこそ、今日が命日じゃ」
こうして両者の間に最終戦争が始まりました。
爺さん婆さんは宝物で買いためた最新兵器を繰り出します。桃太郎と家来達は、血の中に脈打つ暴力性を爆発させます。
双方とも凶暴さ、残忍性、陰湿さ、卑怯さでは、互いにひけをとりません。その、恐ろしい、むごたらしい、胸の悪くなるような戦いのいちいちについては、あえて書きますまい。
後に残ったのは、爺さん、婆さん、桃太郎、犬、サル、キジの切り刻まれた死体、いや、どれがいずれの身体とも見分けがたい、腐乱し悪臭を放つ肉塊の山であったとだけ申し上げておきましょう。
その時、例の桃がぐらぐらと揺れたかと思うと、皮がぺろんと剥がれて、中からくたびれたフロックコートを着た若者と、頭にターバンを巻いたやせこけた老人が出てきました。アラジン和雄くんと、魔法のランプの精でした。
(前回までのあらすじ:大富豪だったアラジン和雄くんは、だまされて財産を巻き上げられてしまい、ただ一つ、手元に残った魔法のランプとともに旅をしているのでした)
「なんか、変なところへ出てきちゃったね」
「坊ちゃまが、舟にも食料にもなるものを魔法で出してくれ、などとおっしゃるものですから、大きな桃を出して、中へ入れてさし上げたのですが」
「こんな所で拾われるとは思わなかったな。桃の実は、内側から全部食べちゃったし、こんな変なところに用はないから、さっさと行こう」
二人が村の道を通ると、鬼達に迎えられました。なぜか、村を凶悪な手段で支配する悪党どもを退治してくれた英雄という事になっていました。
鬼達は二人を手厚くもてなしてくれました。
鬼ごろしという酒や、オニギリが振る舞われました。鬼姫達の舞い踊りを見たり、鬼ごっこをして遊びました。ただ珍しく面白く月日の経つのも夢のうちでした。
もう、そろそろ旅に出ると、和雄くんが言うと、鬼達はお土産に玉手箱をくれました。
開けてみると、白い煙が出てきましたが、ただそれだけでした。
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