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金井哲夫の編集日記 シーフードスパゲッティー

シーフード
 ちょっと家族で遠出をした帰り、高速道路のサービスエリアで夕食をとることにした。その土地の名物メニューなんかあるのかなと期待したけど、サービスエリアのレストランは全国共通のようで、東京のファミレスとほぼ変わらない品揃えに、ちょいとがっかりした。

 お目当てにしていた、その土地ならではの料理がないとなると、迷う。カツカレーか、スパゲッティーか、中華定食か。ああ、郷土料理のお腹になっていたから、こういう平凡なものには食指が動かない。仕方がないので、メニューの写真からいちばん見栄えがいいシーフードスパゲッティーを頼むことにした。

 しばらく待つと、シーフードスパゲッティーが運ばれてきた。連休最後の日の夕方ということもあってか、おそらくいつもはガラガラのレストランがいつになく混雑して、このパーキングエリアの近くに住むパートタイムの(たぶん)ピンクの似合わない制服を着たウエイトレスのおばさんもビックリして地に足が付いていない様子だった。
 
 わさわさと出されたそのスパゲッティーだが、なんか変だ。写真と違う。メニューの写真では、エビやらイカやら貝やら、魚介類が美しく盛られていた。それを見て注文したのだけど、実際のスパゲッティーの上には何も載っかっていない。緑色のイタリアンパセリだけが、ちょこんと添えられている。
 
食べてみるとシーフードスパゲッティーの味がする。でもそれは、レトルトのシーフードスパゲッティーソースをかけただけのスパゲッティーと変わらない。というか、ソースをかけただけのスパゲッティーそのものだ。味はするけど具なしだ。
 
 具を載せるのを忘れたのか? と疑ってみたけど、イタリアンパセリがスパゲッティーのてっぺんに載っかっていた。あれは最後の仕上げにちょいと飾るものだろうから、それが載っているということは、この料理は仕上がっているのだ。それにしても、写真と違いすぎる。そういうものなのか、と思いつつスパゲッティーを食べ店を出たのだけど、いつまでも釈然としない。
あれは具を載せ忘れたのか、ああいうものなのか。イタリアンパセリが載っていたのだから、やっぱりああいうものなのだろうが、写真と違いすぎる。高速道路に車を走らせるボクの頭の中では、赤いエビの頭がぐるぐると踊っている。

 もしかしたらそのころ、あのレストランの厨房では、こんなことになっていたかも知れない。
調理台の上に、ステンレスの皿に載せられたエビやらイカやら貝やらのシーフードが置かれている。料理長がそれに気づき、「おい、これはなんだ?」と近くのコックに尋ねる。
「シーフードスパゲッティーの具です」とコックは答える。
「それはわかっているが、どうしてここに置いてあるんだ?」と料理長。
すると、若い別のコックがハッとして、包丁でカツカレーのカツを切っていた手を止めて「そ、それ、スパゲッティーに載せるの忘れました!」と告白する。
「具を載せずにお客様にお出ししたのか?」と料理長が驚いて問いただす。
「す、す、すみません!」と若いコックは小さくなる。
その騒ぎを聞きつけて、安物のタキシードを着た支配人が厨房に入ってきて、「具なしのシーフードスパゲッティーをお客様にお出ししたって、まさか……」と青い顔になる。
「これを出したのは誰だ?」と支配人は周囲に向かって大声を出す。
すると、客の注文と配膳に追われてアップアップしていた近所に住むパートタイムのピンクの似合わない制服のウエイトレスのおばさんが、厨房のカウンターの前ではたと立ち止まる。
「それ、私です! ああ、なんていうことを……! 私の責任です。すぐにあのお客さまを追いかけて、平に謝って、こちらに戻っていただいて、具を……」
「キミのママチャリでは追いつかないよ! それに高速道路だ。どこのお客様かもわからないのだぞ!」
「オレの責任です。オレがついイタリアンパセリを載せてしまったために……。ああ! なんてことを!」
 若いコックは手に持った包丁を自分の胸に向けた。
「やめるんだ! キミが死んでも、もう取り返しがつかない。すべては支配人である私の責任だ。一生かけてでも、そのお客様を探し出して、地面に顔を擦り付けて土下座して、具を……」
支配には目に涙を浮かべ、その場に両膝をついてうなだれる。
「あれは……、日曜日の昼だったかな。私がまだ小学生のころ、両親が運転する車で、郊外のドライブインに入って昼食を取ることにしたんだよ。ちょっとお洒落な店でね。うちの生活レベルはよく知ってたから、こんな高級な店に入っちゃって、お父さんは大丈夫なのかと子どもながらに心配して、ドキドキしたのを憶えてる。テーブルに通されて、大きなメニューを広げると、色とりどりの料理の写真が並んでいた。母は、なんでも好きなものを頼んでいいわよ、と言ってくれた。何かいいことがあったのだろう。それなら遠慮なく、と私はステーキを頼もうと思ったのだが、ちょっとページをめくると、そこにはシーフードスパゲッティーの写真があった。赤い大きなエビの頭が目を引いた。イカや貝や、いろんな具材が載っている。私はそれに決めた。母は、えー、そんなのでいいの? と何度も聞いてくれたが、もうそれしか考えられなかった。運ばれてきたお皿は、想像よりも大きくて、あの写真のとおりの赤い大きなエビの頭も載っかっていた。窓の外のキラキラした日差し。店内に流れる静かな音楽。父と母の幸せそうな笑顔。私はそこで最高の時間を過ごした。だから、シーフードスパゲッティーには、特別な思いがあるんだよ」

 支配人は、ひざまづいたまま、そこまで一気に話すと、涙で濡れた顔をみんなに向けた。その顔には、さっきまでの怒りと絶望の色はなく、幸せそうな笑顔になっていた。

「たしかに、平凡なメニューだ。こんな山の中でシーフードなんて、変だと思うかも知れない。でもね、私にとって、それはこの店のシンボルでもあるんだ。あのときの幸せな気持ちを、少しでもお客様に分けて差し上げたい。ここで食事をしたことが、子どもたちの思い出になって欲しい。フードコートで食券を買ってラーメンを啜っている人たちを横目にレストランに入る、そのお客様の優越感に応えられる最高のおもてなしをしなければいけない。だからね、どんなに忙しくても、手を抜いちゃいけないよ。イタリアンパセリを載せるときは、具をダブルチェック。指差し確認だ。いいね?」
若いコックもウエイトレスも料理長も、みな立ったままうなづいた。若いコックは白いコック帽をひっ掴み、涙を拭いた。

「もしまた、あのお客様がこの店にいらして、再びシーフードスパゲッティーを注文されたら、具をダブルにして、みんなで誠心誠意、謝罪しよう」

 なんて話をしたかどうかは、わからない。ただ言えることは、あのレストランに再びよんどころなく入ったとしても、シーフードスパゲッティーだけは絶対に注文しない。カツカレーだな。カツカレーなら、カツが載ってなかったとき、絶対におかしいって確信できるから。

おしまい



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