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金井哲夫の入院日記 その3「ナースコールでゲームの質問をする小学生」

入院日記3
隣のベッドの小学生は、ずーっとゲームをしている。看護師との会話から、入院が決まって父親が買ってくれたという。ソフトはポケモンひとつだけ。「これしか買ってくれなかったんだもん」と看護師に不満を伝えていた。なんだかちょっと生意気な感じだ。

この坊主は、しょっちゅうナースコールを押すのだが、看護師から「どうしましたー?」と聞かれても返事をしない。だが看護師が来るまで呼び続ける。その都度「返事ぐらいしろ!」とボクは心の中で少年を叱咤する。よっぽど甘やかされて育ったのか、看護師を召使いとして扱っているように感じられて不愉快だった。

ここは大人として、ちゃっとカーテンをめくり、「ボク、ちゃんと言わないとわからないよ」と注意してやるべきかと悩んだ。だが、「うん」と素直に聞いてくれればいいが、怒られたと思って泣かれたりしては困る。子どもをいじめた悪いじじいにされてしまう。親以外の人間が子どもを叱ると、大変な社会問題に発展する恐れもあるのが今の世の中だ。泣かれないまでも、無視されたらこれまた困る。気まずく顔を引っ込めるのも格好が悪い。「聞いてる?」なんてせっつけば、また怒られたと思って泣くかも知れない。面倒臭い。だから黙っていた。

しかし黙っていると、あれこれ考えてドキドキしたりイライラしたり悶々としたりする。やらずに後悔するよりも、やって後悔したほうがいいなんて言う人がいるが、どっちみち後悔するのだから、やらずに後悔するほうが得に決まってる。やらなければ自分の頭の中だけで始末できる問題を、現実にやってしまって騒ぎを起こせば、後悔どころの話ではなくなる。じつに馬鹿馬鹿しい。

若い女性看護師たちは、それでもその生意気なガキに、あり得ないほど優しく対応していた。女性にすれば、小さい男の子は可愛くて仕方ないようだ。ボクの姉は、子どものころ母がボクばかり可愛がるので腹が立って仕方なかったと、大人になってから話していた。しかし、自分が男の子を生んで、その気持ちがよくわかったという。「思いっきり甘やかす」とまで宣言していた。

ある日、少年はまたナースコールで看護師を呼び出した。ちょいと年配の女性看護師が来て「どうしたの?」と聞くと、「このステージのクリア方法がわからない」と言った。ゲームの敵キャラの倒し方を教えろと言うのだ。アホか、このガキは? 看護師をなんだと思ってるんだ。親の顔が見たい。

すると看護師は「◯◯くん、そんなこと私に聞いてもわかるはずないでしょ」と少しきつい口調で答えた。さすがに、これには優しい看護師も我慢できないはずだ。ほらほら怒られるぞ、いい気味だと期待に胸を膨らませ、読んでいた本を閉じて世紀の瞬間を待った。

「こんなおばさんにゲームのこと聞いてもダメよ。わかる人を探してきてあげるね」と予想外の親切対応にベッドからずり落ちそうになった。彼女がナースステーションに戻ってほんの数分後、若い女性看護師がやって来た。

「どうした? なんのゲーム?」と、ちょいと姉御風の話し方をする看護師が少年に聞くと、ポケモンのなんたらだと言う。「◯◯と◯◯と、どっち?」と看護師。◯◯だと少年が答えると、「ああ、それなら全クリしてるから、わかるよ。どうした?」と、こっちが泣けるほど優しい。看護師さんも、ポケモン世代だったんだ。そうだよね、若いんだから。そこに妙に感心すると同時に、逆説的に自分がすでに年寄りであることを実感させられて、複雑な気分になった。それはそうと、ゲームを攻略できたお陰で、ある事件が発生してしまった。

その日の夕方、またも少年はナースコールを押し、無言で看護師を待った。看護師がやって来て、「どうしたの?」と優しく声を掛けると、少年はお母さんに会いたいと泣きだした。少年は小学校2年生。考えてみれば、幼稚園を出てまだ1年しか経ってない。半分赤ちゃんみたいなもんだ。コロナの影響で親とも面会ができないため、毎日荷物を届けに、廊下の向こうまで来ているのを知りながら、母の顔を見ることすらできないでいる。それは辛いだろう。

心配して看護したちが何人も集まってきた。人気者だ。そして代わる代わる優しい言葉を掛ける。すると、声をしゃくり上げながら少年が話し始めた。聞き耳を立てれば、ゲームをクリアしてしまったのだが、最後はお母さんとやろうねと約束していたのだそうだ。それを一人でやってしまったので悲しくて泣いていたという。

すると、ゲームに詳しいお姉さん看護師が「大丈夫、それ、クリアしてもまだまだ先があるから。◯◯との対決とか残ってるし。そこをお母さんに見せてあげなよ」と的確にアドバイス。少年は納得したみたいで、ちょっと落ち着いた。

翌朝、少年はまたナースコールを押して黙っていた。すると、あのおばさん看護師がやって来て、「◯◯くん、どうしましたかって聞かれたら、返事してね。何をして欲しいとか、おしっことか、言ってくれたら助かる」と伝えていた。すると少年は「だって……」と口ごもり、ナースコール越しに話をするのが怖いのだと話していた。生意気なわけではなかった。

そして、それから数時間後、少年はまたナースコールを押したが、「どうしました?」と聞かれ「おしっこ!」と元気に答えていた。

つづく
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