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金井哲夫の入院日記 その8 手術編「大変に勉強になった本物の世間話」

面倒なので、もういちいち挿絵は付けない。

手術も無事終わり、あとはこの静かな病室でのんびり5日間を過ごすだけ。手術の痕はちょいと痛いけど、前回と違って、点滴は上手な看護師さんがうまい場所に針を入れてくれたので、ブスブスと無駄に穴を開けられることもなく、いたって平穏。

それにしても静かだ。ボクがベッドを代わった左隣の患者さんは、80歳ぐらいのじいさんで、昼間からスースーと寝息を立てている。右隣も、やっぱりじいさんで、物音ひとつしない。左向かいもじいさん。前回はゲロゲロじいいが寝ていたところに、生きているのか死んでいるのかわからないぐらい静かなじいさんが横になっている。

ただ、ボクが窓際を譲ったじいさんは饒舌な人で、どうもこの病室の常連らしく、おばちゃん看護助手とも顔見知りで、世間話をしていた。他人の世間話ってやつを、カーテン越しに聞き耳を立てるなんてことは初めての経験なので、じつに興味深かった。

「今日も暑いねー」とじいさん。9月の頭だったから、まだまだ暑かった。だけどじいさんはずっと病室にいるので、暑いはずがないのだ。それでも、夏だから暑いねと、自動的に決まり文句が口を突いて出る。めでたくもないのに年賀状に「おめでとう」と書くのと同じだ。慣例、習慣、そうした社会性がほとんど欠如したボクは、それだけで感心してしまった。

するとおばさんも、じいさんの期待を裏切ることなく「暑いよー、たまらないよー」と見事に調子を合わせる。すると「また台風が来るって?」とじいさんが話言をつなぐ。「そうだってね、嫌になっちゃうね」とおばさん。映画かテレビドラマのような決まり切った天気の話。でも、これが本当の世間話ってやつなのだろう。まさに年配者の正調世間話だ。何の意味も、新しい情報も、聞いて得することもなにもないけど、一定時間、それもじつに適切な時間だけ続けて、「じゃあね、あっちに用があるから」とおばさんがきれいに切り上げる。

世間話は情報交換を目的とするのではなく、コミュニケーションを取ること自体に意味があるようだ。だから「ぴっぽろぺー」でも「おっぺけぺー」でもいいのだ。言葉を交わすことで、お互いの関係、距離感、親密度が調整される。大変に勉強になった。

外はお天気。明るい日が差す静かな病室で、じいさんとおばさんの世間話。眠気を誘う。左隣のじいさんは、もうさっきからすーすー寝息を立てている。大丈夫かってぐらい寝てる。やがて夕食が運ばれてきて、左のじいさんは目を覚まし、食事をとる。そして看護師が薬を持ってきたとき、じいさんに聞いた。

「夜、眠れてます?」

するとじいさんは「いやあ、眠れないんだよ。また眠剤出してもらえるかな」と訴える。昼間あんだけ寝てりゃ、眠れないだろ! とボクは心の中で笑ったのだけど、これがその後、ボクを悩ませることになる。

つづく
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