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ついに文豪堂書店アクション純文学シーズン1完結! の前に……

性懲りも無くまだ書いていたのかと呆れ返るやら、とうに忘れ去ってしまったみなさま、大変長らくお待たせしました。文豪堂書店アクション純文学シリーズ・シーズン1の最終章を発表いたします。

 中川善史社長がこの世からずらかった後、あのすっとぼけた挿絵がなければ書いてもつまらないと執筆を中断しておりました。しかし、じつはこの後のシーズン2を三作書いていたのです。それには、病床で描いてくれた中川社長の最後の挿絵が入る予定なので、どうしてもシーズン1をテキトーに終わらせて、次に進む必要があるわけです。

 そんなわけで、みなさま、どうか今しばらくお付き合いいただき、シーズン2を大いに楽しみにして欲しいと願うのであります。

 しかしその前に、このアクション純文学の始まりのエピソードを前書き代わりにお届けします。今明かされる、文豪堂書店アクション純文学の誕生秘話!




 ある日、文豪堂書店編集部を、見たことのない和服姿の男性が訪ねてきた。次に大地震が来たら確実に傾くであろう古い雑居ビルの三階の、原稿用紙やらコピー用紙やらが平積みになった狭苦しい部屋の一角の、カビ臭いエアコンの風が当たるビニールの上張りがところどころ破けたソファーに彼は、誰に勧められたわけでもなく、「どうも」と低く言って腰を下ろした。

 ロイド眼鏡その男性は、私に「どうぞ」と、コーヒーテーブルを挟んだ反対側の、色も形も違うがやっぱり上張りが破れかけたソファーに座るよう促した。

「コーヒーでいいかね?」と私に聞き、座ったまま上半身で後ろを向いて、ぼんやり立っていた編集部の別の人間に「コーヒー」と言った。初めて来た人とは思えない落ち着きぶりだ。落ち着きすぎて、こっちがお客さんのようだ。

すると彼は、懐から名詞を一枚取りだして、私の前に置いた。名詞には「直木三十六賞作家 大井伏鱒二」と書かれていた。いわゆる直木賞は、正しくは小説家直木三十五んが創設した直木三十五賞だ。三十六賞なんてあったのか。ひとつ多い分、格が高いのか。昭和の文豪、井伏鱒二は知っているが、大井伏は知らない。しかし、知ってなくちゃいけないような落ち着きっぷりだ。三十六に大井伏とは、よっぽど負けず嫌いなんだろう。
 しかし、どうも面倒臭いやつが来たもんだと私は思った。大井伏と名乗る男は、袂の中で腕を組んで、ソファーの背に寄りかかり、「じつはね」と切り出した。大作家先生が馴染みの編集部に企画を持ってきてやったぞ、みたいな雰囲気だ。

「大山椒魚という小説のタイトルを思いついてね」と彼は言った。

井伏鱒二の山椒魚に対抗して、大井伏鱒二の大山椒魚ということか。何がどう対抗なのか、中身を読まなければわからない。とりあえず話だけ聞いておこうと思った私は、素直に「はい」と答えたが、彼はそれっきり口を閉ざし、私の顔を見つめた。

 この人は、自分で振った話の展開を相手に依存するタイプのようだ。煩わしいことこの上ない。何を期待されているのかわからないので、「それで?」と聞き返すが、彼は私の顔を見たまま動かない。面倒臭い沈黙が流れた。

 やがて相手は根負けして、苛立たしそうに「わからんかね」と言った。「わかりません」と素直に返答すると、彼は不承不承身を乗り出し、こう言った。

「大変に素晴らしいタイトルを思いついたはいいが、中身が書けんのだ。ひとつも書けん。一字一句書けない。だから、あんたに書いて欲しい。ひとつ、想像力を働かせて、自由に書いてみてくれ」

つまり、丸投げか。タイトルだけ投げておいて、あとは全部お前が書けと。大喜利か? 作家を名乗っているくせに一字一句書けないと威張っているこの人は、馬鹿なのか? そうだ、馬鹿なんだ。馬鹿には逆らわないほうがいい。

私は注文通り、自由に書かせてもらうことにした。井伏鱒二の名作とはかけ離れた、最高に出鱈目でめちゃくちゃで下らないものを目指す。そうして生まれたのが、二十一世紀の日本文学界に衝撃を走らせる、その名も『アクション純文学』だった。

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