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文豪堂書店アクション純文学シーズン1 エピソード9「三大怪獣真夏の大決戦」(その1)

著者注:「あんたの文章は長くて読むのがイヤになるのよ」と女房が活字離れ世代の現代っ子のようなことを言うので、2部構成にしました。

「がおー」と怪獣の咆哮がダム湖を取り囲む山々にこだまする。
昼過ぎの日差しは真上から押しつけるように照りつける。周囲の山肌からは数万人の僧侶の読経のようなセミの声が緑色の湖面に集中する。その中央には、丸いつるりとした島がうかんでいた。島には黒いつぶらな目が2つ付いている。大山椒魚だ。

大山椒魚は、少し右に目をやる。その視線の先の山の中腹には、黒ずんだ巨大な人影がうずくまっていた。それは水かきのある巨大な手を挙げて、大山椒魚の咆哮に応えた。

続けて大山椒魚は水面からそれ以上頭をださないようにして、目を左に移す。その視線の先には、湖畔の道の駅の脇の杉の木立の中に白い人影がある。その人影も右手を弱々しく挙げて大山椒魚に合図を送った。

三匹の怪獣がこのダム湖に集結した。この三匹が登場するシリーズの最終回を、三大怪獣大決戦で締めくくろうという寸法らしい。道の駅では、観光客がスマホを掲げて、その世紀の瞬間を動画配信しようと身構えている。湖を取り巻く周遊道路には、ところどころにパトカーと消防自動車が待機し、赤色灯を点滅させながら人や車が怪獣に踏みつぶされないよう警戒している。
だが、戦いは一向に始まらない。彼らはいったい、何を待っているのだろうか。

「隊長、道、合ってます?」
 そのころ、真夏の日差しに焙られた動く鉄の箱である地球防衛隊の戦車の中で、戦闘服の上を脱いでTシャツ姿になった汗だくの隊員は、きっちりと戦闘服を着込んだ、やはり汗だくの運転中の隊長に声をかけた。しかし隊長は答えない。

 怪獣が現れると、どこからともなく地球防衛隊の戦車が現れる。地球防衛隊とはどんな組織なのか、どこが運用しているのか、国連なのか、国なのか、地方自治体なのか、それとも民間なのか、わからない。ただ、隊長一人、隊員一人のためのこの戦車は、内部にお座敷とトイレ(和式)と冷蔵庫を備えた落ち着きある和の風情漂う特製の戦車であり、大砲の弾は撃ち放題という贅沢な仕様になっている。
 彼らが地球防衛隊であることを示す唯一の手がかりは、戦車の後ろに掲げられた、煤けて端がほつれた「地球防衛隊」の幟旗だ。それがあるから、みんなは「ああ、地球防衛隊なのだな」と思っているだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
 怪獣が現れると一緒に現れて、住宅街だろうが人がいようが、あたり構わず大砲をぶっ放す。怪獣をなかなか倒せないときは、その破壊行為は広範に及ぶ。みごと怪獣を倒せば倒したで、巨大な死骸を残して帰ってしまう。怪獣駆除が目的だとは言え、結果からすれば大変な迷惑組織だ。

 市民から猛烈な反対運動が起きてもおかしくはない。それが起きないのは、怪獣に反対運動を起こす人がいないのと同じ理由だ。怪獣に理屈を並べても始まらない。なにせ相手は怪獣なのだから。地球防衛隊に文句を言っても始まらない。なにせ相手は地球防衛隊なのだから。つまり、地球防衛隊は、世間一般には怪獣の付属物だと思われている。

「たいちょー、大丈夫っすかぁ? 運転、代わりますよ」
 隊員は、戦車内の座敷に置かれた丸いちゃぶ台の下に両足を投げ出し、ペットボトルの生温い麦茶を生温いコップに注ぎながら、生意気な口を利いた。

「運転中に横から口を出すな!」

 隊長はいらいらしている。自分でも今走っている道が正しいのか、確証が持てないでいるのだ。頭皮からは次々と汗が流れ出て額をつたい、カーキ色の戦闘服のズボンにポタポタと垂れる。

 戦車の運転は隊員の役割だ。いつもなら、隊長は戦車内の座敷に半分寝転がって現場に到着するまで居眠りをしている。今日も、怪獣出現の通報を受け、大田区糀谷の町工場に挟まれた秘密基地を出発して現場近くに出るまでは、隊員が運転していた。しかし、いつになく落ち着きがない隊長は、隊員の運転にしびれを切らし、自分が運転すると言い出したのだ。

「今日は、ほれ、ジュネーブだから。急ぐんだよ。お前の運転では間に合わん。代われ!」

 隊長は運転がうまいわけでも道をよく知ってるわけでもない。じっと待つのがもどかしいという理由だけで運転すると言い出した、ただのわがままだ。だが、運転がうまい方の隊員は無免許だ。「戦車は普通の車とは違うから大丈夫」という隊長の言葉を信じて、入隊以来ずっと戦車で公道やら道なき道やらを走ってきた。それなりに運転技能はついた。「こんだけ運転できるんだから、もう免許はいらないな」と隊長に褒められた隊員は、自動車運転免許証を取る必要性を感じていなかった。

 それに対して、運転免許を持っている隊長は、バックと大きな交差点での右折ができない。絶対に右折をしないから、どこへ行くかわからない。「三回左折すれば右折と同じだ」と豪語するのだが、そう都合のいい道路ばかりではない。三回左折を繰り返して、千葉に行くはずが山梨に出たことがあった。バックをすれば、かならず何かを壊す。ファミレスで食事をするために駐車場で戦車をバックさせたらファミレスの建物を潰してしまい、サービスランチにありつけなかったことが何度もある。

「こんな人にでも取れる免許なら、なくても同じだ」と隊員は思っていた。

 ところで、「ジュネーブ」とは隊員が初めて聞く言葉だった。いや、基地でちらっと見たような気もする。事務所に置かれている電話機の短縮ボタンに貼られた手垢で汚れた紙のお名前シールに幼稚な字で「ジュネーブ」と鉛筆書きされていた。それを見たときはあまり気にしていなかったが、こうして隊長の口から直に聞くと、何やら意味ありげな感じがする。

 隊員は以前から、地球防衛隊とはどんな組織なのか、うっすら疑問に思っていた。超法規的な国際秘密組織が背後にあるのだろうか。だが、知らないことはいくら考えても妄想にしかならない。第一、答を知って何になるのか。こうして毎日、平穏に生活できているのだから、それでいいじゃないか。

 普通に怪獣が出現して、普通に怪獣をやっつけて、普通に帰ってきて、風呂屋に行って、缶ビールとコンビニ弁当で夕飯を済ませて眠る。そんな平凡だが安定した日々が淡々と続くことを隊員は何より願っていた。余計な詮索はよそうと、隊員は心に決めていた。

 そこへ「ジュネーブ」という言葉が飛び込んできた。やっぱり、これは国際的な組織だったのか。ジュネーブに本部を置く、もしかしたら、国連よりも上に位置する機関なのか。隊長は、ジュネーブの国際会議に出席するのか。

 でも、隊長はどう見てもジュネーブという顔をしていない。地球防衛隊ジュネーブ本部には、ジュネーブに相応しい顔をした人が参加するべきなのだろうが、ジュネーブとは髪の毛一本たりとも結びつかない隊長が行くということに、むしろ妙なリアリティーが感じられる。やっぱり本当なのだ。そう考えると、胸がぞわぞわしてきた。

「今どきカーナビも付いてないなんてな。ったく!」と、隊長がぼやく。隊員は我に帰った。いつものジュネーブらしからぬ隊長が、ジュネーブらしからぬことを言っている。隊員は目の前の任務に集中しようと勢いつけて起き上がり、隊長が座る運転席の脇に立った。

「いったいどこだ、ここは?」
 隊長はガタガタと揺れる操縦桿を握りしめ、奥歯を噛みしめたままぼやいた。
「うそ、迷っちゃいました? 怪獣の出現場所は湖ですよ。さっき教えた道を真っ直ぐ行けば着くはずですけどー」
「着くはずデスケドーじゃねーよ。着かないんだから」
「どこ走ってるんです?」」
 隊員は、カラーボックスにのかってる知らないメーカーの液晶テレビよりも小さな戦車のフロントガラスの外を覗こうと、運転台の前方に身を乗り出した。すると、運転している隊長の上半身を押しのけ、視界を遮る形になる。前が見えないし、だいいち暑苦しい。
 道は明らかに違っていた。畑と山の斜面に挟まれた細い田舎道だ。戦車は道幅を少しはみ出して走っていた。
「これ、絶対違いますって。あ、あの人に道を聞きましょうよ」
 隊員が指さした方向には、畑で作業をす老夫婦がいた。
 無神経にも運転車の目の前に頭を突き出してあれこれ指図する隊員を脇に押しのけ、隊長は大声で怒鳴った。
「人に道を聞くなんて、みっともないことができるか! よくそんなことが平気な顔で言えるもんだ。自動販売機の前で人に小銭をせびるようなもんだぞ。お前には地球防衛隊のプライドというものがないのか」
 隊長は戦車を止めることなく田舎道を進むと、山の急斜面と土手に挟まれた道がどんどん細くなっていった。前方で軽トラックが道を塞いでいる。隊長は急ブレーキをかけた。
「こんなところに車を停めやがって、非常識な。これだから田舎もんは困る!」
 隊長は舌打ちをすると、戦車のクラクションを乱暴に鳴らした。

「なんだぁ?」
 白っぽく乾いた畑の土から、まばらに生えた貧相なホウレンソウみたいなのを収穫していた老夫婦が顔を上げた。
「ウチの車が邪魔なんだよ。どけてあげなよ」
「どけろって言ったって、お前……」
 麦わら帽子の老人は戸惑う。クラクションが鳴り響く。
「ほら、困ってんじゃないか。早く退けて通してやんなよ」
「通せって、お前……」
と老人は躊躇するが、女房がきっと怖い目を向けると、仕方なく軽トラに向かう。気乗りしない様子でトボトボと歩く間も、戦車からはクラクションが鳴り響く。おまけに、ガオンガオンとエンジンを空ぶかしする轟音も響く。非常に行儀が悪い。
 ようやく老人が軽トラックに辿り着くと、土手から転落しないギリギリのところまで車を左に寄せた。だが戦車が通れるだけの幅が確保できたかわからない。老人は車を降り、親切にも戦車の前に出て軽トラとの距離を見極めながら、「オーライオーライ」と手招きをした。

「何やってんだ、あのじじい? あんなところで踊ってやがる。ボケてんのか。ふざけやがって。邪魔だ、どけっ! 轢くぞ、くらっ!」
 ジュネーブの国際会議のプレッシャーのためか、隊長の言動がどんどんジュネーブから遠ざかる。隊長はさらにクラクションを鳴らし、エンジンを吹かし、車体をちょっとずつ前に進めて威嚇する。

 老人はびっくりして土手の下に走って逃げる。同時に隊長は勢いよくアクセルを踏んだ。戦車は急発進し、案の定、軽トラの左後部に激しくぶつかった。戦車はびくともしないが、軽トラでは紙くずのように跳ねとばされ、土手を転がり落ちた。

「あんた、大丈夫かい?」
農園フードの奥さんが駆け寄る。老人も土手の下へ転がり出され、ぽかんと口を開けて黒煙と轟音を残して山道に分け入る戦車を見送っていた。
「なんだー? ありゃ」
「右翼だよ、右翼。決まってんだろ。緑色の大きい車に旗が立ってるのは、右翼なんだよ。とうとうこの村にも入ってきたんだねぇ。気をつけないと、もうすぐ来るよ、オレオレ詐欺とか、サクラを見る会とか、なんとかのマスクとか……。関わらないほうがいい。下手に刺激したら、軍服のイカレポンチが丸太振り回して飛びかかってくるからね」
「だけどお前、あんなに勢いつけてどこへ行くつもりだ? この先は行き止まりだぞ」

 大山椒魚も大雪女も大河童も動かない。大河童は頭の皿が乾燥してフラフラしている。大雪女は蒸発しかけている。大山椒魚は水から出ようともしない。なぜわざわざこんな時期に日取りを調整したのだろうか。よっぽど日程があわなかったのか、とにかく何がなんでもこのシリーズを完結させたかったのか、理由は定かではないが、ともかく彼らは動かない。じっと何かを待っている。

 地球防衛隊の戦車は、軽トラを蹴散らして百メートルほど進んだ湿っぽい雑木林の中で立ち往生していた。大きなバリケードが道を塞いでいる。その先は崖崩れで道が土砂や大きな岩に完全に埋れてしまっている。

「隊長、どーすんですか? 引き返してあの老人に頭を下げて道を聞きます? もうバックするしかないですよ。そのままバック……」
と言いかけて、隊員は口をつぐんだ。

隊長はバックができなかった。今の言葉で隊長を傷つけてしまっただろうか。こう見えて隊長は繊細な人間なのだ。去年の夏のことだ。カルピスを買ってきてくれと頼まれて、コンビニでペットボトル入りの五百ミリリットルのやつを買ってきたら、口を利かなくなった。じっと押し黙って、恨めしそうな顔をしていた。数時間後、大好きなシャケ弁当で昼食をとっていたとき、ようやく口を開き、どうして瓶入りの原液のやつを買って来なかったのだと隊員に不満を漏らした。

カルピスはあのガラスの瓶に入った原液で濃いめに作って飲むのがうまいのであって、最初から水で薄めたペットボトル入りのやつなどは本当のカルピスを知らない、コーラスとの区別もつかない最近のチャラチャラした若者の飲み物だと批判する。

そういう細やかな心を持つ隊長を傷つけてしまわないよう、隊員は常に気を配ってきたのだ。それなのに……

「お前がバックして謝って道を聞いて来い」
隊員の煩悶を遮って、隊長が言った。
「え、隊長、地球防衛隊のプライドはいいんですか?」
その意外な命令に、隊員はつい聞き返した。
「私はそのプライドが邪魔になるが、プライドの欠片もないお前がやるのだから、まったく問題ないだろう」
理屈は通っているように聞こえるが、どうもすんなり受け入れることができない。何か引っかかる。しかし、今はそんなことに拘っている場合ではない。隊員は隊長から運転台を引き継ぐと、早速戦車をバックさせ、軽トラの位置まで戻った。

プライドの欠片もないと言われて反論できない隊員ではあったが、極まりが悪いことこの上ない。せめて身だしなみを整えようと、制服をきちんと着直して、深呼吸をしてハッチへ続く梯子に手をかけた。そのとき、ちゃぶ台の前にあぐらをかき、残りの生温い麦茶を飲み干した隊長は、こう隊員に助言した。
「国民に安心安全をお届けするのが地球防衛隊の責務だ。市民にはあくまでも親切丁寧に。忘れるなよ」

どの口が言っているのか、などと隊員は思わなかった。隊長の言葉は常に重い。
「それから、そこに丸太があるだろ。もしものときのために拾っておいたんだ。それを持って出て、へー、どーもすいませんでしたと、そいつで自分の頭をポコポコ叩いて誠実に謝れ。そうすれば、きっと相手にも通じる」
他人事のように言うもんだ、などと隊員は思わなかった。地球防衛隊員とは、そういう存在なのだと隊長は教えてくれている。むしろそれに勇気をもらった隊員は、元気よく丸太を持ってハッチから飛び出した。

「ほら来た! 軍服が丸太を振り回してるよ。言った通りだ。あんた、逃げるよ!」
老人とその女房は、農具も作物も放り投げて走って逃げてしまった。

つづく
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