みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長のショートストーリー 『うたかたの人びと』

社長1  三木というのは無礼な男である。 「Nさん、顔が大きくなりましたね」  人の顔をしけじけと眺めて、そんなことを言う。  三木は高校時代の後輩である。どういうわけか、中年に至るまで、時々会っては酒を飲む仲である。何もこんなやつを相手にしなくても、高校時代の後輩なぞ他にいくらでもいるはずなのであるが、腐れ縁というのか、こいつとの付き合いが続いているのである。  どうも、先輩を先輩と思っていない節がある。 「お前に顔のことを言われたくない」  と私は言い返す。  三木の学生時代のあだ名は「カボチャ」だった。ハロウィンの化け物なんぞになりそうな巨大なカボチャである。彼の頭部、及び顔面がそれを連想させるのである。つまり、でかいのである。  若い時は背が高くて痩せていて、顔ばかり大きいので、遠くから見ると道端に突っ立っている道路標識のように見えた。「止まれ」の標識と勘違いしたトラックが彼の前で止まったという噂があった。  中年になると恰幅がよくなり、腹の突出が人目を惹くようになって、顔面と胴体の比率がいくらか人間並みに近づいたのだが、ジョギングなどと言うことを初めてダイエットに成功してしまい、再び交通標識に戻った。 「だから、ダイエットなんて余計なことをしなければよかったんだ」 「でも、体調がよくなりましたよ。動きも軽くなったし」 「でも、顔が大きくなった」 「顔は変わっていない。身体との比率が・・・あ、そうか」  と三木は何かに気づいて、嬉しそうに笑った。昔から、こいつが嬉しがると碌なことがない。私は身構えた。 「N先輩も同じですよ。顔が大きくなったんじゃない。身体が小さくなったんですよ」 「別に痩せたとも思えないが」 「そうですな。痩せたんじゃないですな。全体に縮んでいるんだ。タテもヨコも短くなっているんですよ 「これ以上小さくなってたまるか」  私は小柄である。子供の頃から、クラスで背の順に並ぶと三番目より後ろに行ったことがない。  最近は背の高い女性が増えているので、全日本人を背の順に並ばせるとすると、私は年々前の方へ移動しつつあると言うことになるだろう。  若い頃は小柄だということをコンプレックスに感じないでもなかったが、結婚してからは、どうということもなくなっている。だいたい、女房は私よりも背が高い。  しかし、こうして三木に顔をまじまじと見て言われると、交通標識に見下されているようで、なんとなく面白くない。  そう思って、三木を見ていると交通標識どころか、風船に見えてきた。以前よりも痩せて、身体が糸のように見える。それに結ばれてへらへら軽薄に笑っているやつの顔は風船そのものだ。 「昨日は、三木くんどうだった?」  朝、洗面台の前で髭を剃っていると、女房が話しかけてきた。 「相変わらずさ」  実は、女房も高校の後輩で、三木とは同学年という事になる。私が三年生の時、彼らは一年だった。だから、彼女にとっては、今でも「三木くん」なのである。  彼女とは高校の頃から付き合っていたというわけではなく、卒業後何年もたってから、ひょんなことから再会し、交際を始めた。その頃は、まだ「N先輩」と呼ばれていたような気がするが、いつの間にか曖昧になってしまった。 「私も行きたかったなあ」  彼女も仕事を持っている。近ごろ、忙しいらしい。 「失礼なやつだよ、人の顔を見て顔がでかくなったって言いやがる」 「ハハハ、大きな顔なら三木くんのトレードマークじゃない」 「そして、じろじろ見てたかと思うと『顔が大きくなったんじゃない、身体が小さくなったんだ』とぬかすんだ」  タオルで顔を拭いているので見えないが、彼女が横に来たのを感じた。にやにや笑っているのが、気配でわかる。だが、その笑いの気配が、すっと消えた。そして、向こうへ行ってしまった。 「あの、怒っちゃ困るんだけど」  朝食のみそ汁を飲みながら、女房が言った。 「あなた、本当に身体が小さくなったんじゃない?」 「年かな。年取ると、背が低くなるって言うよな」 「私たち、もう老夫婦だわ  娘もこの春独立して、このマンションに二人だけで棲んでいる。女房にそんなことを言われると、妙にしみじみしてくる。 「これ以上小さくなるのは、困るな」 「大丈夫よ、小さくなったらバッグに入れて運んであげるわ」 「いくらなんでも、そんなに小さくなってたまるか」  娘が幼稚園の頃、お雛様の絵を描くと、必ずお内裏様よりお雛様を大きく描いた。王子様とお姫様を描いても、お姫様が大きかった。  女房は小学生の頃、遠足に行って、引率の先生と間違えられたことがあるそうだ。 会議室で誰かさんが、長々とした報告書を続けているのを聞き流しながら、並んだ顔を眺めていた。 「みんな、顔が大きくなっている・・・」 どことなく出席者達が、三木の体型に似てきたように思えた。なんだか、顔を描いた風船をそれぞれの椅子に結わいてあるように見える。風もないのに、一斉に右になびいたり左になびいたりする。そのたび、上下にもちらちらと動く。 ひとりずつ、針でつついてみるところを想像する。社長が破裂する、常務が破裂する、工場長が破裂する、管理部長が破裂する。コンサルタントが一際、派手な音を立てて破裂する。 みな破裂したのに、会議は終わらなかった。昼になり、昼食が運ばれてきたら、皆の顔が元のように膨らんだ。 「S亭のうな重だろうね」 「S亭のうな重です」 グルメを自認する社長風船と、秘書(こっちは人間のままだった)が重大事項であるかのように確認しあう。無理もない、社長にとって最も重要な仕事は、この月例会議でS亭のうな重を食うことなのだから。 以前、S亭が臨時休業していて、F軒の松花堂弁当が運ばれてきた時は「S亭じゃないのか・・・」声が震えていた。 「いや、S亭のうな重は、余所のとは違いますな」 と常務が社長に話しかける。 「うん、うな重はS亭に限るよ」  議事録にこそ載らないが、会議における最も重要なやりとりが例月の如くに交わされる。 「このうな重は、大きくなりましたか」 私は、となりの山田次長に聞いてみた。 「いや、同じですよ・・・それより」 と、次長は風船にかけていた眼鏡を外して拭きながら言った。 「うな重が大きくなったのではなくて、あなたが小さくなったのではありませんか」 「顔だけ元のまんまだっていうんでしょ」 「いや、そうでもない。全体に小さくなっている。顔も身体も。Nさん、服を作り直したりしましたか 「いや、別にそんなこともありませんが 会議では、例月の如く、何も決まらなかった。新しいアイデアや改革案が提出されると、ああでもないこうでもないと、念入りに難癖をつけて丁寧に潰していくのが、会議出席者の役目だ。 壁に貼られた『変化の時代に即応せよ』という社内標語が寂しげに見えた。 退社する頃には、みな、あらかた風船になっているか、あぶくになっているか、ピンポン球やドッジボールやバスケットボールになっていた。 ビルの出入り口から、大量の泡が洪水のように道路にはみ出し、一斉に駅の方へ向かった。 交差点で信号が変わると、一斉に泡が空に向かって舞い立った。ホームに着いた満員電車からは、風船やボールがこぼれ落ち、シャボン玉の泡が無数に吐き出され、また電車の中に吸い込まれていった。 街を歩いていても、まわりの人がサイダーかコーラの泡のように見えた。しゅわしゅわと音を立てているようでもあり、なにか話し声が聞こえてくるようでもある。 私はどんどん縮んでいるようだった。ただでさえ巨大なビル群がさらに上に伸び広がり、私にのしかかってくるように思えた。 私は、泡にも風船にもならないようである。ただ、そういった泡だか、風船だか、ピンポン球だかの姿をした人間から、会うたびに、 「また小さくなりましたね」 と言われる。 女房は幸か不幸か、人間の形のままである。ドッジボールと暮らすよりは、遙かにマシだろうと思う。もっとも、彼女にしてみると、会う人ごとに、 「あなたは、いいわね。元の形のままで」 などと、やっかみじみたことを言われると、結構、気疲れするそうだ。 「考えてみると」 と、私は言った。テーブルの上のティーカップに女房のハンカチを畳んで敷いたのが、私の指定席になっている。とても座り心地がよくって、どこかへ運んでもらうにも取っ手が付いていて便利だ。 「三木とあんな話をしたあたりから、異変が始まっているな」 「そうかしら」 「うん、三木が悪い。そうに決まった」 「決めてどうするの」 「責任取らせる 「どう責任取らせるの」 「おごらせる」 「私も行っていいかしら」 「もちろんさ。こないだ、君が仕事仲間と行った中華屋がうまかったって言ってただろう。あそこを予約しておいてよ」 店はわかりにくいところにあるというので、K駅の前で待ち合わせることにした。 相変わらず街は、シャボン玉やフーセンガムや水ヨーヨーの形をした人間が大波のように行き来している。私は、さらわれないように女房の頭の上に乗っていた。 見張り台に立つ人のように辺りを見回していたが、 「あ、三木が来た」 沢山の球形をした人波の中で、彼の頭は熱気球のように大きく輝いていた。ごうごうと音を立てているような気がした。 「さすが三木だな。頭の大きさじゃ、他の追随を許さないって感じだな 「僕の大脳皮質は、今だに成長を続けていますからね。先輩こそ、どんどん小さくなりますね」 「世界が広くなっているんだよ」 「三木くん、久しぶり」 「ユリちゃん、元気だった?」 「今日は、思いっきり奢ってもらうわね」 「といっても、先輩はあまり食べられないんじゃないですか」 「それが、食欲は変わらないんだよ。いったい、どこへ消えていくのか」 「無駄な食欲ですね」 「お前こそ、顔を大きくするために食っているようなもんだろう」 「ユリちゃんは変わらなくて、うらやましいなあ。うちの女房なんか、サッカーボールになっちゃったものなあ」 店の中は、やはり客が風船のようにゆらゆら揺れていたり、シャンペンのように発泡していたりした。ピンポン球があちらの壁から、こちらのテーブル、また天井へとめまぐるしく動き回っているのもいた。ウエイターはボーリングのようにゴロゴロ転がって注文を取りに来た。 生ビールで乾杯した。 「不思議だなあ。三木は、手もないのに、どうやってジョッキを口まで持っていくんだろう」 「どうってことないですよ、ほら」 というと、ジョッキがテーブルを離れ、ふわふわ浮いて、熱気球の口元まで移動し、口に合わせて傾いた。 「先輩こそ、ジョッキより小さいのに、よく持てますね」 「どうってことないさ」 と、私はジョッキを持ち上げると飲んで見せた。 「それ、絶対、先輩の体積よりビールの量の方が多いですよ。どこへ入っていっちゃうんだろうなあ。ブラックホールみたいだなあ」 「昔、そんなSFを読んだような気がするな」 「ユリちゃん、どんどん註文してよ。わけわからないけど、今日は僕のおごりという事になっているから」 「悪いわね。こんど、お返しするわ」 「三木にお返しなんか、しなくていいぞ。高いものからどんどん頼んでやれ」 「時価ってのがあるわよ」 「じゃ、それ百人前だ」 「まったく、人の生き血をすするような事しますね。いいですよ、もう、今日はウチを売り払ってでも奢りますから」 ピータン、蒸し鶏、クラゲの前菜、海老の炒め物、北京ダック、青梗菜のクリーム煮、他にも他にも他にも。 店内の球形達は、アルコールも回ったのか、賑やかに、動きが烈しく、色も赤や青やオレンジや黄色や、ぴかぴか光ったり、様々なことになってきた。 「本当に人間ってのは、どんなになっても、飲み食いして騒ぐことだけは忘れないもんですね」 「変われども変わらず、変わらねども変わる。そんなもんだろう」 「変わらないものってどんなもんでしょう 「ウチの会社の月例会議なんか、そうだな。一貫して、無意味で非生産的だ。見事なもんだ」 「ユリちゃんは昔っから変わらないなあ。高校の頃からきれいで格好良かったもんなあ」 「また、お世辞ばっかり」 「おい、気をつけろよ。三木のやつ、ここの勘定を君に押しつける気でいるぞ」 「変わらないわけないじゃないの。第一、名前だって旧姓の押本からNに変わったんだもの」 「ユリちゃんも昔のユリちゃんじゃないのか」 「あたりまえでしょ。行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず・・・」 「なんだっけ、それ」 「鴨長明の方丈記・・・高校の授業で習ったじゃない」 「そんな気もするな」 「よどみに浮かぶうたかたも、かつ消えかつ結びて・・・」 「うたかたって、なんだっけ」 「泡、あぶくのこと」 泡の一団が店を出て行く。それと入れ替わって、別の泡の一団が入ってきてテーブルを占領する。窓の外は、さまざまな色の泡の大河が、滔々と尽きることなく流れている。夜空には、コーラの泡のようなやつらが、しゅわしゅわと立ち上り充満し、かつ消え、かつ結びて。 「鴨長明の言う通りだね。昔の人はいいこと言うよ 紹興酒、もう一本行きましょう、と気前のよくなった三木がウエイターに向かってアイコンタクトを送った。
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Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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