社長の業務 ナンセンス・ファンタジー『毒ずきんちゃん その7 迷路の牢の恐い話 人間離れした両親 そして動き出したバーナムの森のこと』

迷路の牢で、二人は生まれて初めて絶望感を味わっていたのです。この図々しい二人でも、絶望感を味わうことがあるのです。
というのも、迷路の第一区から第八区まで連れられてくる間、番兵のほかに『この牢から出るのがいかに不可能であるか、噛んで含めるように説明する係』が付いていたからです。
第一区から第八区までの、それぞれの係は、それぞれに、いかにこの牢が恐ろしいところであるか、もはやこの迷路の全貌は何人によっても解き明かされることがないということ、今まで投獄された人がどのように脱出を試みたか、そして、虚しく、かつ残酷な死を遂げたことか、を競うかのように語りました。
「いや、師匠、今日の語りは、また一段と素晴らしかったですね」
「聞き慣れた、あっし達でさえ鳥肌が立ちましたよ」
などと、番兵達から賞賛されている者もいました。
毒ずきんちゃんは、それを聞きながら、
毒「あたしは、まだ七歳なのに、なんでこんなところで死ななければならないんだろう。それも、わけのわからん両親に追い出されて始めた旅なのに」
と思っていました。眠り姫は、
姫「会費、会費、会費、会費、マクベスのヤロー、王様友の会の会費も払わないで、わたしを殺すなんて許せねえ。化けてやる、祟ってやる、呪ってやる・・・」
と思っていました。さすが会計係です。
それが、今、いましめを解かれて、目の前に森への出口があります。
毒「これがバーナムの森か」
姫「そう。あのマクベスの馬鹿野郎・・・いえ、マクベス王が口にしていたバーナムの森ですわ。魔女が何か言っていたという」
ともかく開かれた以上、なぜ開かれたのか、とか、そこが恐ろしい森であるかどうか、など考えている暇はありません。二人は地面に飛び降りました。厚いコケの上をよろよろしながら、歩きました。
ここも、黒い森に負けず劣らず陰気な森でした。いや、マクベスの悪意がもたらす瘴気が籠もっているせいか、もっとやりきれない感じがしました。
そのうち、かさかさ、と地面を動くものの気配がありました。二人が立ち止まると、小動物のような影が、足下をさっと通り過ぎていきました。
毒「なんだろう。何かの動物かな」
と毒ずきんちゃんが、あたりを見回していると、眠り姫が「あーっ」と声を上げました。
毒「どうした」
姫「今通り過ぎた者が、わたくしのドレスについている宝石をひとつ、ちぎって持っていきましたわ」
毒「いいじゃないか。そんなにたくさん、ちゃらちゃら付いているんだから。いっそのこと、お前ごと持っていってもらえばよかったのに」
姫「ご主人様とあろうお方が、家来の危難に、もっと心配して下さってもいいじゃありませんか」
毒「お前、家来の癖に、一回もあたしの言うこと聞いたことないじゃないか」
そんなことを言い争っているうちに、また、小さな影が走り寄ってきて、姫の宝石を一粒持っていきました。
姫「ぎゃーっ」
毒ずきんちゃんは家来の叫びを聞きもせず(聞く気にもならず)、小さな影のあとを目で追っていましたが、
毒「おい、向こうの方に、人間だか動物だかわからないが、動く影がいっぱい見えるぞ」
毒ずきんちゃんは、そちらの方に歩き出しました。眠り姫も、もちろん宝石を取り戻してやろうとついてきます。
森の奥から子供達のはしゃぎ声が聞こえてきました。動き回っているのは、人間の子供のようです。近づいていこうとすると、
「お待ち」という鋭い女の声がしました。ふと見上げてみると、猟師のような服装をした背の高い少女が弓矢を持って、二人を狙っています。「お前たちはなんだ。ここへ何をしに来た」
毒「あたしは毒ずきんちゃん。黒い森から来た。へんてこな両親に追い出されて、今、月の蝶の翅の城に向けて旅をしている途中、マクベスに捕まってしまったのだが、抜け出してきたんだ」
少女は、しばらく黙っていましたが、弓矢を降ろすと、「毒ずきん・・・あたしの妹・・・間違いない、その毒々しい色の頭巾」と涙ぐんだ声で言いました。毒ずきんちゃんは、びっくりして、
毒「ね、ねえさん?最初に家を追い出されたカグヤ姉さん?」
カグヤと呼ばれた少女は、毒ずきんちゃん達の両親が後先考えずに作ってしまった百人兄妹の長女で、両親から「ちょっと多すぎる」という理由で追い出されたのでした。その後、「まだ多すぎる」という理由で子供達は、どんどん追い出され、ついには末っ子の毒ずきんちゃんも「あいつ、嫌いなんだよな」という理由で追い出されたのです。
落ち着いて見回してみると、あたりには顔を知った子供が大勢いました。そのはずです。追い出された子供達は、あちこち彷徨っては、みな、このバーナムの森に集まってきていたのです。つまり、毒ずきんちゃんの兄妹だったのです。
毒「なんだか、百人以上いるように見えるんだが」
カ「そう。あの後、お父さんは、しばらく森で迷子になっていたんだけど、どうにか家に帰り着いた途端、前にも増してすごい勢いで子作りに励み始めて・・・」
毒「それは、コウノトリさんが大変だったろうな」
カ「・・・そういうことにしておきましょう(微笑)・・・それで、作るわ、作るわ、三日に一人は生まれるという始末、一度なぞは、朝昼晩に作るという記録を打ち立て、ギネス国の役人が世界記録ではないかと調査に来たという・・・」
毒「コウノトリさん、働き過ぎだよ」
カ「そういうことにしておきましょう。そして、それを片っ端から追い出したもんだから、またギネス国の役人が『追い出した部門』でも世界記録ではないかと調査に来て・・・本当に人間離れした両親よね」
毒「あたし達は両親を誇るべきなんだろうか」
カ「恥ずかしがるべきかも知れないわね。それはともかく、追い出された兄妹達がみんな、このバーナムの森に逃げてきたもんだから、大騒ぎだわ。子供達を抱えて森で暮らしていくのは大変」
毒ずきんちゃんは、しばらく考えていましたが、
毒「よし、兄妹達に城をひとつあげよう。姉さん、みんなに木の枝を両手にかざすように言ってくれ。両手だけでなく、頭にくくりつけたり、背中にくくりつけたり、出来るだけ多く。大きい子は大きい枝を、小さい子は小さい枝を。出来るだけ葉の多い枝を。そして、あたしが合図をしたら、一斉に、あのマクベス城に向けて歩き出してくれ」
一方、こちらはマクベス城内。マクベス王が部下に何か命じています。
マ「いいか。ラーメン3つに、タンメン2つ、チャーハン2つに、レバニラ炒めとギョウザをひとつずつ、ラーメンはひとつはネギを多めに、ひとつはネギを入れずに、ひとつはシナチクを多くするのだ。すぐに持ってこい。わかったな」
部下「ええと、ラーメン2つにワンタン麺3つ・・・」
マ「ちがう!この役たたずめ。役人!こいつを迷路の牢へぶち込んでおけ」
すると役人が「ああ、今日も忙しい」と言いながら、その部下を牢へ連れて行きました。そこへ、別の兵隊が走ってきて、
兵「国王陛下に申し上げます。森が動いています」
マ「盛りそばじゃない!ラーメンだ!役人、こいつも迷路の牢にぶち込んでおけ!」
兵「違います、陛下。外を御覧下さい。バーナムの森が城に向かって動いてくるのです」
マ「そんな馬鹿な・・・貴様、嘘だったら死刑だからな!」
ただでさえ青白いマクベスの顔が一層白くなったようでした。憎々しげな顔で窓に向かうと、
マ「おお、どうしたことだ。絶対にあり得ないことが起こっておる。魔女め、森が動くと知っておったのか?俺の破滅を?」
すると、後ろから「ありゃあ、動き出しちゃったねえ」という声が聞こえました。振り返ると、毒ずきんちゃんと眠り姫が立っています。
マ「お前ら、迷路の牢に閉じこめられたのではなかったか」
毒「ああ、入っていたよ。恐いところだねえ」
マ「あの牢から脱出するのは不可能なはず」
毒「さあ?バーナムの森が動き出すくらいだから、出てこれるやつがいたって不思議じゃないね」
マ「くそう・・・役人!迷路の牢だ!すぐに!」
すると役人は「あー、忙しい忙しい」と言いながら走ってきて、「はいはい、今度は王様ですね。わかりました、わかりました」とマクベスを連れて行ってしまいました。
こうして、城は毒ずきんちゃんの兄妹のものになりました。マクベスの部下だった者達には、城に残りたいものは残るように、家に帰りたいものは帰るように言い渡されました。
カグヤ姉さんは、
カ「毒ずきん、勇気も智恵もあるお前に王様になってもらいたいんだけど」
毒「あたしは、月の蝶の翅の城に行くんだ。そこで王様になったら、またここへも戻ってくるかもしれないよ」
こう言って、毒ずきんちゃんと眠り姫は、再び旅立ったのでした。目的地はもう間近です。
姫「ちっ、会費取り損ねたぜ」
(つづく)
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