金井哲夫の入院日記 その7(手術編)「手術って、思ってたのと違う」

入院翌日はさっそく手術。ばたばたと準備があり、夕方から絶飲食。でも、ぜんぜん不安でも怖くもなかった。胆石がなくなって、心置きなく唐揚げが食べられるようになると思うとワクワクする。
翌朝、足に血栓ができないように、特別なきついストッキングを履かされた。麻酔で寝かされると寝返りも打てないし、数時間まったく同じ姿勢でいるため、脚に血栓ができやすいらしい。エコノミークラス症候群のもっと徹底的なやつだ。そして、大腸の内視鏡検査のときみたいな紙パンツを履き、手術着に着替えてベッドで待機。手術着というのは方のところがホックで留めてある、ワンピースみたいなやつ。そのホックの理由はあとでわかることになる。
こうして、これまで経験のない支度をしていると、これから手術を受けるのだという実感が、まさにリアルに湧いてきた。ちょいと緊張してくる。間もなく看護師さんが迎えに来た。手術とはいえ重篤な病気ではないので、看護師さんと和気あいあい雑談をしながら、点滴棒をコロコロしつつ自分で歩いて手術室へ向かった。しかし手術室のドアの手前まで来ると、付き添いの看護師は「私はここから先へは入れないので」とボクを突き放して帰ってしまった。あれま、ちょいと不安になる。
看護師さんに入るように言われた大きな自動ドアの向こう側が、手術室。先生や看護師たちが忙しく準備に動き回り、緊張度はマックスに達しているに違いない。これから彼らは、一人の人間の命を預かるのだ。執刀医の手元がちょいと狂えば、ボクはころっと死んでしまう。さっきまで軽い気持ちでいたのだけど、そこで覚悟を決めたボクは、自動ドアに向かって歩いていった。
ドアが開き中に入ると、麻酔の先生を筆頭に、助手の看護師さんと思われる人たちが6〜7人ほどが一列に並んでボクを出迎えてくれた。なかの一人、若い女性の看護師さんがにこやかに歩み出て「私が担当ナースの◯◯です。よろしくお願いします」と明るく挨拶すると、他のメンバーも「よろしくお願いしまーす」と笑顔で頭を下げた。手術室というより、客の少ない旅館で久しぶりに来た客を従業員全員が「いらっしゃいませー」と出迎えたみたな感じ。これから体に穴を開けられて臓器を取り出されるという血なまぐさい雰囲気も、緊迫感もまるでない。想像とずいぶん違う。
さて、またしても自分で歩いて手術台まで行き、「そちらにどーぞー」と軽く言われ、自分でよじ登って横になる。するとシーツみたいなのをかけられ、手術着を剥ぎ取られた。手術着は、肩のホックがパチパチと外れて、寝たまま一気に脱げる形になっていたのだ。
床屋が白い布を首にかけるときと変わらない軽度で物事が進む。麻酔の先生が近づいて来て、「ちょっとピリッとしますからね」と点滴の管に麻酔薬を注入した。看護師さんが「間もなく眠くなりますよー」と言ったが、ぜんぜんそんな気配はない。大丈夫なのか? だいたいキミたちは、軽すぎるのだ。手術だぞ。命がけなのだぞ。もっと深刻そうな顔はできないのか? 麻酔薬が薄いんじゃないのか? などと不信感を抱いた次の瞬間、先生の言うとおり、不覚にも薬を入れた左腕から頭の左側にかけて痺れてきた。犯罪映画で睡眠薬入りの酒を飲まされ、「くそっ、盛りやがったな!」と倒れ込む悪役の気分。
次の瞬間、「はーい、終わりましたー」という看護師さんの明るい声で気がついた。寝ていた感覚がまったくないので、目が覚めたというより、急に呼び掛けられて「ん?」と気がついた感じ。
麻酔で眠らされる直前に執刀医が入ってきて、声をかけられたのはうっすら覚えてるけど、目が覚めたときにはもういなかった。先生はお忙しいのだなと関心していたのだけど、じつはボクがストレチャーに移され病室に運ばれるまでの間、先生は付き添いで待合室にいてくれた女房のところへ摘出したばかりの胆嚢を持って行き、目の前で胆石を取り出すという、人の臓器をおもちゃにした解体ショーを楽しんでいたことが、後になって看護師さんの話でわかった。「タラコみたいのを切り拓いて見せてたわよ」だって。先生の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
だけど、無事に手術が終わったのは有り難いことだ。無事に済めば軽くても薄くても構わない。その日はボンヤリしたまま寝たり起きたりして翌朝まで過ごした。そしてその翌日から、ボクは前回の入院とはまったく違う、未体験ゾーンに突入することになった。
つづく
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