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金井哲夫の編集日記「お義父さんの腸捻転」

編集日記お義父さんのソーセージパン
お義父さん、つまりのぶちゃんの父親の仰天エピソードは日常的に更新されているのだけど、もう90歳だし、幸い痴呆症はないものの、あまり笑い者にするのは気の毒かと思って控えていたのだけど、もう我慢できない。書く。

お義父さんは、日中、マンションに一人でいることが多いので、訪問看護師をが定期的に様子を見に来てくれることになっている。ある日、その看護師さんから職場にいる女房に連絡が入った。ここから尾籠な話になるのでご注意ください。
お義父さんのお通じがしばらくないとのこと。摘便をしても出てこないから、看護師さんは大変に心配になったみたいだ。その前に、お義父さんは腸捻転を起こして緊急入院した経緯がある。
そのとき判明したのだけど、お義父さんはS字結腸が普通の人よりもずっと長く、便が溜まりやすいのだそうだ。便が一杯になると腸がよじれてしまう。腸捻転だ。そうなった場合は手術をしなければならず、命に関わる。
だから今回もそれを疑って、看護師さんは連絡をくれたのだ。聞けば数日間出ていないという。その連絡を受けたのぶちゃんは、仕事を抜け出すわけにいかず、ボクに連絡してきた。救急車で病院に連れて行ってくれとのこと。
お義父さんのマンションに駆けつけると、看護師さんがボクを待っていてくれた。事情を聞いていると、お義父さんは「昨日の昼に食べたソーセージパンがいけなかったみたいだ」と口を挟んできた。そのせいでお腹を壊したのだと思い込んでいる。お義父さんは、一度思い込むと、もう絶対に他の意見を受け付けない。何日間もお通じがなくて、周囲の人間が騒いでいるのだけど、ソーセージパンと決めてしまったらもう動かさない。
やがて救急隊員が来た。腸捻転の疑いがあることをボクが話していると、「あのね、昨日の昼に食べたソーセージパンがいけなかったらしいんですよ」と横から救急隊員に言う。こういうときのお義父さんは、切迫した様子ではなく、にこやかに、なぜか嬉しそうに話す。人の話を聞かないという面倒な性格ではあるけど、この不思議な朗らかさで、なんとか周囲との人間関係を保っているようだ。のぶちゃんは「首を絞めてやりたい」といつも怒ってるけど。
日本の救急隊員って、ものすごく優しいんだね。お義父さんの話をいっしょうけんめい傾聴してくれる。だからお義父さんは得意になって何度も「ソーセージパン」を連発する。そうじゃないって言ってるのに。
病院に到着し、ストレッチャーに乗ったまま救急室で待っている間もソーセージパンの話をしていた。看護師さんが来て、まずはレントゲンを撮りますからとお義父さんを迎えに来た。新しい人が来ると、その都度かならずソーセージパンの件を伝える。しかし今回は、それに加えて「私のS字結腸は普通の人より長いんですよ、ふふふ」と看護師に話していた。何が嬉しいのだろうか。なんだか自慢してる。
検査が終わって先生に呼ばれて、結果を聞いている間も、お義父さんはしきりにソーセージパンの話をする。先生は「ああ、はいはい」と聞き流し、ボクに向き直ってあれこれ説明をしてくれた。腸捻転一歩手前で緊急入院。
病室に移動するころ、ようやくのぶちゃんが駆けつけてきた。そして、のぶちゃんの顔を見ると、お義父さんはソーセージパンだと話した。
実の娘は、優しく傾聴したり聞き流したりはしてくれない。ガーガー怒る。本気で心配してるからだね。お義父さんは、わからんちんなことを言うと、いつものぶちゃんにガーガー怒られるのだけど、そうなると「何が悪いの?」みたいな、「え、なにそれ、意外」みたいな顔になる。そして、あまり反論はせず、「ふん」と言って黙ってしまう。他人の話には絶対に納得しないのがお義父さんだ。
軽症だったので、一週間も経たないうちに退院できた。でもきっとまだ、ソーセージパンだと思ってるに違いない。

おしまい
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