みなさまと共に歩む…… (*個人的な感想です)

社長の業務:ショートストーリー『下屋敷の火』

社長1 さる大名の江戸下屋敷のこと。
 夜、見回りをしていた家来が、奥の部屋に続く廊下に火影を見つけた。廊下の右側は壁が続いており、左側は外に面しているがすでに雨戸が立てられている。
 真っ暗な闇の中に、人の胸ほどの高さに小さな火がちろちろ燃えていた。
 初めは、女中でも手燭を持って立っているのかと思った。だが、声を掛けても返事がない。
 不審に思って近寄ってみたところ人の気配がない。また、その火というのが、手燭のそれでなく、蝋燭のそれでもない。何かが燃えているというのでもない。
 ただ、きれいな火が闇を浄めるように浮かんでいるのである。

 だが、きれいだと喜んでいるわけにはいかない。火は火である。火事を出したら大事である。早速、人を呼んだ。
 屋敷にいたものはみな出てきてみてみたが、火の正体はわからない。
 ともかく物騒であるから、水をぶっかけて消すことにした。手桶に何杯も水が運ばれ、雨戸も開け放たれた。夜中に何事であろうと、このあたりに住んでいる狸や鼬はびっくりしたに違いない。
 ところが、縁側がびしょぬれになるほど水をかけても火は消えない。上から掛けても横から掛けても、下から桶をあてがって火を沈めてみても、消えない。その様子は、却って水の中の花火や、ぴかぴか光る金魚といった風情であったという。
 結局火を消すことはあきらめて、二名のものが手桶を横に、雨戸を開け放したままに寝ずの番につくことになった。下屋敷の責任者は、あの廊下の火がにわかに大きくなる夢にうなされて、ろくに眠れなかった。

 翌朝になると、炎は見えなくなっていた。屋敷の中には物知りがいて、空の星も昼間は見えないが、あれはお天道の光が強すぎて見えなくなってしまうのである、廊下の火も星と同様に朝の光の中で見えなくなっているだけかも知れない、と言う。そこで、よく晴れた日にもかかわらず、夜中に開けておいた雨戸を朝になって閉めて廊下を真っ暗にしてみたが、火は姿を見せない。本当に消えてしまったのか。
 また、別の物知りがいて、あれは星のようなものではなく、むしろ天道のようなもので、朝東からでて夕に西に沈むように、どこかに姿を隠しているだけなのではないか、と言いだした。となれば、屋敷の中のどこかに火は潜んでいることになる。
 昨晩から神経を消耗している責任者は気が気でない。早速、手分けをして、あらゆる部屋はもちろん、天井裏から床下まで捜してみた。湯殿も厠も入念に調べた。昼間、厠で火が休息しているなどと思い浮かべて、笑い出してしまった若い者がいたが、きつく叱られた。
 池の水も掻い出して調べられた。鯉や亀にとってはいい迷惑であったが、昨晩、水の中でも火が燃えていたことを思えば、道理が通っていることになる。
 しかし、火はどこにも見出されなかった。
 日が暮れると、昨日と同じところに現れた。
 その晩も、二人のものが見張りについた。その内の一人は、宝蔵院流の槍の使い手だとかで、槍を傍らに置いて、目を三角にして火に見入った。槍と火とどういう関係があるのかわからないが、火が無礼を働いたら突き殺そうとでも思ったのかもしれない。
 上屋敷にも報告の者が走った。

 殿の住居や政務を執る場所は上屋敷である。
 この下屋敷はいわば別荘といった格で、殿の休息や、幕府高官や他藩の大名の接待に使われる。
 従って、普段は管理や警備に当たる者しかいない。

 数日して、江戸家老がやって来て、火を検分した。家老はさんざん首をひねったが、ひねったからといって正体が知れるものでもない。結局はひねり損で、決して火事を出してはならぬとだけ言い置いて帰っていった。
 すでに神経を消耗していた下屋敷の責任者は、家老の厳命にさらに顔を青くした。もし火事を出したりすれば、下手をすれば切腹ものである。
 お恐れながら上屋敷からも火の番のための人数を、と申し出たところ、二名の若者が派遣されてきた。
 
 上屋敷から来たのは、令野、赤戸という若侍で、三ヶ月ほど前、国許から上役の付き添いということで江戸に出てきたばかりである。江戸に着いてしまえば、時折警護に出るくらいで暇と言えば暇だった。
 前から江戸に出たら羽を伸ばそうと考えていたらしく、到着早々、さる師匠の元にこっそり通い出して、三味線と唄を習い始めた。
 
 勤務の初日、令野と赤戸は、下屋敷側から見張り役に出ることになった二名と引き合わされてびっくりした。
 それは前々から下屋敷に勤めていた針素と須田という若侍だったが、実は、四人は既にあの師匠のところで顔を合わせていたのである。
 針素は三味線を、須田は太鼓を習っていた。
 こういう柔らかい稽古事に手を出す侍は多くなっていたが、やはり表向きに出来ることではない。特に例の宝蔵院流の御仁にでも知られたら、槍を持って追いかけ回されるかも知れない。
 このことは、四人の秘密にしておこうと申し合わせていたのである。
 四人は、これで思い切り音曲の話に花を咲かせることが出来ると喜んだ。いずれ、手合わせをする機会も出来よう。

 昼と夜をそれぞれ前後に分けて二人で組んで交代で番につくことになった。二人の組み合わせは時々代わった。
 火の現れない昼もやることにしたのは、神経が尖っていた責任者が、四六時中油断することはならぬ、と主張したからである。

 見れば見るほど不思議な火であった。
 彼らも、初めのうちは火を吹き消してみようとか、水をかけてみようとか試みた。
 しかし、火は、それを柔らかく受け止めて、軽くいなすかのようだった。気張った務めのはずなのに、見ていると妙に安心してくる。時に、火に見守られ、火に甘えているかのような気持ちさえ抱くことがあった。下屋敷の責任者が神経をすり減らしているのが、滑稽に思えるくらいだった。
 彼らは火を見て思ったことを話し合った。令野と赤戸は自作の唄を作った。針素は、三味線の新しい手を考えた。

 しかし、だんだん務めはつらくなってきた。 
 夜こそ、火を見て慰められるのは嬉しかったが、昼、ただただ、なんのためともわからず廊下に座り続けているのはきつかった。
 午前の番が終わって、午後休息していると、たちまち夕方の番が来てしまう。これでは、あの師匠のところに出掛けるどころか、外出さえろくに出来ない。
 だんだん、廊下が座敷牢に思えてきた。

 この火の一件は人々の好奇心をそそらずにいなかった。
 まず、殿が見物にやってきた。四人が呼び出され、火の様子について話し、殿のお言葉を賜り、ご酒の下されがあった。
 それから、奥方ら家族、高禄の旗本、他藩の大名と次から次にやってきて、そのたびに四人は堅苦しい席に召し出された。
 幕府や各藩のお偉方は火を見に行くのを心待ちにし、ついには、某藩の大名は招待を受けないのを遺恨に思っている等の流言も飛び交い、このことが政治問題に発展しかねなくなってきた。
 四人は草臥れ果てた。務めの疲れのみならず、四人がお歴々の席に呼ばれるのを嫉妬する輩もいた。男の嫉妬は恐い。
 一年あまりが過ぎ、相次いで国元に帰るのを許された。
 帰った四人は城下の川池という場所に住んでいたので、ようやく音曲の手合わせをすることが出来た。
 時々、あの火が燃えていたあたりの高さに小さな灯を点して、それを見ながら演奏した。
 令野は、あの火はなんだったのだろう、と言った。もちろん、他の三人にもわかるはずがない。

 後には時の将軍までがお忍びで見に来たという話がある。感嘆久しうして手ずから、
   忍びゆく 恋の通い路 闇ゆえに 消すに消されぬ 火影なりけり
 と詠んだということになっているが、これは将軍にしては色っぽすぎるので後世の偽作であろう。

 下屋敷は、明治になって新政府に召し上げられ、ある高官に下げ渡された。
 火は、もうその頃には見えないほどに小さくなっていたと言うが、その高官が明日越して来るという晩、にわかに大きくなって屋敷を焼き尽くしてしまった。
 

 
 

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まことにハードデイズナイトでござった事よ
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Author:文豪堂
いらっしゃいませ。中川善史(自称社長)と金井哲夫(自称編集局長)が2人でしこしこ書いているふざけた電子書籍本を販売する「蕪」式会社文豪堂書店です。(社名は予告なく変更することがあります) (なおこれは個人の感想です)(効能を保証するものではありません)(おだてると調子に乗ります)

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